第2話 カルタール王国 第二王子
夢の中の私は黒髪で、肩までの髪を一つに結んでいる。
そして、手足に重たいものをつけて、真っ暗の中で「帰りたい」と泣いている。
それ以外の光景が映ったことはほとんどない。
たまに、泣かずに一点を見つめているか、眠っているか。
夢の中のその少女を私は「私」だと認識していて、彼女の感情は私のものなのに、様子は客観的に見えている。
何度見ても不思議な光景。
夢の中の私は、ずっと12歳のまま。私が成長するに従って一緒に成長する…なんてことも考えたけど、今でもそういったことはない。
12歳の少女は、今日も、「帰りたい」と泣いている。
「お嬢様、おはようございます。そして、18歳のお誕生日、おめでとうございます!」
一番におめでとう言えちゃいました、と嬉しそうに笑ってからエレナは勢いよくカーテンを開ける。
すると、だいぶ夜明けが早くなった朝の日差しがベッドに差し込んだ。
この国には12の暦と春夏秋冬という4つの季節がある。今は、春から夏に向かっている最中だ。
≪転生者≫だと告げられたあの日から、もう4ヶ月がたった。
最初の1ヶ月ほどは占い師が言った『出会うべき人』に対しての警戒心を持っていたが、そんなソワソワ感にももう慣れた。
いつかわからないものに心を砕いて、今を楽しめないのは、私らしくない。やりたいことはたくさんあるのだ。
夏は日が長いのがとても好ましい。
庭の植物の手入れも楽しいし、木陰で本もたくさん読める。
庭の手入れなんか使用人にさせれば良いのに、とバカにしてきた学院の同級生もいたが、私が、したいのだ。
我が家はたしかに貴族だけれど、基本自分のことは自分ですることを好むのは血筋らしい。
お父様も、嫁いできた遠縁のお母様も、もう亡くなったおじいさまもひいじいさまも、みんなそうだ。
無理強いさせられることはないが、やりたいといって反対されることもない。
掃除と洗濯と料理は、メイド達が私たちに仕事をさせてください!というので任せているけれど、頼んだら教えてはくれたので、一通りはできる。
変わったところだと、剣術もさせてくれた。それはちょっとした護身術程度にしか身につかなかったけれど。
魂云々じゃなくて、私は『変わり者』だから友達がいないのでは?と、占い師から色々言われた後、客観的に自分を見つめて改めてそう思った。
だからといって、私は私らしい生活態度を改める気は無いのだけれど。
一応、この国における4大貴族として、この国に対して誠意ある行動は心掛けているつもりなので、それで十分だろう。
「今日のお誕生日会、そういえば第二王子様がいらっしゃるそうですよ」
「え?!なんで!?」
「わ、私に聞かれましても…」
この国の第二王子、ジェイク・カルタール様といえば、美しい漆黒の髪と、王族だけが持つ金色の瞳、全体的に無駄なく整った顔だちで、一度夜会に顔を出せば踊りたいお嬢様方が列をなす…という噂の方。
歳は私の三つ上。21歳。
剣術が趣味で、なおかつ魔術を使わせてもすごいらしいという、なんとも天から2物も3物も与えられたタイプで、彼が王になるべきではないかと言う声もあがっているが、本人は政事はからっきしだといういう理由(真偽は定かでない)から、自分は第一王子の補佐につくつもりでいる…というような話も聞いたことがある。
ジェイク様とは、面識は一応ある。
私だって夜会やお茶会というものに参加することがあるので、12の時にジェイク様とは、そこで出会った。
といっても、一言二言かわしただけで、綺麗な顔の人だな、くらいの印象しか、実はない。
私以外の貴族の娘はみんな王子と話すことを楽しみにしていたようだけれど、私はその当時ずっと見ていた夢のせいで寝不足だったし、正直さっさと帰って休みたかった。
心底面倒臭かった。
けれど、王子を前にそんな態度をとることは許されないし、無難に礼をしてその場から離れたような気がする。
ああ、そういえば不思議な感覚があったような気がする。
出会った瞬間、風船に飛び込んだみたいなぶよんっていう。
まあ、とりあえず接点といえばその程度な第二王子が何故私の誕生日パーティー、それもほぼ身内だけでやるような小さなものに来るのだろうか。
王子は当たり前だが王族だ。
いやだな、王子が誕生日会に…それも急に来たなんて話が漏れたら、妃候補なのでは、という噂だってたちかねない。
もし万が一本当にそういう話が来たら、貴族の娘と生まれたからにはそれなりに家に貢献できるところに嫁ぎたいという気持ちも一応あるので前向きに検討はするけれども、正直なところそれが第2王子だと面倒臭い、とも思う。
「私、急病とか駄目かなあ」
「お嬢様・・・」
お気持ちはわかりますが、というエレナの苦笑いを見て、私は深くため息をついた。
***
我が家の誕生日パーティーは、主役のドレスやタキシードを新調し(これは誕生日と年始、社交界の時くらいだ)いつもより種類が多くて豪勢な食卓を家族やメイドや執事たちみんなで囲む。
学友というものがいないので、他の貴族がどのような誕生日パーティーを開いているのかはよく知らないが、お父様は他の貴族の誕生日に時々お呼ばれしているので、多分こんなに小さなものは珍しいのでは無いかと思う。そして、使用人が同じ席に着くというのも。
