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第二十九話 いざ、ノウ領へ

 俺が屋敷に戻ると、訓練場にはサラの言っていた通り合計五十人ほどの侍従と騎士たちが並び立っていた。


「あ、おかえりなさいファレスちゃん! みんな準備は出来てるみたいよ」


 彼らの先頭で何やら話をしていた母が俺の方を振り返る。


「母上、ありがとうございます」


「む……まあ、いいわ。頑張って来なさい。でもあなたはまだ十一歳よ? 無理はしないこと。忙しくてもご飯はちゃんと食べるのよ? 仕事が沢山あっても夜はちゃんと寝るのよ? いい? これが出来ないなら私が直接迎えに行くわ」


 母さんと呼び始めた影響だろうか?

 今までも貴族らしからぬ発言が目立ったが、それがまた一段と強くなっている気がする。 


「お任せ下さい奥様。私が責任を持って、ファレス様のご体調を管理させていただきます」


「あら、あなたから宣言するなんて珍しいわねサラさん。いいわ、あなたに任せましょう。しっかりやり遂げなさい」


「はい!」


 固く握手を交わす母とサラ。

 これは無理はできなそうだな。


 俺は先ほどまで母が立っていた位置に入れ替わりで立つと、軽く息を吸って話し始める。


「まずは急な招集に関わらず集まってくれた皆に感謝を。此度の任務は皇帝陛下より直々に賜ったものだ。だが、その名誉と同等に重たい責任の伴う任務であることを今一度認識して欲しい。それでもなお俺について来る気があるな?」


 俺の言葉に五十人全員がぴたりと息を合わせ心臓の位置に手を当てた。

 そしてまとめ役らしき騎士の一人が口を開く。


「我々一同、御身の覇道の礎となる機会を頂けたこと、大変誇りに思っております! 全身全霊を持ってのその期待にお応えし、必ずやその責を果たすことを誓います!」


 決意に満ちた百もの瞳が俺に向けられている。

 

 ……お、おう。

 なんかこいつら態度変わりすぎじゃないか?

 確かに後々になってあの日の自分を思い出してみれば、そこそこうまくやれたんじゃないかと思うが……ここまでになるほどか?


「……貴様らの心意気、しかと受け取った。一月という長期的な任務だが、しっかりとやり遂げようぞ!」


「「おおー!」」


 とはいえ、やる気があるのは大変結構なので、さらに彼らのやる気を煽るように鼓舞する。


「では、母上行って参ります。父上にもよろしくお伝えください」


「ええ、無理なく頑張るのよ」


 さて、出発するとしよう。

 俺は外套をバサリと翻し、母の言葉を背に受けながら五十人の臣下とサラを伴ってアゼクオン領を出発した。


 ◇◇◇


 二日後、俺たちはノウ領に到着した。


 一日目はアゼクオン領内の端にある小さな集落付近で野営をした。

 さすがに五十人規模の集団が一斉に泊まれるような宿はこの世界にはおそらく王都とかにしか存在しないだろう。

 それにスペーディア商会の人たちも合流していたため、実際はほぼ百人規模の集団と言っていいだろう。

 スペーディア商会が大量の荷馬車を用意してくれていなければ、二日での到着はまず不可能だった。


 そうしてやって来たノウ領。

 ノウ領の中心街は漁港を軸に作られたいわゆる海の街のような雰囲気だった。

 街の内陸側はぽつぽつと明かりが見えていたり、人の往来も見られる。

 

 だが、問題は街の沿海部。

 そこは想像以上に悲惨な状態だった。

 押し流されたと思われる家の残骸に打ち上げられたのであろう海藻や泥がそこかしこに見られ、地震発生から一週間ほどたった今でも、なんの手も施されていないように見受けられる。


「これは……酷いですね」


 あまりの光景に驚きを隠しきれないと言った様子でサラがそう呟く。

 隣に並ぶクインとレドも、特にレドは唇を噛んでおり、この地に並々ならぬ思い入れがあったことが窺い知れた。


「そう、悲観するな。俺たちはこの状況を改善するためにここに来たのだろう?」


「はい」


「そうですね」

 

 とりあえず、俺たち四人は皇帝からの連絡が来ているであろうノウ家へ挨拶に向かう。

 さすがにいくら皇帝の名代だからとはいえ、他家の領地の問題に勝手に介入するわけにはいかないからな。


 ノウ家の屋敷は街からは少し離れた小高い丘の上に位置していた。

 天気が良い日は正面にはずっと先まで広がる海、背後にはそびえたつ大いなる山々と自然のすべてを一望できるような好立地で、老後はこんなところで静養して暮らしたいと思えるほどだった。


