第3話 お嬢様がお帰りになりました。
「それじゃ、今まで教えたこと初めからやってみようか」
チナさんは、一端店の外に出て行きます。
(カラン、コロン♪)
閉じてから間を置かず開いた扉と、カウベルの音が鳴ります。
入ってきたチナさんは、私にアイコンタクトを飛ばして指示を促してき来ました。
私は、さっき教えられたことを思い出して、行動に移します。
「お帰りなさいませ、ごs・・・女主人様?」
女性にご主人様と言うのは間違っているのでは?と言い直します。
「その言い方だとなんか盗賊みたいね」
「お似合いですよ」
「え?」
場の空気が冷えたのが一瞬でわかります。
「あっ、これは違くて・・・ チナさんかっこいいのでそういうのも見てみたいな~なんて思ったのですが」
「えへへ、それほどでもないよ。でもそうかな~」
なんとか誤解は解けたようで、ほっとします。
「それはともかくとして、私みたいなかっこいい人だったとしても、お嬢様って呼ぶようにしてね」
「はい」
言われたことを忘れないようにメモしておきます。
ミニノートにさっき教わったことを書いていると、またカウベルがなりました。
チナさんは隣に居るので、今度はお客さんでしょうか?
何はともあれ、これは実践する良い機会です。
(カラン、コロン♪)
入ってきたのは、腰くらいまで伸びる髪の女性でした。
装いから察するに、高校生くらいだと思います。
身からにじみ出る、可憐さは、それこそお嬢様といった感じです。
「いらっしゃいませっ、おn・・・ジョウ様」
また間違えそうになりましたが、なんとか言い直します。
「あら、ご機嫌よう」
漫画かアニメでしか聞いたこと無いような挨拶をして来ますが、違和感はありません。
むしろ、その方が自然と言っても良い位です。
「お席案内しますね」
あいてる席を見つけて、カウンターに座っていただきます。
「それで、結局あなたは何がしたいのかしら?」
初めは私に向けて言われたことかと思いました。
しかし、どうやら違ったようです。
チナさんは、さっきカウンターに案内した方をみて言っています。
「何のことですかぁ?」
「何が?じゃないのよ、あんた遅刻して何くつろいでるのよ!」
お客さん、と言うかこの人も店員さんだったのですが、その方はスタッフルームの方へ入っていきました。
怒られているのに、ゆっくり歩いて行ってるのを見て、私もあの余裕を見習わなければと思いました。
「申し遅れました。わたくし、ここで雇って頂いている甘露寺花恋と申します」
着替えてきたメイド服の裾を軽くつまんで、会釈します。
花恋さんが着ているのはゴシック調のメイド服です。
それは、彼女の雰囲気と相まって、まるでタイムスリップしたかのようです。
「私は、兎月桜です。よろしくお願いします」
「はい~ よろしくお願いしますね~」
「そういえば私名前言って無かったよね。チナって呼ばれてたから忘れてたけど・・・ 私は加藤千奈。よろしく」
「挨拶も大切ですが、接客の方もよろしくおねがいシマスネ」
少し疲れた様子のマスターが入ってきました。
「マスタ~ わかりましたわぁ」
相変わらずふわふわと、かわいらしい花恋さん。
(花恋さんもマスターって呼ばれるのですねぇ・・・)
「なによ、私の事じっと見て」
「いえ、花恋さんもマスターって呼ばれているのに、千奈さんだけ頑なに店長呼びなのかと思いまして」
私が質問すると、ムカデでも噛みつぶしてしまったかのような形相を浮かべます。
「あんなやつ、死んでもマスターなんて呼びたく無いわね。あなたもいずれわかるわ、やつの変態性がね」
それだけ言い残して、仕事に戻っていきました。
(私はどうしたら良いのでしょうか?)
所在をなくして、わたわた、してしまいます。
花恋さんも、千奈さんについて行ってしまったので、私1人放置されている状況です。
そんなこんなしていると、
「サクラサン、サクラサン」
奥の方でマスターが手招きをしていました。
「いきなり接客も大変でショウから、まずは中の仕事を手伝ってもらいマショウカ」
マスターが付いてくるように合図してくるので、従います。
「トリアエズこれを洗ってクダサイ」
目の前にあるのは大量の食器類です。
さすが、飲食店と言ったところでしょうか。
「わかりました。任せてください」
食器洗いなんてお手伝いの基本です。
何なら極めてすらいます。
皿洗いの、桜と呼んでください。
やっぱ食い逃げ犯みたいなのでやめてください・・・
10数分もあれば、あれだけ山盛りになっていた食器もきれいになり、拭き上げまで終わります。
「マスター」
私は終わった事を伝える為に、マスターを呼びます。
「ドウカしましたカ?」
「洗い物全部終わりました!」
マスターは、洗って積み上げられた、ピカピカのお皿を見上げます。
しばらく無言のマスター。
何かマズイ事でもしたのだろうかと不安になりますが、自信があるので胸を張っておきます。
「サクラサンもしかして、手洗いですか?」
「えっと、はい。そうです・・・」
「ゴメンナサイ。食洗機のこと伝え忘れていました。申し訳ないデス」
凄い勢いで頭を何度も下げるマスター。
「い、いえっ 私が聞かなかったのが悪いわけで、とにかく頭を上げてください!」
私が、やり直そうと食洗機にお皿を入れようとしたところで、マスターの手がそれを止めます。
「やり直さなくてダイジョブウデスヨ。むしろ、機械より早くて助かった位です。ちょうどストックが、底を付きそうだったので」
そう言いながら店長さんは掴んでいた手をそのまま自分の顔に近づけ、じっと見つめます。
「それより、手荒れとか大丈夫でシタカ?春とは言え、まだ水、冷たかったとオモイマスガ」
私の事を心配してくれるマスターにこれ以上の心配は掛けられません。
「昔から、こういうことはやってきたので慣れてます。それに、マスターの手で暖めていただきましたし」
「サクラサン・・・」
「店長ついに・・・」
声がした方を見ると、千奈さんです。
彼女はマスターを虫でも見るかのような目で見ています。
『こ、これは違うんです(デス)』
この後私の必死の弁明により、千奈さんには一応は納得してもらえましたとさ。