第十五話 傲慢のファレス・アゼクオン
「サラ!」
バインドダメージ。
ゲームでは継続的に回復してしまえば、大したことのないものも多いそれ。
だが、現実で何かに縛られ続け、体力を奪われ続けるとなれば、その危険性は分かり切っていた。
「ファレス……様。やはり、……私では」
サラが苦しそうにそれでも確かに何かを伝えるように俺に話しかける。
「なんだ? 言ってみろ!」
すぐそこにいるのになぜか触れることのできないサラへとひたすらに手を伸ばしながら、俺は叫んだ。
「私では……ふさわしく、ない……のでしょうか?」
サラがそう言うとともに辺りを取り巻く推定『嫉妬』の魔力がより強くなった。
「何にだ? お前がふさわしくないものなどあるかっ! サラは俺のメイドだぞ!」
その魔力の奔流に抗うように俺は全身から魔力を放つ。
魔法になる以前のただの魔力。
ゲーム風に言えば、無駄にMPを消費する行為。
でも、今はそれが、この溢れる魔力に抗うための鎧になった。
「そうっ、ですよね……私は、ただのメイド。こんな感情、メイドにはふさわしく……ない」
無力感や諦観といった感情を含んでいそうなその発言。
その発言の後、この空間を取り囲んでいた妙な魔力は一気に落ち着いた。
だが、その落ち着きは一瞬だけだった。
「サラ?」
「なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!?」
サラの絶叫とともに俺が二つ目の吸魔の指輪を付けた時以上の魔力の奔流が起きる。
「なんで、ですか……。私はメイドだけどあの子より家格は上なのに。貴族なのにエバンスなんかに生まれたせいで私はっ!!」
「サラ……」
ここまで言葉にされてようやく理解した。
言われてみれば簡単なことだった。
俺から褒められたがっていたサラ。
妙にクインに対抗意識を向けていたサラ。
結婚のことを気にしていたサラ。
サラはメイドである前に間違いなくエバンス家出身の貴族なのだ。
だと言うのに、家の意向でメイドをさせられ……そしてきっと極めつけは昨日の俺とクインの一件。
これまでは俺に作用していなかった『嫉妬』の魔法が、おそらくサラ自身が向けてはいけないと思ってこらえていたであろうその感情が、今の暴走で魔法に乗って俺の身体に纏わりついてくる。
「ファレス様、申し訳ございません。私は……サラは、主に向けてはいけない感情を持ってしまいました」
それはただの告白か、それとも懺悔か。
魔法で俺を磔のような状態にしながら、サラは語り続ける。
「ファレス様、私、実は帝国貴族の一つであるエバンス家の出身なのです。ファレス様、の誕生と同時にファレス様のメイド兼エバンス家からの密偵となることが宿命づけられていた存在なのです」
いつの間にかサラと俺の状態は完全に逆転してしまっている。
「つい最近までは、それでもいいと思っていました。でも、頭角を見せられ始めると同時に私への対応が甘く、まるで大事なものに触れるようになっていくファレス様に……自分を抑えきれなくなってしまいました」
こちらに向かってくるサラの目からは雫が溢れていた。
「私は……あなたが欲しい。一生を添い遂げたい。他の者に奪われたくない。ずっと一緒に居てほしい!」
サラの手が俺の頬に触れる。
「でもっ! ファレス様のお傍で、ファレス様が行かれる覇道を支えもしたい! 周囲を惹きつけやがて頂に立たれるあなたを見たいっ! 私は、私はっ!」
サラの両の手が俺の顔を包んだところでサラは停止した。
そして答えを求めるような目でこちらを見る。
「どうすれば……いいのですか」
………………。
そんな目を受けて俺は『傲慢』の魔法を発動した。
使う魔法はもちろん『嫉妬』だ。
自分にまとわりついている嫉妬の魔法に対して、全く同じ魔力配分の嫉妬の魔法をぶつけて相殺する。
この応用力こそ『傲慢』最大の強みだ。
「なっ! ……いえ、さすがです。ファレス様」
サラは魔法が解除されたことに一瞬驚いた様子を見せる。
だが、すぐに持ち直すとそう言って頭を下げた。
「……ファレス様。どうか、その御手で私の首を」
俺が魔法を相殺したことで嫉妬の暴走が収まったのか、普段の調子に戻ったサラが申し訳なさそうにそう口にする。
「サラ……この失態がお前の首程度で償い切れるとでも? 何をバカなことを言っている?」
「っ!」
今回は本心から原作ファレスムーブをする。
ここは飴と鞭が有効な場面だ。
「今、お前が考えるべきは今後俺にどう尽くし、どうその身を捧げるか、ではないのか?」
「ファ、レス様」
俺の本心とファレスの性格が一致したせいか、普段以上にするすると言葉が口を吐く。
「それにだ。サラ、もう一度はっきりとさせておくことがある」
「なんでしょうか?」
「確かに俺がサラの物になることは出来ない」
「っ……はい」
「だが、お前はすでに俺の物ではないのか?」
「っ!?」
………………
………………
………………
数秒の沈黙。
その後で、俺は自分の言葉を改めて咀嚼する。
……何か、とんでもない言葉までが俺の口から飛び出したような気が……いや、飛び出している。
「ファ、ファレス様? それは……」
サラは何処か期待に満ちた目を俺に向ける。
……ここまで来たら、この傲慢ムーブを貫き通すしかない!
