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第百三十話 祝勝会――後ろ姿を追いかけて

 しばらく眠ったままかと思っていたサラだったが、一時間もしないうちに彼女は目を覚ました。

 いや、覚まさざるを得なかったと言った方が正しいのだろう。


「ファレス様、いらっしゃいますでしょうか?」


 部屋の外から、侍従の声とノックの音が聞こえてくる。


「サラが見当たらず、変わって呼びに参りました。もうすぐ準備が整いますので、食堂の方までお越しください」


「そうか、すぐに行く」


 その声と共にサラは飛び起き、凄まじい速さで身支度を整えると、そのまま身体に動きが染みついているかのように俺の身支度まで手伝ってくれる。

 サラは寝起き一秒後からメイドらしい。


「申し訳ありませんファレス様。これ以上持ち場を離れる訳には参りませんので、名残惜しいですが一旦この辺りで」


 そして、先ほどの眠たそうな顔からは一変、いつも通りのサラになって言ってきた。

 ただ、数秒おきに右手薬指へ視線が引き寄せられてはにやけ顔を必死にこらえている。


「ああ、頼んだぞ」


「はい」


 駆けていくサラを見送りながら、俺も呼ばれた食堂の方へ向かった。


 ◇◇◇


「さぁ、お集まりいただいた皆様、今日は当家、アゼクオンが一人息子のファレスによる公開裁判の祝勝会にお集まりいただきありがとうございます」


 この屋敷、こんなに広かったっけ? と思うほど様変わりした会場で自分の席に付きながら母さんの口上を聞く。

 祝勝会と銘打ってはいるが、この集まりの目的は間違いなく俺の宣伝だ。

 そしてこの場に集まっている人たちはその最初の支援者、後援者と言えるだろう。

 ある意味、民主主義選挙時に行われる政治家の決起会のような、そんな会だ。


 母さんがこちらへ視線を向けてくる。


 ああ、分かっている。

 この決意は、覚悟は俺だけのものではない。

 だからこそ、ここでそれを示すべきだ。


 視線に応えて俺も前へ出る。

 錚々(そうそう)たる面々が並び、その視線が一挙に俺へと集中する。

 だが、この程度のことに怯む俺ではない。


 一歩一歩確かに踏みしめながら、母さんの隣へ並ぶ。


 そして集まった顔をざっと全員分見渡してから、俺は口を開いた。


「本日はお集まりいただき感謝する。紹介に預かったファレス・アゼクオンだ。今日の公開裁判ではネクシア聖教が聖者ガルドール並びにスペーディア家のクインの助力もあって見事勝利を収めることが出来た。無論、この勝利にはここにいる皆の助力もあってこそだと俺は思っている」


 ガルドールとクインを順番に見てから、もう一度全員の顔を見渡していく。


「今後も有事の際は皆の助力をいただきたく思う。もちろん、こちらへも何かあれば頼ってもらって構わない」


 明言はしない。

 だが、この発言が持つ意味は誰より強く意識しているつもりだ。


「では、今後末永く、帝国の発展を祈って――乾杯」


 そして俺は手元にあったグラスを掲げ音頭を取った。


「「「乾杯」」」


 俺の音頭に呼応して、そこぞこからも声が続く。

 ふぅ……とりあえず、認められはしたようだな。


 俺が示したのは気概だ。

 この場にいる誰もが理解しているだろう。

 仰げとは言っていないが……ほぼ、それと同義だろう。


 まだ、力を蓄える必要はある。

 だが、もう、引き返すことはできない。

 今はまだ控えめに、示したるは王たる気概。

 次にこのような場で宣言する際は皇帝たる気概を見せなければならない。


「大丈夫よ。まだ時間はあるわ。それに、私もクロフォードもずっとあなたを支えるから」


 顔に出したつもりはないが、母さんにはお見通しだったらしい。

 内心の緊張を完全に読み切られている。


「ええ、頼りにしています。母さん」


 ぞろぞろとこちらへ集まってくる有力者たちを前にしながら、母さんにだけ聞えるようにそう答えた。

 さあ、俺の最初の仕事はこの人の波を捌き切ることだ。


 貴族のパーティーとは、往々にしてそう言うものだが、今日は一段と長くなりそうだな……という思いを、今度こそ母さんにも見抜かれないように内心で粉々に打ち消し、やってくる歴戦の貴族たちを俺は迎え撃って行った。


 ◇◇◇


 さて、どれくらいの時間が経っただろうか?

 あれだけ列をなしていた人の波もようやく今の相手で最後だ。

 チラリとテーブルの方へ目を向ければ、話しに来ない騎士や聖職者によって料理は次々に食べ尽くされ、段々と酒も回り騒がしくなっていく。


「……それではファレス様、この辺りにて失礼いたします」


「ああ、良い時間だった。今宵は楽しんでくれ」


 そして、最後の一人との会話も終わり、ようやく肩の力が抜ける。

 一先ずグラスを煽り、乾いたのどを潤すと不意に袖口が引かれた。


「お兄ちゃん、お話終わった?」


 そちらへ振り返れば、何やら不安そうな顔をしたサンの姿があった。


「ああ、終わったぞ。サンは一人か?」


「ううん、さっきまでお姉ちゃんと一緒にいたけど……」


「けど?」


 どうかしたのだろうか?

