01
読み始めるのは自己責任で。
会話のみ。
過去作品とキャラ性が酷似。
私たちの歪んだ関係。
こうなったのは好きな子から借りた物を失くしたから。
本当に大切にしている物だったから必死で探した、が、隠していたのはこの子だった。
そこから脅される生活が始まったのだ、その大切な物を好きな子に返しておくかわりに。
「口を開けて」
彼女の鬱憤が晴れるまで自由にされる毎日。
抱きしめるやキスはもちろんのこと、最悪な日はその先のことまで。
いつからか抵抗する気も失せてされるがままとなっていた。
だって女の子と仲良くしてもやられる。
だって男の子と仲良くしようとしてもやられる。
だから私にできることはただ静かに生きるだけ。
そんな時に訪れた最初で最後のチャンス。
高校2年生になったことでクラスが別になったのだ。
それなのに私は臆して友達を作ろうと動けなかった。
もう好きな子は近くにいないのに、好きな子の前でキスされて壊れたのに。
いまでもまだこうして彼女の言いなりになっている。
少しだけわがままを言わさせてもらえるなら普通の恋がしたい。
が、もう汚れてしまったからできないという悲しさ。
「君枝、聞いてんの?」
感情が失くなってしまえばいいのに。
そうすればびくびくとせずに高校生活を楽しむことができた。
この子に対してフラットな気持ちで対応することができた。
なにより感情がなければこうして彼女が変なことをしてくることもなくなるだろう。
「おい、聞いてんのかよ?」
「……ごめん、聞いてなかった」
「もう、次からはちゃんと聞いてよ?」
「うん……」
友達も作れない、なにかをすればやられる、なにかをしなくてもやられる。
なんだこれ、どうしてこんないつでも詰みみたいな人生を過ごしているんだろうか私は。
「明日から学校でもするから」
「えっ?」
「なに? あ、もしかしてそんなに嬉しいの? もう、君枝ったらヘンタイなんだから」
そもそも家でだけではなかったじゃないか。
学校でだってしてくれていたじゃないか。
好きだった子の前でだって、私が好きだと知っておきながらわざと、丁寧に。
「それじゃ帰るね、明日からもよろしくー」
私はすぐに洗面所に移動して口の中を綺麗にした。
「気持ち悪い……」
特にキスが大好きなようだから困る。
男の子にでもしておけばいいのに、なんでまだ執着するのか。
最近は触れられた場所がすぐに赤く腫れて痒くなるようになった。
そのためそれを掻くことによりどんどん肌が汚くなっていくのを感じている。
「ふっ、まあいいや、どうせ醜い存在だし」
それに汚くなれば利用すらしようとも思わないはずだから。
早く捨ててくれればいい、そうすれば静かに端で生きていく。
私にとってはただそれだけが望みだった。
私はすぐに学校でもするとわざわざ言った意味がわかった。
時間さえあればトイレに連れ込まれて自由にされるのだと。
元々誰とも話せない私の心配なんかする人間はいない。
多分高頻度でトイレに行っているなとかぼっちだから教室が居づらいとかそういう風に判断されていると思う、まあそれでいい、どうせ知られたところでなにも変わらないから。
「あはっ、大きな痕ができちゃったねっ」
明らかにわかる首のところを噛んだり、耳とかを噛んできたりすることもある。
いつだって楽しそうで、いつだって彼女の側にいる私の目や顔は死んでいると。
別のクラスになってもこれだ、なにも意味がない、なにもする気が起きない。
「君枝ももっと笑いなよ、私たちはもう両思いみたいなものでしょ?」
「あはは……」
「そういう種類でもいいから笑ってなよ、真顔だと壊したくなる」
とりあえずお昼休みは乗り切った。
教室でやるようなタイプではないから教室は安息地。
授業中も同じだ、ぼけーっと過ごしているだけでいいなんてなんて贅沢な時間なんだろうか。
「あ。畦地さん」
畦地君枝――私は呼びかけられて固まる。
なにか係とかあったのにやっていなかったとかそういうのだろうか?
もしそうならいいけど変に気にされても困るのが実情だった。
「畦地さんってどうして教室にいないの?」
それはあの子に言ってほしい。
私だって好き好んでトイレになんか行っているわけではないんだよ。
もうなにも考えず旅行にでも行きたい。
死ぬのはごめんだから遠くでぱーっと発散するのだ。
そんな私もあの子を殺して自分も死のうと考えたことは1度だけではない。
あの子は私を壊してくれた、それならこちらもその権利があるでしょ?
