神が「ヒトは増えすぎた」と仰るので、聖女ですが人を間引こうと思います
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こちらを元に、もうちょっと箱っぽく広げてみました。
――ヒトは、増えすぎた。
その言葉を聞いて、彼女はぱちりと目を瞬いた。
彼女は神に仕える聖女である。神に選ばれ、ただ一人神の言葉を聞く者として神殿へ迎えられ、以来神と民を繋ぐ役を担っている。神の言葉を民に伝え、民の言葉を神に伝える。彼女が祈ればどんな病も怪我もたちどころに治った。どの王よりも権力があるとも言われる彼女は、しかし今、すっかり困惑しきっていた。
彼女に言葉を授け、ヒトを導いてきたはずの神が言うのだ。ヒトは増えすぎた、と。
神は遥か昔に世界を作り、それゆえに今も世界を見守っているとされる。空も海も大地もそこに住まう生き物たちも、みな神の被造物であり、神は愛をもってそれらを守っている。それが神殿の教えである。彼女もまた、そう信じていたし、事実これまで神はヒトを愛し、守ってきてくれたことを知っている。
しかし、その神が悩む声を、彼女は聞いてしまった。
神は世界を作った。神はその被造物を愛している。それが、ヒトが増えすぎたと嘆く原因であった。
決して、神はヒトのためだけの神ではなかったのだ。
ヒトに住処を追われた生き物がいた。ヒトに狩り尽くされかけた生き物がいた。ヒトに壊された地があった。ヒトに、ヒトに――ヒトに。
もちろん、他の生き物も生きるために他を殺め、食らう。身を守るために抵抗し、場合によってはそれを打ち倒す。ごく当たり前のそれらの営みに、神はいちいち関与しない。
けれど、それらと同じように放任していたヒトは、数を増やすにつれ、周囲に与える影響も大きくなっていった。街をつくるために森が消えた。ヒト同士の争いで焼け野原になり付近は何も住まなくなった。それでもヒトは増え続けた。他のあらゆる生き物を押しのけ、広く世界を覆った。
そうして、神は気がついた。ヒトは、世界に不必要なほどに増えすぎてしまっている、と。
聖女はその声に、抗する言葉を持たなかった。それはまったくの真実であった。
しかし、それを容れるには重すぎる言葉であった。聖女とてヒトである。神の言葉を伝え、ヒトを導く役についた、ヒトである。彼女はヒトを守り救うべきものだと思っているし、何よりこんな言葉を神託として伝えるわけにはいかなかった。
聖女は悩んだ。神と同じく悩んだ。
聖女は神に問うた。ヒトを、滅ぼしてしまわれるつもりでしょうか、と。
神の答えは否であった。ヒトもまた、神の愛する子である。滅ぼしてしまうにはあまりに愛おしい。この期に及んで、神はまだヒトを愛していた。
聖女は問うた。世界には、どれほどのヒトが必要でしょうか、と。
神は答える。半分でも、まだ多い。さらに半分にしても、まだ多い。神の試算では、相当な数のヒトを減らさねばならなかった。
聖女はまた悩んだ。幾日も悩んだ。悩んで、悩んで、悩んで。
最後に聖女はこう言った。
――お手伝いを、させていただきます、と。
かくして、神と聖女はヒトの敵となったのだった。
ヒトを減らす。その事業は、他言できるものではなかった。そのため、世界中にある神殿はこの件に関しては手足として使うことができなかった。その全てを、神と聖女で進める必要があった。
神と聖女の企みは、神殿の奥で粛々と進められた。
天災などでは、ヒトはごく一部しか減らすことができない。他の生き物への被害も大きい。戦争も同様の理由で却下された。その程度のことは幾度も起き、ヒトは乗り越えてきた。魔物は、そもそも神の理を外れて生じたものであるため、神の思うまま操ることはできなかった。
やがて、一つの神秘が聖女へもたらされた。
病である。
