第二十一話 眼圧と殺気
早朝、昨日の気まずさを引きずったまま俺たちは玄関前に集まった。
「良く似合うドレスだなサラ。サラの光るような金色の髪に負けず、なお際立たせる黄色が美しい」
「そんなっ!? そんなに絶賛していただくほどのものじゃ……いえ、あ、ありがとうございます」
ついイキったクサい発言をしてしまったが、サラは嬉しそうにしてくれているので、まあ、良いだろう。
その後も、バレないようにサラのドレス姿を目に焼き付けた。
◇
サラのドレス姿というレアシーンで昨日の気まずさを吹き飛ばせたのは良かったが、その後にやって来た父の首下にくっきりと跡が残っていたせいで、感動が薄れてしまった。
「では、行くぞ」
「はい」
「お供させていただきます」
だが、やはり全く気にした素振りはなく、何事もなかったかのように馬車へ乗り込む。
それに俺も続き、自分も同じ馬車なのかと戸惑っていたサラも観念して乗り込んで馬車は動き出した。
「あ、あの、私も同じ馬車に乗せて頂いてよろしかったのでしょうか?」
とはいえ、気にならないわけではないらしく、かなり勇気を振り絞った様子のサラが父にそう聞いた。
「構わない。そもそも君は我々に近い立場のはずだろう?」
……!? 父上、それはサラの監視対象である俺の前で言うべきではないのでは!?
確かに『嫉妬』を抑えるときにサラも口を滑らせていたし、俺も知っていることだが、それにしたって体裁と言うか公然の秘密と言うか、あるだろう!?
「……っ! ですが、今の私はファレス様のメイドですので」
「ふむ。まあ、そうだな。今は、な」
やけに「今は」を強調した言い回し……サラが呼ばれた理由はエバンス家関係か?
……なんだかこちらはこちらで面倒ごとの予感がするが、まあ、後のことは後の俺に任せよう。
以降は基本的に無言のまま俺たちは馬車に揺られた。
◇◇◇
道中数度の休憩を挟んだものの、ほぼノンストップで馬を走らせ続け、夜が更け切る前に俺たちは王都へ到着することができた。
現実的には数日かかるだろう旅程をものの十時間ほどで走り切ってしまうとはゲーム馬車様様だ。
とはいえ、技術的には現代のように揺れを感じなかったり、音が静かだったりと言うことはないため、移動だけでかなり消耗させられた。
もしかして、この疲れを見越して王都へ前乗りさせてくれたのかと思ったが――
「さて、早速だが謁見をするとしよう。招待の件は明日の夜だが、その前に陛下に顔を覚えていただくと良い」
「……はい」
はい、そうですよね。知っていましたとも。
……十時間の馬車の度の後すぐに皇帝陛下へ謁見とは、この父は子どもの体力という物を理解していないのか?
普段は疲れた様子など一切見せないサラも、その表情には疲労が浮かんでいる。
……休ませてやりたいが、そういう訳にもいかない。
何せ父はもう王城への道を歩き始めている。
荘厳な雰囲気の門をくぐると見えてくるのは、まるでフランスのシャンボール城のような左右が対照的な造りの広大な城。
もちろんゲーム上では何度も見た城であり、その構造も嫌と言うほど把握しているつもりだが、やはり実際に自分の目で見ると圧巻だ。
だが、そんな感慨に浸る暇もなく、父はどんどんと中へ進んでいく。
そして、入り口前の守衛に招待状を見せるとようやくこちらを振り返った。
「ついてきなさい」
……貴族社会じゃなければ完全にモンスターだぜ親父。
と、内心毒づきながら父を追おうとした時、隣りまで歩いてきていたサラがバランスを崩した。
「えっ? きゃっ!」
慣れない恰好に長時間移動の疲労、それに加えて俺と父と同じ馬車に乗っていなければならないという緊張、おそらくもっといろいろな疲れが一気にここで来てしまったのだろう。
「サラ!」
咄嗟に『時穿の心剣』でサラを受け止められる位置へ移動し、抱きかかえる形で難を逃れた。
レド師匠の魔法はさすがに有能だな、なんて感想を抱いている暇もなくサラに声をかける。
「大丈夫か?」
「ふぁ、ファレス様……申し訳ございません。こんな王城の目の前で……」
「そんなことは気にしなくても良い。もう少し歩けるか? これが終われば今日はもう休めるはずだ」
「は、はい。すみません。ありがとうございます」
サラを離し、その代わりにスッと左腕を差し出す。
「あの……ファレス様。これは……?」
「……今は俺もサラも皇帝陛下に招待された招待客だ。俺がサラをエスコートしていても何も問題ないだろう?」
「……!? そ、そんな! 私なんかが……」
「良いから掴まれ。父をこれ以上待たせるのも忍びない」
「は、はいっ。失礼……いたします」
控えめに俺の左腕へ腕を通すサラ。
それを確認するとなるべくゆっくり、サラの歩調に合わせるように歩き出す。
……最良の選択をしたつもりではあるが、流石に気恥しい。
「ふぁ、ファレス様、やはり……」
「良いと言ったはずだ。それともサラは昨日の父と母のような横抱きの方が良かったか?」
そう冗談めかして言ってみると、ほんのりと頬を朱に染めたサラが小さな声で
「こ、このままでお願いします」
と、一言。
「では、行くぞ」
尚も仏頂面でこちらを見ている父の方をまっすぐと見ながら、サラを伴って俺は王城へ足を踏み入れた。
◇◇◇
父上の後をついて行くといきなり謁見の間の前までやって来た。
……国王はもう待っているのだろうか?