「ああ、サラ、お前はその魔法から生という名の時間まで、持てるすべてを俺のために使うのだ」
「っ! はいっ!」
目の前に咲いた大輪の笑顔は、なんだか喜んで良い物なのかは微妙なところだが、とても綺麗だった。
「さぁ、いつまで膝を付いている。すぐにここを出るぞ」
サラに向かって手を伸ばす。
サラはそんな俺の手を抱え込むようにとる。
「はいっ! 貴方のサラはどこまでもお供させていただきます」
元気の良いサラの言葉。
だが、なぜか俺の足首辺りに幼い蛇のような何かが這ったような気がした。
◇◇◇
謎の空間からは存外簡単に抜け出すことができた。
というのも、サラが俺の手を取り、立ち上がった時点で俺たちはその空間から放りだされるように二人でサラの部屋のベッドに投げ出されていたのだ。
俺がサラを押し倒すような体勢で……。
「ファレス様……」
熱っぽくサラ瞳を潤ませる。
「……魅力的な誘いには、まだまだ時間がかかりそうだな」
「……そうですか」
俺がそう言うとサラは残念そうにするも、その表情には消しきれない明るさがあった。
「って、そんなこと言ってる場合ではない。サラ、お前は知らないかもしれないが先ほど地震があってな。そろそろ街に出ている侍従や騎士共から報告が上がるかもしれない。とりあえず、訓練場へ急ぐぞ!」
「……地震とはなんでしょうか? いえ、そんなことはどうでもいいですね。私はファレス様の所有物。命があればその通りに動くのみです」
うん、さっきのはやらかしたかもしれない。
聞き訳が良いのは大変結構なのだが、この聞き訳の良さは後々面倒になりそうだ。
だが、時間が惜しい今に限っては助かることもまた事実。
幸い、あの謎空間に入ってからはそこまで時間経過はしていないようだ。
俺たちは、揃って訓練場へ駆けだした。
◇◇◇
俺たちが訓練場へたどり着くと予想通り、何人かの侍従や騎士が戻ってきていた。
「ファレス様、ご無事でしたか」
「当然だ。それよりも被害状況の報告だ! 分かっている範囲で良い」
俺の姿を見ると、それまで訓練場でまとめ役をしていた騎士の一人が駆け寄ってくる。
「はい! 商業通りはいくつかの露店が倒壊するなどの被害はあったものの、被害規模は軽微です。ですが、外れの方にあるいくつかの民家は半壊、酷い物で完全に倒壊している家も何軒か」
「そうか……犠牲者は?」
「申し訳ございません。被害者数までは把握できておらず……」
まあ、戸籍だとかそのあたりが機能しているか怪しい世界でそこまでを求めるのも酷な話しか。
それ以上に被害状況が確認できていることを褒めるべきだろう。
「……とりあえず、家を失った者が雨風をしのげる場所を提供しろ。資材や避難所作成に必要なもので足りないところはスペーディア商会に協力してもらう必要があるだろうが……その交渉は俺がしよう」
「承知いたしました」
「それから、日が完全に落ちるころにはアゼクオンに仕える侍従に騎士、その全員がここに集まるようにと伝えておけ」
「はっ!」
その騎士は周りの同僚に声をかけながら再び走って行った。
「これは……まさか襲撃でしょうか?」
俺と騎士の話が終わったところでサラがそう聞いてきた。
「いや、このアゼクオン領の大地が揺れたんだ」
「大地が? ……それが先ほどおっしゃっていた地震、でしょうか?」
「ああ」
おそらく、サラのあれが関係していそうだけど……まあ、わざわざ言う必要はないか。
「さて、スペーディア商会に行かなければな。サラ、準備を」
「はいっ! と、言いたいところですが、その必要はなさそうですファレス様」
「?」
本邸へ続く訓練場の入口の方を見ながらサラがそう言った。
その視線の先には、レドを伴ったクインの姿があった。
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