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07

「それでどうしたの?」


 なるべく答えやすいように聞いてみた。

 が、変に急かしたりしないように会わないと決めていたのにこれではあんまりだ。

 有井さんが連れてきたのか、それとも本当に梨音の意思でここに来たのか。

 それともその意思さえ洗脳しているからなのか、私はわからないことだらけ。

 ひとつ言えるわかっているのは彼女の表情が強張っているということだ。

 つまりそれは私を恐れているということに繋がるのではないか?


「特にないなら中に入るけど」

「……どこ行ってたの?」

「円花とアイス食べてたよ、今度4人で行きたいって円花は行ってた」


 梨音が私を拒むのならそれは一生叶わないことでもある。

 でもまあ、いちいちそういうことを言うわけにもいかないからあったことだけを説明。

 あと1ヶ月ぐらいは必要かな、それでもまだ来てくれたのなら洗脳――とは証明できないか。

 時間が経っても刷り込まれたもので戻ってしまうみたいだし、うーむ、どうしてこうなったのか。

 やられていた時は一緒にいてなんて言ったことはなかったんだけどな。

 なんならひとりになった瞬間に吐いてたし、ま、悪口とかは特に言っていなかったけどさ。


「中入る?」


 頷いたので手を優しく掴んで中に入れたまでは良かったんだけど、こういう優しさを見せるのもDVをしている人間みたいで引っかかってしまっていた。

 どうしてだ、私がされていたのにまるで加害者みたいな気持ちにならなければならないのは。

 梨音が苛められていた人間みたいじゃないか、どうしたらいいのかわからないよ。


「アイス、私も食べたかった」

「阿木さんたちと行ってくればいいよ」

「……君枝は?」


 梨音が良ければ行くと言いかけて――ああもう! どんな対応をしても悪者みたいになる。

 だからといって冷たくすることなんてできないから、「あそこは好きだよ」とはぐらかしておいた。

 面倒くさいなあ、自分で自分の足を引っ張ってるよこれじゃあ。

 じゃあ逆にはっきり言ってやればいいんじゃないのと己の内にいる悪魔が囁いてきたから彼女の両肩をそれはもう強い力で握りしめた。

 逃さない、離れさせない、だって梨音と上手くいかないと=として阿木さんや円花ともいられなくなるんだから、それは嫌でしょって話だ。


「梨音、私の側にいて」

「え……」

「土下座でもなんでもするから側にいてっ、梨音がいてくれないと困るの!」


 それだけじゃないことはわかってほしい。

 洗脳されているのでも、逆に洗脳しているのだとしてもどうでもいい。

 いまのうわーって感じを早く終わらせたい。


「もしいてくれるなら気持ちいいことだってしてあげるよ」

「そ、それって……キス以上のこと?」

「う、うん、気持ちいいことってそういうことじゃない?」


 なあに、私たちは別に初めてってわけじゃないんだ。

 キスだってそこら辺のビッチさんよりもしたことがある、経験値だけは高いし。

 あくまで決めるのは梨音だけどね、言いたいことを言えたから私は黙って見ておくことにした。


「あ、でもそこだけで判断しないでね、友達の延長線でそういうこともするってだけだから」

「友達……のままなの?」

「……じゃあ梨音にその気があるなら付き合おうか」


 好きでもない人間にキスしてしまうような歪な人間の梨音と、あれだけ嫌悪感を抱いていたはずなのにあっという間に考えを変えて受け入れようとした歪な人間の私。

 中身が綺麗な子と付き合うよりかは自然な気がする、本当は選べる恋というものをしたかったけどこの際細かいことはどうでもいいや。


「……土下座はしなくていいから抱きしめて」

「いいよ、それぐらいなら」


 あれ、昔と違ってちょっと細くなった感じがするかも。

 向こうから抱きしめてくることはあってもこちらから抱きしめたのは初めてだった。


「私、君枝といたい」

「うん」

「さっきまで家の前で考えてたんだ、でも、ぎこちないままは嫌だってことしかなくて」

「私もそうだよ、あのふたりにも迷惑をかけるからね」


 自分が原因でなくても様子がおかしかったりしたら気になるだろうから。


「返事は焦らなくていいから、これから夏休みだってあるんだしね」

「え、いまのが答えだけど」

「こんな言い方はあれだけど、えっちなことをするからいてくれてるの?」

「ち、違うよ、やっぱり君枝といたいって思ったんだ」

「今日の学校での様子はおかしかったね」

「うん……それは確かに私でもそう思うよ、なんか怖かったの」


 完全に被害者と加害者の会話じゃん。

 なんでこうなったんだろうねえ、依存させてしまうなにかがあったとは思えないが。


「でも、さっき会った瞬間になくなった」

「もしかして怖くてインターホンを鳴らせなかったの?」

「うん、恥ずかしい話だけど……」


 なんだそりゃ、あの4年間の強気な態度はなんだったんだよ。

 そういえば私、解放された時に泣いたけど、あの涙はどちらの意味だったんだろう。

 知らない内に私も依存していて、それを自覚していないアホな私に呆れて涙を出したとか?


