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サンタの贈り物 

作者: 九十九 羽生吹

初投稿です。よろしくお願い致します。


※少々改稿しました。少しは読みやすくなっていると思います。

 日毎に寒さが増してくるころ、毎日同じ時間だというのにもうすでにすっかり日が落ちた中を保育園へお迎えに行った帰り道、なにやらご機嫌ななめなご様子。どうしたのかな?と思っていると、繋いだ手をギュッとされ、


「ほんとはサンタっていないんだって! パパとママなんでしょ?! 嘘つき!」


 と言った。


 あぁ、そんなこと言い出す年になったんだな。成長したね。

 それだけでママは嬉しいよ。


 真っ赤な顔でプクッと頬をふくらませる我が子に、つい笑ってしまいそうになるが、ここは真剣な顔をしておかないと…。


「え?ママ嘘つきなの? 唯はサンタさん居ないっていうの? どうして?」

「だって、ゆりかちゃんが言ってた! サンタさんは居なくて、本当はパパとママなんだって」

「そうかな?」

「……違うの?」 


 涙目で探るように見つめてくる。


「だってさ、唯、サンタさんに会ったことあるでしょ?」

「え?」

「ほら、3年前くらいだったかな?駅前のショッピングモールで。大きなクリスマスツリーの前で一緒に写真も撮ったでしょ?」

「うーん……」


 すぐには思い出せない様子。それはそうか、だってまだ3歳だったもんね。


「ほら、見て?」


 スマホに保存してある写真を見せる。


 わざわざフィンランドから来たというサンタは長く真っ白な付けヒゲと、ながい眉毛の下の青い瞳が優しく、見事に大きなお腹をしていた。赤と白の定番のサンタ服にサンタ帽を被ったサンタの膝の上で緊張した顔で笑顔もない小さな子が写っている。3歳の唯だ。


「ほんとだ!」

「でしょ?だからちゃーんとサンタはいるんだよ」

「うん、良かったぁ……。じゃあ今年も来てくれるかな?」

「いい子にしてたら来てくれるよ」

「ほんと?! あ、お手紙書かないとね!」


 今年は何をお願いしようかなぁとウキウキしている小さな手を握って、イルミネーションに彩られた道を歩く。



 みんなさ、サンタは居ないって一回はがっかりするんだよね。

 信じてたサンタがパパとママだったって。

 自分にも覚えがある。


 ガッカリしたけど、でもそれってサンタが本当にいないことの証明にはならないんだよね。

いる証明よりいない証明の方が難しい、とか言ったらどんな反応するのかな?まだこの子に言ってもナゾナゾを出しているような感じかな?

 いつまた「サンタはいないんでしょ」って言い出すのかな?

 今度は写真見せても納得しないかな?


 ようやく寝付いた唯のほっぺをそっとつついてみた。


 帰ってから大はしゃぎで折り紙にクレヨンでサンタの絵とあれが欲しい、これが欲しいと何枚も書いていた。寝る直前に帰ってきたパパに「やっぱりサンタさん居るんだって!!」と言って抱きついていた。パパは帰っていきなり主語のない報告をされやや驚いた顔はしたものの、「そうか、良かったな」とすぐに微笑み、唯の頭を撫でていた。


 うん、あなたと結婚して良かった。




 なんでだろうね?

 大人になればなるほど、サンタが本当にいるって思うのは。

 目に見えないプレゼントが一番のプレゼントって分かってくるからなのかな?


 君の成長がパパとママにはプレゼントなんだ。

 それにね、本当にサンタはいるんだよ。


 ママはそう信じている。


 だってクリスマスの日、キラキラの君の顔が見られるもの。それってサンタからのママとパパへのプレゼントでしょ?サンタが居ないと見られない顔だもの。



 いつか君にも心からそう思える素敵な時間が訪れますように。

 誰かを想う心を持てますように。



 サンタは願いを叶えてくれる魔法使いじゃないけれど、サンタを、妖精を信じたいこの季節に願わずにはいられない。


 「ママの靴下借りるね」と自分より大きな靴下を選んで枕元に置いてあるけど、その靴下にも入りきれないんだな、プレゼント。だから靴下の中にはお菓子だけ。

 がっかりするかな?怒るかな?