でも私はそれを毎回楽しみにしていた。無礼講、というのだろうか。
家族の誕生日だけは、使用人たちとの距離が近くなって、いつも以上に色々な話が聞けるから。
けれど、今日は誰も同じ席にはついてくれないらしい。
当たり前といえば当たり前だ。
だって、王子が、来るのだから。
はあ、とため息が漏れる。
王子に会うよりも、私は今日の無礼講を楽しみたかった。
しかし、なんのつもりかはわからなくても、この国の王子が来るのだ。
それ相応の、準備と心構えをしておかなくてはいけない。
そう思って、メイド達に普段は言わないお願いをした。
「できるだけ、失礼のないような、見栄えのいい小綺麗な令嬢にしあげてください」
きゃあ、と嬉しそうに声をあげたメイド達の反応を見るに、私は普段質素すぎるのかもしれない、と貴族の娘としては少しだけ反省をした。
だって、自分を着飾ることにさほど興味がないのだもの…。
***
そんな準備を経て、万全の状態で待っていると、ジェイク様は開始時刻のぴったり5分前においでになった。
小ぶりだがとても品の良い花束を携えて。
玄関で出迎えたとき、一瞬だけジェイク様は固まった。
それがなぜなのかはわからないけれど、すぐに優雅な微笑みを浮かべて、お祝いの言葉を口にする。
「18歳の誕生日、おめでとう、リーア嬢。直接こうして会うのは、2度目だな」
「え…?」
まさか会ったことを覚えているとは思わなかった。
ああ、いけない、呆けていては。
「はい。覚えていてくださって光栄でございます、ジェイク様。お祝いのお言葉、心よりお礼申し上げます」
ドレスの裾を少しあげて礼をすると、ジェイク様は苦笑いを浮かべる。
「そう堅苦しくなるな。無理を言ったのは私の方なんだ。どうしても、リーア嬢と話をしたくてな」
「わたくしと、でございますか?」
「ああ、君とだ」
なぜだ。
自身で言った通り、会うのは2度目。
それも、ほとんどやりとりを交わしてないだけでなく、もう6年近く前の話だ。
もしかして、
「わたくし、なにかジェイク様の気に触るようなことを、してしまいましたか?」
自分でも気づかないうちに。そうだとしたら、どうしたら挽回できるかを考えなくては。
しかし、王子は驚いて、慌てて否定した。
「まさか!」
「では、なぜでしょうか?」
「それは…」
ここでは、言いにくい。
そうジェイク様はおっしゃって、ますます意味がわからなくなった。しかし、とりあえずパーティを始めようとお父様が言ったので、私たちは広間へと向かった。
食事も一通り済んで、広間から客間へジェイク様を案内したところで、ジェイク様がお父様に言った。
「ギムソン候、申し訳ないのだが、リーア嬢と、2人きりにはさせてもらえないだろうか」
「は、い?」
間抜けな声が出たのは私だ。
しかし、お父様も予想外の言葉になんて返そうか悩んでる空気を感じた
ジェイク様は続ける。
「嫁入り前の娘と2人きりになりたいなんていう願いは勝手なのはわかっているが、ただ、彼女の夢の話をじっくりしたいのだ」
「夢の、話ですか?」
途端にお父様の眉間に皺が寄った。
私が妙な夢を見ているという話は、それこそ12歳の頃にはちょっと有名にはなったが、最近はそんな噂話も出回らなくなったはずだ。
このタイミングで、突然夢のことを言われて不審に思うなという方がおかしい。
だが、王子の申し出をいいえ無理です、なんて無下に断れるはずもない。
「お父様、そんなお顔をなさっては、ジェイク様に失礼ですわ」
「リーア」
「ジェイク様は思慮深いと評判のお方です。その方がこうしてわたくしの誕生日にいらして、なおかつ夢の話をしたい、なんて急におっしゃるなんて、必ず深い訳があるはずです」
私がそういうと、お父様は、しぶしぶといった様子ではあったが、王子に聞こえないように私の耳元で「何かあったらすぐに呼びなさい」とだけ残して、退席した。
客間の扉を閉める瞬間、エレナの不安そうな表情が見えた。
そうよね。私も不安…というか、何が起きているのかさっぱりわからないわ。
「悪いな、あんまり人には聞かれたくない話なんだ」
「え、あ、いえ…」
「ああ、口調は崩していいか?」
「え、ええ。はい、勿論です」
にこっと笑ってみせるその笑顔は、やっぱりびっくりするほど美形で、きっとこの笑顔で何人もの女性の心を鷲掴みにしてきたのだろう。
どうして、物語もそうだけど、王子様って美形が多いのかしら。
うつくしい王妃を迎えるから…的な遺伝?確か第一王子も見目麗しい感じだったはず…。
「おい、リーア嬢?」
「あっ、申し訳ありません。それで、お話とは…?」
「…、立ち話もなんだろう。さあ、リーア嬢、座ってくれ」
促されるままに、王子の前の席に座る。
こちらを見つめる瞳は、吸い込まれてしまいそうな、深い深い金色。
そんな風に感じる。恋とかときめきとかそんなものではなくて、もっとこう、畏怖にちかいかもしれない。
「単刀直入に言う。」
「はい」
「俺も≪転生者≫だ」
「…、…はい?」
至極真面目な調子で紡がれた言葉に、ひどく間抜けな返事を返してしまった。