迷宮と始まり1
急がなければ。
彼は終礼のチャイムの数分前に机から顔を上げ、教材を片付け、教員の終わりの仕草を捉えたところで廊下を駆け出し、チャイムを背中で受け止め、一目散に学校を後にした。
正門を抜け、大通りを駆け抜け、交通量の少ない交差点を左へ曲がり、人気のない路地を進み、到底営業しているとは思えない建物へと足早に向かう。
――ゲームセンター
そこが彼の最近の拠り所であり、ストレスの発散場所でもあった。
ゲームセンターといえば、一時期は、家庭用ゲーム機や携帯端末の猛躍進によって若い人の所謂「ゲーセン離れ」が進み、経営困難に陥り閉店してしまう場所が増えていた。
しかし、そこに一石が投じられ、今や世界的人気を博すこととなったアーケードゲームが登場したのである。
そのゲームこそ彼、和暮楽がプレイしているVR脱出RPG『ラビリンス・オンライン』通称LabOであった。
LabOは脱出ゲームとRPGの二つの要素を持っており、複数のクラスと呼ばれる職業を選択し、迷宮に現れる敵を振り払い、時には謎を解き、鍵を見つけて使うことで迷宮を脱出する。
基本的には迷宮と呼ばれるダンジョンをクリアしていくゲームではあるのだが、いくつか差別化されている点として、AIによる装備生成・迷宮生成とリアルマネートレード(RMT)が積極的に行われている点があげられる。
また、レベルシステムを導入しているが、レベル差による純粋な戦力差はなく、装備にはレベルによって装備できる武器や防具、装飾品が決まる【装備レベル】が設けられており、良い装備ほど難易度の高い深層の迷宮で生成され易い傾向がある。
そのため、プレイヤーはRMTのため、より深層にチャレンジするために、こぞってレベルを上げながら新たな装備を見つけようとしているのだ。
「今日こそ次の迷宮に進んでやる」
穴場であるこの場所では大人気ゲームといえど、台に僅かに空きがあったため、楽はすぐさま大型筐体の中に入り周囲の機器を身に着け、電子の海へと潜る――
「大会前だからこんな時間でも人が多いな」
学生の特権を利用し早い時間からログインしたものの、拠点〈エナ〉には大勢の人がいた。週末に開催される、大規模な大会を前に各プレイヤーが集っているのであろう。あるものはレベルを上げるため、あるものは装備を獲得するために、迷宮へと進んでいく。
週末の大会は全国大会を前にした、予選大会ではあるものの賞金が懸けられていることもあり、大勢のプレイヤーが大会へ向け準備しているのだ。
「今日は良いアイテムが取れるといいな」
迷宮探索成功の祈願をしつつ準備をしていると一人のプレイヤーが話しかけてきた。