第百話 ネクシア聖教国の聖者②
帰宅後、夜。
普段より早い時間にシャワーを浴びた俺は自室のテーブルで手紙をしたためていた。
あて先は実家、もとい母さんだ。
『親愛なる母上、いや、母さんへ
いかがお過ごしでしょうか? こちらは学園が始まってもう二か月……いや、まだ二か月と思えるほどに濃い時間を過ごしています。
さて、話したいことはたくさんありますが、紙面には限りがありますので本題です。
本日、学園三年クラスにて、ベリル殿下による殺人事件が発生したことは既に母さんの耳に入っているでしょうか?
ちょうど居合わせ対処をしましたが、どうにもグランダル家を始めとする反グラーツィア派閥が何やら動き出しているようです。
あまり関わりたくはなかったのですが、居合わせてしまった手前、奴らの思い通りとなるとは癪で、聖者ならば助けることが可能かもしれないとはったりで状況を覆しました。
大見栄を切った手前、どうにかしたいのですが、恥ずかしながら聖者殿への伝手はありません。
そこで広い人脈をお持ちの母さんに連絡した次第です。
もし、聖者殿やそれにつながるような方へ伝手がありましたら教えて頂けますと幸いです。
王都から愛を込めて ファレス』
まぁ、こんなところだろうか。
貴族の手紙としては大分砕けたものになってしまったが、以前、堅い文章の手紙を送ってみた所、同じように堅い文章で返信が来たが、しかしもっと普通にお話しするように書いて欲しいという旨が文末に添えられていたのだ。
俺だってわざわざ堅い文章など書きたくない。
こうして頼まれたのであれば、何の抵抗もなくすらすらと手紙が書けるから助かる。
綺麗に紙をたたみ、アゼクオンの家紋の封蝋で口を閉じれば完成だ。
「よし、母さんへの手紙はこれでいいだろう」
俺は完成した手紙を出すため、侍従を呼ぶベルを鳴らそうとするとちょうどタイミングよくサラがノックをして来た。
「お呼びでしょうかファレス様」
……俺、まだベルを鳴らしててないんだが?
ま、まぁ良い。
「ああ、母上への手紙をしたためたから届けてほしくてな」
「かしこまりました。すぐに馬車と使用人に準備させます」
「ああ、任せる」
……こういう点はやはり不便だな。
手紙は貴族における最低限のマナーであり、それでいて地位を得れば、最も頻繁に行うことになる貴族の職務でもある。
しかし、母さんのように楽に話したい相手ややり取りにスピードが求められる相手の場合はやはり不便なことに間違いない。
かと言って超レアな通信玉をいくつも手に入れるわけにはいかないし……。
それにあまり通信玉を増やして、思わず違う人に声を掛けてしまうようなミスをしたら最悪も良いところだ。
俺ならば万が一にもそんなことはないだろうが、それでも精神衛生上よろしくない。
どうにか改善したいものだが、まあ、今の俺にどうにか出来ることでもないだろう。
「ファレス様、ただいま手紙を持った使用人が出発いたしました。明日の昼前には到着するかと」
なんて考え事をしていれば、早速サラが戻って来て報告してくる。
「そうか、流石の仕事だな。戻って来た者には賞与と休みを与えてやってくれ。今日は急なことだったからな」
「承知しました」
さて、次にするべきは……レドか。
そう言えばレドは元剣聖だ。
聖と名の付く称号はこのグラーツィア帝国でもネクシア聖教会からしか与えられない。
つまりレドは元とは言えネクシア聖教会においてそこそこの立場にあったはずだ。
母さんの伝手は不明瞭なため、切り口は多いに越したことはない。
俺は続いてサンに連絡をすることにした。
「(サン、今いいか?)」
「(あ、お兄ちゃん! サンは何時でも大丈夫だよ! どうしたの?)」
突然声を掛けても、嬉しそうにしている顔がすぐに浮かび上がるのがサンの凄いところだ。
「(ああ、まずは今日は突然なのにすぐに来てくれてありがとうな。サンが居てくれて助かった。それにクインにも授業中だったろうに悪いと、そして感謝していたと伝えておいてくれ)」
「(うん! でも、お姉ちゃんあれからずっとお兄ちゃんに頼ってもらえた! って喜んでるから大丈夫だと思うよ!)」
「(……そうか、ならいいのだが。……それで、本題だが、今家にレドはいるか?)」
「(お父さん? いるよ)」
……いつの間にかお父さんで定着したんだなレド。
なんてことを思いながら、続ける。
「(そうか。ならば、今から会いに行っても構わないか聞いてくれないか?)」
「(うん! 分かった! ちょっと待ってて!)」
通信玉とは違い、何かを媒介とせずにつながっている俺とサンは音だけでなく何となく視覚情報なども共有している。
特に、喋るのを止めた今は珍しくサンの視点でクインの家の光景が見えていた。
「お姉ちゃん、ファレスお兄ちゃんが今日はありがとう、助かったって言ってるよ」
「え!? えぇ!? サン、今、ファレス様と繋がってるの!?」
その視点にはベッドで何やら落ち着かない様子で足をバタつかせていたクインが慌てふためく光景がくっきりと映し出される。
「うん! あ、私ちょっとお父さんに用事あるから行ってくるね」
「え、ちょ、ちょっと待ってよサン! 見えてはないのよね? ねぇ、見えてはないのよねぇ!?」
……すまないクイン。
今回ばっかりはこれ以上ないくらいにはっきりと見えてしまった。
だが、なるほど。
クインは素だとあんな反応をするんだな。
普段は敬語を崩さないし、一歩引いた位置から俺たちを見ているような印象があるせいで少し意外だった。
……そしていつの間にか、サンの視点が覗けなくなっている。
サンちゃん? もしかしてわざと見せたんじゃないよね?
