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せめて記憶の中にでも  作者: 鴻ノ木悠里
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Tear drops 2:微睡みの中で

その日もいつものように、地下室から借りてきた本を森の中で読み進めようと出かけました。

この頃になると私はすっかり本の魅力に取り憑かれ、秘密基地へと行く道中も既に心はこれから読む本のことで一杯になっています。


一体この本は私にどのような世界を教えてくれるのか。

登場人物の人生、書いた人の人生、読んだ人の人生。

主人公の見る景色、作者の描く景色、私の思う景色。

どれもこれも想像するだけで胸が踊って、ページを捲る度に私の世界が広がっていきます。


そんな風に夢中になっていたからでしょうか、いつの間にか私の隣に同い年くらいの男の子が腰掛けていることに、私は全く気が付きませんでした。

彼が声をかけてきたのは、私がその日持参していた本を丸々読み終えてしまった時です。


「あ、もしかして読み終わった?」


その時初めて彼の存在に気付いた私は、手に持っていた本を空の彼方まで投げ飛ばしてしまいそうになる程衝撃を受けました。


「っ……!」


感情が自分の許容量を超えた時、声も出ないし体を動かすこともできなくなることを知ったのも、この時が初めてでした。


「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど……。大丈夫?」


少年は少し申し訳なさそうに私の顔を覗き込んで、ニッコリと笑いかけてきます。

どうやら悪い人ではなさそうだと安心して、呼吸を落ち着けながら答えます。


「えと、大、丈夫です」

「俺はクラムって言うんだ。嘘の名前なんだけど……」


この時の私の気持ちを理解してもらえるかは分からないのですが、初対面の相手に堂々と偽名を使って名乗るこの男の子のことが、なんだかとても暖かく感じたのです。


「……ふふっ」


私の笑顔を見て安心したのでしょう、クラムはいたずらっぽく微笑みながら続けます。


「嘘の名前だってこと、本当は内緒にしなくちゃいけないんだけど、驚かせちゃったお詫び」

「それってもしかして『エレノア魔法紀行』から取ってるの」


それってお詫びになるのかな、なんてぼんやりと考えていたからか、なんとなく思いついたことがそのまま口をついて出ていきました。

クラムのあんな表情を見たのも、やっぱりこの時が初めてでした。


「え、知ってるの!?」


クラムはいろんな物語に出てくる宝石のようにキラキラと瞳を輝かせていました。

私は宝石なんて実際に見たことはなかったですが、もしも本物の宝石もこんな風にして輝いているのなら、大切な人へ送ったり遺したりしたくなるのも至極当然のように感じられて、この時からずっと、その輝きが私の中でとても大切なものになったのでした。


「今まで誰に言ってもみんな知らなかったのに!」

「家の、本棚に置いてあったから」


自分で意識していたわけではないのに少し言い訳めいた答えになってしまったのは、両親の言いつけを破って地下室に入っていることが後ろめたかったからなのでしょう。

クラムがそれに気付いていたのか、いつか聞いてみるのもいいかもしれません。


「もしよかったら、君の名前も教えてほしいな」

「それじゃあ、私はティアにするよ」


私とクラムは顔を見合わせて、それから二人で声を出して笑いました。


「凄くいいと思うけど、ティアでいいの?なんとなく、エルの方が近い気がするけど」


エルというのはエレノア魔法紀行の登場人物で、生まれながらにして世界に嫌われている女の子でした。

物語の語り部と主人公は違うこともある、というより、読み手である自分がどの人物を主役と考えるかによって世界の見え方が随分と違うことに気付いていた私は、このエルという少女こそがこの物語の主人公であってほしいと考えていました。


「私にエルは、もったいないから」


後から考えれば、幸せなだけの世界に住んでいたティアと私はなんとなく似ているような気がして、考えなしに決めた割には不思議な縁があるものだな、なんて考えたこともありました。



ともあれ。

こうして私はクラムと出会い、ティアとしての人生が始まっていくのでした。


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