第7話 生贄と竜王
「新しい王を産むための儀式、でしょ?それって赤ちゃん作るってことじゃないの?」
「ちょ、ちょっと待っておくれ」
私の言葉が竜王にとってはひどく予想外だったらしく、竜王は右手を頭にあてて、左手を私の方に突き出して横に振りながら、動揺している。
今時の小学6年生だ。いつセックスという言葉を覚えたのはわすれたけど、授業でも精子とか卵子とか子どもができる過程は習った。
だからそれくらいは知っているものなのに、世界が違うとそんなに意外なことなんだろうか。
といっても、私は赤ちゃんはコウノトリが運んでくるなんてファンタジーじゃなくて、セックスしたらできるもの…程度の知識しかないし、セックスというものの具体的なイメージもない。
なんかこう、愛し合う行為らしいというくらい。
だから、それに対しての恐怖はあるけれど…。
ただ、竜王の話を聞いている間に、冷静になっている自分を実感する。
ついさっきまではただ怖くて、腹立たしくて、帰りたくて、寂しくて、そんな風だったのに、今頭の中に1番渦巻いているのは、私が死ななきゃ、お父さんやお母さん、友達も、みんな死んでしまうという事実。
私1人が犠牲になれば、なんて思えないけれど、大切な人が死んでしまうのも、とても嫌だ。
そんなことをぐるぐると考えていたら、少し落ち着いたらしい竜王が、話を再開した。
「すまないね、ちょっと驚いたものだから。12やそこらの少女がセックスなんて言葉を口にするとは思ってなくて」
「そう」
「まあ、うん…、でも、君の言葉は半分あたりで半分外れ、というところかな。儀式のなかで性的な交わりがあるのは確かだよ。ただし、君の中に命が宿る、というのは違う。王の誕生は、妊娠、出産というものではないんだ」
竜王は、さっき地面に描いた龍と人から、いっぽんずつ線を伸ばした。
そして、その線の先にそれぞれ一つ丸を描く。
「古い王の魂と、生贄の魂が、交わりを経て直接触れ合って、触れた部分から新しい命が、誕生する。そして、王と生贄の命をもって、新しい命が、新たな王として完成するんだ。これが、交代の儀式」
竜王は線の先の丸が重なった場所から、さらに線を伸ばして丸を描く。
この図では、そのてっぺんの丸が、新しい王ということらしい。
「交代の儀式がうまくいけば、この世界の崩壊は免れて、他の世界の消滅もまた免れる。」
「この世界の人が生贄じゃダメなの?」
言ってから、これは自分以外なら別に死んでもいいってことだなって思って、無性に恥ずかしくなったけど、竜王は首を横に振って、また「すまない」と頭を下げた。
「どうしても、異世界の存在じゃないと、だめなんだ」
「……。その儀式は、すぐするの?」
「いいや」
今すぐじゃないけど、とさっき竜王は言った。
それは、儀式の時間のことなのかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
「君の魂が、この世界に馴染んだら、それが儀式を行うタイミングだよ」
「どういうこと?」
「これは、言葉では説明がしづらいんだ。そういうこと、としか言えない」
馴染んだら、それは君にもわかる、と竜王は続けた。
「それには、どれくらいかかるの?」
「わからない」
つまり、いつ死ぬかわからないまま、ずっと怯えて過ごしていろということだろうか。
あまりに残酷じゃないか。
「ひどい」
漏れた言葉に、竜王はまたぐっと顔をしかめた。
またしばらく沈黙が続く。
「…、竜王」
「なんだい?」
「私は魂が馴染むまで、どこで過ごすの?」
「どこでも」
竜王は静かに続ける。
「君が望むなら、この世界のどこで過ごしても構わないよ」
「この洞窟の中じゃなくても?」
「もちろん」
「一人で?」
「この世界で用意できる君が望む存在、人なら人、従者なら従者をつけよう。住むところも、着るものも、食べるものも、全て私が準備させるよ」
呼ばれたばかりの対応と違いすぎて、不信感が募る。
そんな高待遇にしてくれるなら、なぜ最初からじゃなかったのか。
そんな私の表情を読んでか、また竜王は頭を下げた。
「私のせいなんだ。本当に申し訳ない」
言い訳をするようで恥ずかしいが、と竜王は言う。
この崩れかけた世界を持たせるには、竜王の体には相当な負荷がかかるらしい。
だから、不定期に王は寝込むのだそうだ。
召喚の儀を行った後、私に会うまでは持たせようと努力をしたが、直前でダウンしてしまったらしい。
竜王の側仕えには洞窟で暮らせる人ではないものを選んでいて、それらには人の扱いが分からず、彼らの常識で行動をした結果があの扱いだったと説明された。
「本当に、本当にすまなかった」
「…。ねえ、竜王」
「なんだい?」
「私、竜王と一緒にいたい」
「え?」
竜王は何度も瞬きして、もう一度、え?と聞き返してきた。
「あなたの側が1番怖くなさそうだから」
「…、私が、君をここへ連れてきたのに?」
「それでも、ここではあなたが1番偉くて、あなたが1番私にたいして優しいから」
竜王はしばらく難しい顔をしていたけれど、静かに微笑むと、いいよ、と言ってくれた。
けれど、こんな洞窟の中では君が体を壊してしまうから、光の差し込む地上の、綺麗な屋敷で暮らそう。
竜王がそう言った、次の日には屋敷が準備され、私たちはそこで、時が来るまで一緒に暮らすことになった。
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