魔法の授業
展開をどうするか迷った挙句めっちゃ遅れました。
ごめんなさい。
「実践魔法クラスの初心者コースを担当する、エイヴリル・ジェネヴィーヴ・ソーンダイクです。みなさんよろしく。私のことはエイヴリル師と呼んでください。」
俺の初心者向け実践魔法クラスの担当はこのエイヴリル師だった。彼女の経歴は泥と埃に塗れており、なぜこの学園で雇われているのか不思議なほどであった。
彼女はMCU本国(前世におけるアメリカ)出身者であり、コテコテの古典派の人物。この学園内で唯一の非機械科人間、通称ノーマシと呼ばれる人種である。眼球型サイバネティクスなどなしでは当然業務に支障が出るため、前世におけるタブレット端末のような機器を携帯しており、連絡やカリキュラム管理、俺達への連絡等もそれで行うようである。タブレットの背面板金には多種多様な魔法による刻印が刻まれており、何かの効果があることが窺える。
「みなさんのクラスは残念ながらすでにニンジュツの授業を受けられてしまったとのことですが、魔法こそが人類が発明した歴史ある伝統の技術であるということを決して忘れず、精進してください。魔法を真剣に学びたいと子供には、全力を尽くすことが私の生きがいなのです。」
実際、エイヴリル師は多くの児童向け、青年向けの魔法学習教材を発行し、講演会や出張授業なども行っている。しかし、発行した書籍の多くは偏った思想と、それを表現した多くの語句の登場により発禁処分となっている。講演会についても魔法の暴走事故や行きすぎた指導などが問題となり、三つの地域で侵入禁止処分を受けているという。そのため、本国の魔法アカデミーから追放されて今ここにきている。
やる気があるのはいいことだが、この人に習っていいものだろうか…。クラスアップを目指して魔法の自習時間を増やした方がいいだろうか。
「魔法とは、物体や現象にある『アレテー』を強化する技術体系のことを指します。例えば、このグラスを見てください。」
エイヴリル師ははこの中から透明なグラスを取り出した。そこには中程まで水が入っている。
「グラスに限らず、多くの容器というものは、基本的に中に入っているものの状態を保ったり、こぼしたりしない事に使われますね?つまりこのグラスのアレテーを『内容物を保つこと』と捉えることができるはずです。では、このアレテーを強化すると、どんなことになるでしょう。」
エイヴリル師が魔法を発動して、持ち上げたグラスから手を離す。グラスは重力に従って落下し、床を跳ねるが内側に溜められた水は一切こぼれることなく、グラスは床を転がっていく。
「これがアレテーの強化。すなわち魔法という技術です。みなさんはこの技術を身につけて素晴らしい魔法使いになれるはずです。本国では十歳前後から魔術を学ぶものですが、みなさん優秀ですからね?魔法を使うことができれば機械やニンジュツになど頼らなくても、豊かに生活できるのです。」
思想の強い発言だが、その奥に強い魔術への信頼と信念がうかがえる。味方にすることができれば強い味方だが、敵に回したら恐ろしい。魔法の狂信者と言えるだろう。できるだけ大人しくしていよう。
「それでは実際にアレテーを認識して魔法を発動してみましょう。今回は刻印をすでに刻んであるものを使うので、呪文は必要ありません。さあ取りに来てください。」
俺たちはまばらに立ち上がり、師のいる場所へ向かって荷物を受け取る。それはこの世界に来てからめっきり見ることのなかった、この場にとてもふさわしいものだった。
「今みなさんに渡したのは、数十年前までこの国でもよく使われていた筆記具である、『紙、鉛筆』そして『消しゴム』です。鉛筆というのは先端の黒い部分をこの白い紙に押し当てて引くことで、線を書くことができます。」
エイヴリル師が実演すると子供たちは驚きの声を上げた。この世界では、特にここの子供たちは生まれながらVR落書きなどを行うため、多くは実際の筆記具を使ったことがなく、日常の記録も電子情報で行うため、興味深い体験になるだろう。未だ筆記用具が使われるMCU出身の子供がいたとしても魔法の授業は別のコースになるだろうから、ここには筆記用具初心者しかいないはずだ。
「初めて魔法を使うときには、使い慣れたものよりも初めてのものを使う方が良いとされています。例えばナイフのアレテーは『よく切れること』ですが、人種や個人の経験によっては『よく殺すこと』となりかねません。その状態で制御できずに魔法を発動すればどんなことが起きてしまうか、想像は容易いでしょう?だから初めての物や、使い慣れていないものが良いのです。さて、今回使うのはこの『消しゴム』の方なので、先に鉛筆を使って好きに紙に落書きをしていいですよ。三分間だけ時間をとります。」
子供たちは初めて現実で筆記するという体験に夢中になった。俺も久しぶりの鉛筆体験だ。自分の名前を書いたり、同じクラスの友達の顔などを適当に書いてみる。隣の女の子に、お化け?と言われたが、未完成だから仕方なかったのだ。時間がなかったのだ。
「さて、みなさん紙にいろいろなことが書けましたね?次に消しゴムを持ってください。刻印を削ったり汚したりしないように気をつけてくださいね。みなさんがもている消しゴムは、紙に書かれた痕跡を消すことができます。つまり、消しゴムのアレテーは『よく消せること』なんです。魔法を使わずに使っても、なかなか簡単には消せません。」
エイヴリル師が消しゴムで紙を擦るが、当然のように多少の痕跡は残ってしまう。
「でも魔法を使って物質に備わるアレテーを強化してやれば、どんな道具もよりよく私たちを助けてくれるのです。刻印に魔力を流し込みましょう。」
そう言ってほんのりと光った消しゴムを紙に当てると、そこには一切黒鉛の痕跡はなく、新品同様の紙の白さが戻っていた。
「それでは次は皆さんの番です。魔力の注ぎ方を教えるので、実際にやってみましょう。」
本作におけるアレテーはギリシア語における元々の意味の「優秀性・卓越性」を意味しており、
ソクラテスによって倫理的に解釈されたアレテーではありません。
剣なら「よく切れること」盾なら「壊れない・よく守れる」など、それぞれの存在の持つ優秀性・卓越性を強化するのが、この世界における魔術です。物事のアレテーをよりよく理解して恣意的に捻じ曲げて強化する技術もあり、魔法使いとしての達人はそれらを奥義とするとかしないとか。
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