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05

 なんだかあっという間にテスト週間及びテスト本番が終わってしまった。

 返ってきた答案用紙を見て安心する、苦手な数学もなんとか65点は取れたようだから。

 が、結局阿木さんは梨音には勝てなかったらしく悔しそうな顔をしていた。

 円花は目標より5つも上の25位だったらしい、私が50位だから普通に素晴らしいな。


「お疲れ様」

「うん、阿木さんもね」

「うぅ……でも悔しいわ」

「次もあるよ」


 簡単にいかない方が燃えるというものだろう。

 私は学力で勝ちたいとか考えたことがないから気持ちがわからない。

 お疲れ様会ということで帰りにファミレスでゆっくりすることになった。

 でも、円花はいても梨音がいない、やはりテストは口実だったのかもね。


「それ美味しいですか?」

「うん、美味しいよ、円花も頼んでみたら?」

「そうですね、たまにはそういうのも良さそうです」


 味がわからないのに美味しいと嘘をつく。

 平気なんかではなかった、私はいつだって嘘を重ねている。

 もしあの子のあの顔、態度、吐き出した言葉が梨音の指示によるものなら。

 暇があるとついつい考えてしまっていたのだ、もしそうなら追い詰められるよなと。

 好きな子から冷たい態度でこられたら絶望する、でもそこに理由がどうであれ側にいてくれる子が来たら? そりゃ依存するよなと、どれだけ酷いことをされていても側にいてくれるのならって。


「畦地さん?」

「あ、聞いてなかった、ごめん」

「いや、梨音さんが来たんだけど」


 どっちかが呼んだのかな。

 いまの状態だとフラットに対応できないから円花の奥に座らせてもらう。

 ただ梨音が近くにいるというだけで手汗が止まらなかった。


「危なかった、里見に負けるところだったから」

「なにが危なかったよ、あなたは1位のくせに」

「でも里見は2位じゃん」

「はぁ、あなたに負けるのは屈辱だわ」


 円花は「2位を取れれば十分ですよ」と呟く。

 確かにそうだ、将来学者とかになりたいのでなければ努力しすぎても仕方がない。

 なにより順位を競うために頑張るのは違うと思う――と、人並みの努力しかしてない私は内心で呟く。


「円花はどうだったの?」

「25位です」

「おぉ、十分だね」

「あ、いま里見先輩の気持ちがわかりました、むかつくので足立先輩を叩きます」

「ちょちょっ、ちょっと待ってぇ!」


 ぐぅ、テストの順位が低すぎてここにいるのが恥ずかしい。

 しかも自分から自分の退路を絶ってやんのー、……冗談言っている場合じゃないけどさ。


「畦地先輩は何位でしたっけ?」


 ああ、円花は意地悪な顔をしている。

 既に教えてあるのにどうして、どれだけ残酷なことをしているのかわかっているのか!?


「35位……かなー」

「50位ですよね?」


 もうやだ……そもそも私が来るのは間違いだったのだ。

 だってこの3人ほど努力してない、赤点を取らなければいいと低い目標だった。

 問題なのは私が誘ったことと奥を選んで抜けられないことか。

 大人しく静かに座っておこう、変にアクションを取るよりかはマシだろうから。

 3人はもう仲良くなっていて私抜きで盛り上がっていた。

 その間も意地悪だけど優しい円花がジュースを注ぎに行ってくれたりして幸い手持ち無沙汰にはならなかったけど、それでもお腹にどうしたって限界がくるわけで。

 どうしても耐えられなくなってトイレに逃げ込んだ結果、戻った時には阿木さんも円花もいなかった。


「ふたりには帰ってもらったんだ」


 彼女はお金を払うと言ったようだがふたりが聞いてくれなかったということも教えてくれた。

 もし私がふたりを誘っていなかったら最初からこうなっていたということか。


「君枝、私があの子といた時、気づいていたのに声をかけてこなかったよね?」

「梨音が誰といようが自由だから」


 あからさまに迷惑をかけているとかでなければ止めたりしない。

 何度も言うが誰といようと彼女の自由だ。


「なに話してるか気にならなかったの?」

「なにその顔」

「顔? あ、もしかして笑っちゃってる?」


 調子に乗らないと言っていたのはなんだったのか。

 やはり全て私を騙すために言っていただけなのか?

 全部口先だけだったと、興奮だってしていないのにわざと演じてみせたと。

 それを見てやれやれと呆れていた私を笑っていたと、実はそうだったのかな。


「でもそれはしょうがないよ、だって明らかに無理してる顔してるんだもん」

「帰る、お金はここに置いておくから」

「わぁ、待って待ってっ」


 それでも私が飼い主だ。

 私がやられることで周りに被害が出ないということなら構わない。

 時には厳しく対応する必要もあるということだな、今回それがよくわかったよ。


「とりあえず学年1位おめでとう」

「ありがと!」

「話はそれだけだから、それじゃあね」


 惨めな思いになったから家に帰ってゆっくりしたい。

 どうしてそれなりに努力してテストを無事に終えられたのにこんな気分にならなければならないのか。


「待ってっ、まだ一緒にいようよ」

「今日は勘弁して、もうちょっとマシな時にして」

「ちょ、なんか勘違いしてない?」

「別に、それじゃあね」


 それにしてもすごいな、宣言して実際に取っちゃうなんて。

 なかなかできることじゃない、なのにアホを演じることができる人間は怖いな。

 気づけば拒絶どころか受け入れようとしていた、私の弱い心は簡単に影響を受けてしまった。

 彼女の浮かべる表情には効力というか魔力がある、弱者はいつも喰われて終わるだけ。


「これまで必死に我慢していたんだから離れるなんて無理だよ」

「……どうせ騙そうとしているくせに」

「違うよっ、あの子とはたまたま会っただけだから」


 浮気をしている男の子みたいなこと言ってる。

 

「どうせまた酷いことするんでしょ」

「しないってっ」


 ふんっ、今度は簡単に騙されないんだから。

 先程からへらへらしていて説得力もないし、有りえない。

 言いなりになっていたらまた昔みたいになりかねないから気をつけなければ。


「あの子が君枝に謝りたいって言うからさ、必死に止めたんだよ。だって謝られても過去は変わらないんだから、その点については私も同じなんだけどさ」

「嘘つき、もう信じないから。ふたりで協力して私が梨音に依存するようにしたんでしょ」

「え、なんの話?」

「そうやってどうしようもないぐらいに追い詰めてさ、梨音だけしか側にいてくれないという風に判断するよう仕向けたんでしょ!」


 語彙がないから自分でも正しく言えているか不安になった。

 ああそうだよ私は簡単に騙される馬鹿な女だよ、でもだからこそ自衛しなきゃならない。

 4年間の間は全然安心感なんて得られなかったけど、最近になってそう思えているのがその証拠。

 どうしようもないぐらい依存してしまっているのだ、酷いことをされたとか考えておきながらも。


「もうやめてよ! 私ではもう十分に遊んだでしょ!」


 彼女優位な関係に戻ってしまったら終わりだ。

 少なくともそういう風にだけはしてはならない。


「えーっと、君枝は誤解しているだけだと思うけど……」

「誤解じゃないもん、テストを口実に離れようとしたんでしょっ」

「してないよ、だって一緒にいたら絶対に甘えちゃうでしょ?」


 それだって本当かどうか怪しいものだ。

 演技でそういう風を装うことができてしまう。

 彼女は人を騙すのが上手いからなおさら余裕のことだろう。


「さっき笑ってたのはさ……その、また君枝といられるからだよ」

「知らないっ」

「君枝がだめって言っても行くからね、今日までめちゃくちゃ我慢してきたんだから」


 阿木さん、彼女はこういう人間なんだよ。

 表面上の様子だけで判断してしまったら痛い目を見る。

 事実それで彼女は負けてしまった、別に手を抜いたわけじゃないはずなのにだ。

 相手を油断させるのが上手いというか、相手に「うっ」と躊躇わせてしまう力があるというか。

 それで仕方なく受け入れたところを後ろからバッサリと切って笑う暗殺者みたいな感じ。


「どうせ梨音は悪者だもん」

「うぐっ、否定はできないかなあ……」

「付いてこないで、家に帰ってゆっくりするんだから」

「私も行くよ」


 すっかり思考がダークモードに染まってしまっている。

 私が中二病であったのなら最高だっただろうなと現実逃避をしていた。


「なんでいるの?」

「行くって言ったけど」

「はぁ……」


 鍵を開けて少し待つ。

 こちらを不思議そうな顔で見てくる彼女がむかついて屋内へと蹴り込んでおいた。


「いたた……ちょ、暴力反対」

「うるさい、文句があるなら帰れば?」

「帰らないよ、今日もまた泊まるから」


 私は早めの夕食作りを始める。   

 その間もこちらに来てぺらぺらと喋ってくる梨音にむかついて手伝ってもらうことにした。

 あまりに濃い味付けにして両親が倒れても嫌だから、そうこれは両親のため。

 終わったらまだ食べないし入浴も早いから部屋に行く。


「君枝ー、ほらほらここに転んで」

「私の部屋なんですが?」

「知ってるよ、いいから転んで」


 すごいな、嘘の笑顔を浮かべることができて。

 そのスキルがあれば少なくとも他人を不快にさせることは少なくなるかも。

 まあ胡散臭いことこのうえないけどね。


「君枝もお疲れ様」

「……別に梨音たちほどやってないし」

「それでもだよ、これは純粋な気持ちからの言葉だからね?」


 騙されてくれてありがとうって純粋な気持ち?

 ……寛容でいられない自分が酷くださいと思った。

 顔を見られたくなかったから枕で覆う。


「君枝……」

「私は弱いんだよ……」

「終わったら君枝と仲良く過ごせると思えたから私は頑張れたんだけど……」


 そう言われても……どうせただの口先だけのことだ。

 私にはわかっている、こうして弱ったところに優しくして依存させるって。

 

「帰って……」

「無理、そんなのできない、だってこのまま帰ったら君枝は私と一緒にいてくれなくなるでしょ?」

「なんでずっと意地悪するの……」

「してないよ、私は君枝といたいだけ」


 だってあの子が謝りたいなんて言うわけないじゃん。

 それに楽しそうに話してたもん、会わせないようにするだけなら喜はいらない。


「君枝、顔を見せてよ」

「……ああもう勝手に見ればっ」

「じゃあ失礼して」


 え、寂しそうな表情をしていると思ったのになんだこの顔!


「言ったでしょ、もう我慢できないんだって……」

「……本当にないの?」

「ないよ……騙そうとなんてしない」


 ああ、だめだなあ、明らかに弱い人間だ。

 これすら計算かもしれないとか考えておきながらうぐっとなってしまった私のが私。


「手、握って」

「……我慢してなよ、私の心を弄んでくれたんだから」

「無理だってっ」

「それだけ元気なら大丈夫大丈夫」

「君枝ぇ……」


 というかこれ、円花でも同じことできそうな気がする。

 手を握ってあげるだけですっきりさせることができるなら私でなくてもいい気が。

 おまけに円花だって彼女のこういう顔が見られれば仕返しができたと思えるだろうし。


「いまから円花を呼ぶね、それで代わりにやってもら――」

「だめ……君枝じゃないとすっきりしないから」

「ほら、試してるんじゃん……」

「いや、一緒にいる時にわかるんだよ、ちなみに君枝の側にいるとムラムラ度がどんどん上がってくよ」


 嬉しくないうえに普通に話せてるからやはり偽りだ。

  

「ムラムラって言うけどさあ、私は別に裸でいるわけじゃないんだけど?」

「君枝はいるだけで相手を欲情させてしまう性質なんだよ」

「おやすみー」

「だめ!」


 面倒くさいから手をかなり強く握った。

 これだけで反応を見せるってどれだけ敏感なんだろうか。

 胸や首筋や耳、そういうところに触れたら酷いことになりそう。

 まあこの前耳にやっちゃったんだけどね。


「はい終わり、おやすみー」


 彼女の息が私の背にぶつかっている。

 それも何度も、まるで本当の獣になってしまったかのよう。

 

「……本当になにもないからね?」

「もうわかったよ」

「というかさ、嫉妬してくれたってこと?」

「違う、あの子と一緒にいたからそういう作戦だと思っただけ」

「そんなことしない、調子に乗らないと言ったことは守っているつもりだよ」


 彼女は「だから距離を置いてたんだ」と吐く。

 私が自衛しようと行動していたように、彼女もまた自制するために行動していたということか。


「こっち向いて」

「ねえ梨音」

「うん?」


 もし全てが私の被害妄想だったとしたら。

 それはかなり恥ずかしいことをしたと思うし、彼女の言う通り嫉妬だったのかもしれない。

 私をこのような風にしておきながら捨てるのかと、依存率がやばい、本当にどうしようもないぐらい。


「仮にどこかに行くんだとしてもちゃんと言ってからにして」

「どこかに行くって、遊びに行く時とかにってこと?」

「ううん」

「あ、もう……だから離れたりしないって」


 別にそういうつもりじゃなかったけど胸の前で握っていた手を握られる。

 なんか違うんだよなあと、私が握られる側であってはならない。


「ちょ、また変な顔になってるよ」

「だ、だって2週間も我慢してたんだから……」

「はぁ、はいはい、手を握っててあげますからねー」


 やはり飼い主として手を握ってあげてる方が私らしくていいな。

 おまけであの時よりは気持ちがこもっている好きとも言ってあげた。


「……好きは反則だよ」

「私に好かれているようでいいでしょ?」

「ね、ねえ、さっきまでの感じと全然違うんだけど」

「ま、梨音が近くにいるならそれでいいよ、ペットが他で迷惑をかけてたら困るし」


 彼女はぬらりと上半身を起こす。

 そのままゆっくりとこちらを見つめてきて言った。


「ペット……私が君枝のペット――それなら別々に暮らしているのはおかしいよね? これはもう毎日一緒に寝ないとだめだよね? お風呂とかも一緒に入らないとだめだよね?」

「落ち着きなさ、いっ」

「あいたっ」


 はぁ、このペットの飼い主を続けるのは大変そうだ。

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