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第百三話 ネクシア聖教国の聖者⑤

 教室につくと、普段とは違いどんよりとした空気が漂っていた。

 特にエンペンの纏う空気は普段の軽快そうなものとは打って変わって、重苦しいものになっている。


「やはり、皆様も気になされている様子ですね」


「ああ、そうだな」


「帝国建国史上でも初めてなのではないでしょうか? 特に皇帝モラクの治世は歴代でも安定した者でしたからその反動も大きいのでしょう」


 俺たちはいつも通り、後ろの席に三人並んで座ると教室中をぐるっと見渡し、そんな会話をしていた。


 すると、おもむろに立ち上がったエンペンがふらふらとした足取りでこちらにやってくる。


「ファレス……少し、いいかい?」


 今にも倒れそうな表情で、でも、確かな意志の宿った眼でこちらを見てくるエンペン。


「ああ、分かった」


 そんな相手を無視できるほど冷酷な人間にはなれなかった。

 それにエンペンには言っておきたいこともある。


 俺が立ち上がると当然のように二人も立ち上がった。

 しかし、俺はそれを手で制する。

 

「二人は待っていろ。すぐに戻る」


「ですが……いえ、かしこまりました」

「……わかりましたわ」


 不服そうだが、渋々納得してくれた二人を置いて俺とエンペンは朝礼前の残りギリギリの時間を使って教室の外に出た。


「すまないっ! まさかこんなことになるなんて、僕は何も知らなかった……本当にすまないっ!」


 自習用に開放されている個室。

 以前、エンペンに吸魔の指輪を渡したのと同じ教室で、俺はいきなり勢いよくエンペンに謝罪をされた。


「……気にするな、と言うつもりはない。しかし、今回の件にお前が関わっていないことなど分かり切っていることだ」


「だが……我がグランダルのせいでおそらくこれからファレスにも迷惑をかけてしまう」


 エンペンの謝罪の理由は推測通り、皇帝の名代として今後厄介ごとに巻き込まれるであろうことに対するものだった。


「それは仕方のないことだ。お前の兄には恨まれているだろうからな」


「……なあ、ファレス。教えてくれないか? 僕の兄は、トールス兄上は一体何を考えているんだ! 僕が信じて来た兄とは一体なんだったんだ!」


 エンペンの激白。

 それは行き場のない感情を何とか吐き出そうとするような、怒りとも憎しみともとれる複雑な感情を孕んだものだった。

 俺にこうして誤ってきたほどだ。

 エンペン自身とっくにわかっているだろう。


 しかし、エンペンの中では兄は絶対的な存在であり、つい昨日までだって、彼は兄を慕っていたはずだ。

 そのギャップをすぐに飲み込めるほど、人間という物は器用に出来ていない。


「お前の兄……いや、ここでは敢えてトールスと呼ばせてもらおう。トールスの目的は間違いなく、グラーツィア家からの帝位の簒奪だ。奴は帝国を手中に収めるつもりなのだろう。はっきりと言おう。お前の信じていたトールスは虚像に過ぎない」


 俺は静かに告げた。

 ここで下手に同情しても良いことはない。

 これはエンペン自身の問題であり、俺が背負ってやることも肩代わりしてやることもできないのだから。

 

 告げられたエンペンにも特に大きな反応があるわけではなく、ただ「そうか」と肩を落とすのみだった。


 少しの沈黙が間を包む。

 視線を落としたままのエンペンの拳は何かに耐えるように小刻みに震えていた。

 

「……話はそれだけか?」


 再び会話の口火を切ったのは俺だった。

 朝礼まで時間はもう残り僅かしかない。


「ああ、すまない。時間を取ってもらって悪かった」


 俺の確認に再度謝罪を口にして去ろうとするエンペン。

 俺はその後ろ姿に声を掛けた。


「エンペン、最後に信じられるのは己の実力のみだ。今回の件、責任に感じているのだとすれば、その実力でもって、いつか俺に報いてくれれば良い。言葉だけの謝罪よりよっぽど有益だ」


 エンペンはゆっくりと振り返る。

 疲労の隠しきれない顔に確かな笑みを浮かべて彼は言った。


「ファレス……キミってやつは底抜けに優しいんだね」


「フッ……馬鹿をいうな」


 少しだけ色の良くなった顔で前を向きエンペンが部屋を出て行く。

 するとちょうど予鈴が鳴った。


「……走って戻るぞ」

「っ! ああ!」


 個室を飛び出した俺はエンペンと肩をならべて走り出す。

 メホロス先生は元騎士団長と言う役職柄か、遅刻にはとても厳しい。

 だから走る、それだけだ。


 ◇◇◇


 教室に戻ると、相変わらずのどんよりとした空気が淀んでいた。

 そして幾ばくもなくやって来たメホロス先生によって、本日午後からの休校が告げられた。


「既に知っていると思うが、昨日悲惨な事件が起こってしまった。学園としては再発防止や警備体制の見直しのために、しばらくの間休校と言う形で学園を閉鎖することとなった」


