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第十四話 嫉妬のサラ・エバンス

 その微量な魔力は近くで感じるとまるで渦のようだった。

 様々な感情が混ざり合い、まとまらないまま渦巻いているかのような感覚。

 不快……ではないが、何とも形容しがたい気分にさせる魔力だ。


「サラ? 俺だ、ファレスだ。どこにいる?」


 室内にはサラの姿は当然見えない。

 扉をくぐり室内へ足を踏み入れた。

 

 メイドに与えられている部屋は七、八畳ほどで想像以上に広い。

 特にサラの部屋は物が最低限しか置かれておらず、それが余計に部屋を広く感じさせるのだろう。


 一歩、また一歩と慎重に部屋を探っていく。

 直感だが、この魔力がサラの失踪に関係しているのは間違いない。

 

「なにか、なにかサラに関するヒントはないのか」


 もうすぐそこに何かがありそうだと言うのにどうしてもつかみ損ねている感覚が非常にもどかしい。

 

 サラには申し訳ないが、少し部屋を調べさせてもらうことにした。


 ◇◇◇


「ねぇ、さっきの何?」


 駆け足で街の救助活動へ向かうメイドが隣を走るメイドに話しかけた。


「さっきのって、ファレス様の?」


「そう、あんなことが出来る方だったかしら?」


「それは……そうね。でも、良い変化じゃない?」


「それはそうよ。でも、人ってあんなに急に変わるものかしら?」


「まあ、何にせよ良いことよ。このことは確実に奥様にも伝わるだろうし、お帰りになられたら大忙しになりそうね……」


「そうね……。その時のためにも、街の安全は私たちアゼクオンの臣下が守っておかないとね」


「ええ!」


 そう頷き合うと、二手に分かれて崩れてしまった露店の整理や、避難誘導を開始した。


 ◇◇◇


「レドっ!」


 スペーディア商会、アゼクオン領でも最大規模を誇る商業施設にて、普段通り業務をこなしていたクインの元にも平等にソレは訪れていた。


「お嬢様っ! ご無事でしょうか?」


「え、ええ。驚いてしまったけど無事です。今のは?」


「すみません。この老骨にも経験のないものです。しかし、どうやらアゼクオン家のメイドや騎士たちが領内での対応を始めているようです」


「そう……私たちに出来ることは、ある?」


「そうですね……これはあくまで一つの提案ですが、資材の援助などはどうでしょうか?」


「資材の援助?」


「はい、どうやら先ほどの揺れは建物の倒壊などを招いている様です」


「なるほど! 確かに、そういう資材は普通侯爵家にはないよね!」


「そういうことです」


 こうして次期スペーディア商会の跡取りによって、アゼクオンの復興は加速されていく。


 ◇◇◇


 アゼクオンのメイドや騎士、スペーディア商会によるアゼクオン領の復興が本格化していた頃、ファレスはサラの部屋の調査を行っていた。

 

 ベッドや机、その上下を入念に。

 ……枕元のきわどいランジェリーは見なかったことにした。


 と、安らぎを求める思考を切り離し、明らかに影響元であるタンスに足を向ける。


「本当は、大元に触れる前に何かしらの手掛かりが欲しいところだったんだけどな……」


 この部屋に入った瞬間からそこが怪しいとは思っていた。

 なぜタンスなのか、その理由は分からない。

 まあ、ゲームとしてはありがちなところだからだろうか。


 もう、俺の知る『マーチス・クロニクル』の世界ではない。

 いくら過去とは言え、地震なんて歴史的事象を本編で使わない通りがない。

 まあ、そもそも俺という存在がこの世界にいる時点で知らない世界なのは確定なのだ。


 だからこそ後回しにして、手掛かりを探したかった。


 けどもう、そうも言っていられない。


 両開きのタンス手をかけ、一気に開く。


 サラが毎日着ているメイド服がその替えとともにずらりと並んでおり、その裾と段になっている境目に控えめな小箱が置かれている。

 そこにはあの日、俺へ大量に装備させた成金悪役指輪たちや白い手袋、そして俺が渡したブレスレットが入っていたケースが開いたままで無造作に置かれている。


「……なるほど。あの、ブレスレットが原因か」


 サラはあれでかなり几帳面なところがある。

 ベッドの枕元のあれは……一旦忘れるとして、基本的に物が入っていた箱やケースを開けたまま、それも放り出しておくようなことはしないだろう。

 それ以上に、部屋に入る前から感じられていた微量な魔力の根本がそれから感じられる。


 それにしても、あのブレスレットはなんなんだ?

