第7話 2人はヒミツの関係です。
加藤千奈
お昼時も過ぎて、落ち着いてきた店内。
私は、片付けをしながら、ため息をついた。
「どうしたの?」
それに気がついた香葉さんは声を掛けてきた。
店内に客がいたなら、怒られていたのかもしれないが、幸い今は暇だ。
「春って微妙な季節だなって思って」
「そうかしら?暗いイメージの冬が明けて、心晴れやかじゃない?」
「いやほら、気候が微妙じゃないですか」
香葉さんは納得いかなかったのか、顎に手を当てて首を傾げている。
「わかりマスヨ、チナサン」
同意してくれたのは店長。
「だよね!」
「ハイ!そうなんデスヨネやるエロゲが決まらないんデス」
「あー、そういう話なのね。はいはい」
興味が無くなったのか、香葉さんは去って行く。
「夏に冬のゲームやって、冬に夏のゲームやるのが好きなんだけど、春に秋のゲームやるのはなんかちがうなって」
店長は何度もうなずいてくれる。
そして、机を拭いて戻ってきた香葉さんが、
「私いつもわからないのだけど、季節合わせる方が体験できてるみたいで良いんじゃないの?」
「私は、炬燵でぬくぬくしながら夏のゲームがやりたい。田舎系だとなおよし」
「暑い日にゲームでまで蝉の鳴き声聞きたくナイ」
でも意外だな、香葉さんゲームあんまりしないんだ。
確か漫画は結構書いてたはずだけど。
私が黙ったのを不審に思ったのか香葉さん、
「どうしたの?」
「いえ、香葉さん同人誌とか書くのに、ゲームとかそっちの方はからっきしなのかなって」
「全くしないって訳じゃないけど、そうね・・・」
「昔は、私がゲームしてるのを見て「女の子がイチャイチャしているのを見て何が楽しいの?」って真顔できいてマシタヨネ」
あーやっぱ店長はそういうのが趣味なんだ。
「ドウカしましたか?」
「いや、期待を裏切らないなーって」
「ドウモデース」
褒めてねーよって言ったら負けな気がする。
「そういえば香葉さんは、どんな漫画書いてるんですか?」
「××が××な××××とか?」
「え?伏せ字だらけ⁉内容が全然読めない」
「公序良俗に配慮した結果ね」
「あ、そうだ、せっかくなので見せてくださいよ」
まだ見たことがなかったので気になったのだ。
確かそこそこの有名サークルだったはずだ。
「千奈ちゃん何歳だっけ?」
「18歳です」
「17歳デスヨ」
「嘘はいけないなぁ〜」
「数えでは、18ですし?」
香葉さんは、何が楽しいのかニヤニヤしている。
それは良いのだが、店長がジト目で見てくるのは許せない。
「ならせめてペンネームだけでも」
「それこそ自分で探して呼んじゃうでしょ」
「いや、もうエロゲやってる時点で今更なきがするんですが・・・」
香葉さんが自分のペンネームを教えようが、教えなかろうが私の消費量は変わらないのだ。
「でもねぇ〜 未成年に教えるのは気が引けるのよ」
勝手に一人で読む分はかまわないが、自分が勧めるのはさすがに・・・と言った感じなのだろう。
でも、こうも隠されると逆に気になってしまう。
「カヨのペンネームは[私にオシオキしてください、]デスヨ」
店長が言った途端、香葉さんが思いっきり彼の頭をはたく。
いい音が鳴り響き、店長の頭はやっぱり空っぽなんだな、と思う。
「私、見たことあるなそれ」
「え、あ、そうなの?」
「はい。あ、ずっと気になってたんですが、なんでそんなペンネームにしたんですか?」
「ん?えっと、デビューしたときとかにさ「私にオシオキしてください、先生」って言われるでしょ?」
「それだけ⁉」
あの不自然な読点も、そのためだったのか。
「それだけって何よ。美少女に言われたいじゃない」
「香葉さんのファン層ってそういう子なんですか?」
イメージ的にはもっとこう・・・
「えっと、おっさんばっかりね」
あはは、と乾いた笑みをこぼす。
そして誤魔化すような口調で、
「でもほら、千奈ちゃんみたいな子も居るわけだし、ね?ねえ、試しに言ってみてよ」
「言ってみてって、ペンネームですか?嫌ですよ」
「そこをなんとか」
なんと言われようと、やる気はない。
そのことをなんとなく察したのか「そうよねぇ〜」と呟く。
「やっぱそうよね、こういうのはムードが大事よね」
撤回、察してなんか居なかった。
それに、凄く嫌な予感しかしない。
これは逃げるしかないと、この場から離れようとする。
しかし、香葉さんが壁に手を付き、道を塞いだ。
「えぇ・・・」
「千奈ちゃん逃げるなんて悪い子ね」
香葉さんが私の首元を撫でるように手を這わせる。
「——ッ」
私は羞恥に顔を背けた。
「クフ、かわいいわね。早く言わないと、食べちゃうわよ」
2人しか居ない(店長はミジンコなのでカウントしない)ので悪乗りが始まる。
言わない限り、やめてくれそうにない。
それこそ、本当に・・・
私が葛藤している間も、それを楽しんでいるように笑っている香葉さん。
(クソッ、もうどうにでもなれだ!)
「私にオシオキしてください、先生!!」
そして生まれる沈黙。
いや、正確には荷物が落ちる音だけが響いた。
「千奈さんとメイド長・・・」
「桜・・・」
これは絶対にやばい。
「私たちこういう関係なの」
香葉、余計なことを言いやがって。
「ち、ちがうから!」
「大丈夫ですよ、私わかってますから〜〜」
言い捨てながら店を出て行ってしまう桜。
絶対にわかってない。
あらぬ誤解が生まれたと言うのに、店長と香葉さんは楽しそうにしていた。