第十話 剣術指南〈後編〉
「流石に冗談だよな?」
思わず内心がそのままの口調で飛び出した。
「いえ、冗談ではありませんよ?」
レドは至って真面目な表情でそう返した。
「……俺は貴族だ。それも侯爵家アゼクオンの跡取りだ」
「はい? 存じておりますが?」
突然何を言い出すのかとレドは怪訝そうな顔をする。
その後ろでサラも不思議そうな表情を浮かべていた。
「だからもちろんプライドはある。だがな……」
一呼吸おいて続けた。
「元剣聖の剣がそう簡単に得られるとは思っていないぞ」
俺が言い切るとレドは少し目を見開いた程度だったが、サラは信じられないものを見たとでも言うような表情を浮かべていた。
これまで原作ファレスロールプレイを意図してやってきたが、それには周りに違和を感じさせない以外にも、もう一つ理由があった。
この体ではその方が自然、というかしっくり来たのだ。
別に強制されているような感覚があった訳では無いが、地元では地元の訛りに戻るかのようなそんなやりやすさがあった。
でも、サラの本音を聞き、ここがただのゲームではなく間違いようのない現実だと認識してから、そんな感覚が抜けていったような気がする。
「なるほど。私の剣を評価していただけるのは大変嬉しいです。ですが、ファレス様。あなたはひとつ大きな誤解をしていますね」
「誤解?」
「ええ、それはそれは大きな誤解です」
わざとらしく、あからさまに、わかりやすく伝えてくる。
「ファレス様が剣を振るい始めたのは一昨日と仰りましたよね? それで鍛錬を積まれたサラ様と容易に打ち合うのは異常です。加減はあったとはいえ、私の剣を受けて見せた。これも異常なことなのですよ」
……言われてみれば確かにその通りだ。
なんだかんだ異世界、ゲーム世界に来たということで当たり前に受け入れていたが、元を正せば俺はただのゲーム好きの一般人。
魔法はもちろん、剣だって握ったことは無い。
なのに、ここに来た途端吸魔の指輪のおかげで魔力を少しなら操れるようになったし、剣に関しては握った瞬間からサラと打ち合うことすら可能だった。
あの不遇なファレスなのに、だ。
まあ、ファレスは潜在能力はあったのにそのプライドと元から若干ひねくれていた性格のせいで、それを開花させられなかったという点も大きいのだが……。
「それも……そうか」
一通り思考して納得したうえでそう答える。
だが、だからとはいえ剣聖の剣術をそう簡単に得られるとは思っていないが……。
「そして、ファレス様。先ほどのサラ様との打ち合いと先ほどの試合で一つ確信したことがございます」
そんな俺をよそにレドは話を続けた。
「なんだ?」
「あなたの才は人を真似ること。優れた目と頭、そして身体能力によって相手の技を模倣し、己がものとする。その才が極めて高い」
「模倣……だと?」
俺の声にサラの方がビクンと震える。
レドも少し驚きの混ざった表情をし、何より当の俺自身が自分の声の低さに驚いた。
「失礼、模倣という言い方はあまり……」
「いや、いい」
レドが謝罪を口にしようとする前に俺はそれを遮った。
「模倣か……ははっ!」
今度は間違いなく、俺自身の声。
模倣、それを元剣聖レドの口から聞くことができるとは。
「ファレス……様?」
サラが不思議そうな声音で俺を呼ぶ。
だが、俺は口元に浮かんできた笑みを止めることは出来なかった。
模倣、それはファレスの魔法の特性の一つだ。
魔法の特性が表面上で見て取れるほど現れている。
これが意味するところはつまり、俺の魔法覚醒が間違いなく近づいているということだ。
「よし、レド! もう一度、あの太刀を俺に向けて振るってみよ! もちろん先ほどのものより鋭くな!」
「ふっ、よくわかりませんが、やる気になったというのなら良いことでしょう。行きますよ!」
こうして俺はレドの見えない斬撃と時穿の太刀を受ける訓練を続けた。
◇
ファレス様、今日はどんなお話を聞かせてくれるのかしら。
ファレスにサラ、レドが訓練場で剣を振っている中、一人談話室にて待たされるクインはファレスとの魔法談議に想い馳せていた。
「……とは言え、さすがにただ待つというのも何だか時間がもったいないよね」
アゼクオン侯爵家のサラ以外のメイドにもてなしを受け、前回訪問時にはファレスから待ち時間はこの部屋で自由にしていいと言われていたが、さすがによその貴族様の家で魔法の練習をするわけにもいかず、手持無沙汰だ。
「……ファレス様の訓練、見に行ってみようかな」
そんなクインがそう思い立つのも自然な流れである。
「あの、すみません」
「これはクイン様、なんでしょうか?」
クインは部屋のすぐ外にいたメイドに声をかける。
