迷宮と始まり3
大会当日、大会参加者は各ゲームセンターで事前に取得していたIDを照会し、LabOのタイトルロゴが模られたタトゥーシールが貼られる。
大会参加者専用のこのタトゥーには高密度の微細マシンが導入されており、それによって大会専用エリアへのログイン情報の確認や大会参加者のメンタルヘルスチェックなど一同に行うそうだ。
楽は手の甲に貼られたタトゥーをまじまじと見つめながら、いよいよ大会が始まるということに胸を躍らせていた。
周囲を見渡すと女子中学生から中年の男性、と年齢層は様々であった。
大会はインターネットを通じてどこからでも見ることができ、勿論このゲームセンターでも観戦を行うことができる。そのためか、普段は人で溢れかえることなどないこの場所も大勢の人で埋め尽くされ、楽にとってそれは若干の煩わしさを感じさせる。
大会を前にしたゲームの簡単な説明がスタッフによってされ、いよいよゲームがスタートする。
楽を含め、大会参加者が一斉に筐体に入り、ログインした。
「一位になってやる!」
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「すごい人だなあ」
クラレたちは、拠点<エナ>の迷宮入口に集められた。周囲を見渡すと直前までいたあの場所の数倍の人数がいることが、指を折らずとも分かった。
人の多さに煩わしさを感じていると、いつもの声が聞こえてきた。
「よっ、"8位の無口少年"」
「マオさん、やっぱり出場するんですね」
「もちろんだよー、あなたに負けるわけにはいかないよ」
多少馬鹿にされた気もしたが、話を進め、大会について話しているとマオは不意に手を腰に当て振返り、大剣を見せてきた。
「その装備って」
クラレが大剣の説明をしようとした矢先に、マオが言葉を重ねた。
「よくぞ、聞いてくれましたとも!一度情報があがったのに、その後一切音沙汰のなかった伝説の大剣。その名も"水魔剣アリエス"!!」
「まだ聞いてないですよ」
「まあまあ、細かいことはいいじゃない」
すごいでしょと念を押してくるマオに辟易しながらも、解析情報はあれど、一切見つかっていなかった武器であり、クラレはゲーマーとしてその武器の性能に興味津々であった。武器生成がAI化されたこのゲームでは、デザインこそ同じであれ、全く一緒の武器は一つとしてないのだ。
「――とまあ、こんな感じで。つまり最強かな」
「すごすぎる…」
自身の持てるどの武器をも凌駕する性能にクラレは唖然とした。
その後もどや顔を披露し続けるマオに嫉妬し、ランキング入りをするようにけしかけていると、フィールドが暗転し、場内アナウンスが響き渡った。
『大変長らくお待たせいたしました。これより、ラビリンス・オンライン全国予選大会を開催します』
場内アナウンスでは今回の大会の概要、ルールなどが淡々と説明されていく。
「現在装備しているもののみ持込可で、あとは現地調達。フィールドは既存。全員ランダムマップに配置されての同時スタートっと」
マオがアナウンスを複勝し脳内にメモするように宙で手を動かし、ルールを整理する。
「大方リーク情報通りだったわね。」
ある人はルールを聞きストレージを漁り、あるものはアナウンスの言葉を呑み込み出発までの心構えをし、最後の賞金配当の説明を傾聴していたそのとき、アナウンスの声色が変わった。
『最後に、この賞金への対価はここにいるプレイヤー、総勢5万人の命となっております』
一瞬にして会場が静寂に包まれ、空気が重く、そして冷たく圧し掛かる
『……非外科治療用生体遠隔マシン。表皮から侵入し今あなたたちの体内を巡り、あなたたちの「死」を待ち望んでいるものの正体です』
「あ……あの時の」
プレイヤーのひとりが手を震わせながら、何もない綺麗な手を見て、今ここにはない、現実世界ではあるであろうものを思い出し地面に膝を落とす。それがタトゥーを指していることは明白だった。
クラレとマオも周囲に続きアナウンスの言葉を、現状を、現実を一つひとつ理解し、絶望していく。
『ログアウト、大会の棄権を行うかどうかは、各自に委ねられています。ただし、マシンは既にあなたたちプレイヤーの中にあることは変わりませんが。』
『なにも怯えることはありません。ゴールに到達するだけです。いつもどおり、深層を目指し。』
ふざけるなと数人のプレイヤーが騒ぎたて、次第に罵声が大きく騒がしくなるが、アナウンスの主は意にも介さず、淡々と残りの説明を続ける。
罵声が遠のき周囲のノイズと混じるように、絶望し、立ち竦んでいるクラレにマオが肩を力強く叩いた。
「クラレ」
「"人生はどちらかです。勇気をもって挑むか、棒にふるか。"」
「"8位の少年"はどっちなんだい」
震えた声でマオは問いかけた。その声から彼女も畏怖し、今にも絶望しそうなことがわかる。しかし、自分とは違う。彼女は自分が押しつぶされそうな中でも先生のように振舞い、挫けそうな人を助けようとしているのだ。
「僕は……」
「君は勇気に溢れた、可能性に満ちた存在だよ。私のことを置いて行っちゃうくらいにね」
クラレはまだ震えている手に、足に力をいれて立ち上がり、彼女の顔を見た。
やせ我慢をしている彼女は酷く儚く、それでいて綺麗だ。
ランキングだけ、自分の満足感だけを充実させ、何も成長できていなかった。
レベルを上げ、深層に進み、自分は成長できていた気がしていた。
彼女を超えたと思っていた。
彼女の力になりたい。そう願った。
アナウンスの言葉を思い出し、乖離された世界との繋がりを探す。
深層を目指し、ゴールに到達する。それだけが自分たちに残された生き残る唯一の術なのだ。
迷宮攻略こそが今すべきことであると、クラレはアナウンスに項垂れるプレイヤーを背にし、マオと歩き出す。
「二度目ですね。助けてもらったのは」
「まだまだ足りないくらいだよ」
そう言うと、彼女はニッと笑って振り返り、一歩一歩慎重に迷宮へと進んでいった。