怒りの文言と呼び名
「それで、他に聞きたい事はないのか?」
女子生徒二人に顔 ”だけ” が取り柄だと言われた男子生徒は不機嫌全開の表情で私に問いかけた。
うわぁ。すごく怒ってる。質問しずらいんですけど…。
私は少し考えた後、ふとある事を思い出して三人に問いかけた。
「お名前は?」
三人は「あ」という顔をした。
「そういえば自己紹介なんてしてなかったわね。私は八雲花蓮」
「私は八雲睡蓮」
「…八雲董哉」
ふわふわの髪の女子生徒は八雲花蓮。
セミロングの彼女は八雲睡蓮。
無愛想が男子生徒は八雲董哉。
三人は私が取り出したノートに名前をそれぞれ書いてくれた。
「へぇ三人とも八雲さんなんですね。親戚ですか?」
「いや、私達三人は兄妹。董哉が兄で私と花蓮は二卵性の双子なんだ」
セミロングの彼女ーー八雲睡蓮が答えてくれた。
言われてみれば、ぱっちりした二重の瞳とか通った鼻筋とか薄い唇とか、顔立ちが似ている気がする。でも各々の持つ雰囲気が違うから全然分からなかった。
まあよく見れば、いやよく見なくても三人とも整った綺麗な顔立ちをしていた。
なるほど、ファンクラブがあるというのも頷けるけど、八雲董哉に関しては綺麗な顔立ちをも凌駕する無愛想さと毒舌さを身に浴びて知った私は全くもって理解できないけど。
心の中でそんな失礼な事を思っていると八雲董哉は自身も名前を書いたノートを私の方に戻した。
「お前も名前教えろよ」
無愛想に放たれた言葉とは裏腹にノートは私の膝下に丁寧な仕草で置かれた。
私はボールペンを手にとって、なるべく丁寧に自分の名前を書いた。
「私は名前は名田灯歌です」
特に自己紹介で言う事もないので名前だけを簡潔に述べると、ふわふわ髪の女子ーー八雲花蓮は「ふふっ」と可愛らしく笑った後に小首を傾げた。
「これからよろしくね。灯歌ちゃんって呼んでもいい?」
「あ、はい。どうぞ」
私は軽く頷いた。
するとそのやり取りを見ていた今度は睡蓮さんがおずおずとしながら「私もそう呼んでもいいかな?」と言ったので私はまた頷いた。
ところで、
「八雲さん達の事はなんとお呼びすればいいですか?」
三人とも八雲さんなので一応聞いた。
「私は花蓮って呼んで」
花蓮さんは輝かしい微笑みを浮かべて、
「じゃあ、私は睡蓮で」
睡蓮さんは少し照れくさそうに、
「別に呼び方なんてなんでもいい」
八雲董哉はほんっとうに興味なさそうに、そう言った。
…ほんと腹立つなこの人。
私は心の中でそう毒付いた。
自分の口角が緩く持ち上がるのが分かる。
きっと今私は心底意地の悪い笑顔を三人に披露している事だろう。
花蓮さんと睡蓮さんには悪いが、八雲董哉に対して無性にイライラする。
「じゃあ皆さん年上ですし、花蓮さんに睡蓮さん、八雲さんでいいですか? 」
私は冷え冷えとした声で言った。
花蓮さんと睡蓮さんは私の異変に気がついたのか、お互いに目配せして困ったように柳眉を垂れて、そして口々に言う。
「私達はそれでいいけど、董哉が…」
「うん。そうだね。できれば董哉も名前で呼んでやってくれないかな?」
「………」
ーーーなんで私が。
そんな思いでチラリと横目で見た八雲董哉はそんな妹達に眉を顰めていた。
そんな八雲董哉の様子に私はいい事を思いついた。
本人が嫌がっているならむしろ名前で呼んでやろう!
私は内心ニヤニヤとしながら表面上はしょうがない態で、渋々承諾してあげることにし
た。
「花蓮さんと睡蓮さんがそこまで言うなら……分かりました。仕方なく、董哉さんとお呼びしましょう」
私が”仕方なく”を強調して名前で呼ぶと、その言葉を聞いて董哉の顔は一瞬で冷たく冴え渡り、その顔を見ていた花蓮さんと睡蓮さんはやはり困ったように顔を見合わせた。
面倒な兄を持って大変そう。
私は優しい二人に心の中で合掌した。
でもそんな優しい妹達の気遣いをきっとこの男は無駄にするんだろうなぁ。と、私は董哉を見ながら思った。
「無理して呼ばなくていい」
想像通り冷たく断った董哉に私は思わず笑いそうになってしまった。
ほらね。やっぱり無駄にする。
でも今は董哉の意見なんて知ったこっちゃない。
「いえ、董哉さんとお呼びしますよ。花蓮さんと睡蓮さんにお願いされましたから…ーーー」
ーーーという名目の嫌がらせをするためだもの。
私が内心ほくそ笑んでいる中、流石の董哉も妹達を理由にされちゃ食い下がる訳にもいかなかったのか大きく溜め息吐いた後「勝手にしろ」と言った。
「……フッ」
ええ、ええ。勝手にしますとも!