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第百一話 ネクシア聖教国の聖者③

 新築のスペーディア別邸は古式ゆかしい造形美ではなく、効率性を重視した機能美が光る邸宅だった。


 アゼクオンのそれと比べれば遥かに小さな庭も過剰にならない程度の上手い詰め込み具合で、十分にお茶会などが楽しめそうな造りになっている。


 そんな風に俺とサラがゆっくりと歩いていると、正面の扉が開かれサンが飛び出して来た。


「ファレスお兄ちゃん! ようこそ!」


 空いている右手に飛びついてくるようにしたかと思えば、入って入ってとぐいぐい腕を引っ張ってくる。


「サンさん、あまりファレス様を困らせないでください」


 サンに対抗してサラが組んだ腕に少し力を込める。


「お兄ちゃん、困った?」


 俺に困っていないと言わせる気満々の調子でサンがこちらを覗き込んだ。

 ……俺としてはこの状況に一番困っているのだが。


「……好きにしたら良い」


 とりあえず我関せずを決め込んだ。


 一瞬、サラが不満顔を見せたが、こればかりは仕方ない。


「ふふっ、じゃあこっちだよ!」


 そのまま俺の手を引いて、サンは家の扉を開いた。


「ようこそお兄ちゃん、サラお姉ちゃん!」


「あ、ちょっとサン! 急に外に出ちゃダメだって言ったのに……え?」


 外に飛び出して行ったサンを探しに来たのか、部屋着に軽めのアウターだけを羽織ったクインと対面してしまう。


「ふぁ、ファ、ファレス様っ!?」


 咄嗟にクインはアウターで半身を覆うも、既にしっかりと見てしまったあと。

 申し訳ないが、これもまた不可抗力だ。


「突然すまないなクイン。サンにはこれから訪問させてもらうと言っておいたのだが……」


 俺がそう言うと、クインはサンをジッと睨む。


「もうっ! サンっ! そういうことはちゃんと言ってよ!」


「えー、でもレドお父さんには言ったもん」


 ……こうやって見ると二人は本当に姉妹に見える。

 外見などは似ても似つかないが、なんというかこう、醸し出される空気感が姉妹然としていると言うのだろうか?

 内面的瓜二つ、まさにそんなイメージだ。


「……ファレス様、お久しぶりですね」

 

 なんて騒がしいやり取りを聞きつけて、階段を降りて来たのは見知らぬ偉丈夫だった。

 精悍な顔つきのその男は年齢にして三十後半から四十と言ったところだろうか?


 何となく俺の名を呼ぶ声に聞き覚えがある気もするが、顔やその風貌を見た覚えは全くなかった。


「あ、レドお父さん!」


 サンがクインからの追及を逃れるようにやって来たその偉丈夫の影に隠れる。

 

 ……ん? 今レドと言ったか?

 耳を疑ったのは隣にいるサラも同じだったようで二人して顔を見合わせてから、その偉丈夫を二度見する。


「はっはっは! ファレス様のそのような顔が見れるとは……その様子ならば私の変装は完璧だったようですね」


 そう笑いながら目の前の男が楽しそうに笑みを浮かべる。

 俺はその笑みにレドの戦闘狂のような狂気混じりの笑みの面影を見た。

 

 ……マジか。

 これがレドの本性?

 いったい何をすれば俺にもサラにも気が付かれずにあんな老紳士に変装していられるんだ?


「貴様……本当にレドなのか?」


「ええ、よろしければ確かめますかな? 少し手狭ではありますが私とファレス様の決闘に戦場の広さは関係ありますまい」


 また、口元にあの笑みが見える。

 これは、間違いない。


「いや、良い。その一言だけで察した。まさか俺たちを謀っていたとはな」


 若干の皮肉交じりに再開を喜ぶ。


「謀るなぞとんでもない。市井に突然剣聖が現れては警戒されてしまいますからな。妻の案ですよ」


 妻……そう言えば、知らぬ間に結婚したんだったな。


「……そう言えばそうだったな。一報でも寄こせば、祝いの品を用意したものを。後日になるが正式に祝わせてもらおう」


「お気になさらず、と言うのは逆に失礼でしょうな。ありがたく」


「ああ、期待しておけ」


 まさかレドがここまで若い男だったとは。

 そう言えば旧ノウ領の件について報告に行ったとき、皇帝はレドの変装を見抜いていたんだったか?

 ……あの爺さんは一体何なんだ?

