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第14話:魔法の基礎と光る石の秘密

 

 塔での俺の生活は、想像を絶する雑用から始まった。


「おい、出来損ない。まずは、あの鍋を洗っておけ」

 エリアス先生が、杖の先で指し示したのは、研究室の隅に鎮座する、巨大な鉄鍋だった。


 鍋の内側には、何十年も煮込んだ末に炭化したのであろう、正体不明の紫色の液体がヘドロのようにこびりついている。


「……これを、ですか?」


「聞こえんかったか? ワシはあれで、新しいスライムの素でも煮込もうと思っておるのじゃ。さっさとやらんか」

 俺は覚悟を決め、川から汲んできた水と、硬いタワシで格闘を始めた。


 だが、どれだけ力を込めて擦っても、炭化した汚れは微動だにしない。それどころか、強く擦った箇所から、パチパチと小さな紫色の火花が散り、焦げ臭い匂いが鼻をついた。


『なんだこれ!?』

 半日かけても全く綺麗にならない鍋を前に、俺が途方に暮れていると、背後から呆れ返ったような声がした。


「まだやっておったのか、この阿呆め。魔力でこびりついた汚れは、魔力で落とすのが筋だろうが」

 先生はそう言うと、一枚のボロ布を手に取り、そこに指先からごく微量のマナを注ぎ込んだ。布が、淡い光を帯びる。


「マナの振動で、物質同士の結合を弱める。掃除の基本じゃ」

 先生がその布で鍋を軽く撫でると、あれほど頑固だった汚れが、まるで乾いた泥のようにポロポロと剥がれ落ちていったのだ。


 俺は、目を丸くした。

 魔法とは、戦うためだけの力だと思っていた。だが、こんな風に、生活の中で使うこともできるのか。


「ぼさっとするな! やり方は見ただろう。あとは自分でやれ。それができんうちは、魔法など百年早いわ!」

 先生はそれだけ言うと、また研究に戻ってしまった。


 俺は、見様見真似でボロ布にマナを込める練習を始めた。最初は力が入りすぎて布を焦がしたり、マナが霧散してしまったりと失敗の連続だった。


 だが、何十回、何百回と繰り返すうちに、俺はマナを「爆発させる」のではなく、「静かに流し込む」という、精密なコントロールの感覚を、少しずつ掴んでいった。


 あの大鍋が綺麗になる頃には、俺は生活の全てに魔法が息づいていることを、肌で理解していた。

 そんな日々がひと月ほど過ぎた頃、ついに先生が俺を呼びつけた。


「よし、出来損ない。貴様の得意技だという、光の玉を出してみろ」

 ついに魔法の授業が始まる。


 俺は緊張しながらも、手のひらに意識を集中させ、小さな光の玉を生み出した。

 先生はそれを一瞥すると、「なっておらんな。全く」と一言で切り捨てた。


「なぜ、その光は『球』なのだ? なぜ、おぼろげな『黄色』なのだ? なぜ、ただ漠然と『温かい』のだ? 答えられるか、出来損ない」


「え……? それは……なんとなく……」

 俺がそう答えると、先生は心底呆れ返ったように、深いため息をついた。


「魔法とは、術者の明確な『意志』と『イメージ』が、マナという粘土をこねて形作る、緻密な芸術だ! 『なんとなく』で光るなど、赤子の寝言と同じ! 貴様の光には、思想も哲学も意志もない! 空っぽじゃ!」

 先生はそう言うと、自らの手のひらに、俺と同じくらいの光の玉を浮かべた。


「例えば、『貫け』と強くイメージすれば、光は鋭い針と化す」

 光が、目の前で鋭利な針の形に変わる。


「『凍てつけ』と願えば、光は冷たい青をまとう」

 光が、肌寒いほどの青白い光に変わる。


「『舞え』と命じれば、光は蝶の形を取り、自由に飛び回る」

 光が、美しい蝶の形になり、部屋の中をひらひらと舞い始めた。


 俺は、言葉もなかった。

 同じ魔法のはずなのに、全く違う。これが、本物の魔法……!


「貴様の魔法が未熟なのは、意志が足りんからじゃ。さて、そこでもう一つ、奇妙な点がある」

 先生は、水晶玉のような道具を取り出し、俺の光の玉を観察し始めた。

「貴様のその空っぽの意志で生み出した光が、なぜこれほどの安定性と持続力を保っておるのか……なるほど。やはり、その石か」

 先生の鋭い目が、俺の胸元を指差した。アンナにもらった『マナの結晶』だ。


「その結晶は、ただのマナの貯蔵庫ではないぞ。持ち主の魔力と感応し、その意志に応じてマナを最適な形に変換・増幅する、超一級の魔法触媒じゃ! どうりで貴様のような出来損ないが、独学で魔法の真似事ができたわけよ。この石が、貴様の拙く、空っぽなマナ操作を、裏でずっと補助しておったのじゃ!」

 俺は、自分の胸元で温かく光る石を見つめた。


 アンナがくれた、ただの綺麗な石。それが、そんなとんでもない物だったなんて。

 そして、俺が魔法を使えたのは、この石に助けられていたから……。


「じゃあ、俺自身の力じゃ……」

 俺が少し落ち込んだように呟くと、先生は杖で俺の頭をこつんと叩いた。


「この大馬鹿者めが。どれほどの至宝も、使いこなす才能がなければただの石ころじゃ。その石がお前を選んだのか、お前が石を覚醒させたのかは知らんが、その結晶を使いこなせるだけの素質が、お前にあったということじゃ」

 それは、先生が初めて俺の「才能」を認めてくれた瞬間だった。


「むしろ、これまで以上に励め。その宝を、腐らせるな」

 予想外の激励に、俺は顔を上げた。


 そうだ。落ち込んでいる場合じゃない。

 俺は、胸の『マナの結晶』を強く握りしめた。

 アンナがくれた、俺たちの絆の証。

 それが、俺の魔法の力の、源泉でもあったなんて。


『アンナ……。君がくれたこの力で、俺はもっと強くなる』


『君を守れるくらい、本当に、強くなるんだ』


 俺の決意は、この日、具体的な目標へと変わった。

 そして、この日から、俺の本当の魔法修行が始まったのだった。



 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

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