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第百十三話 ネクシア聖教国の聖者⑮

 翌日、昼過ぎに祖父に呼ばれた俺たちは屋敷の入口に集まっていた。


「さて、それでは行くか」


 最後にやってきた祖父は特に何を話すでもなくファルシアン家の馬車に乗り込むと、俺たちを手招きする。


「奴は粗暴だが警戒心の強い男だ。儂の馬車で行くのが良いだろう」


「なるほど、では失礼します」


 ……この祖父が気を遣うレベルの相手なのか。

 俺は二人を先に乗せながら、ガルドールという男の人物像を思い描く。

 レドから聞いた段階での印象は粗暴で不真面目な蛮族神官という中々な属性を持った男を予想していたが、祖父のこの感じを見ると蛮族というよりヤクザ系なのかもしれないと思えてくる。


 どちらにしろ聖者という言葉から想像される人物像とはかけ離れているが……。


 最後に俺が祖父の隣に腰を下ろすと、ファルシアン家の侍従が馬車の扉を閉め、馬車が動き始めた。


「スレイド様、今会いに向かっているガルドールという聖者についてお話を伺っても?」


 動き始めるとすぐにセレスティアが祖父にそう声を掛けた。

 未だにエルシアさん経由でも良い情報を掴めていないからだろうか?

 どうやら何かしようと思ってくれているらしい。


「ふむ、そうだな……あの男は少々いや、かなりの厄介者だな」


 祖父はガルドールという男のことを思い浮かべてか、少し苦い顔をする。

 魔物や魔獣を嬉々として屠るこの人にこんな顔をさせるとは本当にどんなやつなんだ、ガルドール……。


「厄介者とおっしゃられますと……性格に難がある、ということでしょうか?」


 サラが会話を広げる。


「うむ……難があると言えばそうだが……そうだな……まあ、会えば分かることだ」


 祖父が説明を諦めた……だと?

 人物像がまるで分からなくなってしまったガルドールという男について、祖父を除いた俺たちはあれやこれやと話しながら、馬車に揺られるのだった。


 ◇◇◇


 馬車に揺られること約三時間。

 途中で何度も接敵することになったが、サラの『嫉妬』とセレスティアの雷魔法の相性は抜群で、出て来た魔物たちもこの辺りでは比較的弱いものばかりであったため、俺と祖父はほとんど見ているだけで蹴散らされてしまった。

 せっかく馬車に乗る前にリジルを帯剣したと言うのに、使う暇がなかったのは残念だ。


「さて、ここだ」


 祖父が呟くとほぼ同時に馬車が足を止める。

 気が付けば目の前には古く、所々が崩れかけたボロボロの神殿が力なく鎮座していた。


「聖者がここに?」


 俺がそう尋ねれば、祖父が短く頷いた。


「もうしばらく待っていろ。直に出てくるだろう」


「わかりました」


 訪ねてきたのはこちらなのに出向かなくて良いのだろうかとも思ったが、俺たちは祖父の言う通り馬車の中でしばらく待ってみる。


 すると、大体十分くらい経ったあたりで神殿の方から一人の人影が姿を現した。


「ふむ、どうやら来たようだな。さて、降りるぞ」


 祖父に言われ俺たちは馬車を降りるとそこには厳つい容貌でいかにもガラの悪そうなスキンヘッドの男が立っていた。


「久しいなガルドールよ。孫がお主に話があるということでな、連れて来た」


 祖父が先ほどまでの態度とは打って変わってどこかフレンドリーにすら感じられる様子で話しかける。

 するとようやく目の前の男が口を開いた。


「ちょっと! そーゆーのやめてって言ったわよね!」


 !?!?!?