 そう思いながらも俺はそのケースに手を伸ばし――その空間へ入り込んだ。


 ◇◇◇


「……なんだここは?」


 そこはひたすらに暗い空間だった。

 さらに空間を渦巻く魔力は……なんというか妙に何かを訴えかけてくるような、そんな感覚を覚える。


「サラっ! どこだ?」


 しかし今はそんな感覚など、俺にはどうでもよかった。

 この空間に入った瞬間に確信した。

 サラはここにいると。


 とりあえず、情報確保が最優先だ。

 だが、俺の魔法「傲慢」では見た魔法、直接受けた魔法しか扱うことができない。


 火魔法が使えれば、明かり代わりに出来たと言うのに……。

 視覚情報がダメとなると次に頼るべきは……耳か。

 ただ暗いのではなく、闇のような環境では目が慣れるということもない。

 よってほとんど意味をなさない目を瞑り、手始めに自分の呼吸音に集中する。


「……ス」


「……?」


「……レス……ま」


 俺の呼吸音やばくね? なんてバカは言わない。


 サラの声だ。

 まだこちらに来て日は短いが睡眠時以外ほぼずっと一緒に居たのだ。

 どんなに細い声だって間違えはしない。


「サラっ!」


 声だけを頼りに彼女を目指して走る。


 何が起きているのか、ここがどこなのか、いざ入ってみる前までは色々と考察していたし、気にもなっていた。

 だが、その声を聞いた途端、もうどうでもよくなっていた。


「どこだっ!」


 踏みしめているそこが何なのか分からない。

 固くて、柔らかくて、沈みそうで沈まない、何とも言えない()を進む。


 藻掻いて藻掻いて、先の見えない空間をひたすらに。

 捉えた音はもう逃がさない。

 平衡感覚を取るためだけに目を開け、その声を目指す。


 そうしていると、今にも闇に溶かされそうな淡い光が漂っているのが目に入った。

 

 見つけた。

 

 淡くて、でも確かな力を持った光、光源は……サラのブレスレットだ。


「サラっ!」


「ファ……レス……様」


 うわ言のように俺の名前を呼ぶサラの姿がそこにはあった。


 そして、そんなサラの姿を見て状況を少し把握する。

 ……なるほど、そういうことだったのか。

 サラのブレスレットが放つ光、魔力、その正体は……俺の『傲慢』と似通った力。

『マーチス・クロニクル』において、大罪魔法と呼ばれる七つの特異な魔法、それを増幅するアイテム、おそらく大罪呪宝の一つか。


 けど、あれは使用者の魔力に反応する物だったはず。

 サラに大罪魔法の素養が?

 まあ、あれこれ考えるのは後だ。


 まずは暴走してしまっている大罪呪宝を止めなくては。


「……壊す、か?」


 大罪呪宝については俺も情報をあまり持っていない。

 そもそも入手条件がルートごとにランダムで、それも対応している大罪魔法を使えなければ意味のないアイテムだったのだ。

 大罪魔法を扱えるキャラクターでも、狙って獲得しに行くことはほとんどなかった。


 そんなアイテムを止める方法なんて、とりあえず思いつくのは破壊するくらいだろう。


 だが、そんな俺の言葉にほぼ意識もおぼつかないようなサラが反応を見せた。


「……だめ、です。こ、れは……ファレス、様に、いた……だいた大切な――」


 そう言いながら、ブレスレットを庇うように抱え込む。


「……そう、か。そうだよな」


 危機的状況だということは理解している。

 それでも、ブレスレットを大切にしようとしてくれているサラの姿を見て少し嬉しくなってしまった。


 そんな感想はともかく……せめてこの魔力がどの大罪魔法に該当しているのかさえ判断できれば、対処の仕様もあるのだが。


 大罪魔法はその力が感情に大きく左右される。

 俺の『傲慢』であれば、プライドの高さがそのまま能力に直結するのだ。

 『傲慢』の魔法は傲慢に振る舞えば振る舞うだけその力は強くなる。

 だが、逆にその感情の振れ幅さえ小さくできてしまえば……サラ自身があの魔力を抑えられるはず。


 俺の『傲慢』が赤系統の色調を伴う魔力だったのに対して、今のサラを取り囲む魔力は黒に近い紫のような色調の魔力だ。


 勝手な推測になるが、この色調はおそらく嫉妬か色欲、怠惰のどれかなんじゃないだろうか。

 というか、こういう決め打ちをしていかないと、今はヒントが少なすぎる。


 あとは……これまでのサラの様子などから絞り込もう。


 そう考えて俺の脳裏に真っ先に浮かび上がったのは先ほど見たばかりの枕元にあった……ランジェリー。


 ……これは色欲か?

 

 いや、待て、短絡的過ぎるかもしれない。

 もともと大罪魔法はゲーム内で最もその罪に近しい存在に割り振られた物だったはずだ。

 だからこそファレスには『傲慢』が当てられている。


 ランジェリーを持っていた程度で『色欲』が割り振られてしまったら、世間のお熱いカップルは皆該当するようになってしまうかもしれない。


 サラに限って『怠惰』はないだろうし……そうなると『嫉妬』か。


『嫉妬』の魔法、その魔法は性能はともかく正しく嫉妬の具現化のような魔法だ。

 確認のできない感知が極めて難しい微量の魔力で対象を縛り付け、じわじわと体力を奪っていく、なかなかに陰湿な魔法だと、原作プレイ時は思ったものだ。


 ……!

 嫉妬について改めて思いだして、先ほどのサラの苦しげな声が脳裏によぎる。


 まさか、魔力を奪われているのではなく、嫉妬に締め付けられているのでは?


 だとすると――

 そこまで考えて思考を止めると俺はただひたすらにサラへ手を伸ばした。

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