09
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「梨音さん、畦地さんと付き合い出したの?」
「うん」
珍しくひとりでいるところに聞いてみた。
彼女は意外にも真面目な顔でそう返事してくれた。
「ねえ里見、私は君枝に相応しいかな?」
「さあ、そんなの私にはわからないわよ」
でも、あの子が受け入れたのならつまりそういう意味で求められているということだ。
そこに文句を言っても仕方がない、彼女を否定するということは畦地さんも否定することになってしまうから。できることはおめでとうと言ってあげることだけだ、それぐらいで留めておけばいいだろう。
「いまさらだけどさ、里見って君枝にそういう気持ちなかったの?」
「心配だっただけよ、あなたみたいな子に付きまとわれて元気なさそうだったから」
「実際その通りだったからなにも言えない……」
「畦地さんに感謝することね」
「ね? いつまでそれ続けるの? 私たちはもう友達だよね?」
こうすれば大抵の場合は乗り越えられる。
普段のあれだと勢い負けすることも出てきてしまうから楽なのだ。
というか純粋におめでとうって言いづらい!
彼女のことはもう認めているはずなのに畦地さんが無理しているだけじゃないかと思えてしまう。
が、そんなことをしてはならないという難しさ、なんたって畦地さんの方から付き合おうと言ったのだから。
「……梨音さんは――」
「梨音でいいよ」
「梨音は馬鹿だよね」
「えぇ……」
「だ、だって、無理やりなんてだめに決まっているのに」
あの時なんて解放されて泣いていたのに。
気づけばふたりが仲良くなっていて、そのうえで恋人になってしまっていた。
テストでも結局負けてしまったし……梨音になにもかもが負けていることが悔しい。
「しかも脅すなんて最低!」
「正直、脅したのは最初ぐらいだけなんだけど……」
「脅すこと自体が最低だよ!」
「うん、それは反省してるよ」
ちが……責めるために来たわけではない。
言うんだ、常識がある人間として。
ちゃんとおめでとうと言わなければならない。
「あ、梨音っ、阿木さんになに絡んでるの!」
「ご、誤解だよっ……私が話しかけられただけ!」
そうか、別に梨音に言わなければいいのかと気づいた。
やはりこの時点でこの子には勝てないということだ、悔しい……。
けど良かった、すっかり元気で年相応な笑顔だった。
1年と2年の6月まで酷い顔をしていたからなあと。
「ふむ、でも特に目新しいことってないよね」
「それは確かにっ」
「いいんだよ、君枝さえいてくれれば特になにもなくたって」
「まあ、そうだね。梨音もいて、阿木さんや円花もいてくれれば楽しいし」
私たちの名前を出してくれたのが純粋に嬉しかった。
「畦地さん――君枝、おめでとう」
「ありがとー! 里見にそう言ってもらえると嬉しいよ!」
友達として支えていければいいと思ったのだった。
「君枝先輩」
みんながいつの間にか名前で呼び合っていたので少し調子に乗ってみた。
それでも君枝先輩は怒らずに「畦地君枝ですっ」と笑ってくれた。
「君枝先輩、あの時は嘘をついてすみませんでした」
「あの時?」
「……梨音先輩に何度もされたって」
「あー、1回だけだったんでしょ? それでも良くないことだけどね」
あれがファーストキスだったから余計に嫌だったのだ。
しかも好きな人に振られた日だったから……。
「次にそんなことをしたら絶対に許さないけどね」
「ふふ、君枝先輩は変わりましたね」
「うん、表情筋も力を取り戻してきたしね」
過去のことなのに割り切れずに生きていた私とは違う。
私の比ではないぐらい自由にされていて、あんなに絶望しているみたいな雰囲気を出していた人だとは思えなかった。いまはいつでもにっこり笑顔、ひとりでいたいからなんて言わなさそうな感じ。
「ごめんね、梨音が勝手して」
「君枝先輩が悪いわけでは」
「ちゃんと管理しておくからさ」
真似したいわけではないけれど梨音先輩ぐらいの強さがあったのなら。
たった1度のそれで諦めずに何度も頑張ろうとできたかもしれない。
君枝先輩みたいな強さがあったのなら。
先輩のそれはそうするしかなかったみたいなものだけど。
「梨音先輩は最近大人しいですよね」
「あー……」
ん? なんでこんな複雑そうな顔をするんだろうか。
「外で大人しくできたら……って約束なんだよね」
「あ、そういうことですか、管理しておくって」
「うん、学校とか外で我慢させる分、家では……だけどね」
だからああいう目で見ているんだなと納得がいった。
いまだって教室の外から私たちを見ている梨音先輩。
「もう君枝っ、なんで円花と楽しそうに話してるのっ」
「当たり前だよ、円花は大切な友達なんだから」
「私の弟、里見、円花と仲良くって見境なさすぎだよ」
「あなたがそれを言うのは違うと思います」
「ほらっ、円花もこう言ってるよー」
「ぐぐぐ……」
君枝先輩には言えないのか私を睨んでくる梨音先輩。
その先輩の頭を撫でて落ち着かせる飼い主みたいな君枝先輩。
中学の時とは真逆だった、寧ろ昔からこうだった方が自然に見えるぐらいだ。
「円花、これからもよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「しょうがないから私も一緒にいてあげる」
「はい? 君枝先輩だけでいいですが」
「なんで!?」
なんでってこの人自分がしたこと忘れているのだろうか。
これだからいじめっ子とかは困るのだ、なんてことはないように接してくるから。
だけどいじめられっ子と立場が逆転することもあるんだなとふたりを見て思った。
「ま、君枝先輩がいるならあなたともいてあげますよ」
「偉そうっ、後輩のくせにぃ!」
「後輩だからって関係ありませんよね?」
「わかったわかったっ、ごめんって……」
「わかったのならそれでいいです」
これからもこのふたりを見ていこうと決めたのだった。
ここで終わり。
読んでくれてありがとう。