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第二話 有能メイド サラ・エバンス

 早朝、変化の時が訪れた。

 自分の身体の中で何かが胎動するような感覚を覚える。


「こ、れが……」


 一晩中、吸魔をしたまま半ば瞑想状態で過ごしていた俺はその体の違和感に目を覚ます。


 俺の中に昨日までとは違う明確な力を感じる。

 これが魔力か!


 ゲームでは覚醒を果たすと全身から魔力を溢れ出させるため、まだ覚醒には至っていないようだが、昨日までは感じられなかった魔力というものをしっかりと感じることができている。


 ファレスの固有魔法は、特に覚醒が早ければ早いほど強力になりやすいため、これはとても良い兆候だ。


 このマーチス・クロニクルにおける魔法とは五つの属性魔法のことをさし、炎・水・風・土の四属性に属性外の無を加えた五つだ。

 基本このうちのどれか一つを覚醒するのだが、ゲームの主人公や重要ポジションに位置するキャラは二属性や複合属性のような特殊な固有魔法を覚醒する。

 水と風の二属性で氷のような特殊な魔法に昇華させたりとまあ、そんな感じで。

 だが、その分修めるのも大変になる。

 作中一不遇だが、一応主人公枠のファレスも二つの魔法を覚醒するため、少しでも早く覚醒して修業をしたいところだ。

 

 さて、今日もこのまま吸魔をしていたいところだがそうはいかない。魔法を覚醒しただけでファレスルートが安泰になるとは思えないからな。


「とりあえず、基礎能力を上げるか……手っ取り早いのは剣術、だな」


 何かがあって魔法が使えなくなったときに剣術があるとないとでは大きな差が生まれる。

 原作でもファレスは剣術だけはそこそこ評価されていた。

 といってもこの世界では魔法が圧倒的過ぎて、「へぇ~剣、好きなんだ」くらいの反応しかされないのが辛いところだが。


 ……独学でも才能の力でなんとかできそうだが、効率を考えればさすがに師範が居た方がいいだろう。

 でも……侯爵令息が剣を習うとなると、相応の人物じゃないとなぁ……。

 今は父も母もいないようだし、とりあえずはサラでいいか。


 そんなことを考えているといつもより控えめなノック音が聞こえた。


「おはようございますファレス様。起床の時間ですので起こしに参りました」


「入れ」


 俺がそう言うと、扉の先で微かにサラが驚いたような声を上げた。


「ファレス様、おはようございます。本日はお早いお目覚めですね」


 ……? どうしてサラは不服そうな顔をしているんだ?


「ああ、サラのおかげで魔力を感じることが出来たのでな。昨日は助かった」


「それはおめでとうございます! ですが、何度も感謝されるようなことでは。それに――」


 サラは俺の両手の人差し指を見つめる。

 その表情は複雑だった。


「気にするな。俺にはこれが間違いなく必要だった。それに必要でなくなれば神聖魔法が使える者を呼び、外させればいいだろう? いくら希少な神聖魔法とはいえ、我がアゼクオンの名を前にしては断ることも出来まい」


「……そう、ですね」


 俺はサラを元気づける意味でも軽く言って見せたが、神聖魔法というものはサラのこの表情相応の希少性を持つ魔法だ。

 そもそもの絶対数が少ない無属性魔法の内、神の加護を受けた者のみが扱えるとされるレア中のレア。それも神聖魔法の覚醒者は教会に聖者として囲われてしまい滅多にお目にかかることができない。


「ところでサラ。お前は剣の心得はあるか?」


「剣にございますか? 心得と呼べるものではありませんが一通り叩き込まれております。ファレス様もご興味があれば、微力ながらお教えできるかと」


「よし、では俺と打ち合ってくれないか?」


「承知いたしまし……はいっ!?」


 基本なんでも二つ返事のサラでも、これには流石に驚いて聞き返せずにはいられなかったみたいだ。


 ◇◇◇


 剣術の基本は型だ。

 人体の構造や剣の重さ、色々なものを計算し理論で完成させられた型を修めるからこそ剣術と言われる。

 