いやいや、サンに限ってそれはないか。
今までこうやって連絡することは少なかったからな。
出力の切り替えを忘れていただけだろう。
などと考えていると再びサンの声が聞えて来た。
「(お兄ちゃん! 何時でも大丈夫だって! これから来るの?)」
「(ああ、そのつもりだ。眠かったらサンは寝てていいからな)」
「(もうっ! お兄ちゃん、私もいつまでも子供じゃないんだからね!)」
「(そうか、そうだな。悪い。じゃあ、これから行くから待っててくれ)」
「(ふふっ、はーい!)」
可愛らしいサンの返事を聞きながら、俺はサンとの魔力通話とでも呼ぶべき通信を切った。
「……ファレス様。サンさんとお話されていましたね?」
そうして現実に戻って来てみれば、嫉妬で軽く頬を膨らませたサラが眼前に立っていた。
「……どうして、そう思う?」
「ファレス様はサンさんにだけとにかく優しい顔をされるからです」
……サラに突きつけられた現実。
だが、俺にも思い当たる節がないわけではなかった。
「サンは妹のようなものだ」
「……妹、ですか」
………………。
若干の沈黙が流れる。
「……これからレドに会いにスペーディア別邸へ向かう。準備を」
「……承知しました」
俺はその沈黙と向けられる眼差しに居心地の悪さを覚え、そう切り出した。
サラは若干不満そうな顔をしながら部屋を出て行く。
……だって、本当にサンって凄まじいほどに妹を感じさせるというか、ついつい甘やかしたくなるキャラをしてるから。
年下相手にデレデレしてるより妹を可愛がっている方がいいだろう。……幾分かは。
と、俺は自分に言い聞かせ、久しぶりにアゼクオンの外套に袖を通した。
「やはり、ファレス様には赤や黒のようなはっきりとした色がお似合いですね」
数分もせずに着替えを済ませて来たサラが久しぶりの俺の恰好を見て言った。
実際俺も、学園の制服よりなんだかこちらの方が落ち着いた気分になる。
『マーチス・クロニクル』上では制服姿の方が見慣れていたと言うのに不思議なものだ。
「そう言うサラは何でも似合うな。今日のそれもあまり見た覚えはないが、良く似合っているな。綺麗だ」
「……っ! ありがとうございます」
サラが着て来たのはグレーよりの黒をベースに金の刺繍があしらわれたドレス。
これまで見てきたような赤やベージュ色も似合っていたが、サラの金色の髪をこれ以上なく引き立てるのは間違いなく今日のドレスだろう。
「さて、行くとするか」
「はい」
魔法披露宴ではぎこちなかったエスコートもこの数年で大分型にはまるようになってきた。
「レド様に会いに行かれると言うことは、ご用件は聖者のことですか?」
歩いて数分もかからない距離をわざわざ馬車で移動しながら、サラが聞いてくる。
「ああ、先ほど母上に送った手紙もその件だが、何しろ聖者は厄介だからな。少しでも切り口は多い方が良いだろう」
「そう、ですね」
普段は俺に意見をするどころか、俺の意見に自分の考えを一切含めないようなサラが珍しく言い淀んだ。
「……どうかしたか?」
俺はそんな様子のサラが気にかかり、理由を聞いた。
「いえ……今回の件、わざわざファレス様が動かれる必要があるのかと思ってしまいまして」
なるほど。
まあ、実際メーディアさんの件はついでのようなものだ。
おそらくサラは蘇らせたいのならば、フルタス伯爵家が自ら動けばいいと思っているのだろう。
その考えは俺も否定はしない。
だが――
「確かに、ある、とは言い切れないかもしれない。しかし、トールスやルーカスと言った厄介な連中が俺の周りを騒がせているのもまた事実。それを黙らせ、奴らを一網打尽にするために俺が動くのだ」
問題はそこなのだ。
聖者はあくまできっかけに過ぎない。
最悪連れて来られずともその魔法さえ見られれば俺は『傲慢』の力で恐らく模倣できる。
ただ俺が求めているのは、これ以上奴らに付け入る隙を与えない完全なる勝利。
そのために俺が動くのだ。
馬車が動きを止める。
やはり、馬車に乗るほどの距離ではない。
「さて、久しぶりに会う師に結婚祝いを告げるとしようか」
「はい」
馬車から降りて再びサラをエスコートする姿勢を取ると、スペーディア別邸の門をくぐった。




