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第十九話 根本的原因

 あれから数日、カリスマを発揮して見せたファレスもその必要がなくなればいつも通り。

 地震への対応を母とその侍従たちに引き継ぎ、ファレスは普段通りのある意味で静かな生活に戻っていた。


 サラに起こされ、レドに剣を教わり、クインと魔法談議兼魔法講義をし、母と共に食事をとる。

 ただ、あの件をきっかけに明確に変わったことがあった。


 サラを伴って自室までの廊下を歩いていると反対側から二人の侍従が歩いてくる。

 俺は気にすることなくそのまま歩き続けるのだが、侍従の反応が予想外のものであった。


 普段通りならば、俺を避けて端による侍従たちが恭しく頭を下げた。


「ふっ……」


 手のひら返しと言えばそれまでだが、なんとなく照れくさくて、鼻を鳴らして通り過ぎる。


「ようやく気が付いたようですね。ファレス様の偉大さに」


 二人から少し離れたところでサラも同じように鼻を鳴らしている。


「満足そうだな」


「はい!」


 果たしてこの状況に適した言葉だったのかは定かではないが、サラが嬉しそうにしているのでまあ、良いだろう。


「それでファレス様、今日はこれからどうなさるのですか?」


「そうだな……」


 皇帝の生誕祭は先日終わったため、父もそろそろ戻って来ることだろう。

 とすれば、下手に何かするのではなく部屋でおとなしくしているのがよさそうだ。


「……今日のところは部屋に戻って吸魔をしつつ、父の帰りを待つ」


 魔力覚醒を想定以上に早い段階ですることができたため、あれ以来、吸魔には力を入れて来なかったが、覚醒後も魔力を蓄え、伸ばすことは可能だ。

 ただ、その伸び率が覚醒前とは天と地ほどの差があり、効率が悪すぎるというだけで。


「承知いたしました。あの、ファレス様。私も一緒に修練をしても?」


「構わん。好きにすると良い」


「ありがとうございます!」


 ぴょんと小さく飛び跳ねるかの如く喜んで見せるサラに何とも言えない視線を向けながら、俺たちはそれぞれの修練に励んだ。

 

 ◇◇◇


 どのくらい集中していただろうか。

 窓の外を見てみれば、だいぶ日も落ちて、燃えるように赤い夕暮れが顔を覗かせている。


「ファレス様、休憩されますか?」


 俺より先に修練を終えていたサラがいつの間に用意していたのか、紅茶を載せたトレー片手にそう聞いてくる。


「ああ、貰おうか」


 感覚として感じられるほどの伸びは感じられないが、某ド〇クエなゲームの種一つ分くらいは上昇したのではないだろうか?


 紅茶を味わいながら、空いた左手で極小サイズの水球を生み出し、その形を次々に変化させ、操作の正確性を確かめる。

 あまりお行儀のよいことではないが、まあ、今くらいは良いだろう。

 このサイズなら他人からバレる心配も――


「……ファレス様、それはなんでしょうか?」


 あった。


 サラは俺の左手をまじまじ見つめながら聞いてきた。

 ……全然バレてる。


「あ、ああ、今の吸魔でどれくらいの魔力が取り込めたか、その制御ができるかの確認をだな……」


「……お言葉ですが、今は休憩中ですよ」


「……その通りだな」


 ジト目のサラに叱られてしまった。

 ……なんだろう、でも、何かをしていないと落ち着かないようなそんな妙な緊張が確かに俺の中に存在しているのだ。


 サラのジト目を受け流していると、部屋にノックの音。


 目配せでサラに対応を任せる。

 サラもすぐに頷き、扉を開けるとそこにはサラが嫉妬に取り込まれていた日に俺に朝食を持ってきてくれたメイドが立っていた。


 そのメイドはサラに一言、二言耳打ちすると、俺の方へ小さく会釈をして去って行った。


「ファレス様」


「来たか?」


「はい。あと数分でクロフォード様が御戻りになられるようです」


「よし、では行こうか」


 口ではそう言っているのに、足がなかなか動こうとしない。

 ……この感じは俺ではなく、この身体に染みついた意識としてクロフォードが苦手なのかもしれない。

『マーチス・クロニクル』原作内ではそんな描写はなかったが、確かにクロフォードとファレスの会話シーンもほとんどなかった気がする。

 クロフォード自体はスジェンナとは反対に、子どもにどう接していいかわからない不器用な父という性格設定が存在したため、それが原因だと考えていたが、もしかしたらファレスの苦手意識との相乗的なあれもあったのかもしれない。