 皇帝への謎は深まるばかりだ。


 

「して、ファレス様。サンから私に用があると伺っておりますが、どのようなご用件でしょうか?」


 俺たちを客間に通し、慣れた手つきで自ら紅茶を振る舞いながらレドが話を切り出した。


「ああ、今日学園で起こった事件については聞いているか?」


「ええ、ファレス様が居合わせなければどうなっていたことか。なんにせよ嫌な事態でありましたな」


 一口紅茶を口に含み、ゆっくりと飲み込んでから答えるレド。


「そうだな。……それについて、間違いなく裏で糸を引いているのはグランダル家だ。彼奴等の思惑を正面から叩き潰すために人を探している」


「なるほど、それで聖者ですか」


「そこまで聞いていたか」


「ええ、クインとサンもお役立て出来たようで」


「ああ、二人には感謝している」


 俺は一度レドから視線を切って、茶菓子を食むサンと恰好のせいで居心地が悪そうなクインの方を向いて告げた。


「うん! お兄ちゃんのためならサンは何でもやるよ!」

「私も……お役に立てたのなら嬉しいです」


 サンは爛漫にクインは控えめに答えてくれた。


 実際、二人が居なければホーミカ先生は助からなかったかもしれないし、俺は問答無用で殿下を殺すしかなかったかもしれない。

 何も聞かずにすぐに来てくれたサンとそんなサンの言葉だけを信じて駆けつけてくれたクインの献身には何かしらの形で報いてやらなければならないだろう。


「……話を続けるが、レド、お前に聖者への伝手などはないか?」


 二人への褒賞も考えつつ、俺は話を戻した。


「伝手、ですか……。私は剣聖の称号を変換する際に聖教との関わりも断ってしまっています故……伝手と言う伝手は申し訳ありませんが……」


「そうか……いや、気にしなくともよい。そもそも蘇生のレベルで聖魔法を扱える聖者が存在するかどうかも不明だからな」


 まあ、そう簡単には行かないか。

 と、軽く落胆しているとレドが待ってくれと言わんばかりに口を開く。


「いえ、伝手はありませんが、そのレベルの使い手であれば一人、心当たりがあります」


「ほう……? ぜひ聞かせてもらえないだろうか?」


「ええ、もちろんです。ですが、奴は癖が強く、神官らしさのかけらもないような男ですので当てになるかどうかは……」


「構わない。最悪、そいつの使う聖魔法さえ見られれば俺が行使するだけで済む」


「……そうでありましたな。では……その男は類まれなる聖魔法の実力を持ちながら、聖神への信仰心を全く持たない異端者。名をガルドールと言う、蛮族のような見た目をした男です」


 ……ガルドール、原作でも聞いたことのない名前だ。

 考えながら、レドに続きを促す。


「私が剣聖を務めるようになった年にネクシア聖教国から派遣されてきた神官であり、その任を弟子に押し付けて自分は遊び歩いているような何とも救いようのない男です。それに加え放浪癖とでもいうのでしょうか? 中々教会にも戻らず、今は同じ神官でも所在を知らないとか……」


 帝国に遣わされた神官として、そのような者を放置しておいていいのか?

 本当にネクシア聖教国に対してだけはかなり対応が甘い気がするが……まさか本当に知られたら不味いような秘密でも握られているのだろうか?


「ですが、聖魔法の腕は間違いありません。彼らは信心深さこそ聖魔法の源と説きますが、やはり魔法という物は魔力に依存しているのでしょうな」


 最後に教会への皮肉を言ってレドは話を締めた。


「いや、実際は信心深いのかもしれないぞ? 魔法には少なからず感情が関わるからな。お前にだって覚えはあるはずだ。暴走したサンやそれを諫めたクイン、あの魔法は単純な魔力に限らない、何かが働いていた」


「そう言われると、その通りなのですが……」


 まあ、実際には大罪魔法や美徳魔法と言った特殊な魔法に感情が関わっているだけだろうが……。

 いや、待てよ。

 だとすると、このガルドールと言う男。

 美徳魔法の使い手の可能性はないか?


 これは勘でしかないが、美徳魔法ならば聖魔法と間違われてもおかしくないと言えなくもないし……もし、この推測が当たっているのならばぜひ懐柔して敵対することのないようにしておきたい。


 祖父のように俺の魔法を反発しないとも限らないからな。


「まあ、なんにせよ情報提供に感謝する。さて、もう夜も遅い。俺たちはこの辺りで失礼させてもらおう」


 伝手は得られなかったものの良い情報を貰うことが出来た。

 レドが太鼓判を押すほどの魔法の使い手ならば間違いないだろうし、それが美徳魔法の使い手だというのならなおさらだ。


「ええっ! お兄ちゃんもう帰っちゃうの?」


「ああ、まだ明日も学園はあるからな。サンも早く寝ないと朝に起きられなくなってしまうぞ?」


「むぅ……サンは子供じゃないから大丈夫だもん」


「ハハッそうだったな。でも、大人になるには寝るのが一番だ」


 そう言いながら引き留めようとするサンの頭を撫でてやる。

 ……若干、鋭い視線に晒されている気がしなくもないが、気にしないことにした。


「では、これで。クインもサンも良い夜を。レド、ギンカ殿にはよろしく伝えてくれ」


「はい。また、落ち着いたあかつきには手合わせをいたしましょう」

「おやすみなさいファレス様」

「また明日ね! お兄ちゃん!」


 三者三様の見送りを受けながら、俺とサラはスペーディア別邸を後にした。


「ガルドールか……サラ、そのような名に聞き覚えは?」


「ありません。おそらく神官の本名なのでしょう。この国に遣わされる神官は皆、神名を名乗りますから」


「なるほど……だが、わざわざ本名を教えてきた辺り、その男は本名で生活をしているのだろうな」


「はい」


 すっかり更けた夜の闇をゆっくりと馬車が進む。

 また明日からも忙しくなりそうだ。

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