 大丈夫、リビングのクリスマスツリーの下に置いてあるから。


 0時を回った。

 メリークリスマス。

 朝にはきっと、あなたのとびきりの笑顔に会える。





**





「やっぱりそうだよねー」


 今しがた出張中の彼から送られてきたメールを確認してベッドに倒れ込む。


--その日も出張の予定


 うん、知ってた。

 いや、知らなかったから、もしかしてって思ってメールしてみたけど…、案の定の回答。

 彼はやり手のビジネスマンで、仕事第一。

 そんな彼だから惹かれたし、好きになった。


「あーあ、可愛いワンピース買ったのになぁ……」


--わかりました。お仕事頑張って。


 悩み抜いて、それだけ返信した。







「でもさー、イブに出張しなくても良くない?!」


 どよーんとしていた次の日、見兼ねた同期が飲みに誘ってくれた。

 愛は社会人として初めての友達で、今はもう大親友といって差し支えない。


「まーねー。でもクリスマスイブがイベントなんて、リア充だけだし、仕事には関係ないしねぇ」

「去年のイブにディズミーのレストランでプロポーズされた人にだけは言われたくないわっ」

「あっはっは。ごめん、ごめん」

「…で?新婚様の今年のイブのご予定は?」

「再びディズミーに行く予定♡」

「あー、聞かなきゃ良かった!」


 目の前のスクリュードライバーをゴクンと飲み干して、次は何にしようかとメニューを探す。


「せっかく唯の長年の片思いが実ったのにね……」

「……うん、まぁ長年とは言わないかもだけど……」

「3年も片思いしてたら長年って言うよ。しかも20代の前半なんて貴重だよっ。唯、可愛いし、いっぱい告白もされたじゃん。もし佐伯さんと上手く行かなくてもまたすぐ次が出来るって!」

「佐伯さんがいいの。ダメになる前提で言わないでっ」

「……ごめん。でも、あの人の何がいいわけ?確かに仕事は出来るから最年少部長だし。顔もいいけど……こう、何て言うの? 人間味がないっていうか、温度感じないっていうか…。しかも彼女もとっかえひっかえだったし、それに、唯、あの人に最初酷いことされたじゃん」

「酷いことされてないよ! あれはそういう風に勘違いさせた私が悪いんだし。そうやって怒ることだって感情がある証拠でしょ。結局私のことだって助けてくれたし、時々すごく優しく笑うの。うん、それ以外については……うん、彼女の話とかは知ってる……。でも、でも……顔がめっちゃ好み。」

「本音でたー。ってかさ、あれは唯のミスって訳じゃ……。ま、恋に理由なんてないか」

「いいの、あのことで佐伯さんのこともっと知れたし、もっと仕事頑張ろうって思えたし……。それにさ。告白した時に言われたの。今は仕事が優先だって。だからなかなか時間も取れないけどいいのかって。それでもいいって言ったのは私だもん。だから理解してるつもり。今までの彼女みたく、構って構ってでダメになりたくない」


 ほんとはどうして別れることになったかなんて知らないけど、噂には色々聞いてる……。


「唯、偉いよね。佐伯さんに釣り合いたいからって仕事もすごい頑張って、佐伯さんと同じプロジェクトに抜擢されたもんねー。あのプロジェクトも成功したからまた忙しくなったような気もするけど」

「うん。でも、成功したから告白出来たようなものだし。また一緒に仕事できたら嬉しいな……」


これも本音。


「でもさー、やっぱり初めてのイブに会えないってはっきり言われると落ち込むし、愚痴りたくなるのーっ」

「うんうん。今日は付き合うよ」

「ありがとーっ」


 愛はいつもこうやって付き合ってくれる。

 本当に有り難い親友だ。


「愛ってホントいい女よね。名前からして愛される資格有りよね」

「なぁに言ってんの、酔っぱらいが。唯だっていい女でしょ、だって私の親友だから」

「あいーっ」

「はいはい、そろそろ終わりね。あんたがちゃんと帰ってくれなくなると困る。佐伯部長に睨まれたくないしね」

「別に睨まないよ、別に今日だって飲んでること知らないし」


 実はたまたま社内で会った時に言っちゃったんだよね……、で、飲ませすぎないようにって言われたんだけど、と愛は口には出さずにペロっと舌を出す。




**




 それからもなかなか会社でも会えない日が続き、もっぱらメールと電話のみ。

 でもメールは業務連絡みたいな素っ気ないものだし、電話はつい私ばかり話してしまう。


「分かってたけど、辛いな……」


 自分ばっかり好きみたい。佐伯さんの気持ちが見えない。



 クリスマスプレゼントのカフスボタンの入った箱を眺める。


 イブもクリスマス当日も主張で会えないから、渡せる機会があればと、毎日会社へ持っていっているものの、そのチャンスさえない。

 あんまり重たい女って思われたくなくて、電話でもいつ時間があるのかなかなか聞くことが出来ない。


 だけど、このままじゃ本当にいつまでたっても渡せないままだ!

