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第十七話 カリスマ

 クインとレドと共に休憩をした後、俺はサラを含めた三人を伴って訓練場へ戻り、徐々に戻って来る侍従や騎士たちから被害状況の報告を受けていた。


「東地区、半壊家屋六軒、倒壊家屋二軒、負傷者十四名、死者無しでした」


「そうか。一先ずは負傷者の対応に当たれ、面倒だが、身分の高い者を優先しろ。のちに面倒ごとにされても困る」


「承知いたしました」


 報告を受けてから対応まで、ほぼノータイムで指示を出し続ける。

 今の騎士は簡潔でかつ分かりやすい報告で助かったが、中には余計なことまで報告して来ようとする者もいるから困りものだ。

 この件がひと段落したら災害時報告のテンプレを作るべきだろうか……。


 そんなことを考えながら次々にやってくる報告者を捌いていると時間が溶けていき、あっという間に辺りに夜のとばりが降りた。


「ファレス様……そろそろ……」


 さすがの俺も疲労が蓄積して来て、眉間を抑えているところにサラが耳打ちをして来た。


「ああ、そうだな。サラ、ここに全員が戻ってきているかの確認をするように何人かの侍従に伝えてくれ」


「……承知いたしました」


 サラは何か言いたそうな表情をしていたが、俺はそれを聞かずに残りの報告者を捌き続ける。


「……」


 その背後では、息を呑んだ様子のクインがジッと俺を見つめていた。


「どうでしょう? お嬢様、あなたにも近い将来あの対応が求められるのですよ」


 そんな主人の様子を微笑ましげに見ていたレドがクインにそう言う。


「……うん。でも、こんなのどうやって練習すれば……」


「そうですね。とりあえず、明日から私が受けている報告の席に同席しますか?」


「……いいの?」


「ええ、良いことはあっても悪いことはないでしょう。学園に入学する前に現場の空気を感じ、上に立つ者の物の見方を覚えておけば、卒業後に必ず役に立ちましょう」


 少しずつ前を向けるようになってきた主の背中を押す意味でレドはあえてクインにとってのタブーである学園の名前を出した。


「そっか……学園。もう二年後なんだね」


 学園の話を聞いたクインは、過去を懐かしむように視線を遠くにやりそう答えた。


「ええ、大丈夫ですよお嬢様。……もうあの誕生日のことは忘れましょう。今のお嬢様にはファレス様に教えていただいた吸魔の指輪の活かし方がございますでしょう?」


「そう、だよね」


 クインにとって学園の話がタブーとなっている理由。

 それはクインがこのアゼクオンにいる理由にも関係している。


 クインのスペーディア家は商人が成り上がって爵位を獲得したいわゆる成金である。

 そのため、ただでさえ他の貴族家からの風当たりは強かったのだが、十二歳時に行われる魔力覚醒のお披露目パーティーでの出来事で彼女の心は一度完全に折れることになった。


 このパーティーは爵位を持つ家ならば必ず招待されるもので、名目上は皇帝主催でその月に誕生日を迎える者たちが覚醒した魔法を見せ合うと言ったものだ。


 皇帝主催の名目で行われる以上、エバンス家レベルの特殊な事情がなければ欠席することは許されず、クインも例の通り出席することになった。

 しかし、この時のクインはあの時スペーディア商会の隠し部屋でファレスに見せた歪な形の水球を生み出すことが精一杯だった。


 ……これが意味することは、もう言わなくともわかるだろう。

 成金のクインに対する周りからのあたりはさらに強くなり、しかもそれが学園では同学年になる相手と来た。


 多感な時期の十二歳女子、さぞかし強靭なメンタルでもしていない限り、心が折れてしまうのは仕方のないことだろう。


 そうして元々、気の小さいタイプだったクインはただでさえ小さいプライドをズタズタにされ、本来王都のスペーディア商会本店で跡取り修業を積む予定だったが王都が怖くなり、苦肉の策として、本店の次に大きく、支店では最大規模のアゼクオン領で修業をしているという訳だ。


