Climb against 2:微睡みの中で
「おっ、ようクラム」
森から王城へと帰る道すがら、王子は酒場の前にいた一人の青年に声をかけられました。
「やあ、リオン。久しぶり」
酒場で働くリオンという名の青年は、屈託無く微笑むと王子の元へと駆け寄ってきます。
「最近見ないから心配してたぜ」
王城を密かに抜け出している王子は、身分を隠し時々酒場の力仕事を手伝い、その代わりに食事をさせてもらっていました。
成人するまで王子は公に国民の前に出ることはありませんでしたから、身分を隠すためにはクラムという偽名を使うだけで事足りるのでした。
「まあ、色々と忙しくてね」
実際のところ、成人の近い王子は以前よりも王城を抜け出す機会が少なくなっていて、こうしてリオンと会うのはしばらくぶりのことです。
「その様子じゃ、今日も忙しそうだな。暇そうなら飯でもどうかと思ったんだが」
「また今度にしてくれるとありがたいな」
リオンは王子の正体を知りませんが、たまにしか街に現れないクラムのことを深く追求してくることはありませんでした。
王子が成人すればこうして対等に話すことのできる友人もいなくなってしまうので、王子にとってはこれも貴重な時間です。
「たまには酒場の方にも顔を出せよな。おやっさんも心配してたぜ」
「そうだね。また近々尋ねると伝えておいてくれ」
「ああ、そっちもティアによろしくな」
そう言うとリオンは、ヒラリと手を上げながら酒場の方へと戻って行きました。
ふと湧き上がった違和感を深く考えることなく、王子は再び歩き出しました。
──ティアって、誰だったっけ。
***
お城をこっそりと抜けて一人の国民として過ごした王子は、皆にバレないうちにと、抜け出した時と同じようにこれまたこっそり、お城へと帰っていきました。