05 深海 著 駒 「大陸一の技師」
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「マスター・ピピ」
(今回は、ウサギ技師視点のお話です)
雪がどっかり降り積もったその日。塔の扉の外に変なものが居るって、ワカタケちゃんが教えにきた。
ワカタケちゃんていうのは、若竹色のスカートをはいてる赤毛っ子で、この塔の「子宮」でだいたい五十番目ぐらいに生まれた人工妖精だ。
妖精と言っちゃったけど、実のところは、ごくごく普通の人間の女の子のクローン体。毎年俺の塔で生まれ来る赤毛っ子たちのひとりなんだが、みんな顔がまったく同じなもんで、俺はスカートの色で個体識別している。
「えーちょっとまって、俺今、見ての通り、誰が見ても絶世の美女な、銀髪さらら~の奥さんと、チェスやってるから」
「あら、ナイトの守りにかまけすぎましたね。はい、チェックメイトですよ」
「え。ちょ、ま、奥さんまっ――」
「待ったなしですよ、ピピさん」
あ、無理。この微笑み。神々しくて、とても勝てませんごめんなさい。
――「負けたなら、席を外していいですよね!」
「ひょえええ?!」
ワカタケちゃんは俺の耳を強引に引っ張って、若竹色のスカートをひるがえし、塔のてっぺんから一気にぐるぐる、らせん階段を駆け下りた。
「ふげえええ! 耳持ってぶら下げんじゃねええええ!」
「いいから早く、ピピさまっ!」
「よくねええええ! ぬいぐるみだって、こんな持ち方アウトだぞごらあああ!」
史上最強・不老不死のウサギにして、大陸一の技師に対する扱いじゃないだろこれは……!
ワカタケちゃんといいセイジちゃんといい、最近育ちあがった赤毛っ子は、なんだか乱暴な子が多いような気が……
いやまあ、それはさておいて。
俺んち、すなわち天つく円塔の入り口に、なんだかぼてっと在るものを、家主の俺はさっそく確認してみた。見るなり、ああ、と納得する。
そいつはずたぼろの巡礼服に身を包んで、くたびれてぺちゃんこのリュックを両手に抱えてうずくまってる、ひとりの男だった。真っ赤な髪の毛がなんだか黒ずんじゃってて、えらく汚れてる。
うん。そろそろかなぁとは、思ってたんだ。予想通りというか、なんというか。
「あ……えっと。おかえり?」
「……」
「遠慮しないで、扉の呼び鈴押せばよかったのに」
「……」
「今さらどの面下げてとか、思っちゃってない? 俺は思ってないよ? 全然そんなこと思ってないよ? あんたの娘さん、首を長くしてあんたの帰りを待ってるよ。だからさ、かけこみ寺的に来てくれてありがとう。中に入りなよ」
「……でも……」
「いまさら遠慮すんなって! ワカタケちゃん、とりまこいつを、風呂に突っ込んで!」
うわ、くさーいと鼻をつまみながら、赤毛っ子がずたぼろ青年の首根っこをひっつかんで、ずるずる塔の中へ引っ張っていく。あわれにも、だいぶ体力が消耗してるみたいで、青年はなされるがまま。頬がこけてて、ずいぶん痩せちゃってるなぁ。
まあ無理もない。
狼のぬいぐるみの目に入っている奥さんの声を娘に聞かせてやりたいがため、赤毛男は四大の神殿の宝物を求めて、大陸を一周してきた。しかも巡礼者として、すべての道程を徒歩と小舟で踏破している。年配の人はゆったり一年かけて巡礼するって聞くから、半年って結構、驚異的な速さだと思う。
俺は趣味で作った機械船に乗って追っかけて、状況確認をした。神殿から神殿にいくのも、塔に帰ってくるのも、ほんの数日で済んだけど。そういうものに乗っていてすら、大陸はほんとに広いなぁと痛感した。
この大陸は真ん中にぽっかり、オムパロスを擁する黄海があるだけで。あとは大地が、どこまでも果てしなく続いてる。緑の山々。赤い砂漠。黒い森。どれも馬鹿みたいに巨大な規模で果てしがない。
