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男の娘は出張する

「詠流くん、里桜ちゃんの女心はわかった?」


 里桜とレイチェルのいなくなった店内で、まず最初に上がった声は水琴のものだった。


「いいえ、わからないです……」


 本当にわからない詠流。出会って二日。詠流にわかる事なんてほとんどない。


「詠流君。お金も払わないいたずらできているような鮎川お嬢様が出入り禁止にならなかったかわかるかい?」


 愛莉のヒント。


「悩みや問題や不満を心の中に抱え込んでいる女の子を現実から解放してあげる空間。迷える女の子が頼りに駆け込むところ」


 水琴もヒントを出す。


 ここまで言われれば、水琴達が言おうとしていることが詠流にもわかった。


「つまり、里桜さんもまた迷える女の子だということですね」

「そう。里桜ちゃんもまた助けを求めている女の子」


 ようやく得心のいった詠流。里桜は助けを求めていたのだ。


「でも、里桜さんまた来るんでしょうか……」

「うーん。こないだろうね」

「それじゃ……どうするんですか?」


 店に訪れてくれないなら、詠流が里桜に会うことはもう出来ないのだ。


「そんなの簡単よ」


 しかし水琴は特に問題にしてない。


「ところで零西さん。従者ヴァレットのレイチェルも今日は余裕がなかったようだ。持ち込みのティーセットを置いたままだ」


 愛莉が机に放置されているティーセットを片付けながらそういった。


 そして埜依に軽く洗うよう頼む。


「あら、それはなおさら好都合ね」


 水琴は何か思いついたように手を叩く


「詠流くん。明日出張ね」

「そうきましたか……」

「ティーセットを返しに行ってあげて。そのついでに里桜ちゃんとデートしてきなよ」

「いやいや、前者はわかるとして後者はおかしくないですか? そもそも愛莉さんとか水琴さんとか埜依さんとかが行った方がいいと思うのですが」

「だーめー。私が行ってもすねて会ってくれなさそうだし、愛莉ちゃんはレイちゃんと仲良くないし、埜依ちゃんがいくと道中でこけてティーセット割れちゃうし。消去法でも最適解でも詠流くんが行くのが一番なの」

「はぁ、なるほど。理由はわかりました」


 水琴と里桜は旧知の仲だと詠流は推測出来ていた。喧嘩別れのような形で会いにくいのだろう。愛莉とレイチェルは楽しそうにしてるように見えてたが、実は仲がよくないらしい。


 埜依が行くと、確かにティーセットが粉々になって届きそうである。


「でも、オレがいくのも無理ですよ」

「なんで? 里桜ちゃんに気に入られてたじゃん」

「いや、レイチェルさんに殺されますから」


 しかし詠流だって無理だ。里桜に近づいたら殺すとまでレイチェルに言われてるのだから。


「えっ、レイちゃんが? そんなまさか」

「いやマジです」

「そうなんだ。でも詠流くん。レイちゃんが忘れていったティーセットて里桜ちゃんのお気に入りなの。だからそのティーセットを人質にすれば、レイちゃんは詠流くんに手を出せなくなるから安全だよ」