「ファレス、お前たちから入りなさい」
「よろしいのですか?」
「今回陛下から招待を受けているのはお前だ。私は招待状を届けただけに過ぎない」
……そう言えば、成人していたら一人で行かせていたとか言ってましたね父上。
「承知いたしました」
俺は一度サラに貸していた手を離し、両開きの扉を開ける。
本来ならば開けてくれる人がいそうだが、今のサラはメイドではないし、案内も父だったことを考えると自分で開けるのがおそらく正解だろう。
謁見の間では既に皇帝が玉座に座してこちらを見ていた。
それを見た瞬間、体が勝手に動き、気が付けば俺たちは跪いていた。
……これが、皇帝の持つ覇気。
本物の王の気概。
だが、ただで負けてやるつもりはない。
俺は『傲慢』なのだから。
「帝国の太陽、モラク・ルー・グラーツィア陛下にアゼクオンが嫡男ファレス・アゼクオンがご挨拶いたします。この度は御招待に預かり、万感の極みにございます」
あくまで首は垂れたまま、しかし、この胸中で燻る野心や諸々の感情を全て載せて皇帝への挨拶を口にする。
「はっはっはっ! 元気のよい息子ではないかクロフォードよ!」
だが、そんな俺の胸中全てを見透かしたうえで、まるで意に介していないとでも言うように父に話を振って見せる皇帝。
「まだまだ未熟ですが、これは本物です陛下」
「うむ。そのくらい見れば分かる。歓迎しようファレスよ。皆、面を上げよ」
「……!」
言われて顔を上げると、その瞬間、猛獣に睨まれてでもいるかのような恐ろしい感覚が全身を駆け巡った。
……なんだよ。めちゃめちゃ意に介してたんじゃねぇか!
だが、こんなところでひるんでいては傲慢の名が廃る。
震えそうになる足に鞭を打ち、皇帝の眼圧に正面から向かい合う。
「はっはっはっ!! 余の眼圧を受けてなお怯まず、それどころか睨み返すとは。はっはっ! 愉快愉快! なあ、エドワードよ」
すると本当に愉快そうに皇帝が高笑いをし、明後日の方向を向いて誰かを呼んだ。
「ええ。我らから見れば危険人物として処断の対象にしたいほどですね」
皇帝の目線の先に俺が顔を向ける前にその人物はいつの間にか陛下の横に立っていた。
そう、その人物こそ――
「お、父様……?」
サラが辛うじて口元を抑えながら、その驚きを声にする。
エドワード・エバンス。
エバンス家の当主にして王国の裏を担い、皇帝の権力を支える一つの礎となっている、いわば王国の闇その人だ。
「やあ、サラ。ドレス、良く似合っているよ」
「は、はい。ありがとうございます」
……それよりさっきこの人とんでもないことを言わなかったか?
処断? いや、まあ、確かに皇帝に体向かう姿勢を見せちゃったけど、あれは反意とかそう言うんじゃないので……。
「それで、サラ。一つ聞きたいことがあるのだが、答えてくれるかな?」
「はい、私にお答えできることでしたら」
「うん、じゃあ聞くけど」
エドワードはそこで一度言葉を区切り、殺気ともとれるような圧を纏いながら続けた。
「サラの主は誰だい?」
質問ではなく、もはやこれは詰問だ。
エバンス家は皇帝の忠臣のような立場。
メイドとして各家の次期当主クラスの傍使えになるが、その主は常に皇帝である。
だが、サラはありがたいことに俺を神のごとく敬っている節がある……。
これは……と俺が思った時だった。
サラはそんな想像の一枚上を行った。
「もちろん、ファレス様です!」
五人しかいない謁見の間に今日一番の衝撃が走る。
これにはかのクロフォード父上でさえ、驚いた表情をしていた。
「私はファレス様の物ですので!」
そして立て続けにダメ押しの一手。
うんうん、そうだよね。
最近のサラはそう言う感じだよねぇ……。
けど、今言うのは違うかな?
ええ、だってサラに向けられていたはずの殺気があり得ない程こちらに向いているんだもの……。