「ファレス様?」


「あ、ああ、今行く」


 これまでで一番言うことを聞かない体を何とか動かし、サラを連れて玄関前まで無理やり歩いてきた。


「あら、ファレスちゃん? ……いえ、成長したのね」


 やはりこの母にはすべてがお見通しだったようで、慈愛の笑みを向けられる。

 どうやら、ファレスはクロフォード、自分の父が苦手で間違いないようだ。


 まあ、母とのギャップがすごいもんな……やっぱりファレスがひねくれる原因はスジェンナ母上が要因になっていることが多い気がする。

 ただ、息子を溺愛してるだけなんだけどね……なんとも不遇だよファレス。


「到着されました!」


 入口の方でメイドがこちらに呼びかける。


「さあ、ファレスちゃん。行くわよ。きっとクロフォードも喜ぶわ!」


「……はい、母上」


 俺と母上はこちらへ向かってくる馬車を出迎えに玄関の外まで出る。


 そして、遂に父が馬車から降りて来た。


「スジェンナ、災害への対応ご苦労。詳しい話を聞かせてくれ」


 父はこちらへ一瞥もくれずに必要事項だけを簡潔に母に伝えると屋敷に入っていこうとする。


「……っ」


 さすがの俺もこの対応にはどうすることも出来なかった。

 好きの反対は無関心とはよく言ったものだ。

 嫌われた方が対応の仕方は楽でいい。

 しかし、これほどまで視界に入っていないとなると、正解の対応が俺には考えつかなかった。


「はぁ……」


 だが、母は違った。


 あからさまに、辺りにいる侍従たちにも聞こえる大きさでため息を吐く。


「ねえ、クロフォード。あなた、父親の自覚はある?」


 正論一閃。

 さすがはスジェンナ母上、普通の貴族家じゃこうは行かない。


「……親としての役目は君に任せている」


 だが、そんなスジェンナの正論にも一切引かずに、シャッターを閉ざすかのような反応をするクロフォード。

 

「……それ、本気で言っているのかしら?」


 しかし、その対応は最悪手だったようだ。

 母上の美しい顔に青筋が浮かぶ。

 そしてその全身からは風の魔力が迸っている。


 周りの侍従もこの状況にはさすがに慣れていないようで、隣り同士で顔を見合わせては目線を逸らす動作を繰り返している。


「無論だとも。いつも言っているだろう? 人には向き不向きがあると」


「これは、向き不向き関係なくすべての親が向かい合わなければならないことよ」


「……どうやら、このままでは平行線のようだ」


「ええ、そうみたいね」


 そんな侍従たちと俺をよそに父と母のやり取りはヒートアップしていく。

 ついには父の拳にも火の魔力が纏われている。


 ……そんな中で俺は、動けない自分が情けなくて仕方なかった。

 握り締めた手は開かず、一歩前に出したい足も、その場を踏みしめるので精一杯だ。

 父に感じていた緊張よりさらに強い感情。

 問題の中心は自分のはずなのに、そのやり取りに入ることができない。


 そもそも、ファレスは作中一の『傲慢』なのだ。

 この状況で何もできないというのは、恐ろしくプライドの傷つく状況。


 母が風の魔法でレイピアを生み出す。

 父が火の魔法で全身に鎧を纏う。


 一触即発、蝶の羽ばたき一つで今にも戦闘が始まってしまいそうな雰囲気。


 だと言うのに俺は――


 強い感情が全身を駆け巡る。

 ここで我慢しているのが本物の『傲慢』か? 否、本当に『傲慢』ならば……!


「二人とも、いい加減にしてくれっ!」


 俺の全身から燃え上がるように広がった『傲慢』の赤い魔力は父と母へ纏わりつき、『嫉妬』の魔法となる。


「ファレスちゃんっ!?」

「……!?」


 母と父が驚愕の表情を比べ、こちらを見る。


「はぁっ……はぁっ……ようやく俺を見ましたね父上」


 ファレスは『傲慢』の象徴のような男。

 そんな人間が無視を決め込まれて耐えられるとはずがない。

 だが、こうして父は実際にファレスを無視し、ファレスもその状況に甘んじていた。


 俺はこの一連の状況で、原作ファレスの魔力覚醒が著しく遅かった理由を理解した。

 母こそが最たる原因だと思っていたが、それは違った。

 最大の問題はこの父との関係性だったのだ。


 大罪魔法の覚醒条件は該当する感情を強く持つこと。

 ファレスはおそらく父クロフォードと会うたびにこの感情を抑えてしまっていたのだ。


 つまり、ファレスの不遇っぷりの原因の大半は父と言っても過言ではないということ。


 そう思った途端、それまでの緊張が嘘のように抜け、こうして魔法を扱うにまで回復した。


「……魔力覚醒を果たしたのか」


 クロフォードの目がまっすぐにファレス()を捉えている。

 

「ええ、他に並び立つ物がないほどに強い魔法を」


 これまでは傲慢さをそこそこに魔力や体術、剣術を鍛えてこの世界で最強になろうと思っていた。

 しかし、それではダメなのだ。


 ファレスである以上、傲慢さを失ってはならない。


「ふっ、ふはははははっ!」


 と、思っていたら突然父上がおかしくなった。

 

「ちょっと、クロフォード?」


 この父の様子には、母も引き気味だ。

 だが、尚も父のこの様子は落ち着かず……

 

「素晴らしい。よくやった()()()()よ。皇帝陛下に一目置かれるだけはあったわけだな」


 とんでもない爆弾発言を投下した。


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