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婚約破棄宣言の後日譚〜死んだ王子が遺したもの〜

作者: 小鳥遊ゆう
掲載日:2025/08/28

『婚約破棄宣言の前日譚 〜真実の愛の真相〜』の後日譚です。どちらを先にお読み頂いても差し支えありません。


アレクサンドラは、王妃として完璧な月だった。


気品、理性、そして冷静な判断力。そのすべてが彼女を王国が求める理想の「月」へと押し上げた。王であり「太陽」である夫ラルフ・レオンハルトの隣に立ち、影から彼を静かに支える。彼女の助言なくしては、この国の繁栄は語れない。それは誰もが認める事実だった。


その彼女の心には、一枚の未完の肖像画が常に存在していた。金の髪に、薄氷を思わせる灰青の瞳。そして凛々しくも、どこか哀しげな横顔。その絵は、王都の誰もが語ることを禁じられた男の姿だった。


アレクセイ・レオンハルト。


王家の系譜から、まるで最初から存在しなかったかのようにその名を消された第一王子。彼の名を口にすることはひとつの罪であり、ひとつの“禁忌”とされていた。それは王国の矜持と秩序を守るための“忘却”だった。


そしてアレクサンドラの心に静かに、そして深く刻まれたのは「なぜ」という、彼への問いだった。




それは、夜会での一幕だった。


煌びやかなシャンデリアの光が降り注ぐ王城の大広間。秋の祝祭を目前に控えた若き王子アレクセイは、集まった貴族や客人たちの前で、突如として婚約者のアレクサンドラを指差し声高に放ったその言葉は、剣よりも鋭く、喧騒を切り裂く一閃となった。


「王太子アレクセイの名において、アレクサンドラとの婚約破棄をここに宣言するっ!」


その一声は、ダンスホールに響き渡り、華麗な楽団の奏でるワルツの旋律をもかき消した。


誰もが驚愕と困惑の表情を浮かべた。王国の未来を担う政略結婚であり、王家と公爵家という二つの柱を結びつける象徴的な絆が、まるで暴君の気まぐれのように断ち切られたのだ。


「理由をお聞きしても?」


衆目の注目の中、アレクセイの答えがホールに響き渡った。


「そのようにフェミニアを睨むな! かわいそうに怯えて震えているではないか!

 わたしはフェミニアとの真実の愛を見つけたのだ! 」


その言葉は、雷鳴の如く落ちた。王太子の口から語られた“真実の愛”という一語に、会場は凍りつくような静寂に包まれる。


それは暴挙と呼ばれ、狂気と糾弾された。




代償として、アレクセイはすべてを奪われた。


王位継承権を剥奪され、名を臣籍に連ねることも禁じられ、真実の愛を手にすることもなく、王宮の北端に佇む「月夜の塔」へと幽閉された。反逆者、異端者、王家にとって“不都合”な存在が幽閉される、もうひとつの墓所。そこに、彼はただ独り、沈黙と共に在り続けた。


月夜の塔への幽閉が決まった者には、王家から下賜されるものがある。


与えられるのは、一つの小さな木箱。中に収められるものだけが、塔に持ち込むことを許される。


家族の肖像、恋人の贈り物、母の形見、信仰の象徴……。


それは生涯を外界から隔てられる者が、唯一、持ち込むことを許された“最後の選択”でもあった。


アレクセイの選んだものは何だったのか。


当時の誰も、その“最後の選択”に興味がなかった。ただひとつ確かなのは、王城を離れる朝、言葉を一切残さず、彼はその小さな木箱を大事に懐に抱えていたということだけだ。




十数年後ー。


その問いは、一つの小さな木箱によって再び彼女の前に姿を現す。


月夜の塔で、誰にも看取られず、ひっそりと生涯を終えた男の遺品。


「王妃様のお名前が書いてありましたので……」


侍女が不安そうにアレクサンドラを見た。アレクセイの私宛の遺書だろうか? アレクサンドラは小箱を受け取った。


「これは陛下へ報告したのかしら?」


「いえ……。どうして良いか分からず、まず、王妃様にご裁可を仰ごうかと思いまして……」


「そう、ありがとう。下がって良いわ」


侍女の態度が気になるが、小箱の中身はもっと気になった。遺書ではないだろう。遺書であれば自分宛であったとしても、まず陛下へ報告に上がるはずだ。


アレクセイが自分に何か書き残したのだろうか? 