他の生き物にはほとんど罹らず、罹ってもごく軽症で済むが、ヒトにはよく感染し、罹ると重症になり死に至る病であった。
これを、聖女は月に一度の民と直接会う場へ持ちこんだ。聖女に会えるとあって、いつも民は多く集まった。信心深い者、ひどい怪我や病を患った者、何かしらの訴えがある者、ただ聖女を見たいと思う者。多くの民が聖女の前に集まっていた。
聖女はそれに丁寧に対応しながら、三人の旅人を見つけ、それぞれに件の神秘を使った。いずれも頑健であり、遠い国へ赴く予定があると言っていた。徒歩で旅をする者と、船などを使う者、いろいろな隊商に混ざって旅をする者であった。
それと知らぬうちに凶悪な病を身に宿した三人は、聖女に会えたことに感激していた。聖女も胸がちくりと痛んだが、神の意思であると黙って耐えた。
三人は、それぞれ一週間のうちに聖都を後にした。いずれも体には病魔が根を張っていた。
聖女が旅人たちに会って、ひと月ほど経った頃だった。各地の神殿から、不思議な報告が上がるようになった。
いわく、それは病である。いわく、それに罹るとヒトは死ぬ。いわく――神殿の祈りが、効かない。
ヒトを減らすために神が作った病であるから、当たり前のことだった。神殿の祈りを、神は聞き届けなかった。発症した者は、もれなく死んだ。いずれも子どもか老人ばかりだった。彼らの中には祈る間もなく死ぬことすらあった。発症から死までが短く済むのは、あまりヒトを苦しませたくないという神の温情であった。
報告数はまだまばらでごく少ないものだったが、祈りが効かないという性質から、神殿はこれを重く受け止めた。幹部たちで話し合いがもたれ、聖女はこの病の収束を神に祈ることになった。聖女こそこの病の元凶であるとは、誰も気づかなかった。
聖女は祈った。ただし、この企みが無事に遂行されるように、と。
はじまりの三人はまだ生きていた。頑健であるために発症が遅く、ただ他人に病を撒く拠点であり続けた。誰も気づかぬうちに、聖都から遠く離れた土地まで病は運ばれた。知らぬうちに罹患した者もまた、病を運んでいた。罹患から発症までが長いこの病は、人知れず広がっていた。潜伏期間の長さは、必ず多くのヒトを減らすという神の強い意志だった。
さらにひと月が経った。
各地の神殿から、いくつもの報告が上がるようになった。死者は子どもや老人だけではなくなった。はじまりの三人も死んでいた。「祈りの効かない病」は世界中のヒトを恐れさせた。それでも、まだ本格的に広がって見えなかったから、ヒトの警戒はまだ緩かった。聖女は祈りを続けていた。
またひと月が経った。
病は恐ろしい勢いで広がっていた。一度死者の出た家からは、再度死者が出やすいことにヒトは気づいた。死者と親しかった者は、死にやすいとヒトは気づいた。
誰もが死にたくないと望み、家に閉じこもるようになった。街からは活気が失われた。しかし、世界中に広がった病はもはや止まらなかった。
神秘が行使されてから半年が経った。
まだヒトは死に続けていた。毎日どこかでヒトが死んでいたが、未だに神の目標には遠く及ばなかった。罹患した者がいる家族は町や村から追放されるようになった。彼らはヒトから見放され、死んでいった。
神殿では、未だに死者を出していなかった。そのため、各地で小競り合いが起きるようになっていた。神殿は神の恩寵を独占していると、民はそう思ったようだった。病に罹った者と接しているにも関わらず、神官は死なない。民のために祈らず、自分たちだけ助かるように祈っているのではないか、と。
聖女は、諜報員を呼んだ。聖女の席にのみ仕える、忠実で有能な、神殿の暗部であった。聖女は、彼らを各地の不満がより溜まっている土地へ送りこんだ。
それからひと月。
各地の神殿内部にもついに死者が出るようになった。聖女と神が相談し、死なせても構わないということになったのだった。