 ……その屋敷の姿をしっかりとこの目で見るまでは。


「こ、これは……」


「凄まじいですね……」


 屋敷の門の前までやって来て、サラとクインが若干引き気味にそう言った。


「これが、ノウ家。ノウ領がいまいち発展し切らない所以なのです」


 二人の反応に苦虫を嚙み潰したような表情でレドが呟く。


 俺たちの前に現れたその屋敷は……一言で表せば趣味の悪い成金建築とでも言ったところか。

 見渡す限りすべてが金銀に光り輝き、様々なものが過度なまでに装飾されている。


 はぁ……これだからここには来たくなかったんだ。


 ノウ領は圧倒的な漁獲率で帝国内の漁業市場を席巻し、その財を高めた家である。

 元々は自らが漁師として船に乗っていたそうなのだが、いつからか成金趣味に目覚め、今ではこのように街から離れた位置から海と街を見下ろし、贅の限りを尽くす生活をしている。


 ちなみにおそらくだが、ノウ家は自領の街の災害対応を一切行っていない。


 ほんと、ファレスよりどう考えても悪役の似合う貴族家なのだが、これまたここの嫡男が厄介なのだ。


 そんなことを考えていると馬車が停止した。

 どうやら入口までついたようで俺たちはそこで馬車を降りる。

 そして俺たちを出迎えたのは――


「ようこそお越しくださいました。事情は陛下より伺っております。この度は我が領への復興にお力を貸していただけるとか……。歓迎いたしますファレス・アゼクオン様」


「丁寧な対応に感謝しよう。貴殿はノウ家のクゾーム・ノウ殿とお見受けするが、ご当主殿はどちらに?」


 ノウ家嫡男にして、ユーザーに最も嫌われたプレイアブルキャラクターであるクゾーム・ノウだった。


「大変申し訳ございません。情けないことながら、父バガデムはこの度の災害に心を痛めてしまい……母はその付き添いをしておりまして、私が応対をさせていただいた次第です」


「そうであったか。確かに、こちらに伺う前に街の様子を少し見させてもらったが、中々な状況だったものな。御父上にはよろしく伝えておいていただきたい」


「ええ、ファレス様にお気遣いいただいたとあらば我が父も喜びましょう。ぜひ伝えさせていただきます」


「ああ。それで、復興についてだが……」

「それについては全てお任せいたします。父があの状態では我が家は邪魔となってしまうでしょう」


 俺の言葉を遮り、そんなことを宣って見せるクゾーム。

 本当に最悪だ。


 ……皇帝の名代たる俺相手にも顔を見せず、領主としての務めも果たさない。

 それに加えて、自領の復興を援助者に一任だと?

 馬鹿も休み休み言ってほしいものだ。


「……そうか。では、早速明日より復興のための活動をさせていただく」


「ありがとうございます。ささ、今日はお疲れでしょう? せっかくお越しいただきましたし、今晩は我が家にお泊りになられては? 普段は綺麗な街も今では見る影もない。高貴なファレス様をそのような場所でお休みさせるわけには参りません」


 ……こいつ、遂に隠す気もなくなりやがったな。

 こんな奴とひとつ屋根の下なんて、死んでもお断りだ。

 というか、この場で鉄槌を下さないことに感謝をしてほしい。


「いや、必要ない。俺は明日以降のために少しでも街を見ておきたいのだ。ご厚意には感謝するが」


「そうですか。残念ですが皇帝陛下の名代様のお仕事をお邪魔するわけにはいきませんね」


「ああ、それではこれで失礼する。サラ、クイン行くぞ」


 ドン引きしてもはや固まってしまった二人に声をかける。


「「……はい」」


 ああ、気分が悪い。

 さすがは作中で最もプレイヤーに嫌われたプレイアブルキャラクター。

 運営に嫌われたファレスとは違って、クゾームに関しては同情の声が一切上がらないほどの嫌われっぷりなのだ。

 だが、ゲームではそこそこな性能を持っているため、良くプレイされているキャラでもあったのが非常に腹立たしい。


 腹に据えかねる想いを抱きながら、俺たちはノウ家を後にした。


 ◇◇◇


「ふーむ。あれが噂のファレス・アゼクオンですか」


 ファレスたちが去った後の屋敷の自室でクゾームは服に皺が付くことなど、意にも解さずベッドに横たわっていた。


「噂通りならば、魔法が使えないという話でしたか? ……ククッ、そうですね。では、最終日辺りの、民の注目が最高潮に達したその時、僕が彼を力でねじ伏せ、より民からの信を強めることにしましょうか。面倒ごとは押し付けてしまうに限ります」


 全く貴族らしからぬ怠惰なその考えは、最も簡単に功績を上げること、それのみを見ていた。

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