「レドが失礼を働いていないか、主人として確かめたいので訓練場まで案内していただけますか?」
商家だが、上流階級に身を連ねる者として、最低限の立ち居振る舞いは会得しているクインはその本心を隠してそう言った。
「……我らが公子様の方が失礼をかけていそうですが……まあ、現実を知ってもらってクイン様がファレス様を見る目が変われば、ファレス様も変わられるかもしれない」
そんなクインについ本音が漏れるアゼクオンのメイド。
このメイドはファレスのことをよく思っていないようだ。
「?」
だが、幸か不幸か、ファレスに心酔しているクインには伝わらない。
「いえ、なんでもありません。こちらです」
諦めて訓練場へ案内するメイド。
だが、そこで二人はその瞬間を目にすることになる。
それはクインの心酔をより深めるもので、メイドのファレスへの評価を大きく改めさせる瞬間になる。
◇
「はぁっ、はぁっ……」
息が上がる、目と脳が焼き切れそうなほど疲弊し、段々剣の重さがバカにならなくなってきた。
剣聖レドの剣を、本気ではないとはいえ、受け止めるたびに鋭くなっていく太刀を受け続けるのはさすがに苦しい。
「そろそろやめておきますか?」
レドがそう言う。
その口調は決して煽るようなものではなく、ファレスのことを慮ってのもの。
だが……
「まだ、だ。あと少し、あと少しで届きそうなんだ」
「ふぁ、ファレス様。まだ、明日もありますし」
近くで剣を振っていたサラも、手を止めて俺を止めようとしている。
「もう一本だ! 来い! レド!」
半ばヤケクソのようになりながらも、俺は掴みかけたこの感覚を何としてもモノにしようと必死だった。
「……分かりました。ですが、これが最後です。これを受けたら今日はもう休んでいただきますよ」
「ああ、良いだろう」
レドがまた少し距離を取る。
……今度はどこを狙う? 俺はどう受ける……?
疲れ切った頭を必死に回転させる。
その時、俺の頭にふと妙案が浮かんだ。
いや、案というにはあまりにも原始的で当たり前の疑問。
……俺はなぜ、受ける前提で構えを取っている?
なぜ、相手を待つ必要がある?
剣の世界、勝負の世界には貴族も平民も、魔法も剣も関係ない。
強い者が勝つ。
だと言うのに、なぜ放たれたら受けなければならい技を待つ必要があるんだ?
手本なら、もう何度も何度も受けて視ただろう。
ならば――
◇
その光景は鮮烈だった。
メイドさんに案内されてやって来た訓練場。
そこでは必死の形相をしたファレス様とレドが向き合っていた。
私に剣のことは分からない。
だが、その空間が別次元の世界だということは理解できた。
そして、その時はやって来た。
私は固唾を呑んで、瞬きさえ忘れて見つめていた。
だと言うのに――
レドの背後をとり、その首元へ剣を伸ばしたファレス様の姿を捉えることは出来なかった。
◇
時穿の太刀。
文字通りに理解すれば、時を穿つ太刀。
だが、この太刀の本質は停止だ。
時間とは常に動き続けているから時間なのだ。
それを穿つには時を止めるしかない。
だが無論、時を止めることは不可能。
ならば、どうするのか……答えはもう、剣聖が語っていた。
大振りな動きで見えない斬撃を放った時、レドは剣を二度振ったと言っていた。
しかし、俺にはいくら思い返しても一度しか剣を振ったようにしか見えなかった。
だが、それこそが答えだったのだ。
あの時レドは一度しか剣を振るっていない。
もう一刀は心剣、動かなくても振るえる停止の剣、いわば心の剣とでも言うような実体のない剣を振るっていたんだ。
つまり時穿の太刀の正体は……レドの魔法だ!
それを理解してしまえば、俺の身体は勝手に動いた。
「これは……驚きました」
首筋にスッと伸ばされた剣を受け止めながら、レドはそう言った。
「……今のを止めるのかよ」
「ははっ、これでも元剣聖ですから。ですが、まさか時穿の太刀の方を習得されてしまうとは」
「ん?」
レドの言葉に俺は違和感を覚える。
「不可視の斬撃……空とでも呼びましょうか。あちらを習得されるとは想定していましたが、まさか私の固有魔法を……」
レドがそう言った瞬間、俺の身体から魔力の奔流が溢れだした。
「がぁっっ……!」
突然のことに驚き、その反動と衝撃で思わず膝を付く。
「これは……!」
「ファレス様!?」
「なに、この魔力……まさかこれが!?」
レドにサラ、そしていつの間に来ていたのかクインの声が聞える。
俺は自身の身体から溢れ出ていく魔力が段々と世界と、体に馴染んでいくのを感じる。
無理をしていた目と脳の疲れがほぐれるように和らいでいき、だが、それに反して確実に熱を帯びていく。
魔力覚醒……意外と早かったな。
そして熱が最高潮に達しようとしたところで俺は意識を手放した。