あいつはかなりの速足で街道を進んで、各神殿を回ってきたんだろう。
でも、果たしたかった望みは、やっぱり叶えられなかった。見ず知らずの人間がおいそれと、神殿の宝物を貸してもらえるはずがない。
俺はぴょんと風呂場に跳んで、風呂場の壁を呆然と眺めてる赤毛男を励ました。
「大丈夫だよ。素材探しに駆けずり回ってる猫目さん待ちだけど、あんたの奥さんは、俺が絶対蘇らせる。カーリンも、それまでの辛抱だって、よく分かってるよ」
「風呂場、広くなってる……」
「あ、うん、つい最近改修したんだ」
「壁にでかでか、山の絵が……」
「霊峰ビングロングムシューだぜ。ちまたの銭湯では、景色絵にこの山描くことが多いんだってさ。霊峰百景とか、芸術作品わんさかあるぐらい、あの山って絵になるもんな」
「でもあのこれ……カーリンが、描いたんじゃ……ないです、か?」
おっと。さすが親父だな。ひと目で気づくとかさすがじゃん。
そうそう、こいつの娘って結構絵心あるんだよ。クレヨンで絵を描くのが好きでさ。俺の顔も、ほんと素敵に描いてくれるんだぜ。クレヨンの代わりにペンキ持たせたらこの通り。ファンシーでファンタスティックなお山の風景を描いてくれたんだ。
「冠雪の山を眺めるウサギたち……」
そうそう、あそこの山のふもとには、ハッピーモフモフランドっていうウサギ園があるもんな。
たまに俺の塔もそこへ行く。こいつが巡礼してる間にも、ウサギの様子を見るために一度行った。せっかくなんでこいつの娘も誘った。パパも一緒だったらよかったなって、カーリンてば、母さんが入ってるぬいぐるみ抱きしめて言ってたんだよね。だから……
「ウサギたちに囲まれながら、一緒に山を眺める娘……」
うんうん。
「娘の両脇には……金色の狼と……赤毛の男……」
うんうん。それはさ、お母さんとお父さんだよ。親子三人でこうしたい、っていう願望の絵だ。
「うううう……カーリン……ごめん、カーリン……」
「涙腺崩壊すんのは分かるけど、頭、早く洗いなよ。赤く見えないぐらい黒ずんじゃってさ。そんなんじゃ、パパどうしたのって娘を心配させちまうぜ」
うずくまって泣きじゃくる赤毛男の肩をぽんと叩き、俺はワカタケちゃんをお隣さんへと使いに出した。隣にあるのはエティア王国の王宮で、最近赤毛男の娘は、蛇の王妃様のもとでかなり忙しくしてる。王妃様がお生みになった蛇の御子たちの、お世話係に任命されたのだ。
父親である赤毛男は御子たちの守護騎士であるのだから、その娘は当然、その仕事を手伝うがよいと、王妃様が思し召した。
守護騎士の複製が国王陛下を狙った騒ぎが起こったけど、陛下は無事。守護騎士が自分で始末をつけたから、あいつ自身はお咎めなしってことで、いまだその地位に留め置かれている。本人は辞職したがったけど、蛇の王妃様はだだをこねて許さなかった。
曰く。
「あれが作る、特製の卵料理を食べたいのじゃ! とっとと帰ってくるのじゃー!」
あいつの腕前は食聖仕込みなので、さもあらん。そんじゃ前と同じく宮廷料理人として雇えばいいじゃないですかとなるはずだが、王妃様はなにげにロマンティストなので、そばにひとり、かっこいい騎士兼専用料理人なるものを囲っておきたいらしい。つまり超面食いってことだ。赤毛男が半年で帰ってきたのは、たぶんに王妃様の催促もあったからだと思う。
「俺の代わりに、カーリンが王家に尽くしているとは……実に面目ないことです」
セイジちゃんとアカネちゃんの介添えできれいになった赤毛男は、こざっぱりした服を着て、塔の食堂の席に落ち着いた。
