第二十五話 名前と力と責任と
「ファレス・アゼクオン、貴様っ! その魔法はどこでっ!?」
室内は一変して剣呑な空気に包まれた。
そもそもこの世界における魔法は属性というくくりこそあるものの、その使い方は使用者次第。
俺の父クロフォードとサラの父エドワードの魔法が良い例だろう。
遠距離攻撃が可能な魔法をあえて纏うという一片変わった使い方をしている。
魔法の発言のさせ方は千差万別、属性とはいわば系統のようなもの。
それをどのように扱うかは全て個人の裁量次第なのだ。
もちろんテンプレのようなものは存在するが、魔法の何よりの強みは相手が何をしてくるか実際に見るまで分からないということ。
だから今回、俺がここで魔法を披露させられるのは今後においてかなりのディスアドバンテージになる。十二歳の社交界デビュー時は適応な魔法で誤魔化せてもさすがにこの御仁たちの目を欺くのは難しいからね。
だがそれも、俺が普通の魔法に覚醒していればの話。
俺の魔法は『傲慢』。「お前の魔法、俺の方が上手く使えるからもらってくわ」とでも言わんばかりのこの魔法は、秘匿性において圧倒的な強さを持っている。
おそらく、この魔法確認も俺への枷にするつもりだったのだろうが、そこまで乗ってやる義理はない。
「おや? この魔法に見覚えが?」
俺はあくまでこれが自分の魔法ですが? と言う態度で答える。
「……チッ!」
そんな俺の態度に苛立ちを隠そうともせず、舌打ちをしながらエドワード伯爵は席へ座りなおす。
まあ、言えませんよね。
謁見の間、しかも陛下の御前で父と殴り合って、あまつさえ敗北を喫したなんて。
「はっはっはっ! どうだ、皆? 余の目には火属性の魔法しか映らなかったが、ファレスがあの魔法で先の災害を起こせると思うか?」
「……あの魔法では無理、でしょうな」
「ええ、そうですね」
皇帝に意見を求められ、今まで黙っていたお偉方も口を開く。
まだ、完全に俺への疑心が晴れたわけではなさそうだが、おそらく俺の印象は一変したことだろう。
まあ、バカなガキと言う印象が危険人物にランクアップしただけの可能性もあるが……。
そんな中、唯一黙ったままの騎士隊長グレイグ。
いつの間にか魔法発動の準備は止めており、軽く目を閉じて腕を組んでいる。
「うむ。皆、余の意見と相違ないようだな。それではファレスよ。そちを明日より一月、余の名代としてノウ領の復興を行う任を与える!」
「はっ! 身命を賭して任に当たりま……す?」
ん? 今、ノウ領って言ったか?
というか、その案はエドワード伯爵が持ってるんじゃなかったのかよ。
……いや、そんなことはどうでもいい。
ノウ領は嫌すぎる。
これが終わって領に戻ったら父にノウ領のことを進言するつもりだったのに。
まさか自分でやることになってしまうとは。
「そうだな……よし、これでいいだろうグレイグよ。これをファレスへ」
皇帝は自分の胸のあたりについていた徽章を取り外し、グレイグへ手渡す。
受け取ったグレイグがそれを俺の元まで持ってきた。
「これの重さをよく理解しなさい。名前と力には責任が伴う。分かるかい?」
「重々承知しております」
俺がそう言うと騎士隊長グレイグはフッと力を抜き、その徽章を俺の外套の心臓にあたる部分に付けた。
「もし、騎士の派遣が必要なら言うと良い。王国騎士隊長として口利きはしてあげよう」
「感謝いたします」
口利きは、ね。あとはお前が説得しろと。
ううむ、実際にノウ領の被害状況が分からなければ騎士がどれだけいるかとかは分からないし……そもそもノウ領はアゼクオンに隣接してはいるものの道のりは険しいためそう簡単に行き来できる距離ではない。
まあ、騎士の派遣とかは最悪アゼクオンの優秀な奴らを連れて行けば解決しそうだな。
それより……ノウ領復興に必ず必要なものがある。
「陛下、一つよろしいでしょうか?」
「許す。申してみよ」
「はっ! ノウ領の復興に当たり最も必要なものは食料です。ですが、恥ずかしながら私の伝手ではとても賄いきれません。そこでこの王都からもお力添えいただけないかと……」
そう、食料である。
遠話の水晶でレドが受けた報告によれば、最大の漁船の難破による食料被害が甚大とのことだった。
おそらくノウ領の復興において鍵になるのは漁船だ。
漁船があれば、漁師の職は回復し、経済を再び回すことで徐々に復興がなされていくだろう。
しかし、人間は何をするにもエネルギーを使う。
結局、食事からは逃れられないのだ。
「そうだな……。食料については余が支援させよう。さすがの余も一月の間に全く伝手のない商会との交渉までをさせはせん。そちはあくまで領の復興に努めよ!」
「陛下の寛大な御心に感謝いたします」
……おお、これはラッキーな展開だ。
全然この後王都の商会に端から乗り込んで、皇帝の名前を振りかざしてやろうと思っていたが、その手間が省けた。
よし、じゃあ、そろそろ帰って準備を……って、ん?
待てよ。
サラは何のために呼ばれたんだ?
挨拶こそ俺が二人分まとめてしたが、さっきまでの話は確実に俺個人に当てられたものだ。
わざわざサラにも正装をさせ、連れて来たということはまだ何か用事がありそうだが……。
「ファレス、私たちはもう戻るぞ」
「はい、父上」
だが、それ以上の考えは父によって遮られてしまった。
出口に向かって歩き出した父の後を追う。
すぐにサラも立ち上がって俺についてこようとしたところでエドワード伯爵がサラに声をかけた。
「サラ、お前は少し待ちなさい」
「! は、はいっ!」
……?
