第百九話 ネクシア聖教国の聖者⑪
祖父スレイドと共に死の大地をしばらく散歩すると、魔物や魔獣の跋扈していたこの一帯は奴らからドロップした魔道具やらが散らかっていた。
「はっはっは! さすがは儂の孫だ! ここまで気分のいい掃除も中々ないだろう」
駆け抜けてきた背後を振り返りながら祖父が豪快に笑う。
掃除とは……言い得て妙である。
「ずいぶん倒しましたね……」
ここまで遠慮なく魔法を放ったことはなかったため、心地よい疲労感と達成感が湧き上がる。
「ああ。さて、では面白い物でも探しながら引き返すとするか」
そう言って祖父は足元に視線を向けながら歩き出した。
俺も自分が倒してきた魔物たちの方へ視線をやりながらその後に続く。
「そう言えばお祖父様。聖教会の聖者に伝手があると聞いたのですが」
良さげなもの、あまり大きすぎない物を見繕いながら俺は隣を歩く祖父に声を掛けた。
「ああ、そうだったな。なんでも蘇生魔法の使い手を探しているのだったか?」
「はい。グランダル家のトールスという者が中々に面倒なことを仕掛けてきまして……完膚なきまでに打ちのめすために最大の証拠を蘇らせようかと」
どうやら王都の最新情報までは終えていないらしい。
母さんからの手紙にはその辺りのことは書かれていなかったのだろうか?
「ほう……グランダルか。奴等も大人しくしておればよい物を……。お、ファレス、これなんか良いのではないか?」
呆れたとでも言いたげな声でそうコメントしながら、俺に色々な物を見せてくる祖父。
ゲームでは特に気にしたことがなかったが、なんであの奇妙な姿かたちをした魔物や魔獣から見た目の綺麗な装飾品や服飾、武器や防具の類がドロップするのだろうか?
ほとほと疑問である。
「グランダル家は昔から野心の強い家系だったのですか?」
「ふむ……そうだな。あやつらは帝国唯一の公爵家であろう? しかし、魔法も経済力も色々とパッとしない家系でな。公爵家であるという事実が唯一のプライドになってしまったのだ。そうなってからはお前の言う通り、妙に野心的とでも言うのか……色々なところに手を出してみたりしてな」
魔道具の寡占についてもそうだったな。
おそらくそのパッとしない魔法を魔道具で補おうとでも考えたのだろう。
着眼点は悪くないが、やはりギンカ・スペーディアのような天才の前では一瞬の粗を突かれてしまったのだろう。
「次男のエンペンはそこそこ話の出来るやつですよ。最初こそ突っかかって来たので返り討ちにしましたが、反省して実力を高めようと頭を下げる姿勢には感心させられました」
「ほう……そうか。グランダルからそのような殊勝な者が出てくるとは。今回の件でもめげずに家を背負えるものになると良いな」
「そうですね」
……そう、そうなのだ。
今回の件、俺がトールスと正面をきってぶつかり、メーディアさんを蘇らせ証拠を突き付けた場合、グランダル家の権威は失墜する。
無論、俺は手を抜くつもりも恩情をかけるつもりもない。
しかしながら、それでもエンペンのことは若干気がかりだった。
せっかく立ち上がったあいつをもう一度自分の手で折ることになる。
だが、これは仕方のない犠牲。
悪役貴族ファレス・アゼクオンとして生きるうえで避けては通れない、己が利を追求するための犠牲だ。
「それで、聖者だったな。お前の探している者はガルドールと言う名で間違いないか?」
俺がエンペンのことで少し悩んでいると、その思考から俺の考えを逸らせるように祖父が聞いてきた。
「はい。これも元剣聖レドから聞いた情報でして、蘇生魔法クラスの聖魔法を扱える者となるとその者くらいだと」
「そうであろうな。だが、あいつを王都へ連れ出すのは中々骨が折れるぞ?」
この祖父をもってしても骨が折れると言わせしめるとは……聖者ガルドールいったいどんなやつなんだ?
「最悪、その者の聖魔法を見ることさえ出来れば、おそらく俺の魔法で模倣することは可能ですので」
「おお、そうだったな。全く、強大な魔法だな」
そうだ。
俺には『傲慢』がある。
こいつさえあれば基本的にどんな魔法だって模倣できてしまうのだ。
今まで模倣できなかったのは、皇帝の『強欲』と祖父の『忠義』だけ。
どちらも大罪魔法と美徳魔法というかなり特殊な物のみ。
聖魔法も珍しいとは言え、せいぜい無属性魔法の一種で、使い手だって千人規模でいるはずだ。
そんな魔法を『傲慢』が模倣できない通りはない。
そんなやり取りをしながら俺と祖父はようやく戦い始めた着地点まで戻って来た。
「さて、ファレスよ。良さげなものは見つかったか?」
「ええ……まあ、何とか。少し加工が必要そうなものもありましたが、大丈夫そうです」
「そうか。それは良かった。さて、聖者ガルドールの元へは明日、案内してやるとして……今日は……戻るか」
「はい。夜には王都の様子を報告してもらう連絡が入る手筈になっていますし、それに……あまりあの二人を待たせるというのも……」
俺としては、ここに何も言わずにつれて来られてしまったため、ファルシアン本邸でサラが暴走していないかが非常に心配である。
まあ、何かがあればセレスティアが通信玉で連絡を飛ばしてくるだろうし、大丈夫だとは思うが。
「はっはっは! そうだな! 令嬢を待たせるとろくなことにならん。では、戻るとするか」
「はい」
再び、俺が返事をした瞬間に祖父の小脇に抱えられ、祖父が跳び上がった。
……やっぱり帰りもこれなのね。
◇◇◇
