黄色いブランド
彼はちょっとばかしファッションに凝っている男だった。
インスタのフォロワーは三十万人いるし、ツイッターでつぶやけば一分もせずに千いいねが飛んでくる。そんな人気者の彼は現在、自宅近くのショッピングモールに来ていた。
というのも、そのモールは最近リニューアルしたばかりなのだ。
自粛期間でこの機に内装を一新しよう!ということだろう。
ちなみにツイッターで事前にここに来ることは明かしており、一人で買い物を楽しみたい旨を記したため彼に向ける視線はあるものの、話しかけてこようとするファンはいない。
彼のファンは優良顧客なのだ。
彼の目的はもちろんアパレルショップ。
えてして、ウィメンズの店が多く、入れる店は少ない。
今日もとりあえずよく知っている店を一回りするか―、とエスカレーターで二階に上がった。
「ん?」
上がって、右側。
見知らぬ店だ。
遠目に見てもそこがメンズショップであることは明らかだった。
彼は考える間もなく、そこに足を進めた。
彼はそこに入り、強烈な違和感を覚えた。いや、違和感どころではない。それは明確な嫌悪感だ。
「全部黄色だと……?」
そう。すべて。
シャツからパンツ、ソックスや靴、帽子、鞄に至るまであらゆる商品が黄色を基調としている。この店でコーディネートすれば間違いなく、全身黄色になる。
「ないだろ……」
「いかがなさいましたか??」
「どわっ!」
彼は飛び上がった。
慌てて振り向けば、そこには全身黄色の男がいた。店員だ。
「当店『黄色いブランド』の商品に何かご不満でもありますでしょうか?」
「不満も何も、すべて黄色などありえない。馬鹿げてるとさえ思うよ」
「そうでしょうか?」
「ああそうだ。俺はいますぐ帰らせてもらう」
「しかしお客様。当店は大変繁盛しております」
確かに、店員の言う通り、店は多数の客でにぎわっている。
混雑していると言ってもいいほどだ。
「広く受け入れられるファッションを流行と呼ぶのなら、当店は流行に乗っていると言えるでしょう」
「そうだな」
はっ。
男は正気に戻る。人気があったとしても、この店はあり得ない。やはり退店するのが賢明だ。
「おお!似合ってる!」
踵を返そうとした男は足を止めた。
「あれは……」
彼はあの全身を黄色に染めてはしゃいでいる男を知っていた。インスタフォロワー五万五千人のジュンだ。何度かコラボしたことがある。
ジュンは彼も認めているセンスの持ち主だ。その彼が、喜んでいるだと。彼はもう一度店内を見渡した。
よく見ると、知った顔がいくつもあった。
テレビで取り上げられ界隈で少し話題になったタクヤ。年に一度ツイッターでバズるカネミチ。見た目の暑苦しさから女人気が皆無のナオヤ。
誰もがSNSで多くの人気を勝ち得ているインフルエンサーだ。
そんな彼らが、この店に着て服を手に取り、試着し、レジに向かっている。
「そんなバカな……」
間違っているのは自分だというのか?
最先端のファッションを行くのはこの『黄色いブランド』とやらなのか?
自分はすでに時代に取り残されていたのか?
いくつもの不安が脳裏をよぎる。今の自分はセンスだけで生きているようなものだ。その自分が、それを失ってしまったら。
死。
頭を掠めたのは、何の技能もなく、金もなく、頼れる伝手もなく公園のベンチでうずくまる自分。
「いや」
違う。
そんなことにはならない。なってはいけない!
彼は店に一歩踏み込んだ。
「いらっっっっっっしゃいませー!」
さっきの店員がけたたましく挨拶を轟かせた。
頭痛が走るほどだ。
しかし、これも最先端なのだろう。顔をしかめている客はいない。信頼するジュンもにこやかな笑顔を浮かべている。
彼は服を手に取り、試着し、レジに向かった。
値段はそこそこ張った。ただの黄色いシャツが二万、ズボンは四万した。ありえなくはないが、普段の彼なら絶対に買わないだろう。
店を出た彼はその足で自宅に戻り、黄色い服に着替えた。
撮影用の部屋でスタンドを立て、一眼レフカメラを設置した。ポーズを決めて写真を撮ると、彼は満足げにうなずいた。
インスタに写真を投稿して、彼はにこやかな笑顔を浮かべた。
この日を境に『黄色いブランド』は世界をまたにかける人気ブランドへと成りあがった。
今日書き始めて今日書き終わりました。
即興で書いてみたのですが、僕にその能力はあったのだろうか?笑
評価、感想お待ちしてます!