「それにアイス食べたかった、里見にしていたみたいにあーんってしてもらいたかった」

「今度行ってすればいいでしょ」

「だけどその前に、キスしたい」

「えぇ、いきなりそれ?」

「き、君枝が言ったことでしょ!」


 初な恋人同士がするわけではないのだからサクッと済ませてしまう。


「……君枝からしてくれたの2回目だ」

「大胆に行けば終わるって知ってたらもっと早くに終わらせてたけどね」

「でもさ、結局こうして一緒にいるよ?」


 結局やばいのは私でしたで終わってしまうのは嫌だなあ。

 とはいえ、やばいのは事実だからこれ以外には言いようがないと。

 とにかく無理やりはだめだ、そんなことをするぐらいなら真っ当な手段で仲良くなった方がいい。それは当然のことであり、男の子だろうと女の子だろうと守られなければならないことだった。

 難しいのは暴力を振るわれたりしていた場合に親とかにすら相談できなくなることだろうか。

 そうすると心がすぐにやられてしまう、私がそうじゃなかったのは本当にたまたまのことだ。


「中学の時は好意とかなかったんでしょ? なんでキスとかってことになったの?」

「わからない、それだけは考えてもずっとね……」

「本当は好きだったんじゃない?」

「あ、それは自惚れだよっ」


 あれだけしておきながらよく言うよ。

 しかもひとりだけ楽しそうだったからね。


「なんか今日は疲れちゃった、だから寝てもいい?」

「いいよ」

「君枝のベッドがいい」

「だからいいって、私はお昼ご飯を作って食べるけどね」


 変な時間に美味しいアイスを食べてしまったせいで余計に食欲が湧いている。

 それをひとり食べながらちょっと後悔していた。

 勢いで付き合うとか言ってしまったことを、こういうところが屑だなあと。


「やっぱりリビングで寝る」

「梨音、さっきの話は無理しなくていいからね」

「まだ言ってるの?」

「夏休み全部使って考えてよ」

「それならずっと一緒にいないとね、そうしないとわからないし」


 私も食器を洗ってから寝ることにした。

 寝れば大抵のことは忘れられる、少なくとも整理したい時には最適だ。

 だからすぐにすかーすかーと寝て、夕方頃に目を覚ました。

 隣にはまだすやすやと梨音が寝ている、起こさないように立ち上がって洗面所に移動。


「うーん、表情筋戻ってきたかな?」


 梨音たちといるようになってからは笑うことも増えたはずだが、鏡の中にいる私の顔はなんとも言えない表情をしていた。

 気持ち良く笑いたい、この際梨音と付き合えて良かったと思いたい。

 そう考えているはずなのにまだ足を引っ張る感情がある、しかもロックがかかっているようなそれが。

 なにをどうしたらこのロックを解いて気持ち良く向き合えることができるだろうか。

 この際いっそのことやることを全てやってしまった方が吹っ切れたりするだろうか。


「君枝……」

「あ、おはよ」


 うん、一緒にいられることで安心感は得られるんだ。

 抱きしめると温かさに直に触れることになるからダイレクトにそれがわかるし。

 でも、梨音にとってはいいことじゃないから喜べないでいるということがわかった。

 彼女の選択肢をこちらが勝手に減らしてしまったことになる。

 甘い報酬をちらつかせて側にいるようにするなんてだめだろう。

 先程はとにかくうわーって気持ちが晴れればいいと思っていたのにこれ。


「ご飯作るから食べてよ」

「……私は君枝といられればいい」

「なら部屋に行く? 特になにかをするわけじゃないけどさ」

「うん」


 ああ、逆に狭い空間に連れ込んでどうする。

 それでも大人しく付いてきてしまうのが彼女で、部屋に移動するのに時間はかからなかった。


「梨音はさ、私に洗脳されてるんだと思う」

「そんなこと……」

「だってそうじゃなければこんなすぐに戻ってこないでしょ?」


 私となぜいるのかと我に返ったその翌日にもう戻ってくるなんてそれしかない。

 だから私は解いてあげなければならない、私の側にいなければならないという暗示を。

 そのため、何度も洗脳されているということと、○○でしょ? という指摘を繰り返した。

 ――が、その度に彼女の抵抗感が強くなっていくだけだった。


「そんなこと言わないでよっ」


 と、逆に悲しそうな顔で言われて黙ることしかできなくなって。

 なんとも言えない空気が部屋に充満していく、それでも帰らないのは……どうなんだろうね実際に。


「いまからしよっ、それで洗脳じゃないってわかるよ!」


 私は体から力を抜いてベッドに寝転んだ。