 サンの表情からはいつもの天真爛漫さがなく、それどころかどこか思い詰めたような……そんな表情に見える。


「……こっち来て」


 そんなサンは意を決したと言わんばかりに俺の手を引き、中庭の方へ歩き出した。


「サン?」


「……ちゃんと、お姉ちゃんと話してきてね」


 そしてサンは中庭への扉の前で立ち止まり、手を離した。


「ああ」


 そうだ。

 これは先の覚悟と同時に、俺が果たさなければならないことだ。

 

 決意と共に扉に手をかけ、静かな中庭に踏み出す。


 夜も更けたこの時間にここへくると、あの日、父と……家族と本当の意味で家族になった日のことを思いだす。


 そんな庭先のベンチでクインは一人佇んでいた。


「クイン」


 俺が声を掛ければクインがゆっくりとこちらを振り返った。


「ファレス様」


 そのまま目が合っていたが、とりあえず何も話さずに俺はクインの隣へ腰を掛ける。


「今日は本当におめでとうございます。ファレス様の剣捌きはいつ見てもとてもきれいですね」


 少しの無言の時間があってから、クインの方が先に話し出した。


「レドにはまだ敵わないがな……それに先も言ったが、今日の勝利は皆の、特にクイン、お前の活躍あってこそだ。こちらこそ礼を言う」


「いえ、私なんて……と、謙遜も失礼でしょうか。ここは素直に受け取っておきますね」


「ああ」


 再びの沈黙。


「なぁ、クイン。俺の目標は知っているか?」


 今度は俺の方から切り出す。


「……はい。なんとなくですが、察しはついています」


「そうか。では改めてになるが……俺は皇帝になる」


「――! そう、ですよね」


 サラやセレスティアとは違う反応。

 彼女たちは俺が皇帝になることを望んできたが、クインのこの反応はどちらかと言えば微妙なものだ。


「クインは俺が皇帝になることには反対か?」


「……いえ、そう言う訳ではないのですが……」


 否定せずとも言い淀む。

 それでもクインは言葉を振り絞るように話し続けた。


「私は……初めてお会いしたあの日から、ずっとファレス様の背中を追いかけてきました」


 横に置いた手の指が少しだけ重なる。


「もちろん、ファレス様のことはお慕いしています。添い遂げることが出来ればどれだけ幸せなことでしょうか」


 重なった指が絡められた。


「……ですが、私のこの身はそれと同時に商人であることも望んでしまっているのです。あなたを追って人を取りまとめるカリスマを学びました。あなたを超えるべく様々な学問を収めました。そうしているうちに、気が付いてしまったのです。この身に宿ったその欲に」


 クインはそう言って言葉を区切った。

 なるほどな。

 目標を追っているうちに、同じくらい大きな目標に出会ってしまい、どちらかを叶えればどちらかが叶わなくなるということで、これだけ揺れているのか。


 それでサンもあんな顔を……。

 ならば俺が聞くべきは――


「なあ、クイン。俺が求めればお前はその欲を捨てられるか?」


「――っ!」


 俺の質問にクインの瞳が大きく揺れた。

 ――これこそが答えだろう。


 そう思ったのだが……


「捨てられますっ!」


 クインは少しだけ重なっていた手をギュっと握り、自信の胸に抱き寄せてそう言った。


「……良いのか?」


「はい……ようやく決心がつきました。やはり私は、あなたとサンと共にずっと居たいです」


 その覚悟は凄まじいものだった。

 クインは俺の皇帝への覚悟とも比肩するほどに力強い瞳でこちらを見つめ返してくる。


「分かった。……だが、捨てる必要はない」


「……え?」


 クインの覚悟は見せてもらった。

 次は俺が器量を見せる番だろう。


「皇妃になるからと言って、これまで通りの型に縛られる必要はない。どちらもやればよいだろう」


 俺はそう言いながらポケットから一本のペンを取り出した。


「俺はお前がさらにスペーディア商会を大きくしていく様を間近で見ていきたいと思う。だからこれを」


 そのペンはかなり珍しい魔道具だ。

 世界観的にインクを付けて書く羽ペンが主流のこの世界において、何文明も先に行った現代風のボールペン風魔道具。

 おそらくまだ他に発見されてすらいないだろう一点物だ。


「これは……」


「時に、ペンは剣より強いことさえあるのだ。その知を持って、今後も俺を支えてくれ。そしていつかギンカをも超えて、皇帝となる俺へ追いついて見せよ」


「はいっ!」


 クインの細い肩を抱く。

 彼女はこの肩にどれだけの多くの物を背負うことになるのだろうか?

 だが、きっと彼女はそれがしたいのだろう。

 ならば、それは俺も応援したい。


「ファレス様、本当に、あの日からずっとお慕いしております」


「ああ、俺も好ましく思っている」


 抱き合っていれば、不意に中庭への入口の扉が開かれる。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんっ!!」


 どうやらサンはずっとこちらの様子を窺っていたようだ。


「ふふっ、ごめんねサン。心配かけて」


 そう言って笑いかけるクインの顔を見て、サンの顔にもいつもの天真爛漫さが戻っていた。


祝勝会締めはクインでした。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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