アレクサンドラは小箱を開けた。中にあったのは古びた羊皮紙の束。


それは……。彼女自身の幼き日の筆跡だった。


「どうして……?」


小箱を確認してみれば、彼女がアレクセイへ宛てて書いた手紙の全てが、古い順に揃えられ、収められていた。


若かりし頃にアレクセイと共に重ねたけして短くない年月が、共に研鑽を積み重ねた日々が、彼女の脳裏に蘇ってくる。


彼が生涯にわたって持ち続けたのは、真実の愛と言った女の愛(フェミニアの物)でも、若くして儚くなった母の遺品でもなく。


そこにあったのは。 アレクサンドラが綴った、彼への偽りのない言葉の数々だった。




☆☆☆


アレクセイ王子さま


王子さまと会えてうれしくててがみを出しました。キラキラして、氷みたいにきれいな青い目をしていて、とってもすてきな王子さま。


父上にききました、大人になったらわたしは王子さまのおよめさんになるんだって!


早く大人になって、王子さまの隣を歩きたいです。そしたら、もっとたくさんお話できるかな。


また会えるのがたのしみです!


アレクサンドラより


☆☆☆



変色し、ボロボロだ。


アレクサンドラが七歳だった頃、初めてアレクセイに宛てて書いた手紙。


手に持つ位置に手垢のあとが残っているのは、何度も何度も手に取り読み直したのだろう。


彼女は無意識に、そのあとを指でなぞる。


手紙を書いた日-。


女の子なら誰でも夢見るであろう王子さまが、アレクサンドラの目の前に現れた。恋も愛も知らない、幼い子どもだった。胸の高まりを押さえられず、彼の姿を脳裏に浮かべて小さな声で呟いたことを思い出す。


わたしの王子さま-。




☆☆☆


アレクセイ殿下へ


素敵なドレスや宝石をお贈り頂き嬉しく思います。


殿下の瞳の色と同じブルーサファイアを身につけられること、光栄に存じます。


あとひと月ほどでデビュタントを迎えます。王妃様に紹介頂いたレナード侯爵夫人に淑女のマナーをお教え頂いておりますが、殿下に相応しい淑女となれるのかと、正直なところ、不安で一杯です。


ですが一方で殿下にエスコートされ、ファーストダンスを踊れることがとても楽しみでなりません。


殿下においては御多忙かと思いますので、僭越ながらご健勝をお祈りしております。



アレクサンドラ



☆☆☆




この手紙を書いた頃のアレクサンドラは、デビュタントを控えていた。緊張に押しつぶされそうだったことを覚えている。


その数日後、たくさんの花束と精神が安定するというお茶、それからアレクサンドラを気遣う内容の手紙が公爵家へ届いたのを、彼女は思い出した。


デビュタント当日は、アレクセイが馬車で迎えに来てくれた。王城へ向かう馬車の中でアレクセイからあれこれ話しかけられたお陰で、緊張が和らぎ、落ち着くことが出来た。


手紙に目を通して行く度、若かりし頃に彼と共に重ねた日々を彼女は思い出していく。


いつの日か良き国王と王妃となるため、けして短くない年月を、共に研鑽を積み重ねた日々。


「なぜ……?」


この箱は、彼女への挑戦のようにも思えた。アレクセイの暴挙の裏に隠された「真実」を暴き出せという、静かなる挑戦。




その夜、夜陰に紛れ、王城の地下に眠る禁書庫へ彼女は向った。そうして、王家の印章で厳重に封じられた一冊の革表紙に出会った。運命か偶然か、彼女を待ちわびていたかのように、それは導かれるように目の前に現れた。