 俺たち学生の側からは特に反対の声は上がらない。

 むしろ、身近に死を感じたことで、この学園の判断には安心を覚える者もいるのだろう。

 少しだけ淀んだ空気が流れて言った気がする。


「期間など詳細な日程は、調査の進行などに左右されるため確定的なことは言えないが、恐らく一月程度で済むものではないだろう。皆の実家には学園の名で既に連絡済みだ。王都に残らず自領に帰ってもらっても構わない」


 まあ、こんな不祥事は学園設立以来初めてのことだろうし、様々な体裁のためにも雑な対応で閉めるわけにはいかないのだろう。

 正直、学園側にもグランダル家の手が回っている可能性も否定できなかったため、最悪の場合学園の廃止なんてことも考えてはいたのだが、先日の対応を見る限りメホロス先生は少なくとも買収を受けている訳ではなさそうだった。

 元近衛騎士隊長のこの人がいれば、学園の完全な腐敗と言うことにはならないだろう。


「しかし、これだけは言っておきたい。休校期間中も日々の訓練は怠らないように。特に覚えたての適正外魔法は日常的に扱うようにし、確実に自分の物にしておいてもらいたい。それが君たちのためになるだろう」


 メホロス先生は最後に教師らしい一面を見せるとすぐに、忙しそうに教室を出て行ってしまった。


「ファレス様のおっしゃった通り、休校になりましたね」


「まあ、そうするほかないだろうからな」


「お姉様がようやく復学なされたと言うのに……タイミングが悪いですわ」


 サラが流石です。と言って、俺を立ててくれる横で、セレスティアがぼやいた。

 言われてみれば昨日、エルシアさんはパニックを起こしてしまっている様子だった。

 リカルド兄上に任せきりにしてしまったが大丈夫だっただろうか?


「そう言えばエルシアさんは大丈夫だったか?」


「え、ええ。少し取り乱されていたようですが、リカルド様が……その……一晩中、隣りで慰めてくださったそうで……今朝にはもう、お元気な様子でしたわ」


 俺の質問に若干頬を上気させながらセレスティアが答えた。


「……そうか。それは何よりだ」


 ……純真堅物(リカルド)兄上もちゃんとそう言うことが出来たんだな。

 

「そ、そう言えばファレス様はアゼクオンの方に帰られますの?」


 微妙な空気になってしまった会話をセレスティアが無理やり変える。


「いや、今のところその予定はない。やらなければならないこともあるからな」


 そう、この休校は予想通りではあったものの、もし予想通りに行かなければ、俺は学園を休んで聖者を探しに行かねばならないところだった。

 とりあえずは母さんからの返信を待つところまでは変わらないが、そこでも手掛かりがつかめない場合は一体いつまで休むことになっただろうか?

 この機を逃すわけにはいかない。


「やらなければならないこと……それは、昨日の?」


 セレスティアはその一言だけで俺の用事を察したらしい。


「ああ。大見栄を切った手前、務めを果たさなければな」


「でしたらその御務め、私にも手伝わせていただけませんか?」


 真剣な眼差しを俺に向け、提案をしてくる。


 セレスティアの手伝いか……正直、ガルドールと言う聖者がどういう者か分からないどころか、その所在も分からない以上、やたらと協力の手を広げるというのはどうなのだろうか。


 と、俺が悩んでいるとセレスティアが俺の耳下に口を寄せ、言った。


「カーヴァリアは聖教国とほど近い大都市として、多くの神官が訪れます。少なからず情報を手に入れることは出来るかと」


「……ほう」


 なるほど。

 言われてみれば、確かに聖教国は西の端の方だったな。

 セレスティアが自領に戻るというのなら通信玉でスムーズに情報のやり取りも出来るし、それならば手を借りないという手はない。

 

 そう考えて、是非頼むと言おうとすると、セレスティアは続けてこう言ってきた。


「ですので、是非、ファレス様がどちらかへ遠出をされる際は私も連れて行っていただきたく思います」


 ……ん?

 あれ? 通信玉を有効活用しようって話じゃないのか?


「……それでは、カーヴァリアの情報をどうやって俺に伝えるつもりだ?」


「それは……お姉様がリカルド様を連れてカーヴァリアに帰られるということですので……」


 ……なるほど。

 どうやらセレスティアは婚約目前のカップルによる、半ば婚前旅行も同然な帰省に付き合いたくないという所が大きいらしい。


 まあ、その気持ちは分からなくもないが……。

 

「分かった、良いだろう。エルシアさんとの通信玉も持っているということで間違いないな?」


「ええ、それについては問題ありませんわ」


「……」

 

 無言のサラから『嫉妬』の魔力がいつも通り溢れ出している気がするが、意見をしてこない辺り、カーヴァリアからの情報の優位性が上回ったのだろう。

 まあ、まだどこに行くとも決まったわけではない。


「ではそのつもりで、いつでも動けるように準備だけはしておけ。それから、もし遠出する際はその許可もな」


「承知しておりますわ。ありがとうございますファレス様」


 こうして聖者の捜索に、新たにセレスティアが加わった。


 ただ、俺の目的は聖者を探し見つけることではない。

 その魔法によって蘇ったメーディアさんの証言だ。

 それさえあれば、トールスを斬ることが出来る。


 こうして短い学園での一日は幕を閉じた。

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