「あの、ファレス様。本当に私と打ち合いをするのでしょうか?」


 そう言うだけあって、木剣を手に持つ姿はサラの方が様になっている。

 ファレスは剣が評価されてたとは言え、それは剣を修めない貴族の中でのこと。

 剣を修めている者とほとんど触ったことのない者の模擬戦は無謀を通り越してもはや危険である。

 サラは怪訝そうな表情を浮かべていた。


「ああ、もちろん。全力で来てくれ!」


 サラはただのメイドではない。

 本名はサラ・エバンスと言い、れっきとした貴族のご令嬢なのだ。

 だが、エバンス家は帝国の王室に仕える国の暗部のような存在とされており、その子供も幼いうちから戦闘訓練や各種の知識などを叩き込まれ、力のある家にメイドとして送り込まれている。

 反逆を起こされたら危なそうな家には基本的にエバンス家のスパイが入り込んで帝国の秩序を守っているという訳だ。


 そう考えると原作のサラは可哀そうだよな……。

 貴族令嬢なのに性格オワコンで人の形をしたモンスターとも揶揄されるファレスのメイドとして生きなきゃいけないんだから……って、それは今もか。


「行きますっ!」


 俺があれこれ考えているうちに逡巡を終え、覚悟を決めたサラがファレスに向かって斬りかかる。


 うおっ! はええ!

 でも見えるのか……さすがはファレスだな。

 俺はサラの剣戟を剣の腹で受け流すようにいなす。


「っ! さすがはファレス様です!」

 

 いなされるとは思わなかったのか、驚いた顔を見せるサラが速度のギアを一段階上げた。


「くっ……」


 さすがの俺も鋭く速い動きで気を抜けば一撃でやられる剣戟を受け続けるのは堪える。

 この歳では力の差も大してないだろうし、力押しでの逆転は期待できない。

 ならば……

 俺はサラの剣を正面から受け止め、鍔迫り合いになる前に大きく後ろへ跳んだ。

 

 力の抜き方を少しでも間違えれば受け止めきれず吹き飛ばされていたところだったので、うまくいって良かった。

 だがそこで気を抜かず、姿勢を低くしてサラに向けて一気に斬りかかった。


「もらった!」


 両手で縦に斬りかかる様にフェイクを入れ、ギリギリで右手に持ち換えて横に薙ぐ。

 到底、普通の人間にはできない挙動、ファレスの才あってのゴリ押し剣術だ。

 それでも俺の勝ちとなる未来を信じて疑わない自信の一撃。

 しかしその未来は訪れなかった。


 ガンッ! と鈍い音が響く。


「さすがでしたファレス様」


 俺の横薙ぎはいつの間にか剣を逆手に持ち替えたサラによって打ち払われていた。


「……サラ、今いつの間に持ち替えた?」


 悔しさや色々な感情の前にどうやって? が先に来る。

 そのレベルの動きだった。


「ファレス様が片手に持ち替えられた時です。両手での剣戟ならば、さすがに払えませんので受けなければならなかったでしょうが、片手なら簡単に払えますので」


 ……あの瞬間でそこまで見切ったのか。

 恐るべきメイドだ。

 でも、ちょっと胸を張って解説っぽく喋ってるのは年相応で可愛くもあるな。


「サラこそさすがだな……もしかしてメイドはみんな剣の心得が?」


 自慢げなサラが可愛かったので少しからかってみる。


「えっ!? いや、それは私が……いえ、そうかもしれません! 最近のメイドには剣術は必須スキルです!」

 

 都合上、正体を明かすわけにはいかないサラがとんでもないことを宣う。

 なんだよ剣術が必須のメイドって……一体何用なんだ。物騒すぎる。


 珍しくわたわたとするサラを十分見て満足すると俺たちはシャワーを浴びて昼食をとった。


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