「ほんと、どんな顔をして娘に会えばいいのか……わかりません。俺、あの子に約束したのに。絶対お母さんの声を聞かせてやるからって……」
「うん。それで最後にここを頼ってくれたわけだ。ありがとうな」
俺は卓につっぷす赤毛男の肩をばしばし叩いた。
カーリンは、めちゃかわいくて真面目ないい子だ。
あのこわい蛇の王妃様ですら、えらくあの子を気に入っている。「わらわの養女にしたい」って、この前言ってたぐらいである。
でも。たとえカーリンが、超できの悪い、意地悪な娘でも。赤毛男はたぶん、同じように必死にがんばることだろう。
父親とは、そういうもんだ。
「はじめに、ここに駆け込めばよかったかもだけど。でもあんたにはもう、世話になりまくってて、迷惑かけまくりだし。四大神殿の宝物は、大陸的に有名だから……」
「んもう、水くさいなぁ。えっと、死者の声を降ろすってやつね。俺に任せてくれれば、同じもの作れるぜ」
「同じもの……」
「あんたの折れた剣。あれはさ、精霊石の中にある人の御霊が入ってるんだけど、喋る機能もしっかりある。あの機能を、奥さんが入ってる目玉石にちょこちょこっとつければいいんだよ」
いやほんとは初めから、そういう機能の石にこいつの奥さんを入れられれば問題はなかったんだ。
でも奥さんの御霊が天から帰ってきたとき、手持ちの石にそこまでのレベルのものはなかったから、無声の石で妥協するしかなかった。
技師にとって素材の枯渇は死活問題だ。最近つとに在庫切れが慢性化してて、工房的には大変よろしくない状況だったりする。ここ、早急に改善しないといけないところだよな。
「あんた、大陸を半年めぐって、最後に行った風の神殿の大神官から、おみやげもらってきてるだろ」
「ああ……ええと……宝物狙いで住み込みでしばらく、食堂の手伝いをしたんだ。でも宝物は貸せないからって、たしかに、巡礼者を守るお守りというのをいただいた。何の変哲もない、金属のお札だけど」
「それ、俺に預けなよ。もらったのって、大神官の護符だろ? それって聖所にある特殊な金属岩から作られるんだぜ。技師的には、かなり貴重な素材なんだよね」
「え……!?」
俺は赤毛男のくたびれたリュックをごそごそ漁って、がっしりとした板状のお札を取り出した。
「へへ、これこれ。やっぱそうだ、メタニカクロニウム。こいつは情報集積とか半導体乗せるのに最適で、膜のように超薄くしても、その機能を発揮できるっていうやつでさ。義眼の機能膜って普通は有機体を培養させて作るんだけど、これは唯一例外で、膜として使える金属なんだよね」
うん。だからつまりさ。
俺はにっこり、赤毛男に微笑んでやった。
「おばちゃん代理。あんたの半年は、無駄じゃなかったんだよ。あんたはしっかり、望みをかなえるために必要な材料を、手に入れてきたんだ」
「ピピ……さま……」
「ほんとだよ。これってすんごく珍しくて、手に入れるの苦労するんだからー」
へへへ、これ一枚でどんだけ、魔導からくり時計作れるかな。うへへ……
あっと、今の本音、ないしょないしょ。
ぼろぼろ涙こぼして感動してるこいつには、秘密にしとかないとね。
さあ、カーリンがこっちに来たらぬいぐるみを借りて。あの青い目にちょちょっと、細工を施してやろう。
材料さえあれば、すぐにできるさ。
材料さえあればね。神獣の霊核だってちょちょいと造れるのさ。
だって俺、大陸一の技師だもの。
猫目さんてば、素材探すために星船に乗って、別の星まで行ってくれてるけど。
いつ帰ってくるかな。早く帰ってくるといいな。
カーリンが、大人になるまでに……。
「パパ!!」
あ。ワカタケちゃんに連れられて、噂の娘さん登場だ。
「あ……カーリン……えっと、背が、伸びた?」
「うん! あたし大きくなったでしょ? ああパパ、会いたかったわ……!!」
