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06

 テストが終わったことによってあくまでいままでの日常が戻ってきた――のだが。


「あー、梨音はまだ来られないみたいなんだよね」


 中学生の時に好きだった女の子となぜかふたりきりでいた。

 なぜか家を知られててリビングで待ってもらっているという状況になる。

 なのにこういう時に限ってペットである梨音がすぐに来られないというのだから嫌な話だ。

 ペットならすぐに来い! というかなんで今日に限って甘えてこないんだよっ。


「あなたに用があってここに来たんです」

「は、はあ……」


 そりゃそうだろうねっ、そうじゃなければ私の家になんて来ない。

 梨音に用があるのなら直接あの子の家に行くことだろう。

 うぅ、やだやだ、また気持ちが悪いとか言われたら発狂するよ?

 下手をすればぶっ壊れて梨音をめちゃくちゃにしちゃうかもしれない。

 簡単に言えば「も、もうやめて」って梨音の口から吐かれるまでする。


「で、気持ちが悪いと言ってくれたあなたがなんの用?」

「私、悪いと思っていませんよ、だって目の前でキスされたら気持ち悪いじゃないですか」


 やっぱり梨音が言っていたのは大嘘じゃん!

 そりゃ謝るわけないよねっ、だって実際に目の前でやるなんて有りえないし。

 私だってそんな変なプレイはしたくなかったよ、でもしょうがないじゃん、逆らえなかったんだから。

 つか、それならなんでいまさら私になんて会いに来たんだこの子。


「それに同性同士とか有りえないですし」


 うぐっ、同性を好きな人間に向かってなんてことを。

 しかも目の前のあんたを好きだったんだぞっ、内心では大暴れだった。


「ぐふぅ……そ、それでなんのために来たの?」

「特にないです、たまたま通りかかって『あ、気持ち悪い元クラスメイトの子の家だ』となっただけで」


 性格悪いなっ、ここだけは梨音の言う通りだ。

 あの時目の前でキスしていなくても可能性はなかったことがわかる。

 危ない危ない、たまには梨音もいいことをするものだと評価を改めた。


「君枝ー」

「あ、梨音だ」


 1秒でも早く味方がほしいから出ようとしたら腕を掴まれて動けなくなった。


「出ないでください」

「は? いや、気持ち悪い人によく触れるね」

「あの子だけはだめです、お願いします」


 嫌だよ、そんなの守れるわけがない。

 しかもなにを好き好んで悪口を言われるためにふたりきりでいなければならないという話。


「はぁ、開けるの遅いよ」

「来るのが遅い! 私のために早く来てよっ」

「しょうがないじゃん、委員会の仕事があったんだから――って、なんでその子がいるの?」


 それはこっちが聞きたいぐらいだった、なんなら帰ってもらいたいぐらいだ。

 明らかに声のトーンを下げた梨音と、先程からうつむいてしまっている有井さん。


「出てって、ここは私と君枝の家なんだから」


 いや、私と両親の家だけど。


「相変わらず気持ち悪い者同士一緒にいるんですね」

「は? 君枝のこと悪く言ったら怒るよ?」

「巻き込んだのはあなたでしょう? 畦地さんの顔が日々死んでいたのはあなたのせいですよね? それでよく言えましたねそんなこと」


 彼女の言っていることはなにも間違っていない。

 すごい、けど、気づいていたのならその時に言ってほしかったね。


「なにも言えない……」


 ああ、すっかり負けムードになっている。

 でもまあ終わったことだ、いまさらその話を持ち出したってしょうがない。

 私はしゅんとしている梨音の頭を撫でて「もう大丈夫だよ」と吐いておいた。


「洗脳されているんですね」

「違うよ、だからこれ以上悪く言わないであげて。いいよ、私は気持ち悪いままで」


 これ以上言うなら帰れとも言っておく。

 逆にそういうのを利用して可愛がる立場になれたのだから文句はない。

 欲情――というか発情時の彼女の顔はやばいけど、私の腕に抱きついて体を震わせている時なんかは凄く可愛いのだ。歪な形だけど私が必要とされているのが大きい、誰にも求められない人生は悲しいから。