「それてティーセット返したら抑止力なくなってオレ殺されそうなんですが……」

「うん。……あっ違う。だいじょうぶ。レイちゃんは里桜ちゃんを愛してるけど盲目じゃないから。私の人を見る目を信じて!」

「でも……」

「だいじょうぶだよ。私が見てわからなかったのは詠流くんが男の子だったということだけだから。それ以外は百発百中……かもしれないよ」


 かもしれないよ、と語尾で急に自信無さげに声のトーンを落とした水琴。


 水琴のその態度に大丈夫なのか、と詠流の不安は募るが、ここは水琴を信じることにした。


 詠流は紳士ジェントルマンになりたいのだ。女の子の頼み事は出来るだけ叶えてあげないといけない。


「もうわかりましたよ。明日行かせてもらいます」

「詠流さんがんばですよ!」

「ありがとうございます。埜依さん」


 愛莉に頼まれていた仕事が終わった埜依が詠流達がいる集まりの中に入る。


 埜依が何かやらかさないか身構えてた詠流だが、今回は問題なくたどり着いた。


 意識を埜依から水琴に戻して、疑問な点を尋ねる。


「零西さん。確認したいんですけど、里桜さんとは知り合いですよね?」

「そうだよ。いろいろ素直じゃないけど根はいい寂しがりやの女の子なんだよ。少し問題抱えていて……簡単に言っちゃえば、里桜ちゃんて詠流くんと同じなんだよね」

「えっ? オレと同じ? 何がですか?」

「家出してるところが」


 詠流も家出してきた身であるが、里桜も家出中だという。妙な部分で共通点があった。


「里桜さんてお嬢様ですよね? それで家出ですか」

「里桜ちゃん昔に人間不信になっちゃっててね。それで実家は使用人サーヴァントとかいっぱい人いるでしょう? それで里桜ちゃん家出したの」

「なるほど。それで家出ですか」

「うん。里桜ちゃんが小さい頃に亡くなっちゃったお母さんの誰もいない実家に逃げ込んだんだ。そこにレイちゃんが訪れたんだ。最初はレイちゃんも門前払いだったらしいよ」

「レイチェルさんが!? 今はあんなに信頼しきって心を通わせてる仲なのに」

「それはレイちゃんの愛のなせる技だね。レイちゃんの愛が里桜ちゃんに一定の妥協を導いたの。それから二人の新しい関係が始まったんだよね」

「新しい関係ですか?」

「主人と従者ヴァレットの関係だよ。私から出せるヒントはここまでだよ」


 水琴が神妙に口を閉じる。


「ボクからも詠流君に一つヒントをあげよう。鮎川里桜とレイチェル。二人とも、何らかのきっかけを必要としている。変わるためのね」

「それどういう意味ですか? 変わるためって」

「だーめ、家令ハウス・スチュワードである零西水琴が詠流くんに最初のミッションを与えます。里桜ちゃんとレイちゃんの間を取り持ちなさい。そして里桜ちゃんとデートして。そしてをまたここに連れてきて。これが出来たなら詠流くんの女心理解は大きく前進してるはずだよ」

「なるほど。どちらにしてもオレがいくしかないんですね……」


 里桜とレイチェルの間にある何かを詠流が解決し、引きこもってる里桜をデートに誘い、さらにまたここに連れてくる。


 詠流からするとどうしたらいいか皆目見当が付かないけど、とりあえず明日に里桜の元にまで訪れる必要があることだけはわかった。


 同時にレイチェルにナイフを突きつけられている未来も想像できた。


   ***


「ところでだ。詠流君」

「なんです? 愛莉さん」


 日の出を迎えて窓から朝日が注ぎ込んでくるすがすがしい朝。詠流が里桜の元に訪れないといけない朝。そんな朝に埜依の作ったおいしい朝食。それに愛莉がいれたブレンドティー、本場イギリスでモーニングティー用に生まれたイングリッシュブレックファーストの紅茶をミルクティーにして。


