第三話 サラは成金好き?
「ファレス様、午後の予定はどうなさいますか?」
昼食を食べ終わり、片付けを終えたサラが今度は何をするの? とでも言いたげな少しわくわくした表情で聞いてきた。
剣術が楽しかったのか?
こうやってどんどん打ち解けてくれるといいんだが……。
「そうだな……」
吸魔には慣れて来たし、剣術もただ時間をかければ良いってものでも無いしなぁ……。
うーん……あ、そうだ!
「手袋だな、指輪を隠せるような手袋を探すか。吸魔の指輪はそこまでゴテゴテした指輪じゃないし、上から手袋をつけておけば何とかなるだろう。さすがに父上と母上に指輪がバレたら厄介なことになりかねないからな」
現在、ファレスの両親はこの家にいない。
侯爵家当主と夫人が揃って家を空けることなど珍しいが、おそらく国王の誕生日パーティーに出席しているのだろう。
確か四月一日がこのグラーツィア帝国の王、モラク・ルー・グラーツィアの誕生日だったはず。
モラク王はパーティー好きと言う設定があり、誕生日パーティーは毎年一週間にも及ぶ。
そして基本的に子爵以上の貴族は全員集められるのだ。
防衛上明らかに欠陥のあるパーティーなのだが、マーチス・クロニクルにおけるグラーツィア帝国の権威は圧倒的で、ほぼ大陸全土を支配しきっているため各領地の反乱にさえ気を使えば問題は起こらない。
まあ国王の誕生日ということもあり、この期に反乱を起こそうとする国民もほとんどいないのだが……。
「……それならば、私が探して参ります! ご当主様方からの追求にあった際も私がお叱りを受けます故!!」
「いや、どの道必要だったものだ。昨日の吸魔を見ただろう? あれだけの魔力を自然に吸収するには竜を一匹、頭から尾まで食す程のことが必要だ。よってサラに責はない」
「……はっ、ファレス様の恩情に感謝いたします」
剣術訓練でちょっとは砕けたかと思ったけど、そう簡単にはいかないか……。
まあ、サラが心配するのも分かる。
ファレスの両親はちょっとアレなのだ……。
子供との接し方が分からない父と溺愛しか出来ない母という振り切った両極端な存在。
今回の場合は母上がまずい。
俺に呪いの指輪が着いていることに気付きようものなら、どこに居ようとどんな要件があろうと聖者を引っ張り出してきて解呪しようとするだろう。
だが、吸魔の指輪を今外されるのは困る。
この世界の人間は魔法覚醒をするまでの魔力の伸びと、覚醒してからの伸びには大きな差があるのだ。
このメリットをくだらないプライドで無駄にする訳にはいかない。
「ではサラ外出の準備を頼む」
「承知いたしました」
◇◇◇
サラに準備を頼むと大量のアクセサリーを持って戻ってきた。
「……サラ、それは?」
「はいっ! 手袋を購入されたあとは良いのでしょうがそれでは今の状態を隠すことはできません。ですので逆転の発想で、外れないならば全ての指に付けてしまえば目立たないのではないかと愚考しました!」
……木を隠すなら森の中、指輪を隠すなら指輪の中ってか?