だけどあの子を殺して犯罪者になるのはごめんだった、そんなことならいまのままでいい。
こんなに汚い自分にも優しくしてくれる両親に迷惑をかけたくなかったから。
まあそりゃそうだ、だって汚れていることを言ってない。
ばれたら同じように扱われる、私の大好きな子が言ってくれたように「汚い」って。
「畦地さんっ」
「ご、ごめんなさいっ」
「えっ?」
あ、そうだ、この子は同じクラスの阿木里美さんだった。
大きな声を出されたら即謝る癖が出てしまっている、ふっ、本当に惨めな存在だ。
「あ、さっきまでそんな傷なかったよね? なにかあったの?」
答えない、みんなにとってはなんてことはないことだから。
こんな面倒くさいの放っておけばいい、というか見られているんだな意外にも。
席に座っても阿木さんは聞いてくるのをやめない。
傍から見ているだけで責任感が強そうなことはわかっていたので違和感は感じなかったが。
それでもなにも喋らずにいたら彼女は席に戻っていった。
それでいいのだ、それが最善だ。
こちらに近づいたらあの子がなにをするのかわからない。
もう嫌なんだ、関係のない子に汚いと言われるのは。
汚いのは自覚しているからわざわざ言わなくてもわかっているから。
で、残りの時間は凄く平和な時間だった。
休み時間にも放課後にも来なかったから珍しく羽根を伸ばして帰っていた。
内面の汚さとは裏腹にうきうきで、いまなら空すら飛べそうな感じがした。
「ただいま」
残念なのは19時頃まで両親が仕事から帰ってこられないこと。
それも生きていくために必要なことだからしょうがないけど、こういう時にこそいてほしいと思う。
思い切り抱きしめることはできないものの、楽しく話がしたい。
――インターホンが鳴るまではそう思っていた。
「なに先に帰ってるの? いつまでも待っててよ」
現れたのはあの子、安立梨音。
家を知られている以上、ここが安息地だとは口が避けても言えないと。
勝手に帰った罰として、今日他にむかつくことがあったとして自由にされるタイムが始まった。
苦しい、気持ち悪い、されている間は真剣に消えたくなるぐらいで。
ビッチそうなんだからやはり男の子とやればいいのにって心底思う。
終わりかと思えばまたやられてを繰り返し、これを両親たちが帰ってくる少し前までやられるのだ。
「はぁ……その顔すてき」
ひとりだけ盛った馬鹿な動物みたいな顔をしていて。
こちらは嫌悪感からどうにかなりそうだというのに。
「ね、今日話してたのってお友達?」
違う、ただのクラスメイトだ。
ほらね、こうして見られているから返事をしなくて正解だった。
私もなかなか悪くない判断をした。
「そっか、お友達を作っていたのなら罰としてもっとやるところだったけど」
「……なんで私に拘るの? 私のことが好きなの?」
「はいぃ? そんなわけないじゃんっ、え、キスしてるからって好きだとか思っちゃったっ?」
良かった、好きなら真剣に気持ち悪くて目の前で吐いてしまうから。
「あ、やっぱり君枝ってヘンタイさんなんだ? 触られると声漏らしちゃうもんね」
聞いていないと怒るから下らないことも聞いておかなければならない。
まあまだ同性であることに感謝した方がいいのかもしれない。
よくわからない汚いおじさんにこうして触られてたら真剣に検討する羽目になるから。
「そろそろ帰るね」
「…………」
「なにか言ってよ」
「……うん」
「ふっ、許してあげる、じゃあね」
もう汚いなりになにもかも受け入れてしまえば嫌悪感もなくなるのではないだろうか。
私が無表情でいたり、わからないけど嫌そうな顔をしていたら余計に燃えるだろうし。
よしそうしよう、変に抵抗してやられるよりはいいからね。
「もう興味ないからいーや」
「え?」
「だからさ、もう興味ないからいいよ、誰とでも仲良くすればいいよ」
「なんで急に?」
「つまらないから、それにもう彼氏できたからお前の相手をしている時間はないし」
その結果がこれだった。
逆に積極的にいってたら約4年間のそれがあっという間に終わった。
え、だからつまりこれはその、解放されたってこと?
