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第百十八話 アゼクオンVSグランダル④

 近接格闘戦において最も重要なことはやはり相手の動きを視ることだろう。

 踏み込み、間合い、溜め、テンポそのすべてを掴む第一歩が視ることから始まると言える。


 父の拳は鋭く速い。

 溜めはほとんどなく、テンポも掴ませないような動きをしている。

 間合いの読みは完璧でうかつに攻撃すれば手痛い反撃を貰うことは目に見えている。


 ……流石はアゼクオン当主なだけはあるというものだ。

 隙が全く見当たらない。

 それに……こちらがテンポを崩しに行っても、崩れたテンポから最適な攻撃を繰り出してくる。


 戦闘の経験値が違いすぎる。


「どうした? 素手の格闘戦は苦手か?」


 俺の攻撃を最小の動きで容易く躱しながら、一撃一撃が止めになりかねない攻撃を繰り出し、そうしてもまだ俺を煽る余裕がある様子の父。


「いえ、ここまでは様子見ですよっ!」


 そんな父にまだまだだと(うそぶ)き、『傲慢』を装うと、俺はまだ原理のはっきりしていないもう一つの大罪魔法を全身に巡らせた。


 祖父に強くなったと言われた拳、ガルドールの剣を両断してしまうほどの力……おそらく自己強化系の魔法であろうそれを行き渡らせると突然――


 ――見える世界が変わった。


 ゾーンとかそんな名前で呼ばれていた極度の集中状態なのだろうか?

 アゼクオンらしく赤と黒を基調とした部屋に金の額縁に飾られていた歴代当主の肖像画、そのすべてが色を失い、白と黒だけの世界が訪れる。


 脳の情報処理にも余裕が生まれたのか、父の細かな動きが捉えられている。

 あの隙のほとんどないモーションが読める……いや、視える。

 

 放たれた右拳の狙いは耳のやや上に当たる頭部。

 おそらく狙いは脳を揺らすことなのだろう。


 だが、視えていて、かつ、狙いも分かっているならば避けるのは容易い。

 スッと頭を後ろに倒せば、丁度俺の目のラインを炎を纏う拳が通り過ぎていく。


 滅多に表情の変わらない父の口元が少し楽し気に歪んだ。

 さすがは我が父、例に漏れず戦闘好きらしい。


 これまでの父の攻撃にしては大振りだった先ほどの拳を躱したことで生まれた若干の隙に今度は俺が攻撃に移る。

 現在の父の体勢は右の大振りを振り抜いた形。

 つまり俺の左拳は高い確率で意表を突く死角の攻撃になる。


 俺は父の攻撃を真似るように、全身ではなく腰の力でなるべくモーションが分かりにくいように左の拳を振るう。

 しかし、父はそれを読んでいたとでも言うように崩れた態勢のまま身を翻し、腕でガードポジションを取りながらインパクトを流せるように後ろへ飛んだ。


 自分以外が遅く見えるこの世界でも、目を見張るような速さの父の動きは想像以上で、だからこそ俺の想定通りだった。

 俺は以前リューナスが見せたあの無理やりな太刀筋変更を思い出しながら、左の拳が振り抜かれる前に止め、体勢を翻したことで完全に父の死角になった右の拳を放つ。


 驚愕に見開かれる父の目と、そのわき腹に突き刺さる俺の拳。


「ガハ――ッ!」


 クリーンヒットした俺の拳はこの縦に長い部屋の奥まで父を吹き飛ばした。


「勝負ありですね父う――」


 言いかけて、時が止まったような感覚を覚える。

 身の毛がよだつような、これまでに感じたことのない鋭く細く研ぎ澄まされた殺気。

 この集中状態にあってようやく知覚できるほどのそれは、ギリギリのところで俺に危機を伝えた。


 咄嗟に全強化を目と両腕に回し、受けるのではなく受け流すことを選択した。


「グゥ――ッ!」


 全身の骨が軋むような衝撃を受け、ようやくその攻撃の正体が父の魔法であることが分かる。

 父と俺の間の距離は到底あの一瞬で俺に気取らせず詰められるようなものではない。

 この魔法は父の拳に炎を纏わせて戦うという戦法からは離れた、魔法による遠距離からの打撃だった。


 ……そう言えば父上は火と無属性の二属性を覚醒していると母上が言っていたっけ?


 なんて、そんなことを思いだしている間にも俺の腕にかかる圧力は一瞬が過ぎるごとに強くなっていく。

 ……この魔法の正体はおそらく重力波。


 物理的に陸に立つ人間ならば決して抗うことのできないその力。

 すべての根幹にある、陸において当然とも言い換えることのできる全事象を引き起こす力だが、こと魔法の存在するこの世界ならば対処は可能だ。


 今もなお重圧が強くなっているということは、父はこの魔法の操作をまだ止めていない。

 ならば、魔法を打ち消すだけの魔力波をぶつけてやればいい。


 俺は全身から『傲慢』の魔力を溢れさせる。

 覚醒前の吸魔ですら、サラが立っていられない程だったんだ。

 そんな俺が全身に溜め込んでいる魔力を全て解き放ったなら?