愚考しましたって言って本当に愚な考えなことは中々珍しいぞサラよ……。
いや、だが他に方法はないか……。
どうせ悪役貴族だしな。今更市井の評判を気にしても仕方ないか。ファレスでいればそのうち勝手に下がるものだ。
「……なるほど。いいだろう。その案でいくか」
「はいっ!」
こうして俺は十指全てに指輪をつけ、何故か派手な金のチェーンネックレスとピアス、イヤーカフまで付けさせられて街へ繰り出した。
「なあ、サラ。指輪以前に目立ちすぎてはいないか?」
サラと街を歩きながら、十数分前の自分の判断を恨む。
◇
「ファレス様、馬車のご用意も済んでおります!」
馬車は今後も乗る機会はあるだろうし、最初はこのマーチス・クロニクルの世界を存分に楽しんでおきたい。
「馬車……か。いや、今日は歩いていこう。遠出をするわけでもないしな」
そう思った俺はせっかくサラが用意してくれた馬車に乗らずに二人で街へ繰り出したのだった。
◇
「いえ、ファレス様……その、お言葉なのですが……ファレス様が市井を歩かれているというだけでこの程度の目立ち方は仕方のないものかと……」
言われてみればそうなのかもしれない。
この男、ファレス・アゼクオンはとてつもないプライドの塊のような存在。
きっと俺が転生してきていなかったら、このジャラジャラとしたアクセサリー類も気にせず、民に見せつけるように窓から顔を見えるようにしながら馬車で移動していたはずだ。
「……そう、だな。確かに俺がこうして市井を歩いて回るのはいつぶりだったか」
「……少なくとも私がお仕えさせていただいてからは初めてにございます」
一歩引いた位置から周囲への警戒を忘れずについてくるサラがそう言う。
つまり、歩いて出かけるなんて前代未聞ってことか。
予想はしていたことだが、劣等感で歪められる以前からファレスの人格には問題があるよな……。
そうこうしているうちに町一番の大通りへたどり着いた。
様々な一流店が並び立つ中、ひと際目立つ服飾店の看板を見つける。
「サラ、あの店はスペーディア商会の系列だな?」
「はい、アゼクオン領においても最大の規模を誇る服飾店にございます」
「よし、行くか。あそこなら色々売っているだろう」
俺がそう言うと、人目を引かない程度にサラが頭を下げて今度は俺を先導するように歩きだした。
この世界では高級なガラスを、一面張りにした扉の前に立つと、前世の自動ドアのように勝手に扉が開いた。
おおぉ……こんなところも完全再現だな。
仕組みは分からないがこの世界の一流店はこうした世界観に似合わないオーバーテクノロジーな設備を備えていることが多い。
単純にわかりやすくするためなのか、誰かのルートでこの理由が解明されるのかは分からないが、これもマーチス・クロニクルの特徴だった。
……本当に転生しているんだな、俺。
細かな部分だが、だからこそここが現実なのだろうと感じさせてくる。
「これはファレス様、我が店にご来店いただき光栄の極みに存じます。ご一報あらば、わたくし共の方でお屋敷にお向かいいたしましたのにわざわざ申し訳ございません」
そんなことをひしひしと感じていると、この店の店長だろうか、まるで当家の執事のように身なりが良く所作の綺麗な初老の男が平伏しながらやって来た。
「よい、今日は完全プライベートである故、俺も客の一人だ。……とはいえ、突然の来訪にやりにくいこともあるだろう。だが、できるだけ普段の客と同じように接してくれ」
「……! 御意に。それではごゆるりと当店の商品をお楽しみ下さい」
初老の男は俺の要望通り、賓客に対する粛々とした態度から、普段客を迎えているであろう営業員のような態度に即座に変えて見せる。
うんうん、この男は出来るな。
そのあと、初老の男はすぐそばに控えていた女性の店員に声をかけ、俺たちにつけてくれた。
「ファレス様、お探しのものはこちらです」
せっかく店員をつけてくれたが、先導したがるサラに案内されるままについていく。
服飾店というと庶民だった俺からすればハンガーにかけられた服や棚に重ねられた服などのそんなものが連なる店舗のイメージだが、ここは全く違う。
小物類のショーケース展示は当たり前。
服やドレスについてはどれも一点物のようでどれ一つと同じものはなく、どれも個別のショーケース内に浮いている。
まるで透明人間に着させているかのごとき光景だ。
……実際にこうして見ると服の博物館みたいだな。
あくまで貴族然とした態度を取りながらも、俺は内心のわくわくが止まらなかった。
「ファレス様、こちらなどいかがでしょう」
店に関心しながらゆっくりと歩いていると、普段より少し気分を高揚させているように感じられるサラがショーケースの中を指さしている。
「ふむ、これは……違うな」
サラの指さすそれは、手袋なのに手の甲の部分に大粒の宝石が埋め込まれている明らかに成金用のものだった。
……サラ、こういう成金みたいなのが好きなのか?
あっさりと俺に違うと言われ、見るからにしゅんとしてしまったサラを置いて自分で手袋を確認する。
剣も使いたいから、あくまで邪魔にならない程度でなおかつ指輪への注目を無くせる目立たないもの……そんな都合のいい物を探していたがどうにも、条件に合致するものは見当たらなかった。
まあ、そこまで都合よくはいかないか……と半ばあきらめていたところ、一見特筆するところのないようなシンプルでごく普通の手袋が目に留まった。
「これは……竜皮か!?」
シミ一つない美しい黒一色の手袋が密かな存在感を放ちながらそこに存在していた。