「不安なら紙に書いてあげるよ、お前に近づかないって拇印も押してさ」
「あ、じゃあ……」
「うん」
彼女は紙に『私は畦地君枝に近づきません』と書いて、なぜか持っていた朱肉に親指を押し付け、それから紙にも押し付ける。
「はい、ま、こんなのなくても近づかないけどね、じゃあね」
必死に我慢し続けたあの日々はなんだったんだろう。
廊下に馬鹿みたいに座って涙を流していた。
側を誰かが通っても止まらないそれに逆に面白くなったぐらい。
「畦地さんっ?」
解放されても私が汚い存在であることには変わらないから頭を下げてその場をあとにする。
いやでも救われた気がした、なんだよ、だったらもっと大胆にいってれば良かった。
寧ろこちらが相手を引かせるぐらいにいっていればここまで屈辱を味わわずに済んだのに。
「やったあ!」
拍子抜けしたけどこれで晴れて自由。
効力がどれぐらいあるのかはわからないけど近づかないという約束もしてくれた。
あの子は興味のない人間には態度を変えるから安全を約束されたに違いないという期待。
が、
「待って」
「え……?」
今度は阿木さんに捕まって帰れない毎日が続くとは思っていかなかった。
――いや、安立さんに比べればなんにも怖くない。
それどころか心配性すぎて損するのではなかとこちらが心配になるぐらい。
私がほとんど喋らないのが気になっているようだ、どうやら学校が怖いと勘違いしているみたい?
「声を聞かせてよ」
「あ……うん」
「良かった、人が怖いとかではないの?」
「怖い……ごめんなさい」
とりあえずいまは静かに生きたい。
だってこれで縛られることはなくなったわけだから。
協調性を見せておけば嫌われることはないから最低限は合わせて生活だ。
「……もしかしてなにかされてた? 男子? 女子?」
「なにもされてないよ、心配してくれてありがとう」
「ね、友達になろうよ」
「ごめんなさい、放っておいて」
優しくされると簡単に好きになってしまう。
厳しくはしなくていいけど放置していてほしい。
私もなるべく邪魔しないように頑張るから。
「あ、じゃあ友達じゃなくてもいいから話しかけてもいい?」
「やめて、阿木さんの時間が無駄になるだけだよ」
知ったら汚いと言われる。
わざわざ敵を増やすこともないだろう。
自衛するしかないのだ、だからごめん阿木さん。
「私、諦めないから!」
直前までになかった場所になにか変化があれば誰だって気になる。
赤くなっていたり痣になっていたり、そういうことはこれまでもあったから。
両親にも不審に思われたことはあるがなんとか躱して生きてきた。
今後はそれをしなくて済むというのは大きい。
あと痒くならずに済むだろうから肌の劣化も抑えられるし。
なんだかんだ言っても女だからそういうのは気になるもんだ。
「ただいまー!」
久しぶりにこんな大声を出した。
洗面所に行って鏡で確認してみると上手く笑えなくなっていることに気づく。
中学1年生からやられていたからだな、表情筋が衰えてしまっているみたいだ。
スマホで調べて少しずつ直していけるような手段を探した結果、あいうえおとゆっくり言うのがいいみたいで実際に実践。
楽しくなって続けていたら帰ってきた両親に笑われちゃったけどなぜか「良かった」と言われてしまって困惑することになった。なんでも全然楽しくなさそうだったから心配だったらしい、それで母が大袈裟に反応して泣くものだからついこちらも涙を流してしまったのが先程の話である。
「もう、大袈裟なんだから、私だって笑うよ」
阿木さんが来るようになっちゃったもののあんなことはしてこないだろうし。
あれでどれだけ大変な目に遭ってきたのかもう全部説明しちゃいたいぐらいだけどね。
でもそんなことを聞かされても困るだろうから距離を置くようにするしかない。
何度も言うが優しくされると弱いのだ、これまでがあんなんだからなおさらに。
早く興味をなくしてほしいと願い続けた。
「ねえ君枝」
近づかないとはなんだったのか。
やはり所詮口約束みたいなものかと諦める。
一気に体から力が抜けて驚いた、本能が勝てないとわかっているから無駄な抵抗もしないと。
「この前までごめん」
「え」
「いや、冷静に考えたら有りえないことをしていたよねって」
いや違う、これはDVをする人たちが使うテクニックだ。
改心したみたいなところを見せておいて結局こちらが向き直れば暴力を振るう。
「言いたかったのはそれだけだから」
「うん……」
「……それじゃあね」
私は彼女みたいなずるい女にはならない。
同情してもらいたいわけではないからいつまで経ってもひとりで良かった。
過ごしてみたらわかったんだ、ひとりでいられることの幸せに。
「畦地さん、来たよ」
あ、なら逆に真実を告げてしまえばいいのでは?