「えっとあの、うわ!」
「パパったら絵葉書二回しかくれなくて、ひどい」
「ご、ごめ……」
「ねえ、蛇の王子さまと王女さまの話、聞いて。ほんとあの子たち、元気すぎて大変なんだから」
「あ、あの」
「わかってる。ピピさまが言ってたのよ。パパは絶対、ママの声を聞かせてくれる材料を持って帰るからって。何も心配いらないって。そうでしょ? 持って帰ってきたんでしょ?」
「う、う、うん、なんとか……」
「わあ! さすがパパね!」
あわあわしてる赤毛男に、金髪の美少女がにこにこ迫ってる。
ほほえましい光景にうなずきながら、ごつい護符を抱えた俺はそうっと食堂を出た。
「えへ。えへ。お仕事済ませたら何作ろうかなー。えへへ。奥さんと俺が一緒に飛び出てくるラブラブ時計とか? えへへへ……」
「ピピさん」
あ、奥さん。ねえ見てよー、すごい金属、もらっちゃったよ。
「あらそれって。おばちゃん代理さんのおみやげですか?」
「うんうん、メタニカクロニ……」
「まあ、すてき」
あ。ちょ。奥さん、ま……
「これでカーリンさんのぬいぐるみの目に細工をするのですね。でもそれに使ってもこれ、だいぶ余りますよね」
奥さん、ちょっと、それ俺がもらったのー。取り上げないでー。うう、手を伸ばしても届かない―。
あ、やばい。奥さんの目、キラキラきらめいてる。やばい。
やばい。
やば……
「ピピさん、余った分、くださいな」
ひ。
「義眼も魔導器も作り放題ですね! ああ、何を作ろうかしら。こんなにたくさん材料が。うふふ、すてきです」
お、奥さんあの。それ、俺が魔法時計をですね、造……
「久々に、愛打の打銘を打てる逸品を作ることができます。ありがとう、ピピさん」
あうあ……その板、ぎっちり抱きしめて言うですか、奥さん。しかもその、無邪気でとてつもなく美しい笑顔で……うう、も、も、も……
「もってけ泥棒! 板の一枚や二枚、ちょこざいな! 俺とおんなじ、一級技能導師の奥さんのお望みとあらば、さらに十枚二十枚、取り揃えてみせやしょう!」
「まあピピさんたら。けけんって、手を突き出して。カッコいいですよ」
だ、だめだ勝てない……無理です。
俺、大陸一の技師だけど、奥さんだけは永遠に越えられません。
人間に戻っても、背丈足りないよ。あの長い腕、上にあげられたらきっと届かない――
――「それじゃあ、余ったの半分こしましょうね」
「……!!!!」
うわ。お、お、お、俺溶けた。今脳みそ溶けた。
もう。奥さんったら……なにその、神々しい女神のような微笑み。
輝いてるよ。ほんとに、きらきらきれいだよ。わあ、最高……!
「アイダさん……! あのね、俺ね、えっとね、時計つくる! それからね、かわいい時計とね、つよい時計とね……すんごい時計つくる!」
「はいはい。ピピさんは、全部時計に使うんですね」
「うん! そしてね、全部君にあげるから!」
「あら、それは楽しみです。では私も、できたものをあなたに差し上げましょう」
作りっこですねと、奥さんが笑う。
ああ、奥さん何作ってくれるんだろう。楽しみだな。すごく楽しみだな。
えへへと笑って、俺は奥さんに飛びついた。
「ねえでもその前に、ニンジンクッキー焼いてー!」
「はいはい、わかりました。たくさん焼きましょうね」
今日も俺はとても幸せだ。だから赤毛男とその娘も、幸せにしてやりたい。
できればもっと多くの人たちのことも、幸せにしたいと思ってる。
俺みたいなのに、どこまでできるか、わかんないけど。俺は今日も、何かを作る。
はるかな未来の自分に言われた、その通りに。これからも、幾久しく。
作って、作って、作りまくるんだ。
だれかの、笑顔のために。
「大陸一の技師」――了――