 一見優雅に見える朝食だったが、詠流の表情は少し硬い。緊張しているのだ。


「今のうちに今日の予定を確認しておこう」

「はい」

「まず鮎川里桜の家に押し入って鮎川お嬢様の身柄を確保する。この際の最大の障壁はレイチェルだが、ティーセットをちらつかせることで無効化できるはずだ」

「なんか犯罪の打ち合わせになってませんか! それ!」

「その後速やかに任意同行をこじつけ、近くのショッピングモールに連行。その場で鮎川お嬢様からの自白を導く」

「いやいや、今度は警察になってませんか!?」

「そしてここに鮎川里桜を召喚し、いろいろな状況を鑑みて法と直感に則り判決を下す」

「なんか裁判になってませんか! てか法てどんな! 直感でいいのか!?」

「詠流君、そう騒ぐな。つまりゴタゴタ考えるよりもとりあえず直感に従って動いてみることも大事だという事だ」

「滅茶苦茶わかりにくいですよ!」


 愛莉にからかわれる水琴の気持ちが少しわかった気がした詠流だった。


「でもよかった。緊張はとれたみたいだね」

「えっ。はい。そうですね。今からどうしようかと考えてもあまり意味ないですし」


 詠流はいつのまにか緊張がとれていた。愛莉に気遣われた事にうれしく思う。


「今日はボクも埜依君も詠流君のフォローに回るからね。困難にはみんなで協力して立ち向かう。それが仲間というものさ」

「愛莉さん!」

「ちょうど私もショッピングモールに用事があったところなのです。だから私も精一杯フォローさせてもらいますから、詠流さんがんばです」

「ありがとう。埜依さんも」


 愛莉と埜依が詠流に協力を約束する。まだ会ってから数日だったが、みんなといることは楽しくそして心が安らぐ詠流だった。


「ちょっとまったー。私は? 私は無視なの? 仲間じゃないの!?」

「零西さんは書斎で書類コミックを読むお仕事があるんじゃないですか?」

「どんなお仕事だよ! それって! 私だって何かしたいし」


 里桜の事を気にかけているのか、いつになく積極的な水琴である。


 詠流に仕事を押しつけたとしても、里桜のために水琴は何かしたいのだ。


「零西さんはお屋敷でみんなが帰ってくるのを待ってたらいいんですよ。やらないといけない事はたくさんあるでしょう?」

「言われてみたらそうだね。わかった。今日はお店はお休みにするね。愛莉ちゃんと埜依ちゃんは詠流くんのフォロー。私は里桜ちゃん達を迎える準備しとくよ」


 愛莉に言われてすべきことを見つけた水琴は指示を出した。


「そうなると、次の議題だね」

「次の議題ですか?」

「そう。詠流くんの服装」

「オレの? あっ、小綺麗な服でいきたいけど、オレそんなに服持ってないんですよね」


 詠流は私服といえば着てきた服と、大きなカバンに詰めてきた服ぐらいしか持ってない。その事に今まで失念していたのだ。まさかメイド服で外を出歩くわけにもいかず頭を悩ます詠流。


