第16話 隠れ家的カフェって憧れます。
「今日は一段と忙しいですね。お客様・・・じゃなくてご主人様、帰ってこなければ良いのに」
忙しさのあまり、ついうっかり、設定を忘れてしまいました。
ついうっかり。
「はぁ・・・冗談でもそんな事、言わないの。・・・まあ、わからないことは無いけどね」
千奈さんも、押し寄せる客に疲労が溜まっていたのか、疲れ顔です。
「千奈さん千奈さん」
「何?私忙しんだけど。私の仕事代わってくれるの?」
「いや、それはですね・・・」
「じゃあ、何よ?」
あ、とても世間話できるような雰囲気では無いですね。
それもこれも、私が招いた災難なんですが・・・
まあ、一応謝っておきましょう。
「千奈さんごめんなさいみんなに日程が今日の旅行券渡したのは私ですそれではさようなら」
「おいこら待たんかい」
できる限りの早口で、読み上げるように謝り、その場を立ち去ろうとしたのですが、無理でした。
捕まれた左腕に爪が食い込んでいます。
痛いです。
逃げようとするほど、食い込んできます。
「あのー、千奈さん。爪が痛いのですけど」
「そりゃ痛いでしょうね。だって立ててるから」
(えー、そりゃ私が悪いのはわかってるのですが)
「あ、でも、お客さんが来ないお店とかどうやって経営していくんですかね。ほら、よくあるじゃないですか。隠れ家的なカフェとか・・・」
私はなんとか、話をそらそうと試みます。
「何がでもなのか、文脈が全然わからないんだけど」
怒った千奈さんは妙に鋭いところを突いてきます。
いえ、切れ味はいつも通りなのですが、何でしょう。
ナイフを奥まで刺してきます。
しかもおなかの中でぐりぐりされてますよ。
「まあ、考えてみればそうよね。こんな忙しいお店じゃない、静かなところで働いてみたいなー」
ぐるぐる回していた言葉のナイフを、今度は刃を上に向け切り上げてきます。
もう、胃の内容物がぐちゃぐちゃです。
もんじゃ焼きみたいになってます。
もんじゃってます。
「アハハ・・・そうですよね。私もああいったところで働いてみたいです」
今なら、怒られている人がヘラヘラ笑ってしまう心理わかる気がします。
これは、体験した人にしかわからないと思うので、わからない方は、怒られたときに笑ってみましょう。
「千奈ちゃーん、こっち注文おねがーい」
千奈さんはご主人様に呼ばれます。
彼女は私にまだ言い足りなさそうですが、渋々注文を取りに行きました。
「それで何?隠れ家的カフェに憧れがあるの?」
大分、客足が落ち着いた頃、千奈さんが語りかけてきます。
もしかして、まだ根に持ってあのときの言い訳を掘り返してきているのでしょうか?
恐ろしい子。
「別に他意があるわけじゃ無いわよ。完全な嘘って訳でもないんでしょ?」
「確かにそうですが・・・はい」
「店長って資産が相当あったはずだから、売り上げ無視で趣味の店を開けたと思うんだけど、なんでなんだろね」
初耳の事実を今、知らされました。
本人に言われて無いのに、知ってしまって大丈夫だったのでしょうか。
私が、そうやって悩んでいると、察したのか千奈さんが「今のは秘密ね」と言ってきました。
「やっぱり、言ったら不味かったんですね・・・」
「みんな知ってるからそういうわけでは無いと思うんだけど。ほら、常識的にね」
「でも、本当に不思議ですね。のんびり屋さんのマスターが、わざわざ忙しい日々を求めるなんて」
千奈さんも同意して来ます。
「よく考えたら、あいつまともに働いて無いわ」
普段のマスターを思い返してみると、確かに大抵の場合、少女漫画読んでニヤニヤしています。
メイド長が居るときは、彼女に蹴たくられるので、働いてそうな雰囲気は出していますがそれがばれて絞められていますし。
「これは、経営方針を見直させるべきね」
私もそう思います。
思うのですが、マスターなりの考えがあるのかもしれません。
「理由を聞かずに、意見を押しつけるのはいかがな物でしょうか。仮にも雇い主ですし。あれでも私達のマスターですよ」
「うーん、そうかなー」
千奈さんは納得いかない様子です。
私は自分の単純な興味もあって、電話を掛けてみます。
その先はもちろんマスターです。
[ハイ、モシモシ。どうかシマシタカ?」
脳天気なマスターの声。
さぞ旅行を楽しんでいることでしょう。
「マスター、このお店をやってるのって、大勢のご主人様を喜ばせたいからですよね?」
私は強引に質問します。
と言うか、そうであってもらわないと困ります。
[いいえ、違いマスヨ]
そ、そうか。もっと崇高な考えを、お持ちなんですよ。
きっとそうです。
[ワタシは一生懸命仕事する、メイドさんが見たいんデス。そのために、お店やってるまでアリマス]
【リータ・セレーナ(マスター)】
「あれ?電話切れてしまいマシタ。電波が悪いのでショウカ?」
それにしても、突然の電話いったい何を伝えたかったのかよくわかりませんでしたネ。
もしかして、何かの緊急事態かと焦りましたが、何事も無かったみたいでよかったデス。
「心配しててもしょうがないデスシ、続きのジオスポまわりマショウカ」
この後、店長は何も知らないまま、観光を楽しんだという。
店に帰った時、どういう結果になったかは言うまでも無い。