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せめて記憶の中にでも  作者: 鴻ノ木悠里
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Someone's diary 1:眠りに落ちる前に


昔は毎日つけていた日記をこうして再開するにあたって、私の人生のどこから書き始めるのがいいのだろうか。

ここに連れ帰られてから、そんなことばかりを考えて何も手につかない日々が続いていた。

だからこうして、とにかく手を動かすことにする。

きっと読みにくい日記になっていくのだろうけれど、そもそも誰も読まないだろうし、まあいいや。


とはいえいきなり現状を書き連ねても気持ちの整理にもならないから、順を追ってまとめていこう。

とりあえず、お母さんの話から。


***


大好きだったお母さんがこの世を去ったのは、年の離れた弟が生まれた直後だった。

当時の私は、7歳にしてはいろんな知識を持っていたように思うけれど、出産の際に母親が亡くなるかもしれないなんてことは想像すらできていなかった。


実のところ、母が死んでしまった理由を今現在も詳しくは知らない。

一国の王様の妻だったのだから最高の水準の治療を受けたはずで、それでもダメだったのだから少なくともこの国の中ではどうやっても治せなかったのだろう。

弟の命と引き換えに大好きだったお母さんがいなくなってしまったことは、私にとっては凄く悲しい出来事ではあったけれど、別にそのことで弟や医師の人々を恨んだりはしていなかった。


もともと病気がちで体の弱いお母さんは、自室のベッドで本を読んでいることが多かったように思う。

幼い私はお母さんが話してくれる物語を聞くのが好きで、よくお母さんのベッドに潜り込んではお話をねだった。


一人ぼっちで不幸な女の子が、幸運にも王子様に見つけてもらえたお話。

魔法のある世界で、自分が大切に思うもののために旅をする人々のお話。

誰にも迷惑をかけたくないばかりに、皆に迷惑をかけてしまう誰かのお話。

どこにも誰もいない世界で、誰にともなく物語を独り言ちる語り部のお話。


どれもこれも最初は少し苦しいお話で、そして最後は少し暖かいお話だった。

お母さんがわざとそんなお話ばかりを選んでいたのか偶々なのか、今となってはもう知る術がない。


そういえばいつだったか、幸せなだけのお話や不幸せなだけのお話がないのはなんでだろうと、お母さんに尋ねたことがあった。

今思えば、私の知らないお話にはそういう物語もあったのだろうけれど、その頃の私にとってはお母さんが話してくれる物語が全てだったのだ。


「それは気が付かなかったなぁ。もしかして、そういうお話の方が好き?」

ニコニコとした笑顔でそう聞いてきたお母さんに向けて、私は本心から首を横に振った。

ただ単に気になっただけだと伝えると、少し考え込んだ後、さっきよりも一層楽しそうな笑顔になった。

「じゃあ、そんなお話を作ってお母さんに聞かせてくれると嬉しいな」

自分でもお話が作れるのかと初めて気付いて、すぐに自分の部屋に戻って物語を考え始めた。

その日はずっと幸せなだけのお話を考えていたけれど、いつも聞いていたお話は自分で考えてみると意外と難しくて、夜遅くまで起きていたのを覚えている。


お姫様が王子様と幸せに暮らしていました。

自分が大切に思っているものは、誰にとっても大切なものでした。

誰も他人を恨まない幸せな世界で暮らしました。


思い付くのはそんな簡潔なお話ばかりだったけれど、次の日私は得意になってそれらのお話をお母さんに話した。

いろんなお話を知っていたお母さんは、それでも楽しそうに聞いてくれた。


そうして私は、幸せなだけの人生を過ごしていたのだ。


調子のいい日は一緒に中庭を散歩して、いろんなことを話した。

今更になってこんな日記を書き始めたのも、お母さんの真似をして始めたのが最初だった。




そんな私の幸せなだけの人生が、お母さんの死を境目にして変わってしまった。



──今日は、ここまでにしておこう。

おやすみなさい。


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