一方、ファレスがスレイドによって唐突に連れ去られた後のファルシアン本邸では――
「ファレス様っ!?」
眼にも止まらぬような速さでどこかへ飛んでいく、ファレスたちを見てサラが驚愕の声を上げながらも『嫉妬』の魔法でそれを捕まえようとする。
しかし、スレイドの圧倒的な脚力によって生み出された速度には、見てからの反応ではどうやっても追いつけるはずもなく、すぐに魔法の影響範囲を外れてしまった。
「お、嬢ちゃんたちが先代の言っていた客だな。……って、肝心のファレスがいねぇじゃねぇか!」
侍従やメイド達に迎え入れられようとしていたサラとセレスティアの前に現れたのは、現ファルシアン辺境伯にして、リカルドの父であるグスタフ・ファルシアンだった。
ぼやくグスタフに慣れた調子で侍従の一人が耳打ちをしている。
すると、グスタフはすぐに納得顔になり、サラたちの方へ向き直った。
「あぁ……悪いな嬢ちゃんたち。うちの先代の悪い癖でな。先週から孫と掃滅する日を楽しみにしてたんだ。悪いようにはしないだろうから気にしないでくれ」
およそ貴族とは思えない調子で謝ってくるグスタフに一度、ファレスと共に挨拶を交わしたことのあるサラはともかくセレスティアは絶句していた。
「わ、わかりました」
「……」
「にしても、ご令嬢二人たぁファレスも隅に置けねぇな。……ん? そっちの嬢ちゃんはあの時のエバンスの? それにそっちは……もしかしてカーヴァリアの次女か?」
完全に言葉を失ってしまっている二人を気にもせず、ジロジロと顔を見たグスタフは魔法披露宴の時のことを思い出したのか、そう呟いた。
「え、ええ。ファレス様の魔法披露宴の際に一度、お目にかかりました。サラ・エバンスです」
本来ならば爵位順に挨拶をするものだが、サラが横目に確認したセレスティアは未だ固まっているようだったため、サラが先行して挨拶をして見せる。
すると、ようやく状況を飲み込んだのかセレスティアも慌てて、挨拶をする。
「は、はい。私はカーヴァリアの次女。セレスティア・カーヴァリアと申します」
何とかカーテシーこそ優雅にして見せるも、その動揺は隠しきれていなかった。
「おう、俺はファルシアン辺境伯のグスタフ・ファルシアンだ。俺はこんなんだからよ、そんなに固くならなくても良いぜ」
言いながらニッと笑って見せるグスタフだが、どちらかと言えば強面な表情から繰り出されるその笑みは恐怖以外の感情を抱くのが難しい。
「……あなた?」
サラとセレスティアが二人して戸惑っていると、奥から鋭い声が響いた。
「……げ、カメリナ」
「げ、とは何ですか……少しは辺境伯らしくなさってください。そちらのセレスティアさんとはもうすぐ縁戚関係になりますのよ」
「……そう言えば、リカルドがどこか行くとか言っていたが、まさかアイツ結婚の挨拶にでも行ってんのか?」
「……はぁ、手紙にも書いてありましてよ? あなた、息子からの手紙もまともに読めませんの?」
サラとセレスティアは思わず顔を見合わせる。
私たちは何を見せられているのだろう、と。
それもそのはずで、彼女たちの周りにいる男性と言えばファレスやその父クロフォード、セレスティアの父ブルーノなど、寡黙さやカリスマを纏う者ばかり。
それに比べて、今目の前にいるグスタフは、言葉遣いは粗暴で、自分より奥さんの方がカリスマがあるように見える。
まさに未知の存在だった。
「……ごめんなさいね。あなたは仕事に戻って。おもてなしは私がするわ」
「……あ、ああ。分かった」
その後もカリスマのかけらも感じられないグスタフの姿に驚きつつ、とぼとぼと執務室に戻っていく彼の後姿を見送った。
「さぁ、二人ともこちらへ。長旅の後なのに立ちっぱなしでごめんなさいね。すぐにお茶も用意するから」
「はい、ありがとうございます」
「お邪魔いたしますわ」
こうして、サラとセレスティアはファレスの連れ去りから始まった、中々に飲み込みにくい現状をようやくお茶と共に飲み込むことが出来た。
「ほんと、さっきはうちの主人が申し訳なかったわ」
調度品の一つ一つにこだわりを感じる客間でお茶を飲み終わると改めてカメリナが謝罪を口にした。
「いえ、ファルシアン辺境伯夫人様に謝罪していただくようなことでは……」
セレスティアが代表してそれに応える。
「そう? ならいいのだけれど……。それから私のことはカメリナでいいわ。二人とも、近いうちに家族になるのでしょうしね」
すると穏やかな笑みを浮かべて、カメリナがいきなり特大の話題を投下した。
並んで座るサラとセレスティアの間に微妙な緊張感が走る。
足に置いた拳に力が入るのが傍から見てもわかるほどだ。
表情も、二人とも何とかこらえようとしているが、様々な感情がにじみ出ている。
「あら? 二人ともファレス君と婚約しているのではなくて?」
しかし、そんな緊張感を感じ取ってもカメリナは話題を変えず、さらに切り込んだ。
「「えっ?」」
二人が声を合わせて驚く。
だが、それも仕方のないことだろう。
サラとセレスティアの常識の中には、二人と婚約などという事態は当然ない。
「……その様子だと、本当に知らないようね。ふふっ、もしかしたらファレス君も知らないのかしら」
「あ、あの、カメリナ様っ!」
「今の話について、詳しくお聞かせいただけませんか?」
「ふふっ、いいわよ。色々なお話をしましょうか」
カメリナの言葉に顔色を変えた二人と、そんな二人を見て楽し気に笑うカメリナの女子会はファレスの心配の必要がないほどに盛り上がった。