『王太子アレクセイ・レオンハルトに関する極秘報告書』


革表紙の一文に、彼女の指先がかすかに震えた。


ページを開けば、彼女もよく知る、王宮侍医による几帳面な筆跡が目に飛び込んできた。


「王太子殿下は、先天的な理由により、()()()()()()()()()()()()()()


ページをめくる音が静寂に響く。


その一文は彼女が抱いてきたすべての疑問の答えであり、同時に、新たな絶望の始まりでもあった。


報告書はさらに続く。


「当該情報は、王家の継承と安定に関わる国家機密として、絶対の秘匿を要する」


殿()()()()()()により、本件は一切の公表を避け、殿下自らが“断罪”という形で責を負うことを決断された」


「本件に関しては、婚約者たる公爵令嬢及び公爵家にも秘匿する」




“断罪”も、“婚約破棄”も、そして“沈黙”も。


すべては己が王としての資格を欠くと知った上で、それでも王国を、そして何よりもアレクセイが愛していた彼女を、守るためのものだった。


彼は己の「罪」を演じることで、王家の血筋と、彼女の人生を守ったのだ。


「私の“沈黙”が、君の自由を護る盾となるのなら、それでいい」


最後の頁に綴られていた、彼の筆跡。その言葉に彼女は膝をついた。張り詰めていた心が音を立てて砕け散った。


石床に落ちた涙は、彼の“真実の愛”に気づくことのできなかった、自分の鈍感さを物語っていた。


なぜ、私に言ってくれなかったの――


その問いは、もはや彼に届かない。




彼女は立ち上がり、胸元の一冊を握りしめた。彼の死によって初めて知った、アレクセイの深い愛と誇り。それは静かなる誓いとなって、彼女の心に刻み込まれた。


「アレクセイ。あなたは決して“消えた”のではない。あなたは、私の中に“生きて”いる」


彼女は彼の遺した小箱に、自らの思いを綴った手紙を一枚だけ加えた。


そしてその箱は、再び、禁書庫の奥深くに封じられた。


彼女もまた、自らの純粋な愛の記録を、二度と誰にも見つからないよう、闇の中へと葬り去った。







数百年後、廃墟となった王城跡。


発掘調査にあたっていた歴史家たちが、三重の鍵に守られた一つの小箱を発見する。


中にあったのは、古びた手紙の束。一番上の手紙に記されていたのは、ただ、一節。



ーーー来世では貴方と伴にーーー

アレクサンドラ



書き手の名は、月に例えられた名妃として有名だ。だが、歴史家たちは騒然とした。手紙の宛名が、彼女の夫ラルフ王でなかったからだ。


歴史に封じられた愛の物語が、永い眠りから目覚めた瞬間だった。


王国の繁栄という輝かしい歴史の裏に、静かに埋もれた一つの愛。


真実を知る者は、もう誰もいない。


ただ、夜の帳が降りる頃、時を超えて見つかった一つの箱が、その純粋な愛を静かに語り継ぐのみである。




リアクション、評価を頂けると喜びます。ありがとうございます!


「結婚破棄宣言の当日譚」も書く予定です。


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― 新着の感想 ―
そうかな…と思ったけど、切ないです。。。 逆の立場で女性側が子を成せないなら側妃や愛妾という形で傷つきながらも側にいられる可能性はあり得たのに…。。
ちょこっとだけ、マディソン郡の橋のお話を思い出しました(内容は全然違うんですけどねぇ。死後に明かされた秘密、ってとこだけ同じなだけで)。切ないですよね。今の時代なら、それほど気にすることではないことな…
> ーーー来世では貴方と伴にーーー 発見された時代に自覚転生していて、この『歴史に封じられた愛の物語が、永い眠りから目覚めた瞬間』を聞いてる二人を見たい
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