「ファレス……くん、サラを少し返してもらうよ」
何のつもりだ?
「……父上、もう少しお時間を頂けませんか」
「ダメだ」
「……分かりました」
別にエバンス家出身のサラがエドワード伯爵に呼び止められること自体はさほど問題ではない。
というか、きっとサラにも用事がちゃんとあったのかと疑念が解消されたところだ。
だが、俺が違和感を覚えたのはエドワード伯爵の言い方。
返してもらう。
一見すれば、先日の発言に対する意趣返しにしか聞こえないセリフだが、なんだか嫌な含意を感じる。
「……エドワード伯爵。返すのではありません。私が貸すのです。伯爵相手に失礼かとも思いますが、アゼクオンは臣下を大切にしますので。その認識は改めていただきたい」
「……」
「……」
俺がそう言った後で数秒の沈黙。
だが、俺は父の命令に逆らう訳にもいかず、扉を開け部屋を出た父の後を追って部屋を出た。
◇◇◇
「さて、サラ。お前は自分がなぜ呼ばれたか分かっているかい?」
ファレス様とクロフォード様が退出され、陛下と騎士隊長を除いた国の重鎮の方々も退出して行ってからお父様が私にそう聞いてきた。
「いえ、申し訳ございません」
「謝る必要はないんだよ。けど、分からないのはまずいんだよ」
久しぶりに会ったお父様の声は変わらず優しい。
だが、今日の声には怒りが滲んでいるように感じられた。
「申し訳……ございません」
私が呼び出された理由、なんだろう?
先日のファレス様を主と呼んだ件だろうか? 確かに実質皇帝に仕えているエバンスとしてはまずかったかもしれないけど、私のように使えるべき主を見つけ、その主を通して帝国に貢献している兄弟たちは多くいる。
そもそもあれは私が呼び出されたあとに起きたこと。
招待に私も含まれていたとすれば、その理由は王都にくる以前の何か?
「……本当にわからないみたいだね」
諦観、落胆、そんな声で父は言う。
「ファレス・アゼクオンの魔法についての報告をあえて怠っていたな?」
ああ、それか、そんなことか。
父の深刻そうな表情とは真逆に私の心は平穏そのもの。
予想以上にどうでもいいことだった。
エバンスとして私に与えられている任務は二つ。
監視対象へメイドとして仕えることと些細な変化をもすべて報告すること。
「あの魔法、ファレス・アゼクオンが覚醒した魔法の危険性はお前も分かっているだろう? なぜそれを報告しなかった」
……そんなこと簡単だ。
私がファレス様の物だから。
もうしばらくすれば王となるファレス様の情報をそう簡単に報告してなるものか。
「申し訳ございません」
謝罪を続ける。
エバンス家にはこういう言い伝えがあった。
エバンスは代々王に仕え、そのそばで陰で王を支えた、と。
だから父も母も兄弟たちも皇帝に仕えている。
でも、私の王はこの皇帝ではない。
ファレス様が私の誕生日を祝ってくれた、私のことを褒めてくれた、私と向き合ってくれたその日から私の中ではファレス様が王であり、ファレス様を王にするためならなんだってやる覚悟だ。
「だから、謝罪はいらないと言っているだろう? 理由をだね」
「……」
こう見えて私はエバンスの直系なのだ。
この国でも有数の力を持つアゼクオンの嫡男のメイドに抜擢されるほどに優秀なのだ。
ファレス様の前で演技をしているわけではない。
でも、あれがすべてでもないというだけ。
「だんまり、か。サラ、何がお前をそこまでさせるんだ」
父がため息を吐く。
騎士隊長グレイグ様は目を閉じて腕を組んでいる。
皇帝は興味深そうに私を見ていた。
「……私は自分の忠誠心に従っているだけです」
「サラっ! お前の主は皇帝陛――」
「僭越ながら、私の主はファレス様です」
「サラ……残念だよ。私だって実の娘にこんなことをしたくなかった。だが、帝国内、それもエバンスから反逆者を出すわけにはいかないんだ」
父の拳が黒炎に包まれる。
グレイグ様と皇帝の様子は相変わらずだ。
「せめて、目を閉じなさい。親の情けで痛みなく送ってやろう」
最後の情けだと父に諭されるが、目を閉じるつもりはなかった。
常に未練のないように生きて来たから。
ただ、王となったファレス様をこの目で見られないのは残念だ。
ふと、ブレスレットに手が伸びる。
ファレス様に頂いた大切なもの。
触れるだけでファレス様とのつながりを感じてられる。
「そうか。では、そのまま逝くが良い。サラよ、これまでの忠心、大義であった」
父が唇を噛んでいる。さすがに申し訳ない気がして来た。
でも、意思を曲げて生きるなんて、したくない。
黒炎を纏った貫手が迫る。
ああ……でもやっぱり、怖い。
無理して目を開けているんじゃなかった。
……ファレス様、ファレス様、ファレス様ファレス様ファレス様!「ファレス様!」
最後に私の口から出たのは最愛の方の名前だった。
「……聞こえている」
ふわりといつもの香りが鼻腔を突く。
嘘……。
声が……聞える。
いくら待っても痛みが来ない。
「お言葉ですが、エドワード伯爵。借りたものはきちんと返すのが礼儀でしょう?」
『嫉妬』の魔法でエドワード伯爵の腕を拘束しながら、サラの肩を抱き寄せた。
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