 今日は、

 今日こそは……。


 メールで今日も残業だということは知っていた。いつもは残業の佐伯さんをあまり待つことはしない。


 付き合いたてのころ、佐伯さんが終わるのを待っていたら終電を逃してしまった。

 梅雨時期には珍しく晴れ渡り、寒くもなく暑くもなく、たまに吹く風が心地よく、月が綺麗に見える夜だった。ふわふわと浮かれモードに輪をかけ、不思議な空気に酔いしれて、会社近くのカフェで 佐伯さんを待っていた。


 約束はしていない。

 ただ、待っていたかった。




 ずっとずっと好きだった。

 思い切って告白して、OKをもらえたなんて未だに信じられない。

 あの日から幸せでふわふわした気分のままだ。

 嬉しい。

 今も佐伯さんを待っているこの時間さえ楽しい。




 でもカフェも閉店となってしまったので、近くのコンビニで買ったラテを飲みながら会社の入り口が見える場所でぼんやりと月を見上げながら待っていたら、出てきた佐伯さんにひどく驚かれ、同時に怒られてしまったのだ。


「こんな所に女性が一人きりで居ていい時間じゃない」


 静かに、それでいて強い声だった。あんな顔と声は会社で怒られた時でも聞いたことがなかった。


「ご、ごめんなさい。私、ちょっとでもいいから佐伯さんに会いたくて……」

「こんな遅い時間まで待たせるつもりはない。待っているなら連絡くらい出来るはずだ」

「あ……。申し訳ございません」


 つい、仕事モードになる。


「タクシーで送る。」

「いえ、そんなつもりでは……」

「いいから」


 あっという間にアプリで配車を完了させ、あっという間に来たタクシーに乗り、あっという間に私の家の前に着いてしまった。その間佐伯さんはずっと黙って窓を見ていて、私は私で恐縮してしまい、会話らしい会話も出来なかった。


「じゃあ、気をつけて」

「あ、はい。ありがとうございました……」


 もうマンションの前だから、気をつけるも何もないんだけどな。

 スゥーっと発車するタクシーの佐伯さんの後頭部だけをただ見つめていた。


 そのまま気まずくなったらどうしようと思っていたけど、佐伯さんはいつもと同じに接してくれたし、ちゃんと「遅くまで一人で待たせるのは心配する」と言ってくれたので、嬉しくなった。だけど、それからはあまり忙しそうにしている時には待たないで帰る方が多くなった。


 そんなこともあって、連絡もしないで待つことには若干のトラウマがある。


 それに、連絡したってあまり長い間外で待っていると佐伯さんが良く思わないので帰宅するんだけど、明日は休みだし、ちょっとくらいいいよね……。


 残業終わりを待っているとどんなに遅くても、必ず家まで送ってくれるためさらに疲れさせてしまうのではと遠慮してしまうから、あんまり仕事の後に会うことはない。だから付き合ったのに、全然一緒に居られる時間がないんだよね。もちろん付き合う前なんてさらに会うこともなかったけど……。


 今日も連絡はしていない。

 かまってちゃんと思われるのも、噂に聞く歴代の彼女と同じって思われるのも嫌という自分勝手な理由だ。だから待つのは22時まで。この時間だったら許してくれそうな気がする…。

 うん。そうだ。 

 私も残業だったことにしよう。

 どうか、どうかこの時間までに出てきて!佐伯さん!



 私の必死の祈りが通じたのか、21時すぎに佐伯さんが出てくる。

 良かった、実は寒くて割りと限界だった。

 会社のエントランスホールで、偶然を装って声を掛ける。


「佐伯さん、お疲れ様です」

「!? 立花? お疲れ様。今帰りか?遅いな」

「はい、ちょうど佐伯さんと一緒で嬉しいです」


 会えた!という高揚感からかいつもは言えない言葉がスルッと口から滑り出る。


「あぁ、良かったな」


 あまり表情を変えない佐伯さんだが、どこか他人事の言い方とは裏腹に、ちょっと顔が赤い。ん?お疲れで風邪なのかな?