「よし! レド、帰ったら取引関係の書類、いつもよりもっと昔のやつも見せて!」


「はい、頑張ってくださいお嬢様」


 クインが決意を改めている頃、ファレスの下にはサラが戻ってきていた。


「ファレス様、確認が完了いたしました。現在アゼクオンに残っている臣下は全員揃っている様です」


「そうか。こちらもそろそろ、キリがいいところまで来ただろう」


 首をコキコキと鳴らしながら集まっている集団の最前列を目指して歩く。

 長時間同じ姿勢で報告を受け続けて凝り固まった身体が、ようやく自由に動けることで喜んでいるかの如くバキバキと小気味いい音を立てている。


 最前列に到着すると、こちらを見ている侍従や騎士たちに向かい合い、昼前同様に近くにあった木箱の上に立つと俺は話しを始めた。


「アゼクオン臣下の諸君、今日の働きは実に見事であった。急な出来事にも迅速な対応により、死傷者は一人も出なかった」


 俺がそう告げると、主に騎士たちから雄々しい歓声が上がる。


「とはいえ、少なからず負傷者はいる。加えて、今日の災害への対応は明日以降も続く。明日以降の作業でも今日と同じ緊張感を持って取り組むように」


 そう続けることで、若干浮足立っていた騎士たちの声が落ち着いた。


「次に此度の災害対応に当たり、アゼクオンへ積極的に協力してくれた者を皆にも紹介しておきたい。かの高名なスペーディア商会の次期当主たるクイン・スペーディア嬢をはじめとしたスペーディア商会の者たちだ!」


 そう言って俺は体勢をクインの方へ向ける。


「当主不在の中、迅速な対応に当たれたのはスペーディア商会の力も大きい。アゼクオンの名を持ってスペーディア商会へ感謝を」


 胸に手を当てながら感謝を告げる。

 立場上侍従や騎士たちの前で頭を下げるわけにはいかないが、これなら十分な礼になるだろう。


 そう思っていると、しばしの沈黙の後、今度は侍従、騎士の垣根なく割れんばかりの歓声が上がった。


 ……基本アゼクオンの臣下は良い奴なんだよな。

 オワコン状態のファレスにだってさすがに冷遇気味ではあったものの、無視したり嫌がらせをすることはなかったわけだし。


 いきなり渦中の人になってしまったクインは居心地が悪そうにしているが、その頬は微かに朱色に染まっており、胸元で照れくさそうに指を合わせたりしているので嫌そうには見えない。

 レドも満足そうにしているし、どうやらこの対応は間違いではなかったようだ。


 もうしばらく流れに身をまかせ、ある程度ざわめきが落ち着いてきたところで拍手を二つ。

 視線を再び俺へ戻す。


 「さて、俺からは以上だ。重ねてになるが、今日の働きは素晴らしかった。皆、よくやってくれた。明日以降の動きの確認のため、侍従と騎士の責任者はそれぞれ三名ほどずつ残ってくれ。それ以外の者はしっかりと休んでくれ」


 三度目の歓声。

 今回のそれには何も言わず、とりあえずの俺の役目は果たしたと、木箱から降りる。

 そして、報告を受けていた場所まで戻ろうとしていると、背後でどさりと人が倒れる音が聞こえた。


 その音はこの訓練場の入口からで、騒いでいた侍従や騎士たちの視線も一斉にそちらへ向かった。


 そして、すこし後れて俺がそちらを振り返るとそこには――


「ファ、ファレスちゃん!? す、すごいわ!! ええ、ええ、母は分かっていました。あなたにはあの人に負けないカリスマがあると……っ!」


 床に倒れ込みながらも口元を扇子で隠し、よよよと涙する美しい女性の姿。


 見間違えようのないファレスの母、原作『マーチス・クロニクル』でファレスがひねくれることになったもう一つの原因ともいえる存在のスジェンナ・アゼクオンの姿があった。

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