そうすれば近づくようなことはしないだろうと思って吐いた。
ひとりの時間を大切にしたい、人恋しくなったら未来の私が勝手に求めるさと任せて。
「……それってさっきの?」
「うん、中学1年生の時からね、だから離れな――」
――結果的に言えば同情してもらいたくて言ったみたいになってしまった。
この日から逆に阿木さんが来るようになってしまったのだ。
いやでもそうだよなと、悲劇のヒロインぶっているのは確かだから。
自分で責任感が強そうだと判断していたのに選択を誤ってしまったから。
「一緒にやろうよ」
例えば体育の時間。
ひとりでいるとあぶれてしまうから意外と助かる。
例えばお昼休みなんかは賑やかな教室の中、ひとりで黙々と食べなくても済む。
ひとりがいいとか言っておきながらこれ、だから嫌だったんだと内心で言い訳をしてみた。
「今日の放課後って暇?」
この前までは夜まで暇な時間はなかった。
必ず足立さんが来ていたし、それがなくても予習復習はしなければならなかったし。
こういう言い方をするということは出かけたいということだろうが……。
「暇だけどお金使いたくないから」
必ず相手を不快にさせてしまう。
そのくせ自分が被害者みたいな振る舞い方をするから嫌われる。
なにも足立さんだけが悪いわけではない、周りの子が悪いわけでもない。
原因は確かに自分にあった、そもそも好きな子から本当に大切な物を貸してもらったりしたことが良くないことだったのだ。
「それなら話そうよ、私、畦地さんに興味があるの」
「やめておいた方がいいって」
私は汚いんだから。
好きでもない、寧ろ嫌いな子と唇を重ねるような人間。
指示されて触れたことだってある、そういう行為は通常愛する者同士ですることなのに。
「別に同情したいわけじゃないよ?」
「別に同情されたいわけじゃないよ」
「ならどうして教えてくれたの?」
「あなたに嫌われたかったから、本当のことを吐けば離れてくれると思ったから」
けれど彼女はこうして私の側に残ってしまっている。
相手が足立さんみたいな子でも対応が大変なのに彼女みたいな子だったらなおさらのことだ。
だって強く言えない、優しいからだとわかっているのに冷たくできない。
おまけにひとりがいいとか言っておきながら嫌われたくないと考える自分がいるから。
本当に矛盾している、こういう自分が本当にださくて情けなくてどうしようもなくなるぐらいに。
「お願いだからもう私のことは放っておいて」
「そんなこと言ってるけどさ、私が行ったら安心したような顔するけど」
「…………」
それはこれまでやられてきた分、優しさに弱いだけだ。
大体、なぜこのタイミングなのかがわからない。
だってもう高校2年生の7月前だ、これまで動かなかった理由は?