 最近また急に寒いしなぁ…。


「あ、それで、駅までご一緒しても良いですか?」

「あぁ、それは、いいが……」

「良かった」


 エントランスから出ると、冷たい風が一気に吹き付ける。

 思わず首をすくめると、「寒いのか?」とマフラーを貸してくれた。

 もう自分のマフラーもしてるのに、さらに上からぐるぐる巻かれる。恥ずかしくてどんどん顔が熱くなるのがわかる。本当は早歩きの佐伯さんが、私と歩くときはいつも歩調を合わせて少しゆっくり歩いてくれる。

 その少しの気遣いが嬉しい。



 クリスマスプレゼントは無事渡せた。

 ちょっと驚いていたけど、ありがとうと言ってもらえたし、家まで送ってくれたからいつもより長く佐伯さんといられたから良しとする。やっぱり私ばっかり話しちゃったけど……。




 こうして今年の私のクリスマスは、クリスマス前に終了した。





**




 イブの日。

 私は残業もせず、さりとてどこにも寄らずにまっすぐ家に帰り、ダラダラとクリスマスとは関係のない映画を見ていた。

 クリスマスを意識しないようにと選んだはずだった映画だったが、内容が頭に入ってこない。


 すっごく笑えるって評判のコメディ映画なんだけどなぁ。


 仕事もある。

 家族もいる。

 恋人もいる。

 そのはずなのに、イブにたった一人という事実だけが浮かび上がって消えない。


 佐伯さんはモテる。

 それはもう、モテまくる。

 それでも誰も妬まないくらいのスペックだ。


 まず、顔がいい、ハーフかと思うくらいに彫りが深く、色素が薄い。

 凛としていてどんな角度からみても美しい。

 背は高く、学生時代はモデルのアルバイトをしていたらしい。納得。

 仕事は早くてミスがない。顧客受けも良く、佐伯さんが担当すると取引先も業績が上がると評判だ。最年少で昇進し続け、今は部長。

 すごいなぁ。

 実家は会社経営しているらしく、将来は親の会社を引き継ぐために今は修行しているのではとの噂。彼女は途切れたことがなく、常にモデルのような美女や妖精のような可憐な子が近くにいた……らしい。

 だからもう妬みひがむだけ自分が惨めになる、あぁ佐伯だからなって諦めモードになるらしい。

 

 そんな佐伯さんに私も憧れをもった一人。憧れだけじゃない。

 実は佐伯さんとは今の課に配属になる前、ちょっとだけお世話になったのだ。その時に直に仕事ぶりを見て、その真摯な姿にさらに好きになったし、仕事を頑張ろうと思った。


 そして、きっと佐伯さんは覚えてないと思うけど、一度笑いかけてくれたのだ。

 それだけで本気の恋になった。

 たった一度だけだったけど、私だけに向けられた笑顔が忘れられなかった。

 職場は同じと言っても部署もフロアも違うし、仕事場で会うことなんて滅多にない。だからこそ会えたときはテンションだだ上がりになるし、ニヤニヤが止まらなかった。


 ……んー。私ってば、なんか「らしい」ばっかりだなぁ。

 佐伯さんのこと全然ちゃんと知らない。


 いやだなぁ、佐伯さんと恋人になれただけで嬉しかったのに、なんでこんなに欲張りになったのかなぁ。私も他の彼女みたいにダメになっちゃうのかな…。

 それは、嫌だな。


 だけど、自分だけが好きで空回っている状況には変わりない。

 こんな風にイジイジ考えている自分も嫌だな。


 はぁ。


 イブにため息かぁ。

 そう言えば、家でよく母には「ため息をつくと幸せが逃げちゃうからほどほどに」ってよく言われてたな。

 でも出てしまうものは仕方ない。

 とりあえず出したため息は吸い込んでおこう。


 そうしてため息をついては吸い込むという、謎の深呼吸を何度か繰り返していると、



 ピンポーン


 玄関のチャイムが鳴った。


「宅急便です」

「はーい」


 なんだろう?何か頼んでたっけ?


 ドアを開け、荷物を受け取る。包みは2つ。細長いものと平たいもの。


 送り主は……佐伯光……

 え? 佐伯さん?!


 慌ててリビングに行って開封する。


「え?」


薄めの長方形のものは、絵本だった。



--サンタクロースから唯ちゃんに



 サンタのおじいさんがソリに乗っている表紙だ。

 読み進めていくと、私の大切な幼馴染や同期の愛の名前も入っている。そしていつも私が一人で一方的に話していた内容も…。



--家族やみんなに大事にされている唯ちゃんだけど、これからはもっと近くで唯ちゃんを大切にしたいと思っている人からこのプレゼントを届けて欲しいと頼まれました。

メリークリスマス!