 俺たち三人に激震が走る。


 野太く、力強い声。

 だと言うのに、その口調はまるで貴族令嬢のもののよう。


 ……まさか、この男。


「まあ、そう言わずに話を聞いてやってくれんか? ほれ」


 祖父に背中を押され一歩前に出る。

 すると、ガルドールが俺の顔をまじまじと見つめ……こう言った。


「……あら、帝国の英雄の孫にしては良い男じゃない! 名前は?」


「……ファレス。ファレス・アゼクオンだ」


 俺は何とか声を振り絞り答えた。


「ファレス……いい名前ね! いいわよ! ついてきて!」


 そして、先を進み始めたガルドールは今一度こちらを振り返るとこう言い加えた。


「あ、そっちの女子。あんたたちはそこのむさい英雄と待ってなさいよ!」


 ……もう、間違いようがない。

 この男は……オネエさんだ。


 俺は祖父の方へ視線を向けるが、祖父はどこか遠くを見つめている。

 反対のサラたちにも目を向けるが彼女たちは彼女たちで、今までに出会ったことのないタイプの人間に絶句していた。


「ちょっとファレス! 早く来なさい!」


 ……仕方ない。

 別にまだ人相と声と喋り方が一致しないだけだ。

 ガルドールの魔法は今後においてもかなりの鍵となる。


 俺は覚悟を決めるとガルドールの後をついて神殿へと足を踏み入れた。


 ◇◇◇


 外装がボロボロだった神殿は予想に反して中はそこそこ整っていた。

 洒落た雰囲気こそないが、人が一人二人ならば余裕で生活できそうな程度には色々な物が揃っている。


「それで、アタシに用事があるんだって?」


 そこそこ良さそうな大理石のテーブルに向かい合わせの形で座ると前置きもなくガルドールが切り出して来た。


「ああ、人伝にだが、貴殿が聖魔法のスペシャリストだと耳にしてな。是非その力を貸してもらいたいと思い参った次第だ」


 その様子から、貴族特有の面倒な腹の探り合いをしたくないのだと感じ取った俺はガルドールに合わせて、いきなり本題を話した。


「へぇ。ファレス、あなた歳は?」


 すると少しだけ顔色を変えたガルドールが質問をして来た。


「今年十六になる学園の一年だ」


「十六、ねぇ……その歳でアタシの存在までたどり着くのはなかなか出来ることじゃないわね。まあ、あなたからすれば親族が知っていたのかもしれないけど」


 こちらを見定めるような視線で見つめながら言うガルドール。


「いや、貴殿のことは師でもある元剣聖レドから聞いた」


「あら、また懐かしい名前ね。元気にしているかしら?」


 レドの話をしたら若干彼のテンションが上がった気がする。


「ああ、最近結婚もして、今では男爵家の名前を背負っている」


 俺はここが攻略の糸口になるかもしれないと見て、レドの話を膨らませようとした。

 しかし――


「……え? 今、なんて言ったかしら?」


 途端にガルドールの纏う空気が変わる。

 ……まずい、まさか。


「ねえ、今、なんて言ったのかしら?」

 

 ……どうやら俺は地雷を踏んでしまったらしい。


「……レドは最近結婚して、男爵家の名前を背負っていると、そう言った」


 ただ、広い神殿に二人だけ。

 どうやっても誤魔化しようがなく、俺は正直に求められる通りの回答をした。


「……そう。結婚、結婚ねぇ……」


 自らの手を見つめながらうわ言のように呟くガルドール。

 そして、ガルドールは何を思ったか勢いよく立ち上がると、いきなり大理石のテーブルを全力で殴りつけた。


「フッ! ウフフフフッ!」


 気味の悪い笑みを浮かべながらテーブルを粉砕していく厳つい男という光景は中々に凄まじい。

 やがて、物の良さそうだった大理石のテーブルがすべて大理石の欠片になるまで殴りつけたガルドールはこちらを見て言った。


「ファレス、あなたレドの弟子なのよね?」


「ああ」


「じゃあ、今からアタシと勝負しましょう。あなたが勝てばあなたの用事付き合ってあげてもいいわ。でも、もし私が勝てば――」


 何だかよくわからないが、これはラッキーな流れだ。

 そう思った俺はガルドールの言葉を途中で遮り、宣言する。


「それを考える必要はない。 勝負となれば、俺に負けはない!」


「……あら、威勢のいい男は好きよ」


 啖呵を切った俺にガルドールは獰猛な笑みを浮かべる。

 俺たちは互いに少し距離を取り、構え合う。


「勝負の条件は?」


「そうねぇ……相手に降参を言わせた方、でどうかしら?」


「構わないが……」


「ああ、大丈夫よ。もし仮にアタシが負けるようなことがあったらその時はちゃんと負けを認めるから」


「……ならば良い」


「じゃあ、このコインが地面に落ちたら開始よ」


 そう言うとポケットからおもむろに金貨を取り出したガルドールがコイントスの要領で金貨を弾く。

 その金貨はゆっくりと放物線を描くように俺とガルドールの中心に向かって上がっていくと、丁度高度が頂点に達したところでいきなり速度を変え、高速で落下した。


 バチンと、およそコイントスをしたコインから発せられるような音ではない音が響くと同時にガルドールがどこからともなく取り出した剣で斬りかかって来た。


「……ほう」


 だが、その程度の不意打ちに踊らされる俺ではない。

 すぐに抜刀し、ガルドールの一撃をいなす。


「あら、剣を使う貴族様なんて、せいぜい型通りのお飾りかと思っていたけど、意外と実戦慣れしているようね?」


「当然だ。俺はレドの弟子なのだぞ?」


 話しながらも俺たちの剣戟は続く。

 サラの暗殺用のものともレドやリューナスの正統派のものとも違うガルドールの剣技は、一言で言えば搦め手というのだろうか。

 刃同士の打ち合いより、剣を持つ手や斬り込む際の体重移動を阻害を主軸とするような剣だ。


 だからこそ、俺の攻勢が続いているものの、どうにも攻めきれない。


「ファレスあなた、中々やるじゃない!」


「ふっ! 貴殿……いや、お前もなガルドール」


 口では互いを認め合っているような俺たちだが、その実は決め手となる隙を互いに見極め合っていた。

 無論、俺はレドの時穿剣を使えばこの瞬間にも決着をつけられる。


 しかし、それでは面白くない。

 それにコイツの前でレドの魔法を使おうものなら、どんなことになるか分かったものではない。


 何か方法は……。


 その時、ふと昨晩の祖父の言葉が蘇る。

「だが、少なくともお前の拳は重くなっていた」


 ……ちょうどいいではないか。

 まだ、実戦での使用経験のないこの魔法。

 俺と対等に打ち合いが出来る程度の相手にどれほど効果があるのか試させてもらうとしよう。


 もう何度目かの斬り合いの後で、俺はそれまでより少しだけガルドールとの間に間を設けた。

 そして再度ぶつかり合うと同時に、『傲慢』ではない、もう一つの大罪魔法を込めて剣を振るった。


 ――キィンと金属が激しくぶつかる音が神殿に響く。


「……は?」


 続いたのは間の抜けたようなガルドールの声だった。


 俺はその隙を見逃さずに剣をガルドールの首元へ伸ばす。


「これで、俺の勝ちだな?」


「……ええ、そうね。降参よ」


 新しい大罪魔法を込めた俺の一太刀はガルドールの剣を文字通りに両断していた。

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