第百二十話 アゼクオンVSグランダル⑥
昨日、正午過ぎに発表された王城での公開裁判は一瞬で王都の全域へ広がった。
もちろん騒ぎもそれまで以上に大きくなり、貴族街と平民街の境界では明日の公開裁判に向けた平民の傍聴席争奪戦も起きていたようだ。
裁判の予定が明日であることを聞いたガルドールは「帰って来て早々、大人数の治療をさせておいて、その上翌日に蘇生魔法を使わせようとするなんて人使いが荒すぎるわよっ!」なんて言ってキレながらも、俺の魔力にあてられてしまった侍従たちの治療をせっせと行ってくれた。
やはり彼は正しく聖者である。
そして、今の俺たちは……王城の控え室。
魔法披露宴でも使用されたその部屋で、裁判の開始を待っていた。
「ねぇ、ファレス? アタシはいつ蘇生魔法を使えばいいのかしら? 本当なら今にでも蘇らせてあげたいのだけど……」
俺のいる控え室には他に、クイン、ガルドール、そして本来原告側にいるべきフルタス家のアナレさんと氷漬けになったままのメーディアさんが一緒にいた。
王都での騒ぎが大きくなり始めた日、アナレさんに接触したのは向こう側の人間ではなく、こちらのもっと言えば、ギンカ・スペーディアの頼みを受けたレドだったらしい。
レドの説得によってアナレさんとメーディアさんを完全にこちら側へ引き込むことに成功していた。
「それについては悪いがもう少し待って欲しい。アナレさんも歯痒いとは思うが、今しばらく待って頂きたい」
もどかし気なガルドールに向かって言い含めながら、改めてアナレさんの方を向いて頼む。
「いえ……私は……まさか本当に聖者様をお連れいただけるとは……」
「信じていなかった、と?」
「い、いえっ! そういう意図ではなく……」
「フッ、冗談ですよ。これから隣に立ってもらう相方が少し緊張している様子だったので……」
恐縮するアナレさんから視線をクインの方へ逸らす。
いつになく緊張した面持ちの彼女はしきりにモノクルに触れては練習用の魔道具の鑑定を行っている。
「クイン……そう緊張する必要はない。これは勝ちの決まった勝負だ。余裕な顔をし、自身の鑑定に間違いがあるはずないという態度でいれば良い。お前は優秀なんだ、自信を持て」
「は、はい! ……自信を、持つ。……私に、出来るのでしょうか」
クインは自分の両手を見つめながら、小さく呟いた。
その言葉はまだ自身を信じ切れていなさそうなものだったが、確かに体の震えは止まっていた。
そして、そんなクインの震えが止まるのを待っていたかのように、部屋に近衛騎士が入って来た。
「入場をお願いいたします」
「分かった。さて、では、手筈通りに。ガルドールたちは合図を受けてから出てきてくれれば良い」
「分かったわ」
俺の最終確認に頷くガルドールから視線を切って、隣りのクインへ右手を伸ばす。
「クイン、頼りにしているぞ」
俺がそう言えば、クインは一瞬迷いながらも俺の手を取って握手に応じると、はっきりと宣言した。
「はい! 必ず、お役に立って見せます!」
「ああ。よし、では行こう」
こうして俺とクインは訓練場から伝わる感じたことのない熱気に向かって進みだした。
◇◇◇
王城における近衛騎士隊の訓練場がこうして一般の観客で埋められることはままあることだ。
娯楽に乏しいこの世界において、王城で行われる催しというものは、平民からしてみれば一種の憧れのようなものである。
それを目標にお金を貯め、見に来ようという者さえいるほどだ。
しかしながら、今回は違う。
まず、今回は裁判という形式のため、お金がかかっていない。
それだけでも十分に平民が王城に集まる理由になるだろう。
だが、それだけではない。
最近、もっぱらの話題だった皇室、次期皇帝ベリル・グラーツィアによる殺人事件、その真相に触れられるということで、皆、裁判の開始前から固唾を呑んで、ただ訓練場を見つめていた。