 絵本はそこで終わっていた。


 もう一つの包みを開ける。


 そこには一本のバラが入っていた。

 深紅の咲きかけの美しいものだった。


 メッセージカードには、


『今日は一緒に居られなくて申し訳ない。でも、次もその次もずっと唯と一緒にクリスマスを過ごしたいです』


 彼の美しい字で記してあった。

 私は声を出して泣いてしまった。





**





始まりはたぶん、俺からだった。


「また君か。どうしてしっかり確認をしないんだ」


やや声が大きくなってしまう。


「あ、あの……」

「なんだ、言い訳するならさっさと直しをしてくれないか」

「は、はい。申し訳ございませんでした。すぐ修正いたします」


 真っ赤な顔をして慌てて頭を下げ書類を持っていく姿に、ため息をつく。


「佐伯ぃ、いつになくイラついているな。お前が感情を出すなんて珍しい」


 一旦頭を冷やそうと休憩コーナーの隅でブラックコーヒーを選んでいると、同期の前田が絡んできた。


「二徹ともなると感情のコントロールが効かないんだよ」

「はっ、二徹くらいで音を上げるなんて、年取ったな」

「お前もな」

「クールでカッコいい次長様が型なしだぞ」

「お前なぁ……俺の神経逆撫でしに来たのか?」

「いんや、ちょっと見かけ時にあんまりな勢いだったからさ。ほら、さっきの子、ちゃんと後でフォローしとけよ、俺のお気に入りの新人ちゃんなんだから」

「なら、お前がフォローすればいいだろ」

「あ、そうね。じゃあそうしよーっと」


 そう言って同期一のチャラ男との異名をとる前田は休憩コーナーを出ていく。


 あれでいて仕事はきっちりこなすし、男前でもあるからモテないはずがない。どこをどうやって時間を作っているのか知らないが、彼女を作ったらできる限り一緒にいるらしい。


 はぁ、何なんだ。


 でも、確かにあんな風に言うつもりはなかった。

 だけど、あのデータは重要な箇所で、だからこそしっかり確認を頼むって念押しをしたはずだったのに……。しかもあの子は今回で2度目だ。同じような間違いばかり…。

やはり期待したのが悪かったのか。


「今日も帰れないかもなぁ」


 もう一度ため息をついてから席に戻るために立ち上がる。



 定時後、さすがに一度戻って着替えとシャワーだけはしないとと家へ急ぐ。

 ほんの少し仮眠を、と思っていたら思ったより寝てしまい、慌てて会社に向かった。


 既に22時を過ぎており、ビルは当然のように暗い。

 エレベーターを降りるとこの階だけまだ電気がついていた。


 誰か残っているのか?


 部署に入るとガランとした部屋で残っていたのは、立花唯。

 昼間に俺がミスを指摘した新人が、たった一人残って作業をしていた。


「まだ残っていたのか」


 声を掛けるとビクッと肩を震わせた。

「あぁ、悪い、驚かすつもりではなかったんだ」

「いえ、申し訳ございません。まさか次長だと思わず……。もう誰も居ないはずだったので……」


 うつむき加減で答える。


 しまった、昼間のままフォローもなしだったな。


「修正か?」

「はい、手間取って申し訳ございません」

「どこか引っかかるのか?」

「あの……実は、ここの部分の資料がなかなか見つけられなくて」


 まだ目は合わない。 


「あぁ、ここの担当は出張中だったな。すまない。どこだったか……。あ、これだ」

「あ、ありがとうございます!」


 やっと目が合った。


 でもすぐに視線が下がり、資料へ目がいき、数字を辿る。


「すぐに確認します。次長、ありがとうございました。訂正が終わりましたら提出します」

「ああ……。まだやるのか?」

「え?」

「ならさっさとやってしまおう」

 

 これ以上新人を残業させたら人事にうるさく言われるしな……。


 誰ともなく言い訳をしてPCに向かった。







「申し訳ありません。結局一緒にやってもらって」

「いや、修正が出来たならそれでいい。今後は気をつけるように」

「はい、申し訳ございませんでした」

 

立花はもう一度頭を下げ、帰り支度を始める。


「次長はお帰りにならないのですか?」

「もう少しだけやっていく。終電には帰るつもりだ」

「そうですか、では何か他にお手伝いできることはございますか?」


 ふいに聞かれたことに驚く。

 これからまだ手伝う気でいるのか?


