第9話 臨時休業です。
いつも通りフィオーレに出勤したのですが、いつものような活気はありません。
代わりに張り紙が1つ。
[臨時休業します。 マスター]
突然の事で戸惑います。
とりあえずグループチャットに確認をとります。
待っていると、数分もしないうちに千奈さんから返信が来ます。
[今日は店長体調悪いから休んで良いよ]
「マスター病気なんですか⁉」
つい大声を出してしまいました。
それにしても心配です。
お見舞いのメッセージを送っても既読が付かないので重症なのでしょうか。
単に寝ているだけと思いたいものです。
だからといって、マスターのお宅を知っている訳でもないので、どうしようもありません。
私は、仕方無く帰路につこうとします。
「あれ?お休みなのですね〜」
さっきまで自分が居た場所から声が聞こえます。
気になって振り返ると、そこには花恋さんが。
「花恋さん。なんだかマスターが体調を崩されたらしくって」
「あ〜、そういえばもうそれくらいの時期ですね〜」
季節の変わり目は、体調を崩しやすいと言いますが、マスターもそうだったのでしょうか?
それくらいの時期と言うからには、常習的な出来事なのでしょう。
私が、心配そうな顔をしているのを見て、逆に心配されたのか「大丈夫ですよ〜」と言ってくれます。
しかし、そう単純な物でもありません。
「そうだ!花恋さんってマスターのお宅、知っていますか?」
「ええ、知っていますけど?」
「ではお見舞いに行きましょう!」
着いたのはお屋敷、とは呼べないまでの、しかしそこそこ大きな作りの家です。
表札には、セレーナと記されています。
私は、表札の下に設置されたインターフォンを押します。
1回目で出なかったので、もう1度押そうか迷っていると、ドアが開かれました。
「いらっしゃい、桜ちゃん、花恋ちゃん」
ドアから顔を見せたのは、メイド長でした。
それから、メイド長は中へ案内してくれます。
何で、メイド長がマスターの家にと、変な勘ぐりをしそうになりますが、元々、恋人だったのです。
まあ、そこまで不思議ではないでしょう。
リビングと思しき場所に着き、お茶を出してくれます。
私はそろそろと本題に入ります。
「マスターの体調って・・・」
「あ、ごめんね。桜ちゃん初めてだから、突然休みになって戸惑ったよね」
「やっぱり、容態が悪いのでしょうか?さっきから見えませんし」
「そうね・・・まあ、見てもらった方が早いか」
メイド長は立ち上がり「付いてきて」と言います。
私はそれに従い、進みます。
着いたのは、とある1室の前。
メイド長が扉をノックも無しに開くと、突然漏れ出る大きな声。
「アイナたそーー、ナンデっ、ナンデっ死んだんデスカーーー!!」
あまりの叫び声に、びっくりして耳を塞ぎます。
メイド長もそれに気がついたのか、すぐさま扉を閉めてくれました。
「マスターはあんな感じだから、今日はおやすみ」
リビングに戻ると、花恋さんが緑茶を優雅に啜ってました。
「どうだった〜?」
「はい・・・ マスター、親しい方を亡くされていたのですね」
「あははは、ちがうちがう」
人が亡くなっているにしては不謹慎な笑い声、メイド長です。
「昨日放送のアニメで推しが死んだのよ」
「おし?」
「マスターが好きなキャラクターね」
「えっと、つまり好きなキャラクターが死んで、落ち込んでいるからお休みなんですか?」
私の言葉に、花恋さんとメイド長は肩を落とします。
「気持ちがわからないわけでは無いんですけどねぇ〜 さすがにここまでは、ね〜」
「全くマスターは昔からこうなんだから。ごめんね、困っちゃうわよね」
今日こそは連れ出さないと、と立ち上がるメイド長。
「私は素敵なことだと思いますよ」
「桜ちゃん?でも・・・」
「そうですね、迷惑を掛けているのはいただけないですが、でもそういうところが愛されている所以ではないですかね」
メイド長は、私達が来る前からここに居ました。
マスターが呼び出しただけかもしれません。
例えそうだったとしても、事情を知っていながらそれでも心配して駆けつけるのは、それは・・・
「メイド長は、マスターのことが本当に好きなんですね!」
メイド長は、うつむきます。
そのせいで、陰ってわかりにくいですが、ほんのり染まる頬。
「やっぱり、行ってガツンと言ってやらないとね」
今まで見せたことが無いような無邪気な笑顔。
私はもう止めたりなんかしません。
「花恋さん、邪魔者は出て行きましょうか」
「そうですわね〜」
「マスターは本当に愛されてますね〜」
「えぇ〜」
「花恋さんもですよ?」
「え⁉私も〜」