そんな異様な空気の中心で俺は遂に、トールス・グランダルと向かい合っていた。
「やぁ、まさか本当に皇室の弁護人が君とはね、ファレス・アゼクオン」
トールスはアゼクオンの部分をやけに強調しながら言ってくる。
「当然だろう。俺は確かにアゼクオンだが、ここに立っているのは皇帝の名代であるファレス・アゼクオンだからな」
そんなトールスに俺は胸元で確かな輝きを放つ徽章を見せつけながら言い返した。
「……そうだったね。でも、君のその立場も今日までだ! 今日この場で、民の前で証明し、化けの皮を剥がしてやろう!」
トールスは大衆を煽るように、自信の籠った言葉をぶつけてくる。
「フッ、馬鹿め。公爵という地位で満足しておけばよかったものを。過ぎた欲が身を滅ぼすという言葉の意味を貴様の骨の髄にまで叩き込んでやろう!」
そんな煽り文句に俺も強い言葉で煽り返した。
当然、会場はさらヒートアップしていく。
色々な野次が聞こえてくる中、俺たちがそれぞれの立ち位置へ戻ると、最後に今回の裁判における裁判官、裁判長の役割を果たす人物が入場してきた。
一本の灰色のラインが入った純白の法衣を身に着け、大仰に、それでもわざとらしくない歩みでこちらへ向かってくる人物。
あの男は……。
「……なるほど、トールスが自信ありげだったのはそのせいか」
「……ファレス様、あの方は?」
小声で聞いてくるクインに俺は確信を持って答えた。
「あの法衣、間違いないだろう。ネクシア聖教国における実質的なトップ、リヴァーシンズ大司教その人だ」
確かに、今回の裁判は皇室の問題についてを裁く場だ。
貴族間での裁判ならば、皇室から裁判長が選出されるが、今回はそう言う訳にはいかない。
トールスはそこに目を付けたわけだ。
この国において皇帝に文句をつけられる存在は対外的には一人もいない。
しかし、この国でも一定の力を持つネクシア聖教の大司教ならば、確かに今回の裁判長、裁定役としてこの上ない人選だろう。
買収を受けていなければだがな……。
クインはまだ何かを聞きたそうにしていたが、席に着いたリヴァーシンズ大司教が手元のガベルを打ち鳴らし、視線を集めた。
「ンンッ! 静粛に。……私が今回の裁判における裁定を務めるネクシア聖教国が大司教、リヴァーシンズである。神は常に我々を見守っていてくださる。両者ともに誠実な発言をするように」
リヴァーシンズ大司教はそう言いながら、あからさまにトールスとアイコンタクトを取っている。
……誠実な発言とは全く、どの口が言っているのか。
「本裁判は、先日、この王都における貴族学園で引き起こされたベリル・グラーツィアによるメーディア・フルタスへの殺人事件の裁定である。両者異論はないな?」
「ありません」
「ああ」
リヴァーシンズ大司教の確認に俺とトールスが一歩前に出て返事をする。
さあ、裁判の始まりだ。
「まずは原告側、起訴内容の読み上げを」
「はい。被告人ベリル・グラーツィアは一週間前の午後、学園における魔法実技の授業中に突如として暴れ出し、被害者であるメーディア・フルタスの胸を貫き殺害したものである。皇族であっても殺人など許されるものではなく、帝国法に基づき、ベリル・グラーツィア及びにグラーツィア家には相応の責任を取ることを要求する」
淡々と語るトールスだが、対面している俺には帝位の簒奪が目的であることがこれでもかと伝わって来た。
「では、次に被告側弁護人。起訴内容に対しての言い分を」
「はい。確かに、ベリル・グラーツィアによって殺人未遂が起こされたことは間違いない。しかしそれは、何者かによって与えられた『指示宝珠』という魔道具によるものであり、本件は第三者によって引き起こされたものである。よってこちらからは原告側の訴状の棄却と真犯人への裁定を要求する」
一切のよどみなく事実と意見を並び立てていく。
余裕を見せるトールスに対して俺は正々堂々正面から受けて立った。