「いや、大丈夫だ。遅いから早く帰った方がいい」

「分かりました。それでは申し訳ございませんがお先に失礼致します」


 また頭を下げる。

 綺麗な所作だ。秘書でもやっていけるな。


「謝ってばかりだな」

「あ、申し訳ございません」

「ほら」


 互いに目が合い、思わず笑ってしまった。


 何度も頭を下げながら帰宅していく彼女の姿をつい見えなくなるまで見送っていた。



**






 その翌日から会議や打ち合わせ、出張が重なり、ようやくデスクで落ち着いて仕事が出来たのはそれから2週間後だった。


 机の上の菓子に目が留まる。

 有名な老舗の菓子だ。

 好きな銘柄だったので、つい見つめていると、


「あ、それ、立花さんからですよ」

「立花?」


 そう言えば見かけていないな。


「はい、お世話になったお礼ですって。イマドキの子にしたら珍しくちゃんとした子ですよね。まぁだから秘書課なのかしらねぇ?」

「え?」

「あら次長、立花さん配属決まってもう異動しましたよ、お菓子は異動の日に差し入れてくれたんです。次長でも食べられるようにって日持ちするの選んだみたいですよ。いい子でしたよねー、立花さん」


 異動?

 そうだ、ここにいたのは正式な配属が決まるまでの仮配属だった。


 カレンダーを見る。

 辞令が出たのは1週間前のことだった。社内イントラには今年の新人の配属が発表されていた。

 立花唯は秘書課へ配属となっていた。


 そうか……、もう、居ないのか。


 秘書課はフロア自体も違う上、幹部付きのため、そうそう会うこともない。

 まぁ、元気でやってくれれば、いや、もう俺は関係がないことか……。


 なんとなく菓子には手が伸びずそのまま机の上に置いておいた。








「これは……?」


 目の前には、膝につかんばかりに頭を下げている部下と資料。


「あの、申し訳ございません!私の報告違いでした。申し訳有りません」

「え?」


 部下が持ってきたのは、以前立花に修正させた資料の一部だった。


「どういうことだ?」

「あの、資料にミスがあったと聞いたものですから、改めて確認したところ、私の報告書に間違いがあったせいだったので……」


 そこからは彼が言っていることを半分くらいしか聞いていなかった。


 立花のせいではなかったのか、なのにそれすらも確認せずまとめた資料をもってきただけの立花を責め、修正までさせたのか、俺は……。

 疲れていたとは言え、なんてことを…。だが、なんで立花も自分のミスではないと言わないんだ。 いや…俺が言わせなかったんだな。



 好物のはずの菓子は、食べるに食べられずずっと机の上に置きっぱなしだった。








 さらに半年がたったある日、会議から戻るとあの菓子が見当たらなかった。


「あ、次長、さすがに日持ちするとはいえ、もう限界かと……。捨てときましたけど、あのお菓子美味しかったですよ、もったいない。いらないならいらないっておっしゃって下さいね。美味しいだけじゃなく、立花さんがくれたお菓子ってだけで欲しがる人いっぱいいるんですから」


 食べずに眺めていた立花からの菓子。


 立花の痕跡は俺の前から全て無くなってしまった。




**




 だから、新規プロジェクトに君がいて驚いた。


「君……」


 思わず声を掛けていた。


「はい、何でしょうか佐伯部長」

「いや。あぁ、これからよろしく頼む」

「はい、よろしくお願い致します」


 ふわっと微笑む笑顔を見て、顔に熱が集まるのを感じた。


 プロジェクト自体に全面に立ってという役回りではなかったが、細かい事務作業もミスなく、資料もよく読み込んでいるため整理された資料で使いやすく、何より各部署や取引際との調整が欠かせなかったため、秘書課の彼女は非常に役に立った。今まで事務という仕事に対してあまり何とも思っていなかったが、こんなにも違うものかと驚いた。



 無事プロジェクトが完了し、社長から金一封が出たため打ち上げは豪華なものとなった。

 話題のレストランを貸し切り、プロジェクトに参加した全員が呼ばれた。



 気がつくと、立花はそれはもうベロベロになっていた。


「立花さん、これも美味しいよ」

「はぁえ? ありがとうございます。ん、本当ですねぇ。美味しいです」


 両脇から向かいから、立花を囲った輩からどんどん飲まされている。


 ペースが早くないか?

