第5話 春のパン祭りです。
「日本の春には三大行事とイエバ、杉、檜、そして・・・」
『んん崎〜春のパン祭り〜♪』
花恋さんと息がぴったり合いました。
「私はツッコまないわよ」
「あれれ〜?チナサンおこってマス?」
マスターはわざとらしく口を押さえながら笑っています。
千奈さんのこめかみには、かわいい彼女に似つかわしくない青筋があります。
それに気が付いたマスターは笑うのをやめ、無表情になりました。
「ソレハソウト、パン祭り好きじゃないデスカ」
「別に嫌いじゃないけど・・・好きかと言われると・・・ね?」
途端に悲しそうな顔をする、マスターと花恋さん。
もしかして、私の知らないところで特別な思い入れでもあったのでしょうか?
「シール集めたらお皿モラエルのに・・・」
「きれいな白いお皿ですのに・・・」
「白いお皿。・・・そういえばうちのお皿もシンプルなものだったよね。もしかして、」
「あーちがう、ちがいマスヨ。お店のは百均で買ったやつです」
「もう良いよね? 殴っても。 いいよね⁉」
ぷるぷると拳を握り絞めている千奈さんが怖いです。
私は関係無いと思うのですが、目が合わせられません。
「ま、まあともかく、これ見てください」
マスターが取り出したのは、手作りの看板です。
そこに書かれているのは、
「○崎春のパン祭り開催?うちの店もやるんですか?パン祭り」
「正解デス」
ウインクしながら親指を立てるマスター
「さすがにそれは、どこかに訴えられたりしないのかな・・・」
「大丈夫だよ〜 だって山崎じゃなくて川崎なので〜」
「私の母の旧姓なんデスヨ」
「紛らわしいわね。じゃ、なに?○崎じゃなくて○崎ってここと?なんだか間抜けね」
お母様の名前だって事忘れているのでしょうか?
マスターはしょげちゃってますよ。
それを見た千奈さん、
「べつに、そういう意味で言った訳じゃ・・・ほら店長のセンスの問題だから」
フォローになってないことに気がついてほしいです・・・
マスターはさらに俯いてしまいました。
「マスター、私はお祭り好きですよ。活気付いて楽しいじゃありませんか?」
「桜さん・・・」
「私もパン祭り良いと思いますよ〜」
私に花恋さんも賛同します。
そして、千奈さんは、
「これじゃあ私が、いじめてるみたいじゃない。良いわよ私もやるわよ」
「実際に似たような事をしてたのでフォローしづらいですね・・・」
「う・・・」
千奈さんは私に言われたことが刺さったらしく、視線をそらします。
「それにしても、具体的には何をするんですか?」
「それはもちろん、デイリーで対象のパンを買ってきて売りマス」
「ストップ、ストップ!!」
さっきまで肩を落としていたのに、元気になって割って入ってくる千奈さん。
「そして、点数を集めたらお皿がもらえマス。ただし手数料として10%点数を頂きマス」
「待てって言ってるでしょうが、この駄犬!」
「千奈さん」
私は千奈さんを見つめます。
千奈さんも何かあったのかと、何?って聞きながらこっちを向いてくれました。
「仲介手数料って意外ととられる場面が多いんですよ」
「知ってる。知ってるけどこれはちがうでしょ。大体何で店の前にポストあるのに、わざわざ店通すのよ」
「だって、郵便だと切手代カカリマスヨ」
「え?そうなの、それならお得じゃん・・・ってならねーよ」
「ならないんデスカ?」
意外と真面目に答えていたらしいマスターは首を傾げています。
それに千奈さんは、そこまで馬鹿だったのかとあきれ顔です。
「考えてみてクダサイ。郵便だと切手代(税別)が掛かるんデスヨ」
「微妙に計算が面倒なんだけど・・・ と言うか、この考えている時間が無駄な気がする」
「そうデスカネ〜」
そうなことナインデスガネ〜とつぶやくマスターは、千奈さんの咳払いにひるんでいます。
「ともかく、パン祭りは無しだからね」
パチンと手を叩き、おしまいと言う千奈さん。
そして自分の仕事に戻ろうとします。
「チナサン待ってクダサイ」
マスターが呼び止めれば、不満げながらも立ち止まります。
「なに? あんなパクリイベントやれるわけ無いでしょ」
「エット、あれは冗談デ・・・実は普通に準備してたんデスヨネ」
店長はカウンターの下から、あらかじめ作ってであろう種類豊富なパンを取り出します。
とってもおいしそうです。
「じゅるり・・・じゃなかった。それを早く言いなさいよ」
「千奈さん涎が垂れてますよ」
私はハンカチを取り出して、拭って上げます。
「そんな、涎とか垂れている訳無いでしょ。それより・・・えへへへっ」
千奈さんは私の手を邪魔そうに払いのけ、一心不乱にパンに食いついています。
文字通り食べてますよ。
我慢できなかったみたいです。
「んっ〜♪」
幸せそうな顔を見て、マスターも満足げです。
あまりにおいしそうに食べるので、私も手に取って見ます。
「おおお、おいひぃ〜でひゅ!」
焼いてから時間がたっているはずなのに、ふわっふわです。
まるで、そう! 雲を食べているようで!
「これは、期間限定で出すなんてもったいないですよ。普通に新メニューにしましょう」
千奈さんはヘドバンと見間違うほどの勢いで頭を振っています。
「イベント開催の話はどうなったのでしょうかね〜」
ふふふ、と笑う花恋さん。
彼女も菓子パンを1つとると、口に運びます。
「おいしっ」