 結果は分かり切っている。


 部屋に飾られた肖像画たちが震えはじめたかと思えば、しっかりと閉めたはずの部屋の扉が開く。

 吹き飛ばした父の背後にあるこの部屋唯一の小窓が叩き割れ、それどころかこの別邸全体が揺れ出した。


「クッ――アァッ――!」


 咆哮を上げ、全霊の力を持って俺は重力波を撥ね返した。


 ――瞬間、体が軽くなり、横目には何故か地面との距離が近づいていく様が見える。

 倒れて……いるのか?


 いつの間にか俺の視界は色彩を取り戻し、最後に目に入ったのは悲惨な状態になった歴代のアゼクオン当主の肖像画たちと、倒れる俺を寸でのところで受け止めて、どこか誇らしげな顔をする父の姿だった。


 ◇◇◇


「「ガルドール様っ! ファレス様の容体はっ!?」」


 耳元でサラとセレスティアの焦ったような声が響く。


「ちょっとあなたたち、落ち着きなさい。大丈夫、命に別状はないわ。仮にも聖者と呼ばれるアタシが処置したんだから万が一どころか億が一もあり得ない。それより酷いのは当主の方よ? あなた、なんでそのダメージで平然としていられるわけ!?」


「……当然だ。俺は父だからな。息子の前で……倒れるわけにはいかない」


「ハァ……それ、全然理屈になってないから。良い? いくらアタシの聖魔法でダメージを回復できてもあなたは今日一日動いちゃダメよ? その父としての威厳を保ちたいのならね」


 ……フッ、父上が誰かから説教をされているなんて、そうそう見られるシーンではないな。

 だが……そうか……俺は負けたのか。


 父の奥の手だろうあの魔法を受け流す、いや、撥ね返すことは出来た。

 しかし、一度に多くの魔力を使いすぎてしまったのだろう。

 その影響で気を失ってしまった。


「……善処する」


「善処じゃなくて、絶対よ! ……さ、あなたたちは二人のために食事でも用意して来て。アタシはあの魔力にあてられたこの屋敷の使用人たちを診てくるから」


「しょ、食事の用意……」

「……仕方ありません。セレスティアさん、あなたは厨房の隅で見物でもしていてください」

「なっ! わ、(わたくし)にだって料理くらいできますわ!」


 相変わらず犬猿の仲な様子の二人が部屋から出て行く。


「いい? 絶対安静だからね?」


 そんな二人の様子を見送ったあとで、もう一度父に言い含めてからガルドールも部屋を後にした。


 ………………

 ………………

 ………………


 どうしよう。

 完全に起きるタイミングをしくじった。


 父上と俺だけが残されたこの部屋はおそらく元々は母上が使っていた部屋だろう。

 俺が父の部屋を使うようになった代わりにここが父のものになり、母の部屋はおそらく名目方は元々の俺の部屋で、王都に来るときはこの部屋を二人で使っているものと思われる。

 何せ、部屋が母上らしさ全開のままだからな。

 それにベッドも二つある。


「……ファレス、起きているのだろう?」


 なんて、薄目を開けて部屋を観察していたせいか、父に起きていることがバレてしまった。


「……はい」


 ただ、無言の空間で狸寝入りを続けるよりは起きてしまった方が気が楽だと思い、俺は控えめに父に返事をした。


「先の勝負だが……俺の負けだ。強くなったな」


「はい?」


 横に並んだベッドのヘッドボードに背を持たれかける形で座る父はそんな風に切り出した。

 完全に自身の負けを認めるつもりだった俺はその予想外の言葉に間抜けな声が漏れてしまう。


「当然だ。俺は全力どころか奥の手まで切らされたと言うのに、お前が使った魔法はおそらくたったの三つだろう?」


 父の声は珍しく弾んでいた。

 母との会話くらいでしか声を弾ませないほどに無口な父が饒舌に俺を褒めている。


「ええ……確かに使用魔法は三つですが、俺は父上の最後の攻撃を撥ね返した後で気を失いました……戦いでは負けでしょう」


 しかし、当の俺はと言えば、その賞賛を素直に受け取ることが出来なかった。

 何せ、戦闘において勝者とはどんなに優れた魔法を使う者でもなければ、多くを殺した者でもない。最後に戦場に立っていた者なのだから。


「……何を言う? 先の戦いはお前の覚悟を問う戦いであり、お前からすれば覚悟を示す戦いだ。戦争ならば確かにお前の言うことに間違いはない。ただ、理不尽に正面から向き合って打ち払う、その魔法を持って薙ぎ払うことは覚悟を示すうえではこの上ない証明だろう」


「……!」


 そうか……覚悟。

 確かに、先の戦闘で俺が使った魔法は父を対等に相手取るための父の魔法と、そんな父に勝利するための俺自身の二つの大罪魔法のみ。

 またも無意識にだが、皇帝を、意識していたのか。


「スジェンナから予測は聞いている。皇帝になるのか? ファレス」


 父がこちらを向き、真っすぐに俺と目を合わせて聞いてくる。

 

「ええ……やはり、立つならば頂点かと」


 俺はその質問に最後の覚悟を示さんとばかりに『傲慢』に答えた。


「そうか……お前なら、届くのかもしれんな」


 そんな俺の宣言を聞いた父上はどこか感慨深そうな表情を浮かべ、視線を窓の向こうへ伸ばす。

 その先では太陽が丁度正午を告げんとばかりに空の頂上に昇っていた。

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