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5・横手へ・弐

遅くなりまして申し訳ありません。

前回更新分の内容を少し変更して、隘路中央を進んだ部隊の指揮官を増蔵から行連に変えました。

 隘路を抜けた所で再集結した我等は当初の約四十人から既に十人減らしている。この先の谷間にもどれだけの人間が残されているか分からない。横手に着く頃には俺だけなんて事は勘弁して欲しいものだ。

「隊列はここまでと同じ、左翼に狭邑の兵。右翼に山之井城の兵だ。弓持ちは中央に移れ。行連、俺と変わって右翼の指揮を執れ。俺が中央に入る。増蔵は俺の護衛だ。」

隊列を指示し直す。

「若、両翼が少し前に出ます故、中央は少し遅れて進んで下され。」

行徳の大叔父がそう提案する。

「そうだな、中央の者は具足も着けておらぬしそれが良いだろう。両翼も斜面の繁みとは距離を取ってくれ。不意打ちは避けたい。」

「それが宜しいでしょうな。」

大叔父の提案を受けて追加の指示を出すと大叔父もそれを支持してくれる。

「では急ごう。夜明けまで時は無い。」

そう言って振り返って空を見上げると、薄雲越しに光る丸い月はそろそろ谷の真上に差し掛かろうとしている。もう間も無く夜半だろう。


「上之郷の勘太郎だ。まだ息が有るぞ!」

「貞夫、おい貞夫!くそっ、駄目だ…」

谷を進むとあちこちに倒れているのは山之井の者が圧倒的に多い。当然だろう、寡兵で敵を防ぎながら後退し続けて来たのだ。皆、武具を奪われている。

 中央の者がその度に担いで後退して行く。俺の周りにはもう護衛の増蔵と弓を担いだ者しか残って居ない。悔しいがこの先に居る既に息絶えた者は後続が手前の者達を運んでから追い付いて来るまで手が出せない。

「山之井の者は居らぬかぁ!我等の勝ちだぞぉ!」

俺も周囲の山中に逃げ込んだかもしれない民に声を掛ける。敵に我等の位置を察知されるかもしれないがそれでも一人でも多くの者をなんとか山之井へ連れて帰りたい。

「入谷の者は居らぬかぁ、儂だぁ、嘉平だぁ!」

「俺だ、昭三だ!板屋の者が居たら出て来い!」

板屋の二人も必死に呼び掛ける。


「若様ぁ…ここです…」

もう間も無く谷も終わる場所まで到着しようという時、左手の繁みの中から力なく、しかし必死な声が聞こえた。皆が顔を見合わせてそちらへ駆け寄る。

「中之郷の高丸殿だ!それに行和様!!」

逸早く繁みに辿り着いた狭邑の兵がそう叫ぶ。

 俺は後ろに居た誠右衛門と顔を見合わせてから慌てて繁みへ走る。高丸は誠右衛門の長男で今回は中之郷の纏め役として従軍していたはずだ。

「高丸!無事だったか!?」

俺は繁みを囲む者達を掻き分け中へ飛び込む。

 そこには力尽きた行和叔父を抱え、自身も全身血塗れの高丸が蹲って居た。とても無事とは言えない有様だ。

「若様、面目有りません。殿が…」

俺を認めると力無くそう謝る。

「何を言う、良く生きて居てくれた。それに行和叔父上の身まで…」

恐らく、叔父の首を奪われまいと自身の怪我を押して混乱の中ここまでなんとか引っ張り込んだのだろう。

「高丸殿、感謝致しますぞ…」

俺の横では行徳の大叔父と行連が涙を流している。二人にとって行和叔父は甥であり、自身と同じ次男以下の家を継げない者であった。思う所は大きいのだろう。

「大叔父上。嘉平と昭三を付けますので二人を下まで運んで下され。それが済んだら後ろに残した者を纏めて、道中残して来てしまった死んだ者達を連れ帰って下さい。都度繋ぎを走らせてください。こちらからも同様にします故。」

「分かり申した。決して無理はしてはなりませんぞ…行連、若様を頼んだぞ。」

行和叔父を見つめながらそう言う大叔父。

「嘉平、昭三。」

「「は、はい!」」

「済まぬが二人を頼む。それが済んだらまた谷沿いに声を掛けるんだ。一度では決心が着かぬ者も居るやもしれん。」

「わ、分かりました。」


「山之井の若様は居られるか?」

二人を運ぼうとしていると少し離れた所から声を掛けられる。

「光繁殿の手の者か?」

「へい。」

そう答えて進み出て来た者は見覚えの有る山の民だった。三十過ぎの男で塗り師等の職人ではなく、この時期は皆と一緒に奥実野の山々へ行っているはずの男だ。

「お主か。どうした、里に戻って居たのか?」

「いえ、冬に体を壊しまして…今年は置いて行かれちまいましてね。」

「そう言えば大分痩せたか、もう良いのか?」

「えぇ、夏前には良くなったんですが今更追い掛ける訳にもいきませんからな。」

「して、お主が横手に詳しいと言う事で良いのか?」

話が長くなりそうなので本題に入る。

「まぁ、俺も何回か行った位で上に居る年寄り連中の方が詳しいんですが、如何せん年寄りなもんで。」

「そうか、それで横手の城はどこに在る?」

「あれを城って呼んで良いのかって話もあるんですが、斜面を越えた先の谷筋を下って行くと段々開けて横手の里が始まるんですけどその少し先の左手に在ります。」

「それ程堅固で無いと言う事か?」

気になる事を言うので確認する。

「大分前の記憶ですが上之郷の館よりは多少立派と言った所だった様な。」

曖昧にそう言う男。

「だが、今回の事を考えると強化されている可能性はあるな。」

侵攻の拠点として考えたなら強化されていると考えるのが正しそうだが。

「そうですね。俺等はあれ以来横手には近付かない様にしてたもんで…」

少し申し訳無さそうに言う。

「それは正しい判断だと思うがな。どこか様子を伺える場所は知っているか?」

「そこまでは…年寄りならひょっとして…」

「この上に居るのか?」

「へい。」

「良し、それなら取り敢えず皆で登ろう。先導してくれ。」

「分かりやした。」

そう言うと峠への斜面を登る。体の重い増蔵等は絶望的な顔をしていたがここは堪えて貰うしかない。

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