夕暮れの教室
ユウキは中学2年の秋、教室の窓辺でミホの笑顔に心を奪われた。オレンジ色の夕陽が彼女の髪を柔らかく照らし、まるで絵画のようだった。ミホはクラスで目立つタイプではなかった。静かで、いつも本を読んでいるか、友達と穏やかに話している。そんな彼女の何気ない仕草が、ユウキの胸をざわつかせた。
ユウキはサッカー部で、どちらかといえば騒がしいグループに属していた。友達のタケシやリョウとバカ話をしながら校庭を走り回る毎日だった。でも、最近はミホのことが頭から離れない。授業中、彼女がノートに何かを書く姿をチラッと見ると、ドキッとしてしまう。自分でもこの気持ちが何なのか、最初はわからなかった。
ある日、クラスの文化祭の準備で、ユウキとミホが同じ装飾係になった。担任の佐藤先生は「ユウキ、ミホ、二人で体育館の看板作ってよ」と軽い調子で指示を出した。ユウキは内心、飛び上がりたい気分だったが、表面上は「うっす」とぶっきらぼうに答えた。
体育館の隅で、ミホと二人、色紙を切りながら作業を始めた。ミホは真剣な顔でハサミを動かし、時折「ここ、もっと大きくしたほうがいいかな?」とユウキに聞いてくる。彼女の声は柔らかくて、ユウキはうなずくだけで精一杯だった。「ユウキ君、絵うまいね」とミホが笑うと、ユウキの顔は真っ赤になった。「いや、別に…」とごまかしたが、心臓はバクバクしていた。
作業中、ミホが好きな本の話をぽつぽつと始めた。ファンタジー小説が好きで、魔法や冒険の物語に夢中になるのだという。ユウキは普段、本なんてほとんど読まなかったけど、ミホの話す声に引き込まれた。「ユウキ君はどんな話が好き?」と聞かれ、焦ったユウキは「え、なんか…冒険とか?」と適当に答えた。ミホが「じゃあ、今度おすすめの本貸してあげるね」と微笑むと、ユウキは「マジで?」と声を上げてしまった。
その日から、ユウキの毎日は少しずつ変わった。ミホと話す機会が増え、彼女が貸してくれた本を夜遅くまで読んだ。物語の中で英雄が仲間を守る姿に、ユウキは自分とミホを重ねたりした。タケシには「ユウキ、最近なんか変だぞ。ミホと仲良いじゃん!」とからかわれ、ユウキは「うるせえ!」と返すしかなかった。
文化祭当日、ユウキとミホが作った看板はクラスメイトから大好評だった。佐藤先生も「いい仕事したな!」と二人を褒めた。ミホが「ユウキ君のおかげだよ」と笑うと、ユウキは照れくさくて目をそらした。その夜、校庭で行われたキャンプファイヤーの明かりの下で、ユウキは勇気を振り絞った。
「ミホ、ちょっと話したいんだけど…」ユウキの声は震えていた。ミホは少し驚いた顔で「うん、いいよ」と答えた。二人は校舎の裏に移動し、静かな夜の空気の中で向き合った。「あのさ、ミホのこと…俺、好きなんだ」ユウキは一気に言って、顔を真っ赤にした。ミホは一瞬目を丸くしたが、すぐに柔らかい笑顔を見せた。「ユウキ君、ありがとう。私も…ユウキ君と話すの、楽しいよ」
その言葉が、ユウキの胸を温かくした。ミホの「好き」とはまだ少し違うかもしれない。でも、彼女の笑顔が、ユウキにとって何よりも大切な宝物になった。キャンプファイヤーの炎が揺れる中、ユウキはミホと一緒に未来を歩む夢を見始めた。