 勝手にイライラしてくる。


「ちょっと……失礼しますね……」


 立花がフラフラと会場の出入り口へ向かうと、何人かも立花の後を追っていった。それが全員男だったことが何となく気になり、自分も出入り口へ向かっていた。


「立花さん、大丈夫?」

「打ち上げ終わったら別のところで飲み直さない?」

「いいね、行こうよ、立花さん」

「はぁ……」


 何人かに囲まれ、立花は曖昧に頷いている。


 これ以上飲ませてどうするつもりだ。


「おい、そこ何やってる」


 男たちについ苛立った声を掛けてしまう。

 俺だとわかると、気まずそうな、残念そうな顔をして皆会場へ戻っていった。


「君は……。いつもこうなのか?」

「佐伯部長? えっと……。何がですかぁ?」


 仕事中とは違う、ちょっと大きめの声だ。

 ほんのり赤い頬と若干眠そうな瞳が俺を見上げる。


 そんな姿を他のやつに見せないでくれ。


「飲み過ぎだ。もう帰るぞ」


 不思議そうな、焦ったような顔の立花をせかし、打ち上げ会場を後にした。


 会場を出ると、案の定足取りがおぼつかない。 


「大丈夫か?」

「大丈夫です。あの佐伯さんはもう戻って頂いて大丈夫ですから」

「いや、心配だから送ってい。」

「え?」


 驚いた立花の様子に再度イライラが募る。

 そんな状態で一人で帰らせられないだろう。


「最寄りはどこだ?」

「えっと……」


 いつもの機敏さはない。


「いつもこうなのか?」


 さっきと同じことを繰り返してしまう。


「?? どういう意味ですか?」


 キョトンとまあるい目が見つめ返してくる。


「だから、いつもああやって飲むのか?それとも誰かあの中に好きなやつでもいたのか?」


 口が勝手に話し出す。

 何を言っているんだ、俺は。


「違います。私の好きなのは佐伯さんです!」

「え?」

「ここまで送って頂いてありがとうございました。もう大丈夫ですから。さようなら」


 会場からほど近い駅につき、ツンとしながらも足元がおぼつかない彼女をボーっと見送る。

 そのまま気がつくと自分の終電がなくなっていた。




タクシーに揺られながら窓の外を眺める。


『私の好きなのは佐伯さんです!』


先程の彼女の言葉が耳から離れない。じわじわと嬉しさがこみ上げる。

帰り着くころには口元が緩んだ顔の自分が窓に映っていた。



翌週の月曜の朝はいつになくソワソワしていた。


もうプロジェクトは終わったのだ、彼女は秘書課へ戻る。

そう頻繁に会うこともない。


だが、ずっとソワソワし続けていたその週の金曜の夜、真っ赤な顔をした立花に打ち上げ時の謝罪がしたいとエントランスで声を掛けられた。

随分酔っていたと思っていたが、覚えていたらしい。

 

そして彼女から改めて告白され、俺たちは付き合うこととなった。




**



 立花唯と付き合ってからもうすぐ半年となったある日、

 唯から連絡がきた。


--12月24日のご予定はいかがですか?


 スケジュールを確認する。

 すぐ返信を送る。


--その日も出張の予定


 なかなか返信がこない。


--わかりました。お仕事頑張って。


 30分後。

 ようやく来たメッセージに、自分がどんな返事をしたのか思い知った。






「眉間にシワ入ってんよ、佐伯部長さん。美形が怒ってたら怖いんだけど」

「……怒ってはない」

「じゃあ何よ? 唯ちゃんと喧嘩しちゃった?大丈夫よ、唯ちゃんなら俺が引き受けてあげるよー」

「前田、冗談でも笑えないぞ」

「だから怖いって。ハイハイ、悪かった。…で?何よ」

「いや……」

「ま、話してみなよ」


 そのままコーヒー片手に隣に座り込む前田に一昨日のメールのやり取り内容を話す。


「そ。で、唯ちゃんからのメッセで、ようやくその日が何だったか思い出しだんだ。それで?

なんて返事したの?」

「……してない」

「は?」


 前田の目が驚きで見開く。


「してないって何?」

「だから、その後の返事なんてしてな。」

「なんで?」

「なんで? 仕事頑張れって来ただけだし」

「はぁ・・・。お前さー、それだから彼女に振られるんだよ。唯ちゃんも大変だな」

「立花は違う」

「いんや、このままだといつもと同じだね。『仕事と私どっちが大事なの?』か『私ばっかり好きなの辛い』ってねぇ~」

「!!」

「はは、お前がそんな顔するなんてな。ちゃんと言葉にしないと伝わらねーんだよ。お前、自分から好きになったことないんだろ。はっ、初恋成就おめでとー。ムカつくから今夜奢れ。飲み行くぞ」

