第3話 宿業
この人は、何を言っているのだろう。
たしか、占い師は≪転生者≫というのは稀な存在だといっていなかったか?
そんな稀な存在が、しかも一国の王子なんていうまた稀有な存在で、なおかつ何故私の前に現れて、己を転生者だと自己紹介をするのだろう。
そして、ジェイド様はこう言った。
俺『も』転生者だと。
「あの…、どういう意味でしょうか」
「ん?いや、そのままの意味だが」
「ええと、…ジェイク様が、≪転生者≫で、私が≪転生者≫だと知って、会いに来られたと」
「まあ、そうだな」
くらくらと目の前が揺れた。
100歩譲って、転生者同士で話してみたいという気持ちはわかる。
だけど、彼はどこで私が転生者だと知ったのだろう。
占い師から?と思ったが、彼女は前世の話はしないほうがいい、と忠告をしてくれた。
そんな風に言ってくれる人が、誰彼構わず吹聴するとは思えないのだけれど。
いや、相手は王子なのだから聞いたら答えないわけにはいかない?
私の様子を見て、ジェイク様は申し訳なさそうに頭をかいた。
「あー…、唐突すぎたか?まあ、そうだよな。すまん」
「いえ、でも何故私が≪転生者≫だと?」
「…、ここに数ヶ月前にリンが来ただろう?」
「リン?」
「ああ、占い師だ。黒いドレスに金髪の」
やはり、占い師が話したのだろうか。
「リンは、俺のことを≪転生者≫だと教えてくれた人なんだ。そんなリンが、変わった夢を見ると昔評判だったリーア嬢の家に呼ばれた。だからだな」
「…まさか、それだけで、私が≪転生者≫だと?」
「そうだな」
ジェイド様は、美しい所作で紅茶を一口飲んだ。
「まあ、言っても9割勘だ」
ほとんど勘、というだけの情報で、貴族の誕生日に突然の訪問をするなんて。
ジェイク様の評判から考えると、非常に、らしくない行動だ。
「でも、合っているのだろう?貴方の反応を鑑みるに」
「ええ、まあ」
頷くと、ジェイク様はほっとした風に笑った。
話聞いていると、どうやら今日この時間が突然空いたらしい。
私のために無理やり時間を開けた、とかでなくて、なんとなくホッとする。
普段なかなか自由な時間がとれないジェイク様は、いてもたってもいられなくなったのだそうだが、一体それはなぜだろう。
この王子はそんなに焦って私に会いに来たのだろう。
「私が転生者とわかったのだとして、…失礼でなければ、なぜそんなに慌てて会いたいと思われたのか、お伺いしても?」
「構わん、…が」
ジェイク様は言葉を選ぶように視線を上にあげて、それからまた一口紅茶を飲んだ。
私もハーブティを口に含んで気持ちを落ち着けつつ、彼の言葉を待つ。
「…会いたい人がいるのだ。いや、正直今世で人なのかもわからないのだが」
「会いたい人、ですか」
「ああ。前世の俺にとって、大切な少女がいてな」
「少女」
「その少女を、ずっと探しているんだ」
ジェイク様は、この見目でしかも王子で、言いよる女性は多いのだが、何故か浮いた話の一つもない。
女性に対して常に平等で一枚の壁がある。ここから先は踏み込ませないぞ、というような。まあ、そこがいいんだけどね!…なんてそんな話題で学院の女子が盛り上がっていたな、なんてことを思い出した。
その理由が、前世か。
占い師が言っていた。前世のことを考えすぎるとよくないと。今世を生きるのに支障が出ると。
こういうことか。
「ジェイク様は、その少女の手がかりになるのではないかと、同じ≪転生者≫である私に会いに来たのですね」
「まあ、そういうことだな。しかし、すまない。いくら焦っていたとはいえ、あなたの大切な日を、邪魔してしまった」
王子は、誕生日というプライベートに踏み込んでしまったと恥じ入っているようで、伏せられたまつ毛が、長い。
私が父を説得した言葉に嘘はない。
本来はこんな無茶をするようなかたではないのだ。それだけ、思いが強いということなのだろう。
「いいえ、気になさらないでください。ジェイク様の気持ち、お察しいたします。」
とはいえ、そんな熱烈な恋愛を私はしたことがないので、物語を読んだ時のような、少し遠い共感なのだけど。
「しかし、申し訳ないのですが、多分お役には立てませんわ。わたくしの記憶は昔からずっと変わらず、真っ暗な中で『帰りたい』と泣いているだけですもの」
「そう、か」
残念そうに微笑んで、しかしそれ以上は何も聞かれなかった。
「本当に、悪かった」
「いいえ」
ジェイク様がさらに重ねて詫びようとしたのを察して、私は話題をかえる。
「そういえば、ジェイク様は、どのように前世を思い出されたのですか?わたくしと同じように、夢ですか?」
「いや、俺の場合は15の時に高熱を出してな、そこで全てを思い出した。自分が死んだ瞬間も、その少女を殺した瞬間も」
「え?」
いま、この人はなんと言った。
ざわり、と心が揺れる。どくどくと、心臓の音が耳に響く。
殺した、といったか。大切な人を、殺したと。
まさか、今世でも殺すつもりなのだろうか。
前世がつながっているとうだけの、今世を生きている命を。
私の顔色が変わったのを見て、王子は慌てて自分の顔の前で手を振った。
「ちがう、ちがうぞ!何か勘違いをしているようだが、俺は今世の彼女をどうこうしようと思っているわけじゃない。彼女に記憶がないのであれば、それはそれで仕方ないと思うし、無理に思い出させたり俺のそばにいるようにしたり、ましてや殺そうなどと思ってなどいないからな?」
ジェイク様はまた一口紅茶を飲んで、息をつく。
「ただ、ただのもう一度会いたいんだ」
その言葉に込められた思いが、なんだか苦しい。
「前世の」
「うん?」
「前世のジェイク様は、どのような立場のお方だったのですか?」
大切だといった少女を、殺したと口にした。
こんなにも求めるほど大切に思っていた少女を。
それは、一体どういうことなのだ。
「王だ」
「王、ですか」
「とある世界を統べる、竜の王だった」
竜の王。
竜王。
ーーー帰りたい。
瞬間、突然ぶつん、と体から力が抜けた。
「リーア嬢!?」
突然の激しい睡魔に動けなくなり、ジェイク様の慌てた声と、抱きとめられた感触を最後に、私の意識は沈んでいった。