神官が死んでも、世界に満ちた不満は消えなかった。暴動が起きた。神殿に暴徒が押し寄せ、神官を殺し、神殿を壊したという報告がいくつか上がった。諜報員からも、暴徒たちの内部の情報がもたらされた。
情勢を重く受け止めて、聖女は神殿の奥で祈ることをやめた。神に祈りを捧げる聖女、という情報ではもう民は満足できないからだ。聖女は、また民の前に姿を現した。聖都の民に直接会い、直接祈りを施した。
ほどなくして、「聖女の祈りで病が治る」という噂がたった。聖女の祈りだけは神に聞き届けられた。
またひと月経つ頃には、世界中に「病を治せる聖女」の話は広がっていた。
世界中のヒトが聖都を目指した。聖都へたどり着く前に命を落とす者もあったが、聖女に出会い、命を救われる者もあった。治った者たちは、聖女に深く感謝した。
聖女はほとんどの時間を神殿前の広場で過ごすようになった。
さらに時が経ち、「病など存在しない」と主張する一団が現れた。
ヒトを殺す病など、気のせいであると彼らは主張した。そんなものは存在しない。国か、神殿か、そういったものの陰謀でヒトは殺されていると言った。神と聖女の陰謀だったから、それは真実だったのだが、別に彼らはそれを知らなかった。知らなかったが、陰謀であると証拠もなしに喚きたてた。民をコントロールするためのでっち上げだと言っていた。
彼らは家に閉じこもるのをやめてしまった。病に罹った者を追い出そうとするのを止めた。病に怯える者と、激しく衝突した。
実は、それを言い出した者が聖女の祈りを受けて回復したというのは、周りには言っていない秘密だった。彼は、聖女の祈りを受けていたから、再度罹患することはなかった。病に伏した者と会っても倒れる気配がなかったから、彼を信じる者が出た。それがこの集団の始まりだった。
聖女の諜報員も、この集団に紛れ込んでいた。上手くその中に溶け込んで、彼らを適度に煽りたてた。ヒトの動きが減った中、病を運べる彼らは便利な道具になっていた。
神は少しだけ、彼らを守った。
世界は真っ二つに分かれていた。病に怯え、神殿に加護を願う民。病を一笑に付し、神殿と対立する民。暴力をもって対立することも頻繁にあった。聖女はこの対立を、裏で煽り続けていた。
毎日多くのヒトが死に、聖女はその手で救える命だけ救い続けた。各地からヒトの集まる聖都だけは相変わらず賑わっていた。しかし地方では、全ての民が死に絶えた村があった。民が死にすぎて、維持できなくなった町があった。順調に、ヒトはその数を減らし、勢力を衰えさせていた。
二年が経った頃、ついにヒトは神の望んだ数まで減っていた。
もはや大国は維持できなくなっていた。ヒトは小さな町で、外部とほとんど接することなく、細々と生きていた。聖都だけが辛うじて大きな街と言えたが、それも外から人が来ることも減り、かつての賑わいはなくなっていた。
各地に点在する小国の、それぞれの神殿から病は終息したと思われるという報告も上がるようになっていた。その連絡以外は、もはや世界の様子を知る術がないほどに、ヒトは散り散りになっていた。
それを見届けて、聖女は神殿の奥に閉じこもった。
そして、彼女は神に願った。
この病の最後の患者として、殺してほしい、と。
神はその願いを聞き届けた。聖女は速やかに殺され、神は次の聖女を選んだ。
そして、神は新たな聖女に一つの神託を下した。
いわく、前任の聖女は、その身に病を集積した。いわく、世界中の病は彼女に集まり、世界は浄化された。いわく、しかしその病に、聖女の身といえど抗うことはできず、亡くなった。
新たな聖女はそれを信じた。そうして、その「事実」は世界に伝えられ、世界中が聖女の喪に服した。真実は闇に葬られることになった。
こうして――ヒトの減った世界は、新たな一歩を踏み出した。