「それに同性同士もそこまで悪くないよ、あ、キスとかの話じゃなくて普通にね」

「……気持ち悪いです、さようなら」

「うん、気をつけてね」


 別に彼女もそうであってほしいなんて思わないからね。

 あくまでノーマルではないことは私でもわかっている。

 押し付けないから、そちらもまた押し付けないでほしいと考えた。


「梨音、来てくれてありがとね」

「君枝ぇ」

「大丈夫だって。もう責める気はないよ、円花だってそうでしょ?」

「うん……普通に話してくれてる」

「だからそんな顔しなくていいよ」


 飲み物を渡してソファに座らせる。

 委員会の仕事で疲れたのならということで肩を揉んであげることにした。ちょっと偉そうだけど。


「お疲れ様」

「まあもう夏休みだからね、それまで色々あるだけだよ」

「終業式まで?」

「うん、毎日ある」


 その点こっちは終業式の日までぼけっと過ごせるからいい。

 そもそも半日で終わったりする日ばかりだからというのもある。

 上手くコントロールして梨音はあれを学校で発生させる頻度を下げているし、至って平和な毎日だ。


「だから夏休みになったらたくさん遊ぶけどね」

「誰か一緒に行ける子いるの?」

「え、里見とか円花とかかな」

「いいね、楽しんできてね」


 そういえば親友レベルになったらキスするとか言っちゃったんだよなあと。

 いやでも難しいか、友達レベルなら現状で既に達成できているだろうけどね。


「君枝は気持ち悪くないからね?」

「別にいまさら気にしないよ、最近屑だってことがわかったぐらいなんだから」

「屑でもないよ」

「まあいいから、梨音には関係ないことだから」


 嘘です、結構ダメージを受けています。

 やはり冷たい言葉を吐かれるのは慣れない。

 普通じゃないだ、気持ち悪いだ、屑だって考えても受け入れられない自分がいる。

 だったらそう考えなければいいという話ではあるが、そういう風にしておかないと潰れると思う。

 まだ自分は○○だから~と考え方を変えていた方が気楽なのだ。

 仮に悪口を言われてもダメージを半分ぐらいまで減らすことができるから。


「……私のせいでごめん」

「いいって」


 悪口を言われたのはあれが初めてというわけでもないし、なんなら先に梨音に言われてたし。

 私がいいって言ってたんだから出さないでほしい、じゃあ呼ぶなよという話だけれども。

 こういうところが屑なんだと思う、相手にそうじゃないよと言ってもらえることを期待している。


「今日は大丈夫?」

「あ、うん、今日は大丈夫そう」

「そっか、じゃあ送るよ」

「え……」

「えって、あとは帰るだけでしょ?」

「やだ、今日は全然いられてないんだから一緒にいたいよ」


 とはいっても、特になにかしてあげられるわけじゃない。

 彼女のアレがあったから続いているようなものだ。

 だってすっきりさせてあげないと辛そうだからと側にいただけ。


「ならなにかしたいこと言ってよ」

「え、あ……そう言われると特にないかも」

「でしょ? 私たちって普通の友達じゃないんだよ、梨音の気持ちが抑えられなくなったら解決できるように手伝ってあげるだけでね」


 その証拠に、まだふたりで出かけたことすらない。

 アイスを食べに行ったのだってあくまで彼女は裏技を使用したようなもの。


「え、じゃあ……それ以外では一緒にいる意味ないってこと?」

「そもそもできることなら好きな人に手伝ってもらうべきだと思う」

「……迷惑ってこと?」

「そうは言ってないけど、阿木さんや円花と仲良くした方が有意義な時間を過ごせるってことだよ」


 私より優秀だし美人だったり可愛くていい。

 そもそも相手のことをペット扱いしているやばい人間だし。

 優位になれたからって優越感を感じている人間でもある。


「私、なんで君枝といるんだっけ」

「きっかけは物を隠したことだったよ」

「そっからなんでこうなったんだっけ」

「わからない」

「なんで私、君枝にこだわったの」


 わからないよそんなの。

 中学生時代の自分だったら絶対に拒絶している。

 

「私、君枝のこと好きじゃないのにキスとかしてた……」

「うん」

「……帰る、なんか頭の中がごちゃごちゃしてて……」

「うん、送っていこうか?」

「い、いらないっ、じゃあ……」


 なるほど、洗脳されていたのは逆に彼女の方だったと。

 加害者のようでそうじゃなかったんだな、だから有井さんも私に言ってきたと。

 だからって自分が加害者とは思えないけどね、本当にあの時間は嫌だったし――って、


「過去の話を出しているのは自分か」


 それで毎回梨音に謝らせてしまっていた。

 そりゃあんな顔になるよなと、なにするかわからない相手を自由にしていたってことだし。


「まあいいか、これで梨音も普通に戻れるでしょ」


 私が普通じゃないことぐらいわかっている。

 付き合う相手を変えれば良くも悪くも影響が出るわけだし、楽しくやってほしいと思ったのだった。




 たまにはということで円花を誘って出かけることにした。

 とはいえ、高校生の行けるところは限られているからアイス屋さんを目指して移動する。


「今日の梨音先輩はおかしかったです」


 よく見てるんだな。

 確かに私が行くと固まっていたからね。

 そのせいで阿木さんや円花といたのに戻る羽目になった。


「またなにかあったんですか?」

「なんにもないよ、私が普通じゃないから怖くなったんでしょ」

「普通じゃない、とは?」

「円花も気づいて距離を作るかもね」


 阿木さんだって時間の問題かもしれない。

 そうなったらひとりぼっちか、弟くんだって嫌だろうしなあ。

 まあいい、いまはアイスを食べに行くことが優先だ。

 平日でも変わらずに混んでいる施設内の2階にあるフードコートで食べられるアイス。

 別にもっと歩けば独立した店舗があるんだけどね、さすがにそこまでの熱量は注げないし。


「今日は来てくれてありがとう」

「特にないですからね」

「うん、円花がいてくれるとありがたいよ。でも、依存しちゃうからあんまりひとりでは来ないでね」

「矛盾しているじゃないですか」

「まあ、今度からは複数人で行こうって話だよ」


 まだみんなが受け入れてくれていたらだけど。

 あれだけ執着してきていた梨音があの様子だ、ふたりは余計に影響を受けると思うんだ。

 だからそれまではせめて楽しく過ごしたいと考えているのだ、高校生として。


「はい、ちょっとあげる」

「ありがとうございます」


 あ、こっちも普通に直接だった。

 私は経験値が高すぎるから気にならないが、円花とかは気にしないのだろうか?


「美味しいです、ここを利用したことはどれぐらいありますか?」

「阿木さんと1回行っただけだよ、それ以外は毎日梨音に付きまとわれてたから」


 洗脳していたのは自分の方だってわかったけど。

 逆らえない風を出していただけなのかもしれない。

 や、当時は本当に怖くて怒られるから無理だったんだけどね。


「梨音先輩ですか」

「もしかして気になるの?」

「近くであんな様子を見せられたら気になります、逆に畦地先輩は気にならなかったんですか?」

「別にそれで円花が嫌な目に遭っているわけじゃないでしょ。安心してよ、あの感じが続くなら行くのやめるからさ、3人で仲良くしてくれればいいから」


 結局あとは全て梨音次第だ。

 私は私らしく生きるしかない。

 話しかけられたら答えるものの、行くのはやめた方がいいと考えていた。

 そもそも汚い云々で最初はそうだったのにね、弱い心が温もりを求めてしまったのが悪い。


「梨音先輩は我慢できなくなると思いますよ」

「そうなったら受け入れるよ」

「つまりあの人に任せているということですか?」

「うん、そうだね」


 そりゃひとりでいたいなんて心の底から思えるわけがないじゃないか。

 来てくれるのならありがたいよ、……あの求めてくれていたのは嘘かもしれないけど。

 いまはとにかく余計なプレッシャーとかをかけないようにするしかない。

 阿木さんや円花といられたら梨音だって落ち着くだろうからね。


「畦地先輩は強いですね」

「違うよ」

「いえ、私からすれば十分強いです」


 よくわからない後輩ちゃんだ。

 私が寧ろあの子を加害していた側だったのならもうちょっと話は簡単なのになあ。

 でも実際は逆で、私が他者から見れば被害者だった。

 が、最後の梨音の様子を見ていると違うということがわかったいうことになる。

 アイスはすぐに食べ終わってしまったので歩きながら話すことになった。

 円花はいい子だ、少なくとも円花といる時は嫌な気分になったりはしない。

 大きくではないが笑ってくれるし、意外と可愛らしい反応を見せる時もあるから。


「今度は里見先輩と梨音先輩も誘って行きましょうね」

「梨音が行くかな?」

「行きますよ、畦地先輩が誘えば」


 私が理由でいまこうして離れ離れになっているわけだけど。

 本当のことをぶつけたら円花は友達ではいてくれなくなるかもしれない。

 後にそうなることは確定していても自分からは壊したくなかった。

 騙しているようで悪いけど我慢しておくれ……。

 必ずそちらに悪影響がないようにするから、普通に戻れないようであれば行かないから。

 責任を取るってこういうことではないだろうか? 責任を取らずに逃げようとしているようにも捉えられるかなこれじゃ。


「ま、まあ、梨音に任せてるわけだし」


 いたくないならちゃんと言ってから去ってくれればいい。

 それさえ守ってくれれば私としては文句はなかった。

 側にいてくれるということなら今度こそちゃんと友達になりたいと思う。

 ま、あの様子だとそれもなさそうだけどね、だからって拒む必要もないし。


「畦地さん」


 家の前で話しかけられた。

 よく気持ち悪いと思う相手と話せるなと私は思う。


「この人知っていますか? あなたの家の前で行ったり来たりを繰り返していたんですけど」

「え、あ、うん」


 だってその子、梨音じゃん。

 なんでそんなわざとらしい反応を見せるんだろう。


「それならあなたに任せますね」

「わ、わかった」


 彼女はそのまま去ってしまった。

 残された私たちは数分の間、アホみたいに家の前で突っ立っていたのだった。

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