「もう付き合ってからだいぶ経つんだが……」

「すぐ別れるかと思ってたんだよ」


 俺の失恋慰め会でもあるからな、と前田は勝手にレストランを予約した。



**




 出張前、クリスマス前ですが、とわざわざプレゼントを渡してくれた。

 自分も残業だと言っていたが、鼻の頭が赤くなっていて、寒い中待っていたのだろうと推測できた。

 唯を待たせるのは本意ではないし、あまり遅くまで待っていて欲しくはないのだが、咄嗟のことで驚き、ろくに返事も出来なかった。本当はそのまま夕食でも誘いたかったが、これ以上彼女を遅くまで寒い外に置きたくない想いが先に立ち、出てきたのは「送る」という言葉だけ。


 何なのだ、俺は。

 いつもはどんな風に接していたんだ。

 

 いや、比べるものではない。それは彼女に失礼だ。でも考えれば考えるほど空回り気味で、ちょっと寂しそうに笑う唯を見て心が痛む。


 どうやってあの心からの笑顔で笑ってくれるのか。


 思えばいつも自分から何かをしたことはなかった。

 いつも好きだと言われ、特に嫌でなければ付き合った。

 でも学生のころは趣味が優先。社会人となってからは仕事が優先だった。

 特に仕事は面白くてたまらなかった。

 成果をあげれば認められるのが楽しかった。

 だから誰であっても同じで、そのことは伝えていたはずなのだが、いつも結局は仕事が大事なのかと別れを切り出されるか、怒って去っていく。

 それに対して特に何も思わなかった。

 別れればまた誰かに好きだと言われ付き合うだけだ。

 優しくはしてきたつもりだ。

 欲しい物があれば買ってやり、行きたいところには付き合った。それが付き合うことだと思っていた。


 でも、唯は何が欲しいともどこに行きたいともあまり言わなかった。

 そうなると、自分でどうしていいものかわからなくなった。

 仕事が忙しいからと会う時間を作らないくせに、会えない時に彼女がどうしているのか気になった。あの笑顔を誰かに向けているかもしれないと思うと堪らなかった。

 それなのにようやく顔が見られてホッとすると上手く言葉が出てこない、そんな自分を知られたくなくてつい大人ぶってしまう。


「唯が喜ぶこと……」


 いつか話してくれたサンタがいる、いないで母親を困らせた話しを思い出す。

 唯が話すことは全部覚えている。

 何が好きで、何が苦手で、どんなことがあったか……。



 そうだ……。





**





 そろそろ届いた頃か?


 会えない、ということがこんなにも寂しく思うものだと知らなかった。

 来年はちゃんとスケジュールを確認しよう。


 一人ホテルでソワソワとしてしまう。


 と、スマホが震える。


--最高のクリスマスプレゼントありがとうございます!大切にします!お仕事がんばってください。


 あぁ、良かった、喜んでくれた。


 唯の笑顔を思い浮かべ、自然と笑顔になる。


 唯はいつも真っ直ぐに言葉をくれる。


 会いたい。

 早く会いたい。



--唯、メリークリスマス。出張が終わったらすぐに会いに行っても良いだろうか?

--はい、もちろんです!待っています。


 離れていても心が満たされる感覚を初めて覚えた。


 君が大好きだ。




**




『ほんとはサンタっていないんだって! パパとママなんでしょ?! うそつき!』



 昔、母にそう言った記憶がある。


 でも、フィンランドから来たというサンタとの写真を見せられて納得したらしい。

 ただ、その時の母は本気でサンタはいると言っていたと思う。だからこそ、写真だけではなくサンタのことを信じたのだ。


 いつの間にか、色々なことをそのまま受け取らなくなって、大人になってしまった。


 でも、いつも母はサンタはいるわよって言っていたな……。


 佐伯さんはまだ出張から帰ってこない。

 でももう心が寂しいとは思っていない。

 絵本とバラを見ながら彼を思うだけで笑顔になれる。

 こんなに素敵なクリスマスとなるとは思っていなかった。


 明日はクリスマスケーキを買って実家に行こうかな。

 ママの顔を見たら言おうかな。

 サンタって本当にいるんだねって。


 そしたらきっと言われるな。

 




 ほら、ママの言った通りでしょ?




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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭に書かれていた唯のママのサンタに対する考え方が目から鱗でしたし、そんな母と結婚してよかったと言える父親に育てられたから唯は素敵な女性に育ったんだなと感じられて、ほっこりしましたね。 実…
[良い点] 心がほかほかして、キュンとして、一気読みしちゃいました。文章から空気感まで伝わってくる感じはさすがです。映像が見えました。それぞれの視点で描かれているのも良いですね。唯ちゃんには絶対幸せに…
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