いやまあ他人だから関係ないのは確かだが、このタイミングで動いた理由がおかしすぎる。
特に足立さんのことを知っているわけでもなさそうだし、なにが狙いなんだろうかこの子は。
「なるほど、そういうことをされた原因は畦地さんにもあったわけか」
「そうだよ、全部じゃないけど私が悪いんだから。ほらいま悪いと思ったでしょ? だから離れなよ、私のことは忘れて仲のいい子たちとだけ過ごせばいいんだよ」
元々あの好きな子とは1パーセントの可能性すらなかった。
あの子は友達の男の子が好きだったのだ、それも野球部のエースの。
そんな私がペンを借りられたのは何度もしつこく頼んだから。
その結果が足立さんに取られてそこから4年間自由にされたというものだった。
原因を作ったのはやはり自分だ、だから嫌いになればいい。
彼女は意外にもすぐに席に戻ってくれた。
当たり前だ、私が他人の立場だったら自分みたいな人間とはいたくないし。
それに仮に友達になれてもなにもしてあげられることがない。
笑顔を浮かべるのが部屋で汚れている自分にできることは不快にさせるだけかもね。
「あのー、畦地君枝先輩っていますかぁ?」
やって来たのは足立さんより派手な女の子だった。
明らかに友達になりたいとかそういう雰囲気じゃない。
その目で見られるだけで縮まりたいぐらいの迫力がある。
こういう派手な人は苦手だ、過去のことを思い出す原因になってしまうから。
「畦地先輩」
そりゃ話しかけるよなという話。
さて、どうしよう。
変にびくついても舐められるだけだが、隠せる自信がない。
「畦地――」
「待って、畦地さんになんの用?」
えっ、ああ、困っている人を見なかったふりできないんだろうな。
正直に言って格好いい、相手が誰だろうが物怖じしないそんなところが。
「私はただ友達になってほしかっただけですよぉ」
「あなたが? ここにいる畦地さんと?」
「はい、おかしいですかぁ?」
「おかしいわ、出直してきなさい」
驚いた、彼女はみんなが仲良ければいいのにというタイプではないのか。
よく見てみればかなり怖い顔をしているし、もし私が彼女を怒らせたらあれがこちらに……怖い。
「ちょっとぉ、あなたは畦地先輩のなんなんですかぁ?」
「私は畦地さんの友達よ、友達が怯えているのに許可できるわけがないでしょ」
そして勝手に友達になっていた。
ある意味最強の女の子だ、抵抗することが馬鹿らしくなるぐらいの。
「私はまだ諦めませんからねぇ」
あ、そもそもあの子が悪いのかどうかもわからなかったのに。
見た目だけで判断するのは失礼だった――って、私が大人な対応をできたら良かったんだけど。
「……ありがとう」
「はい?」
お礼を言えなくなったら人間として終わりだから気にするな。
私は当然のことをした、そう考えておけばいい。
阿木さんは席に戻っていったのでまたひとりの時間が訪れる。
窓際じゃないけどなんて幸せな時間なんだろう。
教室にいられることがこれほど嬉しいと感じたことはなかった。
「畦地先輩ぃ」
「え、えっと、あなたはなんで来るの?」
こうして休み時間毎に来るような子の目的を知っておいた方がいい。
さすがになんにも聞かずに拒絶するのはあれだし、その度に阿木さんに期待するのは違う。
「足立梨音先輩って知っていますかぁ? その人関連のことだと思ってくれればいいですよぉ」
足立梨音……関連のことって嫌な予感しかしない。
またあの毎日が戻ってくるのだとしたらと考えたら寒気がした。
が、特に私を苛めるとかそういうことではないらしく、「足立先輩を壊しませんかぁ?」と言う。
「こ、壊すって?」
「私もね、あなたみたいにされたんですよぉ、毎日毎日まーいにちねっ」
私は別に同じぐらいの苦しみを味わせたいわけじゃない。
もう放っておいてくれればいい、そして放っておきたい。
なによりそういう約束を交わしたんだ、近づくわけにはいかない。
「ごめん」
「そうですか、正直に言って意外です」
「意外?」
そんなに乱暴そうに見えただろうか。
仮に乱暴ならもうとっくに解放されるように動いているだろうけど。
「あなたは毎日死んだような顔をしていました、なのに本当に呆気ない終わりを迎えましたよね? だから私は復讐すると思ったんですがね」
「私はいまひとりでいたいんだ、それに復讐しても過去が消えるわけじゃないから」
私たちは歪すぎた。
一緒にいても片方の顔が死んているんじゃ友達同士のようには見えない。
そんなところをこの子も目撃していたんだろう、意外と見られていることに驚いたけど。
「……ですね、畦地先輩の言う通りな気がします、そもそもこれ以上あいつのために時間を使うほうがもったいないですね……」
「あなたは……どんなことされたの?」
私にだけしていたと思っていたけど同時に相手をするとは。
まさかたまに学校に遅くまで残っていたのはそういうことなのか?