「メイド服でいってもいいけど?」

「それは断固拒否します」

「詠流くんがメイド服で外出たら犯罪にあっちゃいそうだもんね」」


 そういう意味ではない、と心の中でつぶやきつつ、都合がいいので訂正はしない詠流。


 服が少ないとはいえ一日、二日ぐらいはなんとかなるので、詠流は服装に関してはあまり気にしなくていいと判断したのだ。


「基本詠流君の自由でいいと思うが、ボクから一つ注意がある」

「なんです? 愛莉さん」

「鮎川里桜は現状詠流君の事を女の子だと思っている。そうなると、女の子の服装でいくべきではないのだろうか? という点だ」

「あぁっ!」


 詠流が自分で選んだ男っぽい服装でも、初対面の水琴や愛莉は詠流の事を女の子だと思ってしまったのだ。


 ましてメイド服を着た状態の詠流が、女の子ではないと誰が思うだろうか。


 つまり里桜とレイチェルの間で詠流=メイドの女の子という方程式が成り立っている事になってしまう。


 その事に考えがいたった詠流は愕然とした。どうしよう、と。


「そうなると、女の子の装いが安全だよね。詠流くんが男の子だとばれたら、里桜ちゃんの態度変わっちゃうかもだし」

「ですよねぇ……」


 ついでにレイチェルに問答無用でナイフを心臓に突き立てられているヴィジョンが余裕で想像できてしまう詠流だった。


「私たちが服を貸して詠流くんがそれを着ていくとか」

「しかし、サイズが合う服はあるのか? ボクの私服はスーツなわけだが、サイズが合わないとただだらしなくてみっともなくなるだけだ」

「私の服はどうでしょう?」


 愛莉は貸せる服はないと結論し、埜依が自分の服の提供を申し出る。


「埜依君。背丈は合うかも知れないが、詠流君の胸囲が絶望的に足りない」


 女の子が聞けば、嫉妬で気が高ぶったり、海の底まで気が落ち込んだりしそうなセリフだったが、幸い詠流は男だ。絶壁だと言われても落ち込んだりはしない。


 同じ絶壁の水琴は羨ましそうに埜依の胸をにらみ付けてたりする。


「なら豊胸手術をしましょう! 詠流さん!」

「それは変で――」

「その手があったか!!」


 埜依のとんでも意見に、水琴がすかさず我が意を得たりと叫ぶ。


 水琴の叫び声のせいで詠流の声がかき消され、続きを言う機会を失ってしまった。


「零西さん。ぺちゃぱいでもいいじゃないですか」

「いやだよ! 愛莉ちゃんは埜依ちゃんが羨ましくないの!?」

「確かに埜依君のは羨望を抱かざるを得ないが、同時にボクは胸なんていらないと思ってるからね。男装するのに邪魔なんだ」

「愛莉ちゃんホント男装好きだね……」

「そうだね。ボクとしては男として生まれてきたかったぐらいだ。出来るならば零西さんと交換したいぐらいだ。その絶壁は羨ましいよ」

「愛莉ちゃんはいいよねっ。私は頑張って毎日牛乳飲んだのに背は伸びないし胸は小さいままだし。私はこんなに欲しかったのに全然成長しなかったのに。一方で愛莉ちゃんは脱いだら起伏あるもんね」


 水琴はうなだれて落ち込んでしまった。愛莉ちゃんは仲間だと思ってたのに、と呪詛のような怨嗟が水琴の口から漏れる。


 そんな水琴をやれやれといった風に涼しい顔で愛莉は眺めていた。


「大きいとジャマになるだけなのです」


 持つ者はみなそう言う、と水琴は埜依にも呪詛をかける。


「とにかく、零西さんは今のままが一番バランスいいですから気にしなくていい。特定趣味の殿方にはもてるかと」

「ロリコンにもててもうれしくないよ!?」

「しかし、零西さんに恋したら自動的にその人はロリコンに分類されるのが現代社会だ」

「それならどうしたらいいのよ!?」


 卵が先か鶏が先か、現代社会は非情である。


「まぁ、零西さんは独身貴族になるでしょうけどね」

「わぁ、零西さん貴族になるんですね! すごいです」

「埜依ちゃん。すごくないから。むしろ人生の負け組だから。だからお願い。そんな純粋な輝く瞳で私を見ないで……」


 朝からボロボロになっていく水琴にかける言葉が見つからない詠流は、ただ場を眺めるしかない。


「まぁ、零西さんが合法ロリだということは置いといて」

「愛莉ちゃんそろそろ許して……」

「詠流君。零西さんのなら着られないこともないと思うが、どうだ?」


 無視されたけどもういいや、という水琴のつぶやきはみんなから無視される。


「嫌ですよ」

「やっぱりそうか。まぁ、だいじょうぶか。詠流君の好きな格好でも」

「いいんですか?」


 愛莉から好きな服装でもいいと言われ、詠流はかなり安心した。メイド服は論外としても、水琴の服を借りることだって出来るならば避けたいのだ。


「いいさ。よくよく考えてみればどうせボーイッシュな女の子だと思われるだけだろうから」

「やっぱりそうなるんですよね……」


 詠流は自覚している点を指摘されてしまって嘆く。


 人生で女の子だと間違われた階数は数え切れない。


 だからこそ、立ち振る舞いや心がけは男でありたい、紳士ジェントルマンでありたいと思い続けている詠流である。その第一歩は女心を理解すること。そのために出されたミッションが里桜とレイチェルの間を取り持つこと。


 上手いことできるかわからないが精一杯のことはしようと、詠流は改めて思った。


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