 問題なのは梨音のそれが本当かどうかであって、こちらは拒絶しようとはしていないからだ。

 今度はお互いに合意のうえでの行為――ま、あまり過激なことはなかったけど。


「……ど、どうだった?」

「わからないよそんなの」


 そういうことををしたからと言ってそういう影響がなにもないというわけじゃないし。

 私は梨音を連れてお風呂に入ることにした。


「ね、ねえ、受け入れたってことは君枝は嫌じゃないんだよね?」

「嫌じゃないよ、だったら付き合うなんて口にしない。私が気になっていたのは梨音が本当に私といたいのかわからなかったからだよ」

「一緒にいたいってっ」

「……もうわかったよ、いいから入ろ? このままじゃ風邪引いちゃう」


 彼女が去らない限りはそういうつもりなんだなと捉えていこう。

 気にならないわけじゃないけど悲しそうな顔を見るのは嫌だったから、自分のせいだけど。


「後出しでずるいけどさ、中学生の時から君枝のこと好きだったのかもしれない」


 まあ嫌いな人間にあんなことはできないだろう。

 おまけに意地でも離れないといった執着度、そういうのがあるから学年1位になれるのかもね。


「だってさ、君枝に去られたくないって思ってたんだから」

「私も同じかもね、なんだかんだ言っても梨音にいてほしかったのかも」


 というか道連れにしたかったみたいな?

 これだけしておいてくれながら捨てんじゃねえよってね。


「じゃあちゃんと告白してからにしておけば良かった?」

「だね、無理やりはだめだよ」

「……君枝じゃなかったら捕まってたかもね」

「ありがたく思いなよ? 梨音を殺して私も死のうとしたことだってあるんだからね」

「うそ!?」


 そりゃそうだ、辱めを受けたら人は平静ではいられない。

 しかもそのうえで脅し&同じことの繰り返しだ、下手をしていたら潰れていてもおかしくなかった。

 そうなっていなかったのは要所で梨音も甘かったからだ、誕生日プレゼントを買ってくれたりね。

 まあ暴力を振るわれても戻って来てしまう女の人ということになっちゃうけど。


「怖ぁ……」

「怖いのは梨音だよ、『おい、聞いてんのかよ』とか言っちゃってさ」

「だって君枝が聞いてくれないから……うぅ、ごめん、もうしないから殺さないでぇ」

「殺さないよ、寧ろ長く生きてくれないと恨むから」


 それが彼女にできる唯一の償いだ。

 先に死ぬなんて許さない、そういう時がきたら一緒に散ってあげよう。


「あ、私はヤンデレなのかもしれない」

「ひぃ、やだぁ、まだ生きたいよぉ」

「だから殺らないって」


 栄養管理とか一緒にしっかりやらないとな。

 交通事故とかにも遭わないようにしっかり見ておかなければならない。

 その前に私がすることは解消を求められないように頑張ることだけど。


「梨音ってなにが好きだっけ?」

「え……? あー、お寿司が好きだよ?」

「それなら今度回転寿司に行こっか、私もイクラ食べたくなってきたし」


 他にも玉子にイカにマグロにサバに。

 高くなくていい、リーズナブルな回転寿司でたくさん食べるのだ。


「おぉ、何皿が目標?」

「8皿!」

「私はラーメンとかうどんも食べたいなあ」

「えぇ、回転寿司に行ってそれ?」

「いや、本当に美味しいから! 今度食べてみるといいよっ」


 お風呂に入ってする会話がこれかと苦笑。

 しかも先程まで――私はなにもしていない、だから無問題!


「なら私の目標が達成された時にはマッサージをしてあげるよ」

「あ、それなら背中とかしてほしいな、椅子に座っていると疲れちゃってさ」

「うん、任せて」


 ふくらはぎも意外と疲れたりするからしてあげようと考えている。

 かかととか太ももとか足にはどうしても体重がかかるからそういうところは念入りに。

 あとは前にもやったが肩とかは大事だろう、肩が凝っていると他が疲労することもあるから必要だ。


「確約してあげるから肩を揉んで、ガチガチでさ」

「いいよー」


 ああ、ちょうどいい力加減で落ち着く。

 そうだよ、やらしいことをするだけが恋人同士というわけじゃない。

 こういう軽いスキンシップ的なものでも十分心地良さを得られていた。


「でもさ、目標達成でなんでマッサージ?」

「あなたにだけの専用マッサージですから」

「あっ、それって……」


 しーとなにも言わせないでおいた。

 そう焦らなくても確約すると口にしたのだからちゃんとやるからさ、と。

本編はここで終わり。

読んでくれてありがとう。

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