管理官
章タイトル回収!
初めての母との対面後、俺は新生児管理室に移送され、何の味もついていない液体を飲まされた後に眠りについた。寝かしつけられたカプセルのような機械は周囲の赤ん坊の鳴き声を完全に遮断し、静寂をもたらしてくれる。安眠できた。
翌日。と言っても陽の光を確認したわけではないので、目の前のインターフェースが表示する日付を見て今が翌日であることを確認した。再び謎の液体を飲み、移送。母に会うことができた。
「おはよう、孝。元気だったかしら。」
母は満面の笑みで私を抱き抱えてくれた。隣には作業着のようなものを着た男性がいることに気づく。名前の電子タグがついている。「神前守」という表示はこの人が父か、親類であるだろうという可能性を提示してくれる。
「昨日は来れなくてごめんよ〜孝〜。パパだよ〜。」
予想通り父であったようだ。「I&K食品加工形成」と書かれた作業着を着ておりその下にあるであろう筋肉は十分以上に分厚い。グライアイⅢの電子メジャー機能で測定すると身長は180を超えている。これは自分の将来の体格にも期待が持てそうだ。サービスとして人差し指を握っておく。
「おぉ〜。握ってる!孝が俺の指握ってるぞ!」
わかる。わかるよ。最初に生まれた子供ってすごく新鮮に感じる。俺にとって二番目の父。二児の父であった俺にとって嬉しかったことがあなたも経験できるように親孝行するよ。できるだけになるけどさ。仲の良い夫婦と生まれたばかりの息子だけの空間。団欒のひとときを過ごしながら両親の話に聞き耳を立てつつインターネットで世界のことについて調べていく。
「直子、この目ってもうサイバネティクスなんだろ?君の目と見比べても全く違和感がないんだなぁ。俺の稼ぎじゃなかなか子育ても大変だろうって、市役所の人がいろんな企業の子育て支援プランを教えてくれたっていってたけど、こんなのもあるんだもんな。」
「そうなのよ。孝に最初にあった時にすでに取り替えてありますよって言われたけど、全く信じられなかったわ。あ、本物の目見てみる?そこの冷蔵庫に入ってるわよ。」
「ええ!?冷蔵庫に入ってるの?」
ええ、冷蔵庫に入ってるの!?おおっと。俺と彼は本当に親子なんだな。新生児の目が入れられている冷蔵庫なんて使いたくないだろ。父は恐る恐る冷蔵庫から目の入れられた透明な容器を取り出し、俺の顔の真横に持ってくる。冷気が当たってひんやりする。
「ほんとだ。そっくりな目だな〜。俺の目に似てる。髪の色はまだ薄くてわからないな。…かわいい。」
これはすごく照れるな。52歳のおっさんが中身だと知られたら申し訳なくていたたまれない。秘密は墓まで持っていかなければ。
そんな様子で病室に神前世界を構成していると、病室のインターフォンに着信が入り、父が対応する。
「はい、神崎の病室です。はい、はい、お待ちしております。」
どうやら来客のようだが、祖父母だろうか?それにしてはよそよそしさが感じられた。父と母が服装を直している様子をカプセルから見上げ、来客を待つ。すると、入室してきたのは30前後の女性。初めて見る、例えるあてがない服装をしている。俺の顔を一瞥し、両親に話しかける。
「初めまして神前様。私はマクサコフ機械公社人事部次世代教育課新生児管理官の松下綾と申します。この度はご出産と孝くんへの無事のサイバネティクス移植成功もおめでとうございます。」
床と水平になるほどに頭を下げた女性にインターフェース上でタグ付けをしながら、様子を見守る。両親はありがとうございます。と口々に告げ、恐縮したように程々に頭を下げている。父はどこか気を引き締めているかのようだ。「無事の」ね。
「あまり緊張なさらないでください。人材育成援助プラグラムに参加したからといって、生まれてすぐ誘拐されるというわけではありません。本日はご挨拶と孝くんの様子の確認、書類のお渡しのために参りました。」
確かに悪い噂をよく聞きますよね。と雰囲気を塗り替えるように笑顔を振りまく。
「あなた。わざわざ来てくださったのだから、あまり睨み付けるようなことしないでよ。」と母は父に対して掣肘する。おお、と返事をする父。松下は父に向かって資料を差し出し、両親に向かって話し始める。
「エリート人材育成援助プログラムに参加した子供たちは、幼稚園をはじめ進学の節目に試験を受けることになります。孝くんの場合は二歳になったらマクサコフが運営する私立幼稚園を受験していただきます。この最初の試験で二万人から一万人まで選出することになります。基準としては学力だけでなく、サイバネティクスへの適正やコミュニケーション能力なども一定の水準にある必要があるので、素晴らしい結果を残すことができるよう期待しています。合格すれば、三歳から通園が始まります。その時、追加の支援が行われます。もし保育園の受験に落ちても、支給されたグライアイの返却義務はないので、ご安心ください。ただし、メンテナンス保証もないのですが…。」
最後の一節に松下自身不満そうな声色で話し切る。両親もこれから始まる子育ての計画に少し不安を感じたようだった。詳細は資料をご確認くださいと松下は告げ、本日はこれで失礼しますといって退出しようとしながら、最後に俺に目を合わせてくる。すると、急にグライアイⅢのインターフェイス上に文字列が表示される。
もう言葉が理解できるようですね。
と。
マクサコフ機械公社運営の学校はエージェント養成訓練校を最上位に、中学校、小学校、幼稚園が用意されています。この世界ではサイバネティクスを移植した子どもの学習能力は高く、高校生程度から専門教育を行う学校は多いです。一方で、MCUが魔法使いを育成する場合はその危険性や周囲への被害の大きさを鑑みて、普通高校卒業後に専門学校で指導する形式が一般的です。I&Kが育成するニンジュツ使いについては、高い学力を要求しておらず、体育系学校として中学や高校での運動実績がある生徒に対して推薦状を発行し、専門養成機関に勧誘する形式が取られています。そのため、マクサコフでは高校卒業時点の18歳程度でエージェントが養成できるのに対して、魔法使いとニンジュツ使いは20代での養成完了が一般的となります。この数年の差は大きいようです。




