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第十一話 魔力覚醒

「ん……あぁ? 俺はどうなって……」


 目を覚まして、まず最初に感じたのは自分が世界に受け入れられたかのような妙な感覚だった。

 視界が鮮明になった気がする。

 空気が、光が、音が、そのすべてがまるで俺に向かって流れ込んでくるようだった。


「ふぁ、ファレス様!!!」


 そして次に感じたのは、豊かではない、だが確かにある柔らかな感触。


「サラ? ああ、そう言えば魔力覚醒の反動で……」


 飛びついてきたさらに顔を半分覆われながら、意識を手放す前のことを徐々に思いだしてきた。


 俺が覚醒した魔法。

 ファレスに与えられた固有魔法は大罪魔法と呼ばれる『マーチス・クロニクル』でも、七つしか存在しない希少な属性である。

 その中でもファレスの魔法は「傲慢」。

 名は体を表すのか、体が名を表しているのか分からないくらい原作ファレスにお似合いの魔法。


 その特性は先ほどのレドとの打ち合いでも言われていた模倣なのだ。

 だが、ファレスの「傲慢」はただの模倣に留まらない。

 一度でも自分が体験した魔法ならば、その全てをもとの使用者以上に扱えるようになるというチート仕様。


 俺があのタイミングで魔力覚醒ができたのはここ数日間、吸魔を絶やさなかったことと遥か格上である剣聖レドの魔法を分析したことがきっと関係しているのだろう。


 というかレドめ。

 二度振ったとか言いながら一刀は心剣とかさすがにずる過ぎるだろ。

 それに使用者以上に扱えるようになるはずの俺の傲慢も受けきってたし……。


 黙って、そんなことを考えていると、

 

「ファレス様、ファレス様!」


 まだ、俺の意識が安定していないと思っているのか、サラがさらに強く俺の頭を抱え込みながら名前を呼んでいる。


「あ、ああ聞こえているぞサラ」


 ちゃんと反応しなかったのは悪かったが、先ほどまで倒れていた人間相手にこれは……まあ、細かいことは良いとしても――。

 その年齢に見合わないものをこれでもかと押し付けてくるのは止めてくれないか。


「よ、よかったです……それでファレス様、罪人への処置はどうなさいますか?」


 やっと落ち着いてくれたか……と安心できたのもつかの間。


「……罪人?」


「はい。私たちの懐にうまく潜り込み、師として自然とファレス様に向かって武器を振るえる関係を築いたうえでファレス様の命を狙ったあの罪人レドのことです」


「ん? いや、レドは特に悪いことをしていないだろう?」


 待て待て待て。

 サラさんや、キミも俺が魔力覚醒する瞬間を見てたよね?

 何そんな、当然のように捕らえて牢に入れてありますみたいなこと言ってるんだ?

 確かにあの元剣聖な狂人レドは指導をつけると言いながら自分が楽しんでいるようなきらいがあったが、罪人というほどではないだろうに。


「? でも、あの罪人がファレス様が倒れるきっかけを作りましたよね?」


 サラ?

 なんだかサラの目から光が消えている気がする。

 きっかけと言えばその通りなのだが、倒れたのは俺の固有の持つ力が強すぎたせいだろうし……けどそんな正論で今のサラを説得できるとは思えない。


「いや、あれはレドのせいじゃない。最近吸魔に躍起になって睡眠時間を削っていたんだ。その疲労が魔力覚醒の反動に乗って来たんだろう。だから、レドを解放してやってくれ」


 見たことのないサラの様子に俺はいつもの原作ファレスロールプレイを忘れて、優しくたしなめてしまう。


「……ですが」


「サラ、これは命令だ」


「! はい」


 尚も引き下がろうとしないサラにいつもの原作ファレスロールプレイで強く言い聞かせる。

 そこまでしてようやくサラは俺から離れ、何度もこちらを振り返りながら部屋を出て行った。


 ………………

 ………………

 ………………


 きったぁぁぁぁ!!


 サラが離れ、しばらくすると俺にも実感が追い付いてきた。

 ファレスルートにおける最難関で最大の問題点である魔力覚醒の遅さを克服することができた!


 それに加えてあの歴代最強と名高いレドの固有を模倣することも出来た。

 これは思わぬ収穫だ。


 魔力覚醒さえしてしまえば、後は普通に過ごしていれば俺が周りから過度に浮いてしまうこともない。

 これで、何の憂いもなくあの『マーチス・クロニクル』の世界を楽しみつくすことができる。

 もちろん俺はファレスとしてここにいるわけだから、ゲームプレイヤーのように自由になる訳ではないが、それでもファレスにのしかかっていた最大の問題とそれに付随する多くのバッドエンドが、今日の魔力覚醒によって回避されたと言っても過言ではないだろう。


 まだこちらに来て数日。

 だと言うのに、すべてがうまくいっている。

 さすがにこの状況には、笑みをこぼさずにはいられなかった。


「あの、ファレス様。ご体調はよろしいのでしょうか?」


 俺が一人で気味の悪い笑みを浮かべていると、サラのものではないもっと控えめな声が扉の外からかけられる。

 ……ああ、クインか。


 そういえば、剣の修行の後はクインに魔法を教える約束をしていたんだったな。

 ……悪いことをしてしまった。


「ああ、心配をかけたようだな」


 俺がそう言うとおずおずと部屋に入ってくるクイン。


「あ、あの! さっきの凄まじい魔力の奔流って……」


「ああ、丁度先のレドとの打ち合いで魔力覚醒を果たした」


「やっぱり! 本当にすごくて、離れていた私ですら立っているのがやっとでした!」


 扉の前での控えめな様子はどこへやら。

 大興奮な様子で早口気味に感想を口にするクイン。


「クイン、吸魔の調子はどうだ?」


 そんなクインがずいずいと顔を近づけて来るため、俺は自分の話をこれ以上広げないように話を変える。


「はい、ファレス様にアドバイスをいただいてから毎日できる限り吸魔に集中する時間を取っています。最近では……この通り」


 そう言うとクインは手のひら大の綺麗な水球を作りだして見せた。


「ふむ、確かに以前とは比べ物にならないくらいに魔力が安定しているな」


 クインの魔法はつい先日に見せられたものとは全く違った様相を呈していた。


「これも、ファレス様のおかげです!」


 ふむ、だが、やはりクインには魔力を効率よく取り込む才能はあまりないらしい。

 これではファレスと同じように潜在能力の持ち腐れという物だ。


 ……魔力覚醒を果たした今の俺ならば、息を吸うように魔力を扱うことができる。

 これなら……試してみる価値はありそうだ。


「なあ、クイン」


「なんでしょう?」


「俺に、触れられることに抵抗はないか?」


「はい、それはもちろ……って、えぇ!? ふ、触れるって、触れるってことですか?」


 訳の分からないオウム返しをして見せるクイン。

 なぜかは分からないが、顔が燃えるような朱に染まっている。


「ああ、言い換えればつまり、触るということだな」


「さ、さわっ……」


 これ以上赤くなるのかというまでに頬を紅潮させ、俯くクイン。

 だが、すぐに決意を固めたような顔でこちらを見るとこう言った。


「経験がなく申し訳ありませんが……優しくしてください」


 ……?

 そう言われてようやく、クインがとてつもない誤解をしていることに気が付く。


「いやっ……そうではなくだな」


 だが、俺の言葉は一歩遅くクインは襟付きドレスの前ボタンを一つ、また一つと外していく。


「クイン、少し待て。俺の言い方が悪かった。だから……」


 完全にそう言う意味だと誤解しているクインを止めようと手を伸ばすも、俺の不運……いやファレスの不遇属性は健在だった。


「ファレス様、レド様をお連れしましっ――」


 完璧なタイミングでのサラとレドの帰還。

 ……俺は廃ゲーマーであり、もちろんこのファレス・アゼクオンというキャラクターを使って、この『マーチス・クロニクル』というゲームをプレイしたことはある。

 それも何度も、だ。

 しかし、すべてのエンドを回収できたわけではない。


 でも、この状況……ベッドに腰かける悪役貴族と少し俯きながらもドレスのボタンを外していく商家の跡取り。

 どうやっても、コトに及ぼうとしている寸前であり、それを彼女の護衛である元剣聖に見られたなら……。

 うん、誰がどう言おうと回避しようのない完璧なバッドエンドフラグじゃねぇかっ!!!


「ファレス、様?」


 だが、まず俺にかけられたのは予想外の人物の言葉だった。

 しかし、彼女の目はまるで悪霊にでも憑りつかれたかのように黒く濁っている。


「さ、サラ。これは様々な誤解が積み重なって起きた事故で……」


「えっ!? 誤解? でも、ファレス様が触れると――」


 だぁぁあっぁ! クイン! 今は黙ってて!


「そうではない! 魔力覚醒を果たした俺は自分の手足のように魔力を操れるようになった。それを使ってクインの覚醒の手助けをしてやろうとしただけだ!」


 もはやチャンスはここしかないと、前世で一世を風靡した消失してしまうボカロ曲並みの早口で一から十までを言い切る。


「え、あ、そ、そう言うことでしたかっ! す、すみませんっ!!」


 俺の言葉を聞き、ようやく理解したクインがバッと音が鳴りそうな勢いで体を抱え込むと、頭を下げているのかしゃがんでいるのか分からないような体勢になる。


「いや、良い。俺も紛らわしい言い回しをした」


 微妙な空気が場を漂う。


 そこをゴホンと一つわざとらしい咳払いをしたレドが


「ここでは何もありませんでした。そうですねファレス様」


 と、気を聞かせてくれる。


「ああ。俺とクインは魔力覚醒の話をしていただけだ」


 そう言い切って、ちらりとサラの方を見る。


「……」


 サラの目は尚も黒く淀み、いったい何を映しているのか、原作プレイヤーの俺にすら分からなかった。

 だが、とにかく、迫る最後は訪れなかった。

 やはり信じるべきは素直な姿勢と誠意ある対応だよな、うん!


 そして、そんな馬鹿なことを考えていた俺は気が付かなかった。

 サラの目に呼応するように彼女の右手に付けられたブレスレットが一瞬、怪しい光を放っていたことに……。

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