「そうですね、キスとかはたくさんされましたよ」
「奇遇だね、私も同じだ」
「すごいですよねあの人、こっちが多分死んだような表情をしていても発情できるんですから」
彼女はなんてことはないように「屍姦とかできそうですよね」と呟いた。
そのような顔が彼女をより燃えさせたと考えればなんとなくわかる。
でも無理だ、好きでもない、寧ろ気持ちが悪いと思える相手にされて笑顔でいるなんて。
「ごめんね、聞いちゃって」
「大丈夫です」
「あ、あのさ、さっきまでの話し方はどうして?」
見た目が派手なのに落ち着きすぎて逆に困惑してしまう。
それにこれが仮に本当なら、私はそんな子を見た目だけで判断して恐れたことになってしまう。
「そういう風にしておかないと怖いんです」
「なら私は?」
「あなたは同じ被害者じゃないですか、他の人とは違いますよ」
被害者か、確かに他者が聞いたらそのように思ってくれるかな?
だけどこの子とは違う、私は自分で原因を作ってしまったのだ。
「あ、私は餘目円花です」
「私は――」
「知っていますから、また来ますのでよろしくお願いします」
「えっ、でも私はひとりで……」
「お願いします……」
私にそんな顔をしたって救ってあげられるわけじゃないのに。
汚い私に触れたらより闇が深くなっていくだけ。
仲間がいて嬉しいなんてとてもじゃないが思えなかったなあ。
相変わらずひとりにはさせてもらえなかった。
阿木さんも餘目さんもやって来る、なんなら平気な顔して足立さんもやって来る。
でも私は気づいてしまったのだ、他の子といる時に楽しんでいる自分に。
まあそりゃそうだよなと、だってこれまでずっとできなかったことだった。
多く会話でもしようものなら足立さんから罰としてたくさん自由にされる。
そんなのならどうしたって遠慮するしかなくなるわけだから。
「ここにいたんですね」
「餘目さんか」
彼女は私の横に座ってから「円花でいいですよ」と言ってくれた。
ただ当然弊害もあって、どういう風に踏み込んだらいいのかわからなくなっていた。
距離感に悩む、明らかなぼけにツッコんでいいのかとか、褒めてもいいのかとか。
「ここでもされたことがあります」
「私もあるよ」
長引かせたのは自分だけど。
最初から強気な態度でいければよかったのだ。
「あの、上書き……してくれませんか?」
「それはだめだよ」
「ですよね……でも、私と付き合ってくれるような子はいないと思います」
「私も同じこと思ってるよ」
他者からすれば私もビッチみたいなもの。
好きでもない人間とだってキスしちゃうんだからね。
本当に誰かを好きになった時に確実に問題となる。
なのに、私を自由に弄んでくれた足立さんはひとり楽しそうに生活していると。
復讐はしないけど気になるのは確かだった。
「意外にも落ち着きますよね」
「だね」
できることならここでずっとぼけーっとしていたい。
そうすればあっという間に学校の時間も終わって家に帰られる。
家に帰ったら大切で大好きな両親と話して過ごすのだ。
久しぶりに思い切り抱きしめたい気持ちでいっぱいだった。
でも、どうしても躊躇してしまう、汚してしまうと考えてしまう。
「あなたがいてくれて良かったです」
「それは仲間だからでしょ?」
「それもそうですけど、畦地先輩は人を馬鹿にしたりしないので」
そりゃそうだ、誰かを馬鹿にできるほど立派じゃないから。
まあそれを悪いとは思っていない、誰かを悪く言うのではなく良く言う方がいいだろう。
「だめだよ、簡単に人を信用したら」
「……でも、いつまでもそうしていたら寂しいじゃないですか」
わかる、だからこそ困るんだよなあと。
ひとりで平気とか考えておきながら求めてしまう。
そういうのを避けるために阿木さんと距離を作りたかったのに届かなかった。
私にも原因があるって言ってくれたじゃないかといつまでも考えてしまうのだ。
「私はそれでも誰かといたいです、それで必要とされたい」
「円花ならできるよ」
「そうなれるように頑張りたいです」
そろそろ教室に戻らなければならない。
なんてことはない、ただ授業を受けて帰るだけの時間。
変に構える必要もない、普通の態度でいれば怒られもしない。
これが幸せなはずなんだ、なのに人の温もりを求めてしまうのは弱い証だ。
「あ、おかえり」
「……放課後に時間ってある?」
「あっ、あるよ!」
「うん……後でよろしくね」
確かにそうだ、いつまでもひとりではいられない。
そういう人間は標的にされる、できることなら表面上だけのであったとしても仲良くしたい。
自分から自分の首を絞めるようなことをするのは馬鹿と言われても仕方がない話。
恐れるな自分と言い聞かせて席に戻り、とりあえずは目の前の授業に集中する。
終わったら来てもらうのではなく自分がら行ってみようとしたのだが。
彼女の周りにはたくさんの人がいてできなかった、同じクラスの生徒なのにここまで違うと。
「君枝」
「……約束を破ってばっかりだね」
「それはごめん、けどちょっといいかな?」
「……うん、いいよ」
なんだかんだいって足立さんといるのが1番落ち着くのはなんでだろう。
あ、冷たくしても問題ないからか、優しくないからこそできる対応もあるんだな。
こうして背中を見ながら歩くのも久しぶりな感じがする。
いや、懐かしさ的なものを感じちゃだめだろと自分に呆れていた。
彼女は私の中学生生活及び高校1、2年生の最近までの時間を壊してくれたんだぞ。
「君枝、友達に戻りたいんだけど」
「はい? そもそも私たちは友達じゃないでしょ」
「友達だよ」
じゃあなんでその友達にあそこまで酷いことできたの。
一方的じゃなければ私だって色々考えて行動したかもしれないのに。
相手を脅して自由にしたらそりゃ好かれなくて当然だ。
「もうやだよ……また同じようになるのは」
「しないよ」
「4年間もしておいてよくそんなこと言えるね!」
「落ち着……けはしないか、そうだよね、勝手なこと言っているのはわかってるよ」
本当なら仲のいい友達もできていたかもしれない。
部活にだって集中できて、高校も続けていたかもしれない。
だけどそれはあくまで想像上の理想の自分、現実はこんな感じで。
「彼氏さんができたのならその子の相手をしてればいいじゃん」
毎回思っていたことだ、なんで異性としないんだろうって。
いやまあ同性を好きになっていた自分が言えることではないのはわかっている。
それでも不自然だ、私にこだわり続ける理由がわからない。
「もう解放してくれたんでしょ?」
「……なら友達になってほしい」
「私にとってメリットは?」
「ない……かもしれない」
「じゃああなたにとってメリットは?」
「君枝といられること」
だからさあ、それならどうして私の言葉を全く聞いてくれなかったんだ。
ちゃんとこちらの要求も呑んでくれたら、好きな子の前でわざわざするようなことがなかったら多分違ってた。
「なんでもっと早くにできなかったの?」
「やめたら君枝が離れていくから」
「逆だよっ、あんなことしたから離れるんだよっ」
私より成績がいいくせにあほすぎる。
ああ、なんか逆に可愛く見えてきてしまった。
一周回って可愛い的な感じかな、くそぉ、いつまでも悩ませてくれるじゃないか。
「そ、それにほら、私は君枝が気持ち良くなるところも知ってるし」
「最低なこと言ってるからね? それでよく友達になりたいなんて言えたね」
「君枝が望むならしてあげられるけど?」
「そんなの求めてない、さっきの話聞いてましたか?」
「……だめなの?」
わー、だったら友達になってーなんて言えるか!
本当にぞわぞわして仕方がなかったんだ、いまでも触れられたら蕁麻疹が出ると思う。
試しに触れてみた結果、なんか手の平がすぐに痒くなった。
「ほら見て、足立さんに触れるとこうなるんだから」
「い、いつから?」
「もうずっと前からだよ!」
「そう……だよね、私は君枝に酷いことしちゃったもんね……」
うぐっ、そういう表情の変化に弱いことを知る。
ああ、あんなことをしないなら友達でいてあげるなんて言おうとした自分が馬鹿で仕方がない。
「あんなことはもうしないからお願いします」
「なんでそこまでこだわるの?」
「……あの日々は私にとっては嫌なものじゃなかったから」
「え、だからキスした時にあんな顔してたの?」
「いやー……それはあれだよ、最初は死んだような顔をしてても君枝がえっちな顔になる、ぶふぉっ!?」
そんなことは絶対にない!
さすがに騒ぎすぎたのか教室内から阿木さんがやって来て私と足立さんの間に立った。
ああ、なんだろうこの安心感は、やはり私はひとりでいるのが無理そうだと悟る。気楽なのは確かだけど。
「またあなたなの? 畦地さんに絡むのはやめなさい」
「嫌だっ、私は君枝の友達になるんだぁ!」
「だめに決まっているでしょ?」
「嫌だぁ!」
説教モードになると話し方が変わるのもいい。
ふん、足立さんはこれで少しは反省すればいいんだよと内心でべーっとしたのだった。