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第二十八話 交渉上手

 俺は差し出された右手を取り、握手を交わす。


「まさか若きスペーディアの主がいらっしゃるとは。このような突然の来訪ですまないな」


 ……なんでこの人がここに?

 ギンカ・スペーディア。

 もはや、プレイアブルで良かっただろうと言えるほど、主人公のような実績を誇る人物だ。

 古く名のある商会がその幅を利かせていた商業組合という組織に風穴を開け、帝国経済の発展に大きく寄与した、もはや業界では生きる伝説となっている本物。

 冴えわたる頭脳と見事な手腕の持ち主で、おそらくこれから二年間で、今のクインからは考えられないような女傑、ファレスルートにおいて最初の障壁となる人物にまで育て上げる超がつく有能。


 まあ、原作ではクインがどういう経緯を経て育ったのかが語られることはなかったため、これは完全に俺の推測でしかないのだが……。


 だが、この人が優秀なのは確かである。


 さて、もしかするとこれは簡単にはいかないかもしれないな。


「いえ、滅相もありません。して、おもてなしもそこそこで申し訳ありませんが本日のご用向きをお伺いしても?」


 ギンカは早速切り出してくる。

 簡単にはいかないとはいえ、ここの協力取り付けは必須だ。

 食糧支援は皇帝に取り付けたが、それ以外の資材や諸々は最初からスペーディア商会を頼るつもりでいた。

 スペーディア商会の協力が得られないとなれば、かなりの痛手を被る。

 気合いを入れて臨もう。

 

「ああ、要件とは先日の災害の件についてだ」


「なるほど。娘とレドから伺いました。何でも当主不在の中、ファレス様が臣下を率いて対応に当たってくださったのだとか……まだお若いですのに、流石です」


「いや、俺は当然のことをしたまでだ。貴族家、領主としてすべきことだった。それにスペーディア商会にも世話になった。だが、貴女ほどの人物からの評価は素直に頂いておこう」


 穏やかな会話。

 だが水面下では、既に腹の探り合いが始まっている。

 こういう交渉事は貴族相手より商人相手の方が難しいかもな。


「それで話を続けるが、災害の件と言っても我がアゼクオンの話ではないのだ」


「と、おっしゃいますと?」


「ギンカ殿は既にご存知だと思うが、我が領に隣接するノウ領では件の災害での被害が大きなものであったそうだ」


「ええ、聞いております。何でも漁船が何隻も難破し、沿海部では家屋が波に呑まれてしまっているところもあるのだとか……」


 なるほど、漁船が難破と聞いたときから想像はしていたが、どうやら津波も起こっているようだな。

 そうなると、ますますスペーディア商会の協力が重要になってくる。


「ああ、だがそのノウ領では復興がほとんど進んでいないようでな。それを案じた皇帝陛下が私に勅命を下したのだ。余の名代となりノウ領の復興を成し遂げて見せよ、と」


 こちらから先にカードを切る。

 最も大きな力を持つカード。

 こういう交渉事において情報量は命だ。

 だが、先ほどの津波の話だけでギンカが俺よりノウ領の情報を持っていることは明白。

 つまり長期戦になれば、俺が不利になる。


 そう考えて、俺の持つ最大のカードを初手で切った。


 俺の言葉を聞いたギンカは、まさかの人物に目を見開き思わず口元を押さえている。


 勝った。

 ギンカほどの人物にこの反応をさせることが出来れば、あとは消化試合のようなものだろう。


「これがその証の陛下から預かった徽章だ。これは大変名誉なことなのだが、同時になかなかの難題も提示されていてな。先の災害対応にて、率先して協力してくれたスペーディア商会に今回も助力を頼めないかと今日は伺った次第だ」


「なるほど。そのような大役に抜擢いただけるとは商人冥利に尽きます」


「では」


「ええ、喜んでお力添えをさせていただきます」


 よしっ!

 実績重視のギンカの手法なら、皇帝の名前を出せば断られないとは思っていたが、すんなりいってくれて良かった。


「ですが……」


 ですが?

 内心でほっとしていると、クインの方を一瞥したギンカが言葉を続ける。

 

 え、この流れでまだ何かあるんですか?


「……なんだ?」


「大変差し出がましい申し出なのですが、一つ私の頼みごとを聞き入れてはいただけないでしょうか?」


 なんだなんだ?

 なんか最近この展開で面倒ごとを押し付けられる機会が多い気がするんだが……。


「聞けるかどうかは内容次第だが……言ってみろ」


「ありがとうございます。私の頼みですが、商会の携わる作業の責任者に娘のクインを起用していただきたいのです」


「えっ!? お母さま!?」


「……その意図をお伺いしても?」


 驚くクインを置いて俺は慎重に話を進める。

 この後の話次第では、非常に面倒でやりたくはないがギンカを切らなければならない事態になりかねない。

 今のギンカの発言は受け取り方によっては俺を、延いては皇帝を軽視していると捉えられかねないものだ。


 無論、この女傑がそんな馬鹿をするはずはないが、とても二つ返事で了承できる物ではなかった。


「はい。このクインは親の贔屓目を抜きにしても優秀です。ですが、その優秀さが発揮できるのは商いの場のみ。貴族社会においての評価の絶対軸は魔法です」


「そうだな」


 クインの優秀さはおそらく魔法でも発揮できるようになるだろうが、流石のギンカにもそこまでは見えていないのだろう。

 話を合わせて続きを促す。

 

「そのため、クインはいまいち伸び悩んでいるのです。魔法の実力がない分、自信が持てずその才を発揮できない現状はあまりに惜しい。そんなクインに自信を持たせたいのです! どうか、お願いできませんでしょうか?」


 話しながらどんどん熱がこもっていくギンカ。

 その表情はいつの間にか商人のそれから一人の娘を持つ親の物になっていた。


「ふむ。それをして、俺に何のメリットがある? クインの優秀さは認めよう。だが、今回の件は被災地での復興活動。確かに経済を回すことは重要だろうが、それがメインではない」


「クインを責任者にしていただければ、ノウ領での生活環境等はアゼクオン臣下の方々全員分含めて私が責任を持って全額支援させていただきます。ファレス様が復興にすべてのお力を注げる環境をお約束いたします!」


 ほう。これは存外悪い条件ではない。

 別に金銭に困っている訳ではないが、俺がスペーディア商会からの支援を受けているということをノウ領でも示せるのは今後にとっても利益になるだろう。

 だが、このギンカの態度は何か気になる。

 俺の記憶ではこんな風に感情をあらわにするタイプではないはずだ。


「……ギンカ殿の頼み、引き受けても良いだろう。だが、何が貴女をそこまで駆り立てる? そこまでして今、クインに実績を積ませる理由はなんだ?」


 俺の質問にギンカは控えめにクインへ視線を向けた。

 その視線はどこか申し訳なさそうな、そんな色をしていた。


「それが……実はディアメルド家から縁談の申し込みが来ており……」


「ほう……」


 ディアメルド伯爵家。

 帝国でも有数の資産家でザ・成金な貴族だったはずだ。

 貴族だが、血統にはそこまでこだわらず彼らが追及するのはひたすらに財のみ。


 商業組合に風穴を開け男爵家にまで成り上がっているスペーディア家の一人娘に目をつけるのはいわば順当なところ。


「私は貴族身分こそ手に入れましたが、これ以上身分を高めようとは思いません。私のような成り上がり者が貴族社会で立ち回っていくには後ろ盾が不可欠ですが、私も夫もあいにくそのような人脈とは縁遠く、またどこかの貴族様に取り入ろうという気もありません。ですので、娘には政略結婚を強いたくないのです」


 なるほど。

 つまりこれは……


「それはつまりディアメルドからの隠れ蓑にこの俺を使いたいと?」


「……っ! 言葉を選ばずに言えば」


 なるほど。

 ずいぶんと舐められたものだ。

 だが、その豪胆さは……嫌いではない。


「良いだろう。クインを此度のノウ領復興におけるスペーディア商会の責任者として起用しよう。だが、この貸しは高くつくぞ?」


「承知しております」


「クインもいいんだな?」


「は、はいっ! 精一杯働かせていただきます」


「では、すぐに出発の準備をせよ!」


 まさかの展開になったが、悪くない。

 交渉は完全成功と思っていいだろう。


 俺はすぐにノウ領での対応の方へ思考を切りかえ、一旦屋敷へ戻った。


 ◇◇◇


「ふぅ……レドから報告は受けていたけど、想像以上の子ね」


「ギンカ殿の目からもそう見えましたか」


「ええ、あの子は大成するわ」


 ファレスが去った後、ギンカとレドは様々な処理をこなしながら、雑談に興じる。


「それにしてもギンカ殿、私はディアメルド家からの縁談の話など伺っておりませんが?」


 レドの視線がモノクルの奥で光る。


「ええ、言ってないもの。受けるはずもない提案を誰かに話す必要はないでしょう?」


 だが、そんな視線をものともせずあっけらかんとギンカは言う。


「なるほど。さすがはギンカ殿うまくやりましたな」


「やめて頂戴。私は嘘は吐いてないわよ。ただ、娘の恋路を少しサポートしてあげただけ」


「娘のサポートのために皇帝の名代へ大芝居を打ちにかかるのは十分うまくやったと言えるでしょう」


 二人の会話はどこか使用人と主人のそれとは違う音を持っている。


「まあ、私は商人ですもの。それにもしあそこで首を落とされそうになっても貴方が守ってくれたでしょう?」


「……はぁ、これが惚れた弱みか。でも、今後は気を付けてくれよ? あの方の才はその知略だけではない。もうあと数年としないうちにこんな老いぼれ、簡単に追い越していくだろう」


 それもそう。

 何を隠そうこの二人はそう言う関係なのである。


 ギンカ・スペーディアは娘であるクインを生んですぐ、当時の旦那を無くしている。

 そんな中でたまたま巡り合ったレドと意気投合。

 再婚こそまだだが、レドがギンカのために剣聖の職を降りるくらいには親密な関係だ。


「それでもよ。それと、その老紳士風の変装も止めたら? その恰好も味があっていいけど、いつまでもあの子にあなたを紹介できないわ」


「……そう言われても剣聖レドの姿に戻るわけにはいかないだろう?」


「それもそうね。()()面倒ごとはごめんだわ」


 クインの父の話やレドは『マーチス・クロニクル』では登場しないキャラクター。

 だからファレスがこれに